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48 交渉してみた

 路地に佇む子どもたちに気づいて、店員は訝しげな顔になった。


「ちょっと昨日から、彼らと協力する立場になりまして。何というか、代表するような形で、お伺いしたいことがあるんです」

「何だろう」

「あのニールのことなんですが、こちらの店側では、どういう扱いになっているんでしょう」

「う……ん。いや、悶着があったとは聞いているけどね。本人が仕事をする気があるのなら、今まで通り来てもらって構わないよ」

「その悶着の内容ですが、どのように聞いていますか」

「それは……態度が悪いので叱責したら、出ていったということだったな」

「アムシェルさんは、それを信じてらっしゃいますか。ニールについてもそちらの店員さんについても、性格などそこそこご存知ですよね」

「………」

「我々としてはニールから、不当に叱責を受けたと聞いています。以前からですが、仕事内容として当然に帳簿の誤りを指摘したら、それだけで怒鳴られたと」

「う……む」

「子どもの言うことで、信用できないということになりますか」

「……そこは、調べてみないと何とも言えないな」

「調べていただけるでしょうか。他の子どもたちも、このままではここの仕事は怖くて続けられない、と言っています」

「いや、荷物運びは来てもらわないと困るよ」

「本当に直前にお断りしたらご迷惑になると思ったので、早朝にお邪魔させてもらいました。正直なところ、こんな子どもたちに仕事をさせていただいて、こちらの商会長さんにはたいへん感謝しています。アムシェルさんにもよくしていただいて、困らせるような真似はしたくないんです。でも、ご理解ください。本来の命じられた仕事をしているだけなのに、怒鳴りつけられたり殴られそうになったりするのでは、子どもたちは安心して働くことができません。僕たち年長組も、年少者を送り出すことができません」

「あ、ああ……」

「調べていただけるということでしたら、返事をお待ちします。よろしくお願いします」


 大きく頭を下げてみせる。

 後ろの子どもたちも、倣ってお辞儀を見せたようだ。

 うーむと考え込み、アムシェルは躊躇いながら続けてきた。


「いやそれにしても、荷物運びの仕事は来てくれないだろうか。いきなり五人に休まれると、こちらとしても困る」

「ああ……いえ、アムシェルさんが見てくださっている分には大丈夫とは思うのですが。万が一にも、彼らが何か不都合を受けるということはないでしょうか」

「それは、私が責任を持つ。小僧たちにも言い聞かせるよ」

「分かりました。みんな、それでいいか?」


 振り返って問いかけると、五人はこくこくと頷いてみせる。

 確認して、店員に向き直った。


「偉そうなことを言って、たいへん申し訳ありません。くれぐれもよろしくお願いします」

「分かった」

「それと、もう一つなんですが。一昨日ニールは仕事途中で帰ったことになりますが、その日の日当はどういうことになるでしょう」

「ああ、もちろん日当は払うことになるよ」

「一日分で、荷物運びの彼らと同額と聞いていますが」

「ああ、その日のは一日分か実質勤務分か、事情を調査した上で旦那様と相談させてほしい。しかし――え、荷物運びと同額?」

「ええ、ずっと仕事終わりに受け取るのは他の子たちと同額と聞いています」

「あ、いや、いや――とにかく調べて、相談させてくれ」

「分かりました。よろしくお願いします」


 もう一度、大きく頭を下げる。


「では、五人は九時に来させますので」

「ああ、うん、よろしく」


 慌てた様子のまま、アムシェルは奥へ入っていった。

 こちらは一同を促して、ねぐらに戻ることにする。

 年少者を先に歩かせて、サスキアが肩を並べてきた。


「たいしたものだな。五人の仕事を取り引きに使うとは」

「たぶん、直接困るのはあのアムシェルさんで、いい加減にできないはずだろうからね。何より、五人に八つ当たりのようなことが来ないように、釘を刺す必要がある」

「そういうことだな。それにしても、あのニールの日当についての反応は――」

「少なくとも、アムシェルさんは知らなかったようだね。そもそもこんな給与体系、まともな店であり得るわけがない。そのトッドという人の独断、へたすると差額を着服しているということもあるかもしれない」

「何だと?」

「という可能性まで考えると、これで店の方でも真剣に考えざるを得なくなっただろうね。もし世間に知られたら、店の信用問題になりかねない」

「なるほどな」

「まずないとは思うけど、万万が一最悪、こちらの口封じに来るということだって、考えられなくはない。もしそうなったら、サスキアの出番だな」

「ああ、任せておけ」

「それにしてもそうなると、小さな子たちだけが残っている時間が、心配になるな」


 先に見えてきた空き地に目を向けて、ううむと思案する。

 北に向かう小路を、間もなく宅地を抜けて畑地の間に入るところだ。

 見ると、右手の民家の裏口辺りから初老の男の出てくる姿がある。

 思い出して、連れに問いかけた。


「そう言えば、この辺の家に子どもが忍び込んで食べ物を漁った、という話を聞いたんだが。そんなことがあったのか」

「……ああ」サスキアは顔をしかめた。「しばらく前、みんなの仕事がうまく見つからなくて収入がなかったので、食事量が足りていないことがあってな。我々が出ている間に、小さな連中が空腹に耐えかねてやったらしい。近所の人の抗議を受けて言い聞かせたので、その後はないはずだが」

「なるほどな」


 右手の庭から胡散臭そうにこちらを窺っている初老の男は、以前この辺の道で話した相手のようだ。

 子どもたちの足を止めさせて、隣りに呼びかけた。


「近所の家に、挨拶しておこう。つき合ってくれるか」

「あ、ああ。いいが」


 サスキアの同意を得て、一同を整列させる。

 そうして、庭の男に近寄っていった。


「済みません、この間は失礼しました、僕ハックといいます」

「おお、こないだの兄ちゃんか、どうしたい」

「ちょっと縁があって、しばらくそこの空き地でこの子たちと一緒に住むことになったので、ご挨拶しておきたいと」

「空き地に住む、ねえ……」


 渋い顔になっているのは、厄介事が増える懸念を思い浮かべて、だろう。

 そちらへ向けて、頭を下げる。


「以前に小さな子がご近所に迷惑をかけたそうで、申し訳ありません。二度とくり返さないように言い聞かせます。それと、お役所の方にすぐには追い出さないと約束をいただいたので、生活も落ち着くように改善していくつもりです」

「へええ、役所にねえ」

「弱輩者ばかりでいろいろ至らないこともあると思いますが、ご忠言などいただければありがたいです。よろしくお願いします」

「お願いします」


 合図すると、後ろの面々も一斉に頭を下げていた。

 目を丸くして、男は土をいじっていた手をぱんぱんとズボンで払っていた。


「おお。お役所が認めているというなら、文句を言うもんでもねえ。近所に迷惑をかけないように、しっかりやってくれ。俺はヨーナスという。何かあったら、訊いてくれ」

「はい、お願いします」

「あと、前に実際迷惑をかけたのは、向かいのそのマチルデ婆さんの家だ。詫びを入れるなら、そっちだな」

「ああはい、ありがとうございます」


 振り返ると、道路を挟んだ向かいの家の庭に、いつの間にか小柄な老婆が椅子にかけて、こちらに聞き耳を立てているようだ。

 ヨーナスに礼を言い、一行を連れて向かいへ移動した。

 小さな木の椅子で編物をしていた老婆は、じろりとこちらに目を上げてきた。


「済みません、マチルデさんですか」

「そうだよ」

「ハックといいます。今度、この子たちと同居することになったので、よろしくお願いします。以前に、ご迷惑をかけたそうで……」

「話は今、聞いていたよ。そっちは前に詫びてもらったから、もういいさ。その後はあたしがこうやって空き地の方を見張っているから、悪さもできんでいるさね」

「ああ、見ていただいているんですね。心強いです、ありがとうございます。これからはさらにしっかりできるようにしますので」

「いい加減なことしていたら、ただじゃおかないよ」

「承知しました。よろしくお願いします」


 こちらにも、全員一斉に頭を下げる。

 老婆はただふんと鼻を鳴らして、編物に戻っていた。

 その後、さらに町側へ戻って二軒の家に挨拶をして回った。

 どの家でも空き地への孤児の住みつきに気味の悪い思いを抱いていたようだが、改めての挨拶と役所に話が通っているという情報に、少しは安堵してもらえたようだ。

 空き地の住居へ戻りながら、サスキアが唸っていた。


「なるほど、こうした挨拶も意味があるのだな」

「だろうね。特にあのマチルデさんとヨーナスさんはよきにつけ悪しきにつけ日中こちらを気にしているようだから、明るいうちは怪しい奴も近づきにくいだろう」

「なるほどな」

「それでもやっぱり、小さい子だけが残っている時間が、気にかかるなあ」


 ルーベンたちが荷物運びの仕事に就くようになってから、午前と午後に小さな三人が残される時間ができている。それぞれ一時間ずつ程度なので何とか我慢させているが、子どもたちには不安が隠せないようだ。


「荷物運びの五人から、交代で一人残るようにする、というのはどうだろうな」

「うむ。検討に値するかもしれんな。ハックが生活費を入れてくれるなら、その程度の余裕は持てるかもしれん」

「今日から試しにやってみないか。ご近所さんの目に、少しは変わったところが見えるように」

「そうするか」


 小屋へ戻って五人とも相談し、今日はマリヤナが残ることになった。

 姉さん格の一人が一緒に遊んでくれるということで、小さな三人は明るい顔になっている。

 九時を前に商会へ仕事に出る四人を見送り、ニールとサスキアを伴って小屋を出た。ここからはかなり近い、北の門を目指すことにする。


「実を言うとこれまではずっと東の森でノウサギ狩りをしていたんだが、ここから近いのでこれからは北の森に行こうと思うんだ。あちらは弓を使う人がいて、安全の保障がないということもあるしな」

「ふむ」

「だから少し勝手が違うので、初日からうまくいくとは限らないということになる」

「それでも、ノウサギが獲れることにまちがいはないのだな」

「肉屋の情報ではな。俺が数回北の森に行ったときは魔物が出没していたので、小さな動物類は何処かに隠れていたようで見かけなかったんだが」

「わたしが一度ノウサギ狩りを試したのは、こっちの森だ。確かに、ノウサギの姿は見たな」


 そんなことを、肩を並べたサスキアと話しながら歩く。

 サスキアの向こうに並ぶニールは、ずっとそれに口を入れようとしない。やはり極端に口数が少ない性格のようだ。

 北の門に詰めていたのは、魔物狩りで見かけたことのある衛兵だった。

 ノウサギ狩りが目的と話すと、すぐに門を開いてくれる。


「こちらは東の森よりノウサギの数はやや少ないが、その分オオカミなどもあまり見ないということだ。魔物が近づかない限り、比較的安全というわけだな」

「なるほど。ノウサギ狩り目的の他の人も、いないようですか」

「出入り禁止を解除したのは昨日からだが、見かけていないな」

「そうですか。ありがとうございます」


 衛兵に礼を言って、外に出る。数百メートル分草地を歩いて、森に入ることになる。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  ご近所への挨拶まわりは確かに円滑な人間関係の第一歩♪(・Д・)前世高校生だったハックくんがすんなりそれをやれるのはよっぽど親御さんが出来る人達だったようですな、拗らせた高校生じゃあこうは…
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