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君に、最大公約数のテンプレを ――『鑑定』と『収納』だけで異世界を生き抜く!――  作者: eggy


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129 問いかけてみた

「一度そういう判断をしてしまうと、何もなければそのまま触らないということなのだろうな。その後昨年の問題の日に到るまで、わたしに異動の命が下ることはなかった」

「ふうん」


 しかし、逆に。その後しばらくしてサスキアと同時に配置された新人護衛と元からの一名が異動になった後、後任が赴任することはなかった。

 見習いにせよ一名配置されているのだからそれで十分、という判断になったのか。もしかすると、これで人件費が節約できて助かる、ということになったのかもしれない。

 だが現実として、これまで昼夜交代で警備してきたわけだが、サスキア一人では夜間の分が不足することになる。

 当然不備ということになるのだから、何処か人事関係の窓口に訴えるべきなのだろう。しかし当時のサスキアは、そのような機構を何も知らされていない。公爵経由で要求するとなると大ごとになりすぎる。何よりもサスキアに公爵を当てにする気が失せていたし、まだ子どもの判断力で、最善が浮かばない。

 結局そうするとサスキアの性格上、極端に走ることになる。自分でできることは一人でやってしまえ。というわけだ。

 その後サスキアは、第四王女邸に住み込むことにした。もちろん夜の不寝番はできないが、王女の寝室で自分も就寝することにすれば警護はできる。実態として、邸の中には居間の他、王女の寝室と侍女の小部屋しか存在していない、という理由もある。

 それ以来原則、第四王女に仕えるのは一~二ヶ月ごとに入れ替わる侍女とサスキアだけになった。あとはその後しばらくして王宮の人事を扱う部署と連絡をつけることができて、特に必要な場合には臨時の護衛の派遣を要請できる、ということになった程度だ、


 サスキアが王女の部屋に寝泊まりするようになって半年ほど経った頃、事件があった。

 王女はあまり外を出歩くのが好きではないのだが、数日に一度程度はサスキアか引っ張り出して散歩に出る。とは言っても、範囲は王宮の庭の中に限られる。

 その散歩先、王城の横手に近づいたところで。脇の木立の方から物音を聞いた気がして、サスキアは立ち止まった。その隙に逆側の藪から飛び出した人間が、王女を突き飛ばした。

 緩い坂になった地形で、よろめいた王女は転がり、花壇の積み石に激突していた。

 慌ててサスキアが駆け寄ると、襲撃者は素速く逃げ去っていった。

 サスキアにそれを追う余裕はない。王女の容体を見ると、右肘を打ちつけて大きく腫れ上がっている。骨折が危ぶまれる見た目だ。

 急ぎ王女を抱きかかえて邸に戻り、侍女に医者を呼びに行かせた。

 医者は追って派遣される、という返事だったが。

 いくら待てども、やってこない。

 何度侍女に催促に行かせても、もう少し待て、というだけだった。

 サスキアの応急手当のまま横たわり、王女は発熱して呻いている。

 夜になっても、誰も来ない。

 ここに到って、サスキアは理解した。医者を派遣する気など、誰にもないのだ。


「マジかよ」

「ああ、実際に翌朝になっても誰もやってこない。侍女に言っても、無理です諦めてください、ともう動こうとしない。つまり誰もが、このまま王女が死亡すれば自然死として処理するつもりで、それを待っているのだろう、と理解するしかなかった」


 とりあえずの世話を侍女に頼んで、サスキアは実家に走った。

 しかし父親の返答は、王族の許可なく王女に関わることはできない、というものだった。

 町中の医者の所在など知らない。また捕まえたとしてもおそらく、王宮の中に連れて入ることはできないだろう。

 すべてを諦めて、サスキアは王女邸に戻った。

 とにかくも自分で、できることをするしかない。

 何とか邸内にあった湿布薬を塗り、取り替え、添え木をして押さえる。額に濡れ布を置いて熱を抑える。

 三日三晩意識の混濁を続けた後、王女は目を覚ました。

 熱は下がってその後健康を取り戻したが、右肘は変形したまま治らなかった。

 襲った賊について王宮に届けたが、その時刻に不審者の出入りはなかった、王宮内にそんな不心得者がいるはずはない、と取り上げられなかった。


「そういうことで、実行犯の正体はそのまま分からず仕舞いだ」

「王妃絡みの何処も、直接手は出してこないだろう、ということではなかったのか」

「互いに牽制し合ったまま、と思っていたのだがな。何処かの誰かが痺れを切らしたのか。実際の行為を見ると、この程度なら事故だったと言い張れると踏んだか。証人はそのとき十歳になっていたがまだ子どもの護衛見習い一人なのだから、他の者が駆けつける前に姿を消せば何とでも言いくるめられると思ったのかもしれないな」


 とにかくももう、何処にも味方はいないと思うしかなかった。

 わずかにでも第四王女の存命を利益と思うかもしれないのは、ヘンネフェルト公爵一人程度。しかしこの公爵も王族と対立したくないという思いから、積極的擁護には動かない。比較して他の王族との共存の方が重要と判断すれば、そちらに傾くことさえあり得る。

 この公爵が消極的である限り、その派閥の者たちも王族に睨まれたくはなく、見て見ぬ振りを選ぶことになる。その中に含まれるサスキアの父子爵家も、同様だ。娘が一人で動いていることに、眉をひそめている気配もある。

 もうひとつの派閥、バルヒエット公爵の側は何処までこの王女について認識しているか不明だが、知ったとして王妃たちと似た立場になるだろう。へたにこの王女を残していたら、いつヘンネフェルト公爵の有利に働くか分からない。自然に消えてもらうのが最善ということになる。

 それぞれの王妃の後ろ楯は、言わずもがな。

 結局、サスキアが孤軍で王女を護るしかない。

 王女に怪我をさせた責任、というだけではなかった。とにかくこの世でこの小さな少女を護るものは自分一人、という義憤めいたものに駆られ。

 十歳にして、サスキアは一生をかけてこの王女を護り通す決意を固めていた。


「もうそんなの、見捨てておけばいいのに」その当人が、ぽつりと呟いた。「サスキアが一人で身を張ることじゃない」

「そんなこと、できるか」

「まあニールの言うことももっともだが。そこで自分一人でも、と考えるのがサスキアなんだろう」

「そうなんだよねえ」

「サスキアなんだから、仕方ない」

「仕方ない、ねえ」

「何でそこで二人、分かり合っているか!」


 ひそめ声で怒鳴られて、ニールは苦笑している。長年二人だけで苦楽を共にして、遠慮も何も消え失せているようだ。


「まあそういうわけで、その後ほぼ誰も信用せず、二人だけで防衛に努めてきたということになる。およそ七年間か。そのかんわたしは何とか機会を作って、何回かに分けて騎士団の訓練に入れてもらい、修行を積むことにしたが。とにかくわたしが剣の腕を磨いて、十分な護衛を務められるようにしなければならないからな」

「その期間は、護衛を離れることができたのか」

「さっきも出た、必要な場合には臨時の護衛の派遣を要請できるってやつでな。昼の間だけ、派遣された護衛に立ってもらった」


 この件に当たっては事前にヘンネフェルト公爵にはかって、王宮護衛の隊長に断りを入れてもらった。王女にもしものことがあれば隊の責任を問う、という念押しに、隊長はほぼ震え上がっていたらしい。

 この懇願を聞いてくれたところを見ると、まだ公爵の思わくは王女の価値を見捨てるまでに至っていなかったようだ。


「七年間、か」

「一言で言えるものでもないがな。まあそのかんの詳細は置いておこう。問題の日、昨年二の月の十三の日の夜だ。その王族一同が惨殺された直後ということになるのだろう、ヘンネフェルト公爵の息がかかった衛兵が、こちらの邸に知らせに来てくれた。王宮で起きた概略を説明し、当然間もなく第四王女の命も狙われることになるだろう、すぐに逃げよ、と」


 すぐ動きやすい服に着替え、とりあえずの金銭だけを持ち、侍女には実家に帰るよう告げて二人で脱出した。

 無人になっていた王宮の東側にある裏口を出て、すぐ森に入る。

 東の山を越えるとこちら、ゲルツァー王国に向かうことになる。この隣国とは国の北側と南側に交通路があり、関所が設けられている。おそらくそこには、バルヒエット公爵の手が回っているだろう。

 サスキアは、ふつうには人の通らない山道を抜ける決断をした。

 かなり山中に入った村に寄って、少しの食料と、成人男性と男子の古着を買い受けた。

 自分の髪を切ろう、と言い出したのはニールだ。

 男子への変装の必要と、王女を探す目印になっているはずだから、これを残すことはできない。

 実際、追っ手の中に王女の顔を知る者はいないだろう。バルヒエット公爵の部下などに、似顔絵を描けるほど見知った者もいないと思われる。

 目印の髪色さえ誤魔化せば、見つかる危険はかなり減じられる。

 断腸の思いだったがサスキアは了承し、慣れ親しみ愛しんだ髪に自ら刃物を当てた。

 この道中は二人とも男の百姓服を着て、山越えを敢行した。

 北側関所近くの山中を踏破した。場所によってはサスキアに背負われながらも、何とかニールも歩き通した。

 関所をかなり離れたところで街道に出て、ゲルツァー王国、マックロートの街に入った。

 大きな街では目立ってしまう。クラインシュミット王国の北側からゲルツァー王国に入るとまずあるのがマックロートなのだから、なおさらだ。

 二人はそのまま足を止めず、さらに北、プラッツを目指すことにした。

 山中はともかく人目の多いところでサスキアの男装は体型上逆に目立ってしまうので、女性の野良着に替えた。


「その後は、ハックも知っての通りだ」

「つまり二人は、クラインシュミット王国の新王に命を狙われているということか」

「それなんだがな」サスキアは、一度隣を見て一息ついた。「当初は我々もそう思って、必死に逃げたのだが。こちらに来てから考え直して、もしかするとあちらの狙いはニールの命ではないのかもしれない、という可能性に気づいた」

「どういうことだ」

「先にも言ったが、バルヒエット公爵の王位継承順は一位でなかったわけだからな。今は軍の力でヘンネフェルト公爵や他の貴族を押さえているのだろうが、貴族や民衆からの支持をもっと上げておきたいはずだ。そのために、ニールを自分の妃にしようとする考えがあるのではないか。まあすでに夫人はいるはずだが、そちらを下げてでもニールを正妃にして体裁を繕う気かもしれない」

「な――まあ、そういう考えもあるか。そうすると、ニールを拉致して自国に連れ戻すことを考えるわけか」

「そうなるな。殺害目的と、両方を警戒しなければならない。どちらにしても、クラインシュミット王国の手の者が大挙してこちらに押しかけるわけにはいかない。しかもこちらゲルツァー王国の北部捜索の者はおそらく、マックロートに入って見つけることができなければ、そこから北と南二手に分かれるだろう。そうするとプラッツに潜んでいれば現れたとしても少数になると踏んでいた」

「うむ」

「それで昨年中は隠れおおせたわけだがな。しかし一冬を越えて改めて向こうが捜索の手を送ってくるとしたら、また改めてマックロートから始めるかもしれない。とりあえずマックロートだけに人手を使うなら、少しずつ人数を増やすなり街の外に人を潜ませるなどして、そこそこ多人数でも目立たなくするかもしれない。その後多方面に人手を分ける方針としても、この街には一度人数を費やすのではないか」

「まあ、あり得るか」

「そこを考えるとやはり、早めにここは去るべきだろうな」

「なるほど」


 ようやく話は、現時点に戻ったことになる。

 少し思い巡らし、正面の当事者に問いかけた。


「ニールには、母国に戻って王族の務めというのか、そういうのを果たすつもりはあるのか。もしかすると今の考察で、現王の妃になるなら王族に戻れる可能性があるということになるが。あるいは今後、そのヘンネフェルト公爵がうまく動いて情勢が変わり、復帰できる可能性だってあるかもしれない」

「ない」ニールは、即答した。「王族、嫌。そんなオッさんの嫁、もっと嫌。死んだ方がまし」


 これ以上ないほどに顔をしかめて、見るからに本気の発言、という表情だ。

 隣でサスキアは肩をすくめている。


「ニールに、自分が王族という自覚はほぼない。知識として知っているというだけで、それに相応しい扱いを受けたことの一度もないのだしな。王侯貴族は民のために奉仕する相応の責任がある、などという絵空事に近い言い方をされることもあるが、それをニールに求めるのはあまりに不合理だ。十三年間公費で生かされていたとは言っても、実態は貴族の末端より貧素なものだし、事実上自由を奪われていたことを考えると何の足しにもなっていない」

「確かに、聞いた限りではそうなるな」

「生誕直後はともかく、近年では貴族の中で第四王妃の存在を知らない者はまずいない。いたとしたら、よほどの情報弱者だけだろう。二大派閥と王妃たちの関係を微妙なバランスで十年以上支えている、原因なのだから。皆情報としては知っていながら、知らぬふりをして放置してきたのだ。今さらそのような貴族たちに、義理も何もない。わたしにしても、父が死去して兄が子爵家を継いでから王女のもとを去って戻るように言われたが、拒否した結果勘当扱いになっている。すでに実家への未練も何もない」

「何とも、だな」



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― 新着の感想 ―
[良い点]  清々しいほどに王族の血に未練の無いニールのサバサバ感♪ [気になる点]  スゴい陰湿なイジメ臭い事を幼いニール姫にやってた妃さまたちが「王族殲滅事件」の後どうなったのか?語り部のサスキア…
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