板ガムを引き抜くとばっちーんってなるやつ S.ヒノワ
ティファレトさん襲来の次の日。
アルミラちゃんが、現在のチャンネル登録者数を教えてくれた。
「1005963人です」
「ひゃくまん」
なんで? 昨日は30万とかだったのに?
呆然とする私に、アルミラちゃんは顔を赤くしながらぼそぼそと原因を語ってくれた。
「……その、昨日、ムカつくコメントを黙らせるために、キスしたじゃないですか」
「…………はい」
学校ではその件に関して宇佐神さんにめっちゃ問い詰められたが、それは置いておいて。
「…………で、数万の視聴者が見ていたわけで、彼らがあっちこっち拡散して、それで私たちに興味を持った人たちが集まってきて、その結果が一夜で登録者数100万突破です」
「………………キスだけで?」
「…………わかりません。こんなことになるなんて予想外なんですよぉ私だってぇ……うぐぐ」
「そ、そっか…………まあ人気アップに繋がったのなら、いいかな?」
「………………ごめんなさい。我ながら昨日は勢い任せすぎて」
「大丈夫。たぶん。それほどイヤじゃなかったし」
「…………私もイヤではなかったですけど」
沈黙。
………………気まずい!!!
私はこの空気に耐えられるハートを持っていない。沈黙を打ち破るべく無理やりに話題をひねり出す。
「…………あ、あー、そうだ、そういえば新しい機体のことなんだけど」
「……機体? あ、あー、そうですね。昨日はアトラクナクアの修理費とか、そういうのを稼ぐために金策したんでしたね」
「う、うん。それで、お金とかどうなったかな?」
それを聞かれると、アルミラちゃんはほくほく顔に。
「ひひひ、バッチリです。売るもん売ったらスパイダーユニットを5体ほど制作してもあまるくらいの金額が手に入りました!」
「やったね! それだけあればアトラクナクアを直せるし……」
「どころかさらにパワーアップさせられます! しかも私たちの手には『炎陽』と『氷輪』があるんですよ! あれを使えば鴉もいまより高性能にできちゃいます!」
「ひひひ、もっと強くなればもっと人気者になれるね!」
「ひひひ、そして人気があればさらに強くなれますからね!」
明るい未来を思い描いて笑い合う私たち。さっそくと機体の開発に取り掛かることになったのだが――――、
★
7月。
現実の方は脳がゆで卵になりそうな熱さ。LDOの地球エリアは現実の季節とリンクしており、こっちもやっぱり蒸し暑い。
アルミラちゃんの部屋で仮想エアコンの冷風を浴びながら、私たちは机に向かい頭を抱えていた。
「うーん、うーん、やっぱりビームソード30基を搭載してハリネズミみたいにするのはムリがあったような……」
アルミラちゃんが唸っている。その眼前には修復と改良の真っ最中なTAUユニットが。
新機体の開発を始めてから1ヶ月以上が経過した。私たちは、いまだそれを完成させられずにいる。
豊富なICOで高性能なパーツは買い放題、『炎陽』と『氷輪』のおかげで発熱量と冷却性能の調整もぐっと楽になり、私たちはいままで以上の自由度で機体を開発できるようになった。
しかし豊富な選択肢は迷いを生む。あの装備をつけよう、やっぱり外そう、代わりにこっちを――と試行錯誤を繰り返していたら、機体の完成度は一歩進んで二歩下がるような状況に。
このままだと、永遠に新機体は完成しないだろう。
「鴉の改良機は完成したんだけどねぇ……」
「鴉の役目はTAUユニットにENを供給する『動力炉』であり、TAUユニットを制御する『コクピット』ですからね。その役目をしっかり果たせるように作って、あとは機動力や防御力をできるだけ盛ったらオーケーです。わかりやすい」
「TAUユニットは色々と複雑だからねぇ」
「そうなんですよ。……うーん、うーん……ダメだー! 思いつきません! ぐえー!」
アルミラちゃんは机に突っ伏し呻きだす。スランプというやつだ。最近は配信も実験と雑談でマンネリ気味。せっかく増えた視聴者も、私たちがおもしろい配信をできなければ離れてしまうのに。
……おまけに、私にはもうひとつ頭を悩ます課題があった。
(……宇佐神さんとアルミラちゃんの仲直りも、なぁ)
こちらの問題も引き受けてから一ヶ月以上が経過しているが、特に進展なし。毎朝のように進捗状況を聞いてくる宇佐神さんに「とくになし」と答え続けるのも胃に悪い。
なんとかしないと、けれどそう考えてアイディアが思い浮かぶわけでもなく。
「はぁ……」
ため息を吐きながら、私はなんとなく窓の外を見た。
仮想世界に再現された真夏の空。照りつける太陽が街を熱している。
こういう季節になると、アレ行きたいなぁ――――っと、
「おーい! アルミラー! いるかー!?」
「タツキ! 呼びかける前にチャイムを鳴らせばいいのだわ!」
「あっ! そっか!」
玄関の向こうから元気な声がして、それからぴんぽーんとチャイムが鳴った。
「……信号機が来ましたか」
アルミラちゃんが信号機と呼ぶ三人娘、アリスガワ三姉妹。かつて戦ったあの日から、私たちは彼女たちとちょくちょく交流するようになっていた。
特にあちらのリーダー・タツキちゃんとアルミラちゃんの仲が良い。……いつも泣かし泣かされの仁義なき子供の喧嘩を繰り広げているふたりだが、それでも交流を続けているのだから『喧嘩するほど仲が良い』というやつなのだろう。
アルミラちゃんはやれやれと席を立ち、喧嘩相手を出迎えに玄関へと向かう。
「今日はなにようですか、タツキ? あ、ガム食べます?」
「食べるー! ……ぎゃあああああああ!? ガム引き抜いたらなんかネズミ捕りみたいなのがばっちーんってえええええええ!? 指があああああああああ!?」
「ひひひひひ! ばーかばーか! 私が新機体開発の気分転換に制作したフィンガーブレイクMk9の威力をとくと味わえ!」
「うわああああああん! やっぱこいつ嫌いだあああああああああああ! えいっ」
「ぐえー!? こいつ的確にスネのいちばん蹴られたら痛い位置を蹴ってきやがったあああああああああ!?」
と、ぎゃーぎゃー騒ぐふたりを置いて、アリスガワ三姉妹の次女と三女、ライカちゃんとトモエちゃんがリビングへとあがってくる。
「おじゃましまーす。こんばんわ、ヒノワさん」
「おじゃましますぅ。……こんばんわ」
「こんばんわ。今日はどうしたの?」
「えっと、タツキが思いつきで海に行きたいって言い出したんです。それで、せっかくだからおふたりのことを誘いたいって」
「海……」
それは、私が仮想世界の夏を眺めながら思い浮かべていた言葉である。
「あっ、海といっても現実の、ではないですよ? LDO内の海で……」
「この世界の海かぁ……あるとは聞いていたけれど、そういえば行ったことないな……」
……このまま部屋に籠もって新機体のことを考えていてもアイディアは浮かばないだろうし。
「……アルミラちゃーん?」
「な、なんですかヒノワ!? いまこの赤いバカの二の腕に輪ゴムでぱっちーんってやるのに忙しいんですが!?」
「やめろおおおおおおおおそれマジでミミズ腫れになるううううううううううう!」
「海に行かないか、だって。どうするー?」
「ヒノワはどうしますー!?」
「私はいきたーい。気分転換に」
「じゃあ私も行きまーす! ……くらえ必殺のラバーバンドキャノン!」
「ぎゃあああああああああああ痛あああああああああああっ!?」
こうして、私たちは仮想世界の海へと出かけることになり……私はふと思いつくのだ。
(……海の開放感を前にすれば、宇佐神さんとアルミラちゃんも落ち着いて話し合えるのでは?)




