128 深く聞いてみた
こちらの考えを読んだかのように、サスキアは一度目を細めた。
そして、わずかに口調が変わる。
「ハックは、ニールの伸ばした髪の色を見たことがないよな」
「ああ。初めて会ったときからずっと、今の髪形以上に伸びたのを見ていない。元は金色か茶色か、と思える程度か」
「うむ、だろうな。しかし以前のように肩の下まで伸ばしているとな、薄い金色のところどころが光の加減で青みがかって、それはえも言われぬ美しさなのだ」
「へええ」
確かに、想像してみると相当な美しさと思われる。今は中性的にも見えているニールの容貌が、いかにも気品ある少女らしく引き立ちそうだ。
向かいで、サスキアの視線がわずかに上向き、何処か夢みるような面もちになっていた。
隣のニールの顔がここに来て初めて表情を動かし、横目の上で眉が寄せられた。
気づいてか、サスキアはコホンと咳をして、「それはともかく、な」と続ける。
「それがあだになったというかな、すべての発端なのだ。無論、ニールには何の罪もないというのに」
「どういうことだ」
「クラインシュミットには、言い伝えのようなものがあってな。王家の血筋に、何代かに一度という稀事とされるが、ある美しい髪色の子が産まれる。それが王位の正統性の証となる。その髪色は青みがかった金色と言われ、ニールはその言い伝えに合致しているのだ」
「ほう」
「そのことだけをとると素晴らしい出来事ということになるがな、ニールの場合はあだとなった。過去の歴史を遡っても、その子が長男や次男であったら王位継承の資格が強まるとされる。女子であったら王位を継ぐか、または国内の有力貴族に嫁いで国の成り行きを見護る存在となる。クラインシュミットの通例として、王位継承順は原則男子優先だが、女子にも認められているからな。他に男子の直系王族がなく、王弟の長子に王位を継がせ、その女子を王妃とした例もあったらしい」
「ふむ」
「だが、だ。こちらではニールの誕生時点で、上に王子と王女が三名ずついらしたわけだがな。第一王子と第二王子は正妃を母に持つ兄弟で、仲は悪くない。他の王子王女についてはそれぞれの母である妃ごとに、敵対とまではいかずともある程度反目、隙を窺うという状態だったようだ。それでもふつうに考えて、第一王子が王太子として王位を継ぎ、第二王子はそれを支える、他の王子王女はそれなりのところへ婿や嫁に出される、ということで問題はない。何処かに不満を持つ者がいたとしても、大勢としてそれで落ち着くと思われていた。そんな状況のところに、伝説の髪色を持つ王女が生まれたのだ」
「問題が起きることになるのか」
「ニールの意思などにかかわらず、だな。ただ第四王女が誕生したというだけなら、何の問題もない。しかしその王女が伝説の王位正統性を示す髪色を持つ、ということになるとまるで話が変わる。すぐにどうということではないが、王子たちにとっては自分の継承権を脅かす存在、と受け止められる。何事もなければ第一王子が継承で順当だろうが、何か政変なり大きな動きがあった場合、有力貴族がニールを押し立てて王位継承を言い出したとしたら、多くの貴族や国民から支持を受ける可能性を考えてしまう。幸か不幸か、ニールは血縁ではないが大貴族たるヘンネフェルト公爵と親類と言っていい縁がある。ますます疑心暗鬼を呼ぶわけだ」
「そこまで意味を持つのか」
「持つと言うか、持たせることができる可能性がある、ということだな。さらに上の王女たちにとっては、もっと切実だ。歴史を振り返る限り、有力貴族などへの嫁ぎ先が、優先的にニールに与えられるという可能性が大きい。自分たちの権利が狭められるという受け止めになるだろう」
「なるほどな」
ふうう、と溜息をつくしかない。
これまで縁のなかった王族の権力争い情報をいきなり大量に流し込まれて、頭痛がしてきそうだ。
それにしても、いつの間にかサスキアの口調から王族に対する敬称や敬語がほぼ消えている。
客観的な立場で事実だけを述べるという意志の表れか、過去長年にわたる鬱積めいたものがあるのか。
「しかしここでさらにややこしくしているのが、国王陛下のニールへの無関心という事実でな。わたしは真偽を知らぬが、もしかするとニールの髪についてもご存じないという可能性が囁かれている」
「はあ?」
「第四王妃死去の後は一切ニールを顧みることもなく、養育などの取扱いは第二王妃の采配に任されたそうだ。そこで、この点だけは王妃、王子、王女の全員の意思が一致したそうだが、生後間もなくからニールの存在はできる限り秘匿、特に髪の色については厳重に情報制限されることになった」
「ああ……」
「もの凄く乱暴な言い方をしてしまえば、かの方々にとってニールは、こっそり死んでくれるのが最も喜ばしい、ということになる。ただ、その中の誰かが手を下す、指示をするなどということになると、反目牽制し合う相手の思う壺。それを口実に地位失墜に持ち込まれかねない。少なくとも全員協力して命を奪う決断をするほど、団結する意思はなかったようだ」
「何とも……」
「つまりは全員一致したところで、生かさず殺さず、あわよくば何かの弾みで自然死してくれれば儲け物、という方針のもと、人目につかない養育を指示したということだ。王宮と同じ敷地内ではあるがすぐには目に入らない程度に離れた小さな別邸に、わずかな使用人をつけて隔離されていた。生後間もなくの頃は、乳母、侍女、護衛が一名ずつという態勢だったとか。それも乳母は通いで、乳離れの後は外されたようだ」
「王侯貴族のことはよく分からないが、かなり貧素な扱いということになるんだろうな」
「最底辺の下級貴族でも、まずこれ以下ということはないだろうな。我が子の養育にこの程度の形も作れぬようなら、その前に貴族家として破綻しているだろう」
単調な説明を、サスキアは返してきた。
かなり陰鬱な話になっているはずだが、並んだ二人とも顔をしかめるでもなく無表情のままだ。
「存在を秘匿と言ったが、何年にもわたってそんなことが可能なのか。さっき、ニールの親類に公爵がいると言ったな。そっちにも実態を知られずに?」
「生まれつき身体が弱いので人前に出さない、と出生の事実を知る者には説明していたようだな。前提としてあの国では、ヘンネフェルト公爵、バルヒエット公爵という大貴族がいて、貴族界はある程度その二大派閥に分かれていた。国王陛下は先代からの方針でその公爵派閥をそれなりに抑制すべく、王妃はできるだけ無派閥貴族家から迎えている。なのでこの件のような王妃と王子王女主体で練られた方策は、何よりも両公爵に実状を知られぬように腐心されたと思われる。特に本人と縁のあるヘンネフェルト公爵には気取られぬよう、細心の注意を払っただろう」
「なるほどな」
「さすがに長年ずっと何も知られない、というわけにはいかなかったわけだがな。説明しておくと、ヘンネフェルト公爵の夫人は子爵家の長女なのだが、その弟で家を継いだのがわたしの父親、その妹がニールの母である第四王妃ということになる。妃は無派閥からという慣例を破ったことになるが、先にも言ったように陛下のご希望優先という異例の形だったらしいな。もしかするとそういったような影響力は持たせないと、周囲に断りを入れるなどしたのかもしれぬ」
「つまり二人は、従姉妹ということになるわけか」
「うむ。こちらは詳しく話すと寄り道になってしまうが、わたしは子爵家の三女でな。まあ爵位を継ぐなどの柵もまず考えられぬので、かなり自由にのびのびと育てられた。すぐ上の兄の影響で幼い頃から剣を使うのが好きで、将来は国軍に入るか貴人の護衛職かといったところを漠然と考えていた。本当に幼い頃から剣の腕は有望と認められていてな、九歳の頃に王宮で護衛職の募集があったついでに、見習いとしてそこに割り込ませてもらうことができた。そこで何のまちがいか、新人護衛とともに連れていかれた先がニールの住む別邸だった」
「偶然にか? なかなかあり得ないと思うが」
「まったくだな。よりにもよって従姉妹同士、ヘンネフェルト公爵の縁者など、警戒されて当然だろうに。まあニールも六歳になっていて、王妃側からの警戒もいわゆる慣れからの緩みのようなところが出ていたのだろう。まだ九歳の見習いということで、深く考えもせず子ども相手で面倒のない配属先、と係が判断してしまったと思われる」
「なるほど」
別邸に入ってみて、サスキアは驚愕としてしまったという。
王女と聞いていたのに、家は狭い、調度は質素、傍につくのは侍女一人。自分の育った子爵家よりはるかに貧しいようにしか見えない。
後々聞いたところ、侍女も短期間で入れ替わっているらしい。いずれも三人の王妃実家の伝手による回り持ちで、第四王女に入れ込みすぎないようにと配慮されているようだ。
当然外に対して秘密厳守を言い渡されているし、それぞれの後ろ楯からは絶対粗相のないように厳命されている。先にも出た王妃同士の反目牽制の関係で、へたな事故でも起こそうなら実家ごと責任を問われることになりかねないのだ。
というわけで侍女の王女への世話はほとんど腫れ物扱い、わずかな親しみのようなものも入る余地がないという現状がずっと続いていた。
結果、この王女は生まれてこの方ほぼ喜怒哀楽の生じようのない生活を送り、感情の起伏を見せない性格に育っていた。
わずかな刺激は、十日に一度程度派遣されてくる家庭教師くらいだ。仮にも王女に何も教育をしていないというのもおかしいという判断か、老婆の教師が簡単な礼儀作法と読み書き計算程度を教えていた。
護衛の選定基準が緩いのも、頷けた。職務は、終日正面口の横に立っている、それだけだ。へたをすると警固対象の王女の顔を見ない日さえある。新人でも問題なく勤まるし、こちらも短い期間で入れ替わりが行われるらしい。
とにかくどの使用人も、外聞を憚って体裁を整える目的で配属しているにすぎないのだ。
一応護衛は二人体制で、昼夜交代していた。子どもであるサスキアは当然、昼だけの通いだ。
サスキアも最初は「勤務先で見聞きしたことは他言無用、家族にも話してはならない」という注意を誠実に守り、誰にも現状を相談することはなかった。
ただ秘かに第四王女の身元は調べ、自分の従妹であることを知った。
子ども同士ということもあって、自然と話しかけが多くなり、親しむ機会が増えてくる。王女の方も表情は少ないながら、それを受け入れてくる。
しばらく通ううち、ぽつぽつとこれまでの生活についての話を聞くようになった。
「その辺を聞いて、改めて驚愕してしまった。わたしもまだ幼くて具体的にどうとは分からないわけだが、とにかく子どもを養育する環境ではない。衣食住は最低限足りてるとはいえ、何と言うんだ、情操教育的なものがまったく満たされていない。家庭教師が来ている以外の時間は何をしているのかと訊くと、部屋でぼうっとしているとか、窓から見える木の葉の数をかぞえているとか」
「わ」
「たまには、外に出ることもあった」
「庭の石を動かして、下にいた虫を観察していた、と言ったな」
「うん」
とにかくも子どもが育てられる環境でないことに、疑いようはなかったことになる。
ひと月ほどその様子を見た後、思い余ってサスキアはこの事実を父親を通じてヘンネフェルト公爵に伝えた。
数日後、公爵から呼び出され、父とともに邸を訪ねた。
そこで公爵から伝えられたのは。
王女の実態については知らなかった。身体が弱く寝たり起きたりの生活と聞いていた。
生活が改善されるよう、それとなく王妃に伝えておく。
ということだった。
どうも本音として、公爵は王族と事を構えたくない。へたに第四王女に肩入れしてみせると、その他の王族に対して叛意のようなものがあると思われかねないので、あからさまに干渉するわけにはいかないということらしい。なまじ親類に当たるだけに、些細な行動も影響が大きくなりかねないのだ。
そういう公爵について、慎重というのか小心と称するのが妥当なのか、幼いサスキアには判別できないが。それ以上を要求するのが無理筋であることは、理解された。
とにかくそれとなくは伝わるようにする、と公爵はくり返した。
少なくともこの公爵が実状を知っている、今後も静観は続けると伝えるだけでも、王族に対してかなりの抑制になるはずだ、と父が付言した。
「つまり、公爵に話しても意味なかったことになるのか」
「ああ。その後もはっきり目に見えて生活が改善された、ということにはならなかった。最も明らかな効果は、わたしがいることが知られた上で黙認されることになった、ということか」
生活については一応それこそ衣食住に不足はないのだから、ここで大きく改善するとなるとこれまでの不備を認めることになる。采配を任されていた王妃の顔に泥を塗ることになりかねないので、動かないらしい。実際にはおそらく、しばらくのところ公爵がどう言ってくるかこないか、様子見をしてみた末のことではないか。
一方、誰も気にしていなかった護衛見習いがヘンネフェルト公爵の親戚筋であると、知られることになった。そうするともうこの見習いを排除しようとするなら、公爵を刺激することになる。
しかし考えてみると、まだ子どもにすぎない見習いなのだ。放置してもたいした影響はあり得ない、という判断になったのではないか。




