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君に、最大公約数のテンプレを ――『鑑定』と『収納』だけで異世界を生き抜く!――  作者: eggy


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120 列挙してみた

「『マジックバッグをお預けください』なんていうのは、客に対して無茶苦茶失礼ってこともないよな。日本での『店内でエコバッグの使用はお控えください』というのと大差ないし、今言った常識の世界なら自然に受け入れられて当然だ。店側で難しい対処が必要なわけじゃなし、これで完全に対策ができるわけじゃないにせよ、この程度の策も打たない店主の感覚が信じられない話だろう」

「まあ……」

「そう、すねえ……」

「まあそれだけ店と客の信頼関係ができていて、いわゆる単純な性善説信奉主義で世の中が回っているということかもしれないけどさ。分かりやすい例でその手の世界でよくある、冒険者と武器道具屋の関係に絞って考えてみて、そんな性善説が通る状況だろうか」

「えーと……」

「標準的な冒険者の実態を考えてさ、新人冒険者苛めや、魔物の討伐数誤魔化しや、S級パーティーになった暁にはダンジョン最深部で役立たずの荷物持ちを置き去りにする行為は、必ず起きているっていう状況が一般的なんだぞ。そんな連中が万引き行為だけは決してしない、などという性善説を信じられるものだろうか」

「は……」

「はあ……」

「ということを考慮すると、異世界の小売店の店主において前世とは比較にならないほど商品を盗まれることに忌避感がないという、言ってみれば人間の根源部分で前世世界と決定的な常識のズレがあるとしか考えられないんだが。しかしそれにしたって他の場面での一般人の物欲などを見るに、それもどうもしっくりこないということになる」

「あ……はあ」

「詰まるところ、そんな小説ノベルに登場する店主の誰も、ふつうの常識で考えられる思考をしていない、と思うしかない。一人か二人変人がいるという話じゃなく、そういう一つの世界の中のすべての店主が漏れなく常識からずれているというわけだ。これは信じがたい異常な世界と断じるしかない」

「ああ……」

「いや、悪い癖で長々と論じてしまったけどさ。結論は、さっき言ったことに戻るわけだ。そんな当然の人間的思考を持つ人物を描く気のない作り物の小説ノベルなどを、鵜呑みにするな」

「はあ……」

「はい……」


 若手二人に加えてトーシャまで、まるで生気が失われたような表情になっている。が。

 悪い。本題は、これからなんだ。


「別にそんな小説ノベル云々を吟味するのが言いたいことではなくてさ、現実のこの世界でのことを想像してみてもらいたい。仮にジョウが初めてこのマックロートの街に来て、俺は『収納』という便利な能力を持っているんだ、と言って回ったとする」

「え? あ、はあ……」

「もちろんそりゃ、その辺の商会主辺りから挙って、荷物運搬に協力してほしい、という依頼が殺到することは十分に考えられる。しかし同時に、そこらの店に入ったらたちまち、商品を盗まれるんじゃないかと警戒されることも予想すべきだろう」

「はあ」

「そんな警戒は、時間をかけて信頼を得れば薄れるものかもしれない。しかしこれももしもだが、もしもあるときジョウが近づいた場所で物が紛失した、探しても見つからない、という事態が起きたとする。そうなったらどうしたって、真っ先に疑われて何の不思議もない。疑いを晴らそうとしても、不可能だ。『収納』の中身を他人に見せてこれ以外入っていないぞと証明することはできないんだから。自分は何も持っていないぞ、と白日の下にすることはできない。もっと悪い方に考えると、もしもその紛失物が他の場所で見つかったとしても、完全に疑いが晴れるとは言えない。このスキルでは、別の場所にこっそり取り出しをすることができるんだから。犯行がばれたから誤魔化しをしたんだろうと言われても、言い返しようがない」

「ひえ……」


 凍りついたような顔を、ジョウは隣の女友だちと見合わせている。


「今言ったようなことは、まあ特殊状況だけどね。しかし、他にもある。ジョウや我々の『収納』の性能は、一部の人間にとって垂涎の的になって不思議はない。数メートル先のものを何の苦労もなく手に入れることができる。それだけでも十分過ぎる魅力だが、それだけじゃない。さっき僕がやってみせたように、十メートル離れた位置から人の口に毒物を放り込んで、殺害することができる。これは、毒物さえ手に入れればジョウにもレオナにも可能だ。だから僕は、今後十五メートル以内に近づかないことにするわけだけどね」

「あ、あ……」

「その……」

「この殺人能力、ある意味最凶レベルと言えるんじゃないか。一人で何十、何百人を斬り伏せることができる剣豪や、街一つ壊滅できる大魔法使いみたいなのも、もしいたとしたら容易に要人に近づけたくない危険物扱いになるだろうが、見方によってはそれ以上だ。剣豪は何十人の護衛を斬り倒して要人に迫ることができるにしても、一応ある程度時間がかかるから逃げる余地も残される。魔法使いは術を使う際に高々と詠唱するのがお約束らしいから、少なくとも攻撃開始を知ることはできる。そしてどちらもたぶん、目的を達成したとしても実行者の隠匿はそこそこ難しいと思われる。まあ例によって、特に魔法使いの方は本人の自己顕示欲等を含めて、神あるいはそれに匹敵する作者の設定次第なわけだが。

 しかしこちらの『収納』は、相手が何十、何百の精鋭に護られていようが、十メートル以内の距離に近づけたら、確実に実行可能だ。それも、何の詠唱も予備動作もなく、表情一つ変えることなく一瞬で、ターゲットの口に毒物を入れて殺害することができる。まず失敗の余地はないし、『収納』の能力をそこまで知られていないとしたら犯人の特定さえ難しい事態になるだろう。

 もし一部のそうした目的を持った人間にこの能力を知られたとしたら、だね。高額報酬を提示するなり弱みを握って脅迫するなりして、もしジョウ本人にその気がなかったとしても、宝物の窃盗や要人の殺害などを強要される、という成り行きは容易に想像されると思わないか。そんな卑劣な悪党はフィクションの中にしかいない、と決めつけて安堵する根拠はない。実際僕は元いた町で、そんな企みをしても何の不思議もないような貴族や商人と出会ったぞ」

「はあ……」

「そう、すか……」

「そもそもこの世界、小説ノベルの中のようなお気楽なものなどと思うのはやめてくれ。僕は常々ここの現状を、日本の室町時代から戦国にかけてに近く、将軍が少ししっかりしている状態か、と思うことにしているんだけどね。一応全国に通じる法律みたいなものはあるようだが、それが津々浦々まで守られている保証はない。それぞれの領での自治権が強く、領主は何でも国王の言いなりというわけではない。領主同士も領地の取り合いなどで争いは絶えず、実際ここの領も君たちのいた隣の領との小競り合いが年中行事だという。

 そういう実態だから、貴族も商人も一般庶民も、法律を守るなどといった意識は前世日本と比べようもないほど低いと思うべきだ。要するに、バレさえしなければ違法行為も厭わないといったやからの割合は、こちらの想像を超えていて不思議はない。領主クラスの貴族は、自分の利益のためならどんな行為も迷わない可能性が高い。王室に何かを咎められようが、極端な話武力や何らかの権力で撥ね返す余地があるなら、歯牙にもかけないことだってあり得る」

「ひえ……」

「だから、そんな本来ならフィクションの中にしかいそうにない絵に描いたような悪党も、実在の余地は十分にある。つまりその能力を知られたら、ジョウはそうした脅迫がいつ行われるか分からない中で過ごしていかなければならないということになる。

 それだけじゃない。と言うか、こっちの方がもっと可能性が高いと思うんだが。我々の『収納』の性能が知れ渡ったらまず確実に、商人に喜ばれる以前に、領主や貴族に取り込まれて自由を奪われることになる」

「あ……」

「本当に、絵空事では済まないことになると思うぞ。特に僕の実態が知られたらね。僕の『収納』だと、戦の場で数千数万の兵の兵糧や武器、鎧の類いまですべて一人で運ぶことができる。そうなったら下手をして、派兵した軍の移動能力は今までの二倍になったとしてもおかしくない。領主がこれを放っておくわけがないだろう」

「ああ……」

「そう、すね」

「何処かの小説ノベルや一部の実話のように、そんな能力を売り込んで領の重鎮に上り詰めるようにとり立ててもらう、といったことも考えられるかもしれないが。よほどの幸運やそれこそトーキチローさん並みの才覚がなければ無理だろう。この世界で貴族社会の基本は、当時の日本以上に血筋重視らしいから。ぽっと出の平民が一つの能力だけでとんとん拍子に立身出世、などという余地はない。能力が知られたらまず自由を奪われて囲い込まれ、その作業だけに馬車馬のように従事させられる、というのが最もあり得る未来だ」

「ひ……」


 そこまで彼らに打ち明けるつもりはないが、実際にはもっと深刻だと思う。

 なにしろこちらの『収納』の能力だと、万単位の敵兵の頭上に山一つ落として、瞬殺できるのだ。

 あるいは、「敵軍のいる範囲の地面深さ一センチの土類とそれに接触する個体のすべて、さらに上端の空気長さ十センチ分とそれに接触する個体すべてを『収納』」と指定すれば、全兵士の衣類装備と、それに接触せず手に持っていたものを含めて武器のほぼすべてを、一瞬で奪うことができる。

 ついでに直後、深さ一センチの土類だけを元の場所、上空二・五メートルに戻してやったら、なかなか痛快なことになりそうだ。

 それだけではない。相手の領主邸、あるいは城のようなものであっても、その位置さえ知れば立ちどころに消滅させることができる。三階以上に人がいたとすれば、命の保障がなくなるが。

 とにかくも破壊力や有用性は、大怪獣や核兵器の類いさえ凌駕していると言っていい。破壊だけではなく、奪いとることもできる、という点で。

 もしここまですべて知られれば、何がどうあったとしても領主や国王クラスが放っといてくれるはずはない。


「それが嫌なら、領兵の手をかいくぐって逃亡するしかないだろうけどね。魔法や『収納』などを活用すれば、それも不可能じゃないかもしれない。しかしその価値が知れた後なら、他所よその領にとられるくらいなら、と命を狙われることになって不思議はない。もしこの能力が敵対したらと想像すれば、当たり前の判断だろう。無事他の領に逃げたとしても、一度流れた評判はもう止められない、そちらの領でも同じ成り行きになって当然だ。そのくり返しで、この世界に安住の地はないという末路になる」

「ひえ……」

「少なくとも僕は、そんな修羅の道を歩む選択をする気はないからね。君らがもし『収納』を公開して稼ぐ気になったとしても、僕を巻き添えにするのはやめてくれ」

「ひ……」

「は、はい……」


 二人とも、視線を地面に落として魂が抜け落ちたような顔つきになっている。

 腕組みで、トーシャも深々と溜息をついた。


「僕が言っていることにまちがいがあると思うなら、指摘してもらいたいんだが」

「この『収納』の使い方や限界、メリットデメリットについていちばん考えを深めているのは、ハックだろうからなあ。俺もそこまで気を回してはいなかった」

「国や貴族に囲い込まれて馬車馬扱いってのは、考察されていた小説ノベルもいくつかあったけどな。いちばん身近でリアルにありがちじゃないかという窃盗を疑われる危険については、考慮されているのを見たことがない。不思議な話だよな」

「確かに」

「もう一つ前に冗談半分言った気もするが、デメリットというか危険性を挙げておくと、こんな能力を持つ奴は悪魔か化物かということになって、はりつけ火あぶりに追い込まれるっていう可能性だな。これだって、まったくあり得ないとは言えない」

「だなあ」

「二人の魔法についても、その辺は同じだと思うぞ。参考にする小説ノベルやコミックと違って、ここでは今までこの世に存在していなかったものを持ち込むことになるんだからな。周りがどんな反応をするか、まず予想がつかない。慎重に考えるべきだ」

「は、はい」

「はい……」

「ということで、あとの判断は各々に任せるが、僕は別行動ということにさせてもらう。悪しからず」

「分かった。こいつらについては、俺が預かる」

「任せた」


 よっこら、と腰を上げ。手を振ってこの場を去ることにする。

 当初の予定として彼らの狩りの手伝いまでは協力することにしていたが、これ以上の関わりは中止ということで。

 目の端に、もう一度深々と下げられた男女の髪色がよぎった。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  ふたりの新人が完全に“わからせられた”ようで何より、読者もなろうで安易に描かれるチート無双が「ガチに考察するとどう考えても詰む」状態なのをわからせられました(´Д` )だからその辺のツッ…
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