124 やっつけ仕事してみた
「今の、片方の遠吠え」
「仲間を呼んだな」
すぐさま、トーシャは林に飛び込んだ。
二人がそれを追う。距離を置いて、それに続いた。
小さな林を突き切り、窪地を見渡す箇所でトーシャは足を止めていた。
「やべえ、動き出した!」
「ひ――」
「マジすか――」
見下ろす低地で、さっきはばらばらの方向へ走り回っていた群れが、今はほとんどが揃ってこちらを向いていた。
押し合い圧し合いで速度は出ないようだが、人間の速歩程度でこちら向きに移動を始めている。坂を上がって平地に出た刹那、さっきまで以上の全力疾走が始まるのではないか。
今から上辺に寄って溶岩球ぶち込みを始めてもこの群勢には焼け石に水、数匹を仕留める間に残りの進攻を許してしまうだろう。
――溶岩流を全体に浴びせるなら、話は別だが。
一瞬考えを回し、断を決する。
相手は推定約百匹超。群がる窪地は半径百五十メートルの円形相当、といったところか。
横に離れた三人を振り返る。
「三人、固まっていろ。トーシャは、バリヤ発動!」
「お、おう」
当然こちらも『収納バリヤ』を完備して。
大物を『取り出し』。
そして――。
ややしばらくの、沈黙。
「え?」と、トーシャが顔を覗き込んできた。
当惑は、まあ当然だ。
慌てて指示を回したのとは裏腹、続く動きが見られないのだから。
下には、何の変化も見られない。
先頭の個体が傾斜した岩場に差しかかり、着実に登坂を始めている。
推定百匹超の巨大トカゲの群れが、じわじわと接近し続けている。
さっきの発声で信用して処置を任せたつもりのトーシャとしては、当てが外れて焦燥の思いだろう。
「おい、ハック――」
「来るぞ!」
「え?」
仰ぎ見ると、変わらず一面灰色の雲。風はやはりほとんどない。
その下に。最初はただの黒ずんだ点に見えた。
それが見る見る大きさを増し、広がり、空のわずかな明るみを覆い出す。
「えーー?」
「な、何すか?」
実際に音は聞こえないが。まるでグオーーという唸りが響き伝ってくるように思えた。
見る見る広がり、あっという間に眼前を覆いつくし、窪地一面に降り注いでいった。
今度こそ、轟音が鳴り響く。ガガガガガーーと岩との衝突音。ドドドドドーーとそれよりはやや硬さの和らぐ破裂音。
キエーーーー、キエーーーー、と魔物たちの重なり合う雄叫び。
一面数知れない小さな礫に撃ち抜かれ。折り重なって倒れていく。
「な、何だあ?」
「ひえーー」
「嘘おーー」
数瞬後。
窪地に動くものは失せていた。
残るのは、大量に横たわる巨大トカゲと、一帯に撒き散らかした石礫。
ほとんどの魔物が頭を撃ち抜かれ、絶命したようだ。
「何なんだ、こりゃあ!」
目を血走らせて、トーシャが問いかけてきた。
まあ確かに、驚かない方があり得ないだろう、一瞬の惨劇だ。
「ここの窪地を覆いつくすように大量の拳大の石を隙間なく並べて、上空五千メートルから落下させた」
「何だあ?」
「前に思いついて、計算してみたんだけどな。ここも地球と同様、重力加速度約九・八だとして。上空五千メートルからの自然落下だと、落下時間約三十秒、地表到達時の速度およそ秒速三百十メートル、時速で千キロ超になるようだ。手計算だから、まちがってたらご免、だが」
「……はあ?」
「音速、つまりマッハ一ってのが秒速約三百四十メートルのはずだから、それに迫っているってところか。銃の弾丸速度にはまだ及ばないが、脳天にこの速度の石礫を食らって、まずたいていの生き物は助からないと思う。拳大だから、ある程度の岩の隙間なんかに逃げても無駄だろうし」
「あ、ああ……」
「ひえ……」
「ハックパイセン、メテオ魔法使えた、すか」
「何だそれ、知らんぞ」
ジョウの説明によると、魔法で空から隕石を降らせる、ゲームやマンガなどではほぼ究極の荒技なのだとか。
まあ確かに、近いと言えば近いか。
「上空五千メートルって、どんなことしたらそんな、できるんすか」
「説明はしないよ」
「俺、一生金輪際、ハックパイセンとは敵対しないす」
「う、うちも」
震えている二人は放っておいて、トーシャの顔を見る。
「例の最後の手段よりは惨状にしても見た目受け入れられるか、とこの方法にしたが。それにしても、衛兵たちへの説明は苦労するか」
「そこは、仕方ねえな。さっきのタイミングじゃ、ゆっくり考えたり相談したりの暇はなかったもんな」
「ああ」
「それにしても、なあ……」
大きく溜息をついて、トーシャは死屍累累の低地を見回している。
ほとんど無風の一帯から、そろそろ血の臭いが立ち昇ってきていた。
「何とか死体にしても剣の通る箇所を見つければ、少しは格好がつくかもしれんが。ほとんどのやつが剣も通らない脳天を石礫で突き破ったのが死因とバレたら、何と説明すりゃいいのか、だな」
「まあ、ジョウが時速千キロの投石をする鉄腕だってことにでもするんだな」
「いやそれ、無理すから」
「メジャーリーグピッチャーの豪速球で、せいぜい百六十キロ超えじゃなかったっすかあ?」
「そんな正確に測るスピードガンはここにないだろう。大丈夫だ」
「いやいやいや……。試しに石を投げてこの死体の頭をかち割れるかやってみろって言われたら、どうすんすか」
「その一回だけ、死に物狂いでやってみろ」
「いやいやいや、無理――」
笑って言ってやると、少年の眉尻が情けなく下がった。
まあ、そんなのが可能とは端から思っちゃいない。
「まあその辺何とか、トーシャが剣で、二人が投石で攻撃した結果こうなった、と説明して信じてもらえるのを願うしかないだろう。それ以外のことが起こったなど誰も想像さえできようがないんだから、納得するしかないはずだ。ということで、後は任せた。僕はこれで帰らせてもらうから、討伐に参加していなかったことにしてくれ」
「おいおい――」
「何とか誤魔化してこれだけの魔物を征伐したと認められれば、討伐報酬や前回のように皮などの素材の価格分が入るかもしれない。三人で分けてくれ。前回と同様なら、しばらく生活に困らないぞ」
「ほ、本当すか」
「マジい――?」
目を輝かせる二人と裏腹に、トーシャはさらに深々と息をついた。
やれやれと首を振りながら、後輩たちを促す。
「しょうがねえ。死体を見て回って、まずは剣が通るところがないか探す。あとは、あまりに石礫だけでの損傷がひどいやつは死骸ごと消してしまう。手伝え」
「はーい」
「あまり近づきたくないけど、仕方ないかあ」
「帰りがてら、門番にこの件を伝えておいてやる。衛兵の視察が来る前に、処理を終わらせろよ」
「了解」
それじゃ、と友人に手を振って、その場を離れる。
帰りはゆっくりと下り道を辿り、三十分ほどかけて元の西門に出た。
門番たちに、トーシャが魔物の群れを見つけて討伐したと話すと、俄に大騒ぎになっていた。当然ながらすぐに視察の兵を出す流れになっている。
おおよその場所を説明して、報告を終わる。慌てて一人の門番が、衛兵詰所へ向けて駆け出していった。
かなり陽は傾いてきているが、この日のうちに確認に出向くことはできるだろうか。
変わらない曇天を見上げていると、残った門番も同様に顔を仰のけて、
「天気も崩れないようだから、すぐに向かわせることができるだろう。ほら、あの南西の山の上に雲がないから天気は回復に向かって、明日は晴れだぞ」
「そうなんですか」
この地に長いらしい者の言うことだから、まちがいなさそうだ。
それでは、と後を任せてここは帰らせてもらう。
「ただいま」
「ああ、お帰り。どうだった、トーシャ殿の用事は。また魔物だったのか?」
家に戻ると、庭先で子どもたちの遊びを見守っていたサスキアが振り返ってきた。
前回に似た魔物だが、アドバイスしてやるとトーシャと後輩たちで何とか仕留めることができた、と話す。
すぐに聞きつけて出てきたニールも、説明にうんうんと頷いている。
「で、ハックは。怪我とかないの?」
「ああ、無傷だ。魔物に触ってもいないしな」
「そっか」
安堵したようで、細めた目でにっと笑う。
サスキアも、腕組みで頷いた。
「それなら、もうそちらは心配ないのだな。話は戻るが、ニールと森に行くという件は、明日以降ということになるか」
「だな。門番の予想によると、明日は天気がよさそうだということだ」
「ふむ」頷いて、サスキアは眉を寄せている。「わたしは明日、三人を連れて裁縫店に行く予定だが。話によると、そこそこ手間がかかるらしい。正式雇用の手続きだし、今回は店の営業形態変更を伴うので、役所への届け出も必要なのだそうだ」
「そうなのか」
「場合によっては、午過ぎ遅くまでかかるかもしれん」
「ということは、明日サスキアが森行きに同行するのは難しいわけか」
「そうなりそうだな」
無言で聞いていて、見るからにニールの顔が曇ってきた。
ずっと楽しみにしていたところさらにお預けを食って、明日こそはきっと、と期待していたはずだ。
大きな目で、こちらを見上げてきた。
「サスキアいないと、危ない?」
「うーーん。まだ夏の盛りよりは獣の数は少ないようだが」
「人目にも、つかないんだよね?」
「会うのは、門番くらいだな」
この街に来てから二人とも人目を避けるよう心がけてきたわけだが、その点については森の方なら大丈夫だろうと先日から判断していたところだ。
プラッツの森にはサスキア抜きでずっと通っていたわけで、よほど危険な獣が出ることがない限り、心配の材料はない。
ニールに顔を覗かれて、サスキアもうーむと唸った。
「明日なら、留守をナジャに頼めるものな」
「そうだな」
「なら、仕方ない。ハックだけでは護衛として心許ないが。獣にも人にも、十分警戒するのだぞ。その約束で、二人で行ってくれ」
「分かった」
言葉を被せる勢いで、ニールは応えていた。
苦笑いで、サスキアはそれに頷き返している。
翌日の留守を任せる件とともに、ナジャとは今後の相談もしておいた。
レオナルトの店に見習い就職を頼む前提で、土産として持っていくソースと総菜パンなどの料理を用意する。その準備に、数日を見込むことにする。
「頑張るよ」
と、少女は今にも力瘤を作りそうな入れ込みの表情になっていた。
先日より、新作の投稿を始めました。
「アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~」といいます。
よければ、覗いてみてください。
本作としては、今年最後の投稿になると思います。
一年のご愛顧、ありがとうございました。
どうぞよいお年をお迎えください。




