141 潜ってみた
地盤が弱いということはなさそうなので、決行しようと思う。
地下約二・五メートルの位置に空洞を作り、石のシェルターを設置する。
足元から斜めに穴を空け、シェルターの天井に達するようにする。
「地下に、隠れ場所を作った。俺がまず降りるから、続いてきてくれ」
「何だと?」
「この斜めの穴を、足の方からゆっくり降りてこい。最後は石でできた部屋に三ヤータほど飛び降りることになる。ニールは俺が下で受け止めるが、サスキアはその程度大丈夫だろう?」
「あ、ああ」
「グズグズできないからな。行くぞ」
斜めの穴には、足がかりの段々をつけた石の板を敷いておく。
ゆっくり下って、石の床に飛び降りる。
前回男爵邸でも使用した、外側寸法縦二十メートル、横三メートル、高さ三・六メートルの直方体の形状だ。
中を確認し、すぐに照明代わりの焚火の用意をして、火を点ける。
「よし、ニールから降りてこい」
「うん」
呼びかけると、すぐに上から声が返った。
ためらいなく飛び降りてくる小さな身体を受け止める。
続いてサスキアの長身が、苦もなく降り立ってきた。
入ってきた斜め穴を塞ぎ、焚火近くに座り込む。
ようやく落ち着いて、ニールと話すことができた。
自分が魔法を使えることを話すと、あまり驚く様子もなく頷いている。まあさっきまでのいろいろを見ていたら、信じないわけにもいかないだろう。
「凄いね、魔法」
「まあな。それより、これからの相談だ。ニールはこの後国外に出るということでいいのか」
「うん」
「何ならここで戻って、現国王の命を絶つなり拘束するなりもできる。ニールが王位に就くなり、公爵を王にしてそれを見守るということもできるかもしれんぞ」
「いらない」
「そうか」
またも、即答が返った。
確認をして、サスキアに目を移す。
「それなら、ヘンネフェルト公爵に後を任すということでいいか」
「うむ。そうだな」
「ヘンネフェルト公爵に、現王を残すのか、自分が王位に就くのか、他に選択肢があるのか、任せよう。そのために、現王とその周囲からできるだけの武器類と軍資金を奪って、公爵に預けておきたい。サスキアが対峙した衛兵たちの分と、王城内にあった武器類はこれで奪ったことになる。しかし城内に保管されていた分は、あまり多くない感触だ。他に武器庫のようなところがあるんだろうか」
「ああ。確か王城のここからだと逆側外に、倉庫がある」
「なら、それも奪っておきたいな」
「ここから移動すると、正門前を通ることになるぞ」
「まあ何とかなるだろう。ところでその前に二人、着替えをしておかないか。ニールはそのドレス姿じゃ動きにくいだろう。俺としては初めて見て、眼福だが」
「うん、着替えれるならしたい」
「二人の部屋にあった、衣類箱を持ち出してきたんだが」
と、小ぶりの木の箱を取り出してみせる。
わあ、と二人揃ってまた目を丸くしていた。
「中を見ていないんで分からないが、それで何とかなるか」
「うむ。いつも着ているものが一式入っているはずだ」
「じゃあ、手早く済ましてくれ。俺はこっちにいる」
少しその場を離れ、二人との間に石の壁を取り出して遮断した。
助かる、と言ってサスキアが箱を開く気配が伝わってきた。
「ああそうだ、身体を拭きたいという希望があるなら、水も出せるぞ」
「それもまた助かるな。頼む」
「よし」
石壁の向こうに木の桶を出し、水を満たす。
その横に、拭くための布も用意する。
おそらくニールはこの朝に身を清めているだろうが、サスキアはしばらくそんな暇もなかっただろう。
待つ間にこちらでは、王城から奪ったものを簡単に確認しておいた。
前回の男爵邸と同様、復元時に国王執務室のものを残したので、金銭も国の重要書類らしいものも一切合切含まれているようだ。
ただやはり、特別まとめられた武器類らしいものは見つからない。武器庫が別にあるということでまちがいないのだろう。
そうしているうち、「もういいぞ」と声がかかった。
石壁を消すと、いつもと変わらない服装の二人が現れた。ニールはもちろん、少年服だ。
改めて火を囲み、今後の要領を打ち合わせる。
「とりあえず、向こう側の武器庫まで走る。二人とも、俺から二ヤータ以内の位置から離れるな。衛兵と遭遇したら、サスキアはさっきの要領で頼む」
「分かった」
「大勢が現れたら、俺が何とかする。わざと衛兵と遭遇したがっているようで妙に思えるだろうが、その機会を捉えてできるだけ連中の武器を奪っておきたいんだ」
「なるほどな」
「サスキアはもう一暴れ、体力残っているか」
「十分だ」
「ニールは王城の向こう側まで走れるか」
「へいちゃらだ」
「よし、それなら決行するか」
「うむ」
頷くサスキアの隣で、ニールも動作を合わせていた。
それがふと考え込む顔になり、視線を上げる。
「ねえ。ハックはこないだ剣で斬られていたんでしょ。怪我はもういいの?」
「ああ、とりあえず傷は塞がった」
「おい」サスキアが顔をしかめた。「とりあえず塞がった、で安心していられないぞ。激しく動いたら、また傷が開くのではないか」
「今のところ、大丈夫だろう。荒事はサスキアに任せて、俺は走るだけだ」
「安心できるか。一度見せてみろ」
「おい、乱暴な――」
問答無用で後ろを向かされ、上衣をはぎとられた。
肩から背中にかけての傷を覆ってきつく縛った布をややめくり、後ろから二人で覗き込んでいる。
「わ、酷い……」
「やはり、血が滲んできているぞ」
「滲んだ程度なら、まだ大丈夫だろう」
「安心できん。お前、薬は持ってきていないのか」
「ああ、ある」
医者が置いていった塗り薬を、そのまま『収納』してきていた。
取り出すとサスキアが受け取り、布を解いて塗ってくれる。
その上で改めて、きつく布を巻きつける。
「これで少しは止めておけるか」
「済まない」
「やっぱり傷が開きかけてるよハック、無理しないように」
「分かった。できるだけ短時間で済まそう」
「そうだな」
踏み台になるように石の板を積み、天井に手が届くまで登っていく。
改めて、地上まで斜めに穴を通す。足がかりになる石板を敷いておく。
少し待っていろ、と二人に告げて上がり、頭を出して地上を窺う。
「正面門の方は少し賑やかそうだが、この辺に人目はない。登ってきてくれ」
「よし」
ニール、サスキアの順に地下から這い出てきた。
一切の痕跡を消して、正面に向き直る。
「さっきも言ったように、ニールは決して俺から離れるな」
「うん」
「相手が斬りかかってこようが、矢だろうが投石だろうが、届く前に消すことができる。絶対安全だから、慌てなくていい。剣が消えていることはできるだけ気づかれない方が、サスキアにとって有利が保てるがな」
「うん」
「そういうことになるな」
「それじゃ、行くぞ」
ニールの安全がまず第一なので、離れないように手を繋ぐことにした。
速歩で正門方向に向かう。石の建物壁沿いに曲がると、正面側に剣を持った衛兵が大勢歩き回っていた。
頷き合い、そちらに向けて走り出す。
「おいあれ、探してる曲者じゃないか」
「そうだ、おい止まれ、貴様ら」
口々に叫んで、まず五名の衛兵が駆け寄ってきた。
剣をまだ持っていて無傷に見えるところからすると、屋内で遭遇した者ではないだろう。最初から外の警備をしていた面子かもしれない。
ということはまず、剣が消える事象を知らないと思っていい。
予想通り警戒の様子もなく、先頭の兵が思いきり剣を振ってきた。
問題なくその剣が消え、たたらを踏む相手の腹をサスキアの稽古剣が打ち抜く。
「グエッ!」
「抵抗するか、貴様!」
続けざまに斬りかかる兵を、次々とサスキアの剣が叩きのめしていく。
足を止めず走り続けて正門に近づき、兵の数も増えてきた。
とにかくも人数少なめの辺りを狙って突進し、斬り伏せ、駆け抜ける。
ほとんどの兵が近寄る暇もないほどあっという間に、その人の群れを抜けることになった。
途中二人ほど横と後ろから斬りかかってくる者がいたので、アオアヒイ水を浴びせて対処しておく。
前方に兵がいなくなったところで、サスキアに呼びかけて足を止めた。
振り向くと当然、まだ大勢の兵が追い縋ってきている。
こちらが止まったことで、向こうも警戒の様子で立ち、剣を構え直している。
見回したところ、四~五十人はいるか。正門を過ぎて芝生のような草が茂る平地に、一面、挙っている。
先頭、十メートルほど距離をとって立つ兵が、叫んだ。
「貴様ら、逃げられんぞ。諦めて剣を捨てろ」
「そちらこそ、敵わないと分かったんじゃないか。諦めて引き下がらないか」
「馬鹿を抜かすな!」
揶揄の調子で言い返すと、頭から湯気が立ちそうに激昂している。
少し待ち、もう人数は増えそうにない、と確認する。
そこで。
「敵兵たちのいる範囲の地面深さ十センチの土類とそれに接触する固体のすべて、さらに上端の空気長さ十センチ分とそれに接触する固体すべてを『収納』――ただし身につけている猿股パンツだけ除外」
と、念じる。
とたん。
「うわああーー!」
「何だ何だ!」
一瞬で一同徒手、パンツ一丁姿になって足場が乱れ、口々に絶叫が上がった。
指定条件から外れたか数名まだ手に剣を残している者がいたので、空気紐を使って奪っておく。
次いで、深さ十センチの土類だけを元の場所、上空二・五メートルに戻してやった。
集団の頭上から、一気にそれが降り注ぐ。
「わあああーー何だ!」
「ププププーー」
全員地面に膝をつき、土まみれでのたうち始めた。
状況確認して、二人を促す。
「行くぞ」
「うむ」
向き直って、走り出す。
もう一つ建物の角を曲がると、塀近くに石造りの小ぶりな建築物が見えてきた。
「あれだと思う、武器庫は」
「よし」




