サポートお嬢様 S.ティファレト
EDAに乗ったままエリア間を移動するための『転送ゲート』をくぐり抜け、私のミカエルは『月エリア』へと降り立ちました。
LDO世界の月は地球と同じような環境にテラフォーミング済み。空を見上げれば地球エリアと同様の青空があり、その青空の中に蒼き惑星・地球の姿が見えるという、ちょっと不思議な光景が。
《あいかわらず月の空はお美しいですわね~》
《空のブルーは地球のブルーでしてよ》
《海のブルーにもなるんですのよ~》
《地球を見上げながらのティータイムはお紅茶が進みますわ~ッ》
配信に映る月の空に、視聴者さんたちも大満足のご様子。よしっ。
問題なく配信できていることを再確認してから、特等席で空の旅を楽しんでいたおふたりを地面に降ろします。
「うえぇぇぇ……めっちゃ酔った……」
「風がすごかった……」
アルミラさんは草原に四つん這い、ヒノワさんは頭を抑えてふらふらと。ミカエルの外部スピーカー越しに、私は彼女たちとお話をします。
「ちょっと操縦が荒かったかしら?」
「操縦云々の問題じゃねーですよEDAの両手に握られたまま高速飛行とかどんな罰ゲームだって話ですようぇぇぇぇぇ……」
「むっ。気分爽快かと思ったのですけれど。まあそれは置いときまして」
《相変わらずティファレトお嬢様はお排泄物強引ですわね》
《セフィラのアルバトロス、セフィラのワイルドボア、そんな異名も伊達ではなくてよ》
《ティファレトお嬢様のお奇行を見ているとお腹筋がズタボロになりますわね~ッ》
コメントで何やら言われていますが聞こえなかったことにして。
「直近のアップデートにより、最近はこの月が金策効率に優れているそうです。さあさ、お金を稼ぐとしましょうおふたりとも!」
「ここが月……なんか地球とそう変わらないような。どういう場所なんですか?」
「あら? ヒノワさん、世界観説明に目を通してはいないのかしら? でしたらお教えいたしましょう。LDOを詳しく知らない劣等種の皆さんのためにも良い機会です」
「あ、ちょっと待ってください。ヒノワ、こっちも動画配信を始めましょう。こうなったらセフィラのバカと一緒に配信中って宣伝して視聴者を集めねーとわりにあわねーですよ……」
そう言ってカメラドローンを呼び出すアルミラさん。良い判断です。この私との配信ともなれば多くの視聴者さんを集められるでしょう。戦闘中以外に得たイイネはICOにもなるので金策も兼ねられると良いことずくめ。
あちらの配信が整うのを待ってから、私は再び口を開きます。
「月エリアのデザインコンセプトは『機械と魔法のファンタジー』。中世ヨーロッパをモチーフにした風景と、魔法の存在が特徴たるエリアですわ」
「魔法、ですか?」
「月の魔力、という言葉があります。その言葉の通り、LDOの月にはエーテル――俗に『魔力』と呼ばれる物質が存在していますの。これは火のないところに炎を燃やし、乾いた砂漠に雪を降らせるような超常現象を可能とする超物質。月の住民は、このエーテルを利用した魔導技術によって月を急速に開拓していきました」
しかし、と、一言。
「……エーテルには毒性があったのです。生命体がエーテルを浴び続けると、ごくまれに肉体が突然変異を起こし別の生命体へとかわってしまう。そうして発生したのが『魔物』と呼ばれる敵キャラたち。月エリアのマステマの主戦力でもありますわ」
「魔物……」
「この魔物に対抗するべく、魔導技術を組み込んで開発されたのが月のEDA『アーマーウィザード』です。感情で動き、魔法を操って戦う巨大ロボット、ですわね」
「機械と魔法ってありなんですか? SFなロボとファンタジーな魔法って食い合わせが悪いような」
「ロボオタ教養がまだまだ未熟ですねぇ、ヒノワ」
と、ようやく四つん這いから復活したアルミラさんが、得意げに会話を乗っ取ります。
「昔から、ロボットアニメの製作者たちは巨大ロボが作中世界になぜ存在しているのか、説得力ある設定を考えるために頭を悩ませてきました。SFチックな超科学で説明するのがいちばん無難です、だからロボットモノにはSF系の世界観が多い」
「確かに、いままで見てきたアニメはそうだったかも」
「でしょう? で、超科学の次に多い設定が『魔法』です。巨大ロボが存在できる設定を考えた時、魔法ってやつはすげー便利なんですよ。なんで巨大な機械が重力にも負けず動けるの? 魔法だから。なんでビームとか撃てるの? 魔法だから。万能。あと魔法陣から巨大ロボを召喚したり、複雑な呪文を口ずさみながら必殺技をパナしたり、アニメ的に映える表現も違和感なく行えます。っちゅーわけでロボと魔法は相性が良いと言えるわけですよ」
「そうなんだ」
「あとでオススメの魔法系ロボのアニメ、教えてあげますよ。……で、この月の『アーマーウィザード』はそういう魔法系ロボをリスペクトしたEDA。魔導兵装を利用したド派手な能力バトルが特徴ですね」
「私のミカエルにもいくつかアーマーウィザード系のパーツを組み込んでいますわ。ケレン味が利いてて良いんですのよ」
「いいですよねぇ魔導兵装。カッコよくて」
「……ふふふ。アルミラさん、あなたなかなか『理解って』ますわね」
「そっちこそ。ひひひ」
「なんかボスキャラと仲良くなってる……」
さて、月の説明を終え、アルミラさんと意気投合したところで、私は本題へ。
「最近、この月ではアップデートが行われ、新素材が追加されましたの」
「新素材?」
「このゲームでは、EDAのパーツを作るのに『鉄』や『プラスチック』といった素材アイテムを要求されることがあります。素材にはレア度が設定されており、レアな素材から作るパーツほど高性能。例えば、低レア素材から作れる装甲パーツは『重くて硬い』、『軽くて脆い』、『重さも硬さもそこそこ』といった一長一短のものばかりです。けれど高レア素材から作った装甲パーツは――」
「軽くて硬い、みたいな欠点のない性能を持っている?」
「はい。より高性能なEDAを作ろうと思ったら高レア素材から作る高性能パーツが必須ということ。そしてLDOでは、アップデートによって新しいレア素材とパーツがどんどん追加されていくのです」
「作れる機体もそれにあわせて増えていくんですよねぇ。嫌いじゃないですよ、定期的な自由度の拡張。ひひひ」
「アップデートシステムはプレイヤーに好評と上に報告しておきますわ。……さて、そんなわけで新たなEDAのため新素材や新パーツを求めるプレイヤーは多いのですが、アップデート直後ではそれらの品は流通量が少なく、価格が高騰する傾向にある。なので新素材の回収と販売はLDOでもっとも効率の良い金策手段のひとつとなっているのです」
「なるほど……それで最近になって新素材が追加された月に来たと」
「その通りですわ。新素材のルナミスリルを集めて売れば、機体修復に必要なお金もすぐ溜まることでしょう。……しかし!」
「しかし?」
「例の超大型機が壊れているということは、おふたりの戦力はガタ落ちしているのでしょう? それでは効率的な金策は難しい。なので私が協力するのです! いちはやく決闘を実現するために!」
「い、いいんですか? ボスキャラがプレイヤーに協力して?」
「システム的には可能でしてよ。ならば、この行動の可不可を決めるのは私を支持する劣等種さんたちの総意なのですが――」
私は視聴者さんたちからのコメントを拝見。
《ティファレトお嬢様のお好きなようになさって!》
《わたくしとしてはぜんぜんアリですわ~》
《視聴者のお嬢様がたはセフィラが既存ゲームのボスキャラにあるまじき『奇行』に走る存在だと理解っておりますのよ》
《いまさら気にしてたらセフィラ・イレブンのお嬢様がたの配信は見ていられませんわ~ッ》
「ありがたいことに、私の劣等種さんたちは良いと言ってくれていますわ。なので問題なし!」
「いいんだ……」
「ではさっそく新素材集めに参るとしましょう! あなたがたも超大型機以外の予備EDAくらい持っていらっしゃるのでしょう? そちらで私のミカエルについていらっしゃいな」
「予備機……っていうか、『鴉』は使えるよね、アルミラちゃん?」
「ええ。損傷が大きいのはスパイダーユニットの方ですからね。鴉自体はほぼ無傷です。ただあの子はEMOリアクター2基積んでるせいで発熱量が高い。スパイダーユニットの冷却装置がなければ、すぐオーバーヒートを起こします。ヒノワ! EMOリアクターは使うなよ! ってことです」
「ん。気をつけて使うよ」
「ならばよし」
おふたりの相談はすぐに終わり、ヒノワさんが真っ黒いEDAをライブモードで呼び出しました。ヒノワさんとアルミラさんが『鴉』というらしいその機体に乗り込んだのを確認したら、私はミカエルを空へと上げます。
「それでは行きましょう! まずは月最大の都市ムーンカテドラルをブックマーク登録し直接移動できるように! それからコペルニクスクレーター公園付近で資源採取ですわ! 移動開始!」
「ちょ、ちょっと待って!? こっちはバッテリーだけで動いてるからあんまり早くは飛べないよ!?」
「……セフィラの阿呆鳥、聞いてた以上にアホですね」
……私、称賛の言葉以外は聞こえないことにしていますのよ。




