142 積み上げてみた
倉庫の入口の重そうな木の扉には、大きな錠がかけられていた。
それを素速く『収納』し、サスキアと協力して扉を開く。
背後からはようやく、パンツ一丁の集団が追い縋ってきた。
中に入って扉を閉じると、内側からも錠がかけられるようになっている。これ幸いと、施錠をしておいた。
かなり頑丈そうな扉なので、これでしばらく追っ手も入ってこられないだろう。
裏に向けて高い場所に、明かりとりの窓がある。棚に載って手を伸ばし、木の窓を開くと中も明るくなった。
設置された棚の中にびっしり刀剣や弓矢などの武器が収納されている。手早く見回し、女護衛に依頼した。
「サスキア、武器の中で古かったり傷んだりしてあまり使えそうのないものを選んで、床に下ろしてくれ」
「分かった」
サスキアが選んだものを、ニールが受け取って下に降ろす。
選別の終わった棚から順に、残るすべてを『収納』していった。
収納品がなくなると、かなり中の見通しがよくなった。
見渡す限り、忘れ物はないようだ。
「じゃあ、脱出するか」
「どうやって外に出るのだ?」
当初は、地下の石シェルターに潜って『収納』『取り出し』のくり返しで移動しようかと考えていた。
しかしこの倉庫の位置どりだと、もっと楽ができそうだ。
外から確認したところで、この石造りの裏側はほとんど石塀と密着しているのだ。
「入ってきたときと同じ要領で、いけそうだろう」
「ああ、そうだな」
入口とは逆、裏向きの壁に向かって念じる。
すぐに、二メートル四方の穴がぽっかり開いた。
ほぼ密着して石塀があるので、そこにも同様に穴を開ける。
「行くぞ」
「ああ」
「おーー」
歩み出て、すぐに王城外の木立に入っていた。
振り返り、開けた穴は元に戻しておく。
正面に向き戻ると、少し先、二百メートルほど進むとちょっとした丘になっているのが見えた。
「ちょっとあそこに登ってみよう。王城の中の様子が見えるかもしれない」
「分かった」
とりあえずもう用事のない王城は早く離れたいところだが、できるならもう一つやっておきたいことがあった。
何度も振り返りながら低い丘に登ると、少しずつ塀越しに中の様子が見えるようになってくる。
ニールが溜息をついて感嘆した。
「本当に、王城を出られたんだねえ」
「ああ、ハックのお陰だ」
「ところで、ニールが住んでいた邸宅は何処になるんだ?」
「ああ、ここからはよく見えないな。左手のずっと奥の方にある」
「そうなのか」
やはり、街の方から見てかなり奥まった方に追いやられていたらしい。
ニールもサスキアもそちらに郷愁などはないようで、ちらりと見た後は手前の石塀奥に目を戻している。
今出てきた倉庫の向こうに、かなり人が集まっていた。
大きな丸太を運んできているのが見える。あれで、入口扉を突き破るつもりか。
ということは、まだ誰も内部に入れないでいることになるだろう。
「この三人、あの倉庫の中で死亡したことにしてもいいよな」
「ん、どういうことだ?」
「ちょっと派手に騒ぎを起こしてみようと思う。見ていてくれよ」
こちらから、さっき開いた明かりとりの窓が見えている。
その窓越しに、空気紐を使って中に放り込む。
水素濃度を酸素と同程度に増やした空気、ハンドボール大のもの。すかさず続けて、種火。
ボーーン!
すぐさま中から、爆発音が響いた。おそらく棚一つ分くらいは破壊されたと思われる。
仰天して、入口近くに群れていた者たちが跳び退っていくのが見えた。
その連中が十分離れたところで、続ける。
今度はさっきの数倍の大きさの水素入り空気と、種火を放り込む。
ドドドドーーン!
さらに大きく、地を揺るがす爆発音が響き渡った。
石造り建築の屋根が飛び、壁が崩れ落ちていく。
倉庫を遠巻きにしていた人々が、全員揃って腰を抜かしている。
それでも最初の爆音を聞いて距離をとっていたので、おそらく直撃を受けて死亡した者はいないだろう。
「うわあ――」
「何だ、おい」
こちらの二人も、目と口をまん丸にしてしまっていた。
そちらに向けて、頷きかける。
「これで、作業終了だ」
「こんなに離れても、魔法の操作ができるのか。何か爆発するようなものを中に出現させたと」
「まあ、そういうことだ。詳しくは説明できないが」
「正直、聞きたくもないな。恐ろしい」
「だねえ」
この世界の人間に水素爆発について、説明の方法が思いつかない。
別案として倉庫内に小麦粉を散布して火を点ける風塵爆発も検討していて、そちらの方が説明のしようもあったかもしれないが、小麦粉がもったいないので却下した。空気から取り出して集めた水素なら、無料だ。
「これで、三人は倉庫で爆死した、と思ってくれないかな。肉片の一つもないのでは、難しいか」
「しかしあちらの連中に、倉庫からの脱出方法は思いつかない気がするぞ」
「中から逃げた者はなかった、だから死亡したとしか思えない、という結論になればありがたいんだけどな。不自然さが少ないように古い武器は置いてきたから、破片は散らばっているはずだし」
「そうだな」
「無理でしょ」ニールが指摘した。「大広間でのと合わせて、魔法を使ったと思われるだけ」
「まあ、そんなところだろうな」
話しながら丘を降り、サスキアの案内で街に入る。
王城に近い地区は当然貴族の屋敷が建ち並んでいて、ヘンネフェルト公爵邸もすぐ近くらしい。
目立たないようにできるだけ狭い小路を辿っていくと、高い石塀に囲まれた屋敷に行き当たった。公爵邸の横手だという。
「そちらを回ると、正面に出る」
「いや失礼極まりないことになるが、ここから入らせてもらおう」
「ここから?」
周囲に人目はないので、遠慮なく作業をさせてもらう。
塀は二・五メートルほどの高さで、こちらから見る限り建物との間が離れている。中は裏庭になっていて、サスキアの説明によるとこの辺には特に何もないという。
石の直方体をいくつか積み上げて、塀の上に届く踏み台にした。
先にサスキアが登ってニールに手を貸し、向こう側に飛び降りてさらに介助をして下ろす。
続いて塀に上がって石段を消し、逆側に飛び降りた。
事前説明の通りそこそこ広い庭には土肌だけが見えていて、特に何も置かれていない。住人の運動や護衛兵の鍛錬に使う場所らしい。
「とりあえず、この場所を借りることにしよう」
王城内から持ち出してきた一切合切を、その場に取り出して積み上げた。
かなりの高級品に見える家具類に傷などついては申し訳ない気もするが、とにかくも無視して積んでおく。
対敵した衛兵たちの大量の剣は裸だが、他にしようもなく地面の上にひとかたまりにする。武器庫から持ち出したものと合わせて、かなりの数になっていた。
「さすがにたいした量だな」
「凄いね」
また、横の二人が目を丸くしている。
これから公爵と話し合う予定だが、その結果によらずこれらの物品はここに進呈するつもりだ。
王城に戻すのか、こちらで使うのか廃棄するのか、公爵の判断に任せる。
「今日は雨が降る気配もないから、このまま放置で構わないだろうな」
「うむ」
確認して、サスキアの案内で屋敷の正面側に向かった。
春の花が咲き始めている花壇の脇を抜けて進むと、建物の角から護衛兵らしい男が現れた。
「何者だ、何処から侵入した!」誰何した厳しい顔が、一瞬緩められる。「え――? サスキア様、で、いらっしゃいますか」
「うむ、久しいな。伯父上は帰宅されているか」
「いえ、まだ王城から戻られていません」
「では、伯母上に取り次いでもらいたい」
「はい、畏まりました」
後ろに近づいてきていたもう一人の兵に伝言を委ね、最初の男は正面口へ先導してくれた。
サスキアの顔見知りだったようだが同行する男女に不審げな目を向け、しかし問い糾すことができずにいる。三人揃ってかなり粗末な服装なのも、納得いかないでいるだろう。
豪奢な正面口から入るとすぐにそこそこ広いホールのようになっていて、身なりのいい中年女性と執事かと思われる黒い服装の男が足速に出てきた。
「まあ本当にサスキア、いったいどうしたというのですか」
「ご無沙汰しております、伯母上」
サスキアは、実際にはないスカートを摘まむような仕草で身を屈め、頭を下げた。
「詳しくは説明いたしますが、まず伯母上、こちらにいらっしゃるのはコルネーリア第四王女殿下です」
「まあ!」
慌てて公爵夫人は、その場に膝をついた。
一瞬目を丸くして、執事もそれに倣う。
「失礼いたしました。お初にお目にかかります王女殿下、ヘンネフェルト公爵が妻、アンネリーゼと申します」
「楽にして。話がしたい」
対して、ニールは簡潔に返答した。
臣下に丁寧な礼をとられて、王族としてはもっと儀礼的な応対がありそうなものだが、無表情な王女はあえてすべて略するつもりのようだ。
「それでは、こちらにお出で願います」
執事の案内で、応接室らしい部屋に入る。
見るからに豪華なソファに、夫人と向かい合ってニールとサスキアが腰を下ろす。
一人平民の身なのでそのまま立っているべきかと思ったが、ニールが「あなたも座って」と隣を示してきたので、それに従うことにした。
執事は当然、夫人の背後に立っている。
「伯母上、こちらは我々に協力してくださっている魔法使いの方です。訳あって身分などは伏せていますので、あえて紹介は省かせていただきます」
「そう、なのですか――魔法使い?」
「本日はこの方に協力いただいて、婚儀の場から王女殿下を救出して参りました」
「なんと、そのような」
現国王と王女の婚儀が行われるということについては、当然承知していただろう。
姪の信じ難い説明に驚きを禁じ得ない様子だが、当の王女がここにいるとしたら受け入れるしかないということになる。




