ASP第一回配信 S.ヒノワ
目の前に広がっているのは、どこまでも続く赤茶けた荒野。舞い上がった砂塵のせいで、空の色は砂の色。荒れ果てた不毛の地という設定で作られたエリアで、どこまで行っても砂と岩と鉄くずばかり。
ゆえに、ここではどれだけ派手に暴れまわっても問題ない。うっかり街を壊して罰金を課せられるとか、そういうゲーム的なペナルティとはほぼ無縁、無法の大地、らしい。
そんな場所でぼーっと空を見上げる私の隣では、アルミラちゃんがメニュー画面から動画配信システムを起動させ、目の前に撮影用のカメラドローンを呼び出していた。
カメラドローンの外観はふよふよ浮かぶ四角い箱、そのレンズに向かってアルミラちゃんはカメラ目線。不可視のマイクを意識しながら、彼女は軽い口調で声を出す。
「あーあー、マイクテスマイクテスー、聞こえてますかね?」
と、アルミラちゃんと私で立ち上げたギルドの配信用チャンネルを、さっそく見つけた視聴者がいたらしい。
《聞こえてますよー》
《ヒャッハー! 新鮮なアル博士の配信だぜぇ!》
アルミラちゃん宛てに書き込まれた視聴者のコメントは、私の視界にも表示されている。アルミラちゃんは300人ほどのチャンネル登録者を抱えていると言っていた。いまやってきた視聴者は、その300人の一部なのだろう。
《初見です、というかLDOの配信自体初見です。ヤサシクシテネ》
「おっとLDOの配信初体験で私のところに来るとは見る目がある。ナイス目ン玉!」
「褒めるとこ目玉なの……?」
……どうやら新規の視聴者もいるようだ。彼らの心をつかめば私たちの登録者となってくれるはず。がんばらないと。私はぐっと拳を握り、ヘマをしないよう気合を入れた。
《あれ? アルミラさん今日は誰かとコラボ配信なんです?》
《っていうかギルドの配信チャンネルできててビックリだよ。博士はギルド一緒にやってくれる友達とかいなさそうなキャラしてるのに》
《ねえねえ、そっちの子はどちらさま?》
《衣装の露出がえげつねぇな》
と、視聴者が私の存在に気がついたらしい。『謎の女』について問うコメントが次々と書き込まれていく。アルミラちゃんはカメラドローンのレンズを私の方へと向けて、にっこりと口を開いた。
「こいつはヒノワ。見ての通りの痴女です」
《なんだただの痴女か》
《なるほど》
「紹介がおかしくない!?」
「ひひひ、冗談ですよ。あらためましてこの子はヒノワ、今日より私と一緒に配信することとなったパートナーです。ちなみに衣装デザインは私。いいでしょう?」
《博士のパートナーになるとは……かわいそうに……かわいそうに……》
《人に着せる衣装だと思ってとんでもねぇデザインにしてきたな》
《ヒノワちゃんよろしくー》
視聴者のコメントにはできる限り応答すべしと言われている。私はなんとかセリフを絞り出して、できるだけ元気よく一言を。
「よ、よろしくお願いします、ヒノワです、がんばるまぶっ!?」
《噛んだ》
《噛んだ》
《噛んだな。なんというか……普通だ》
《博士と組むとかどんなやべーやつかと思ったら普通の子だ》
《衣装以外は》
普通。普通かぁ……。
「おいおい何を言っていやがりますか愚か者どもめ。この品行方正で麗しく、粛々と淑女たるアルミラさんが? まるで悪魔か魔獣みたいな言われようでは? 貴様らのamanzoアカウントを特定し家に干し芋を送りつけてやろうか!?」
《ギャーコエー!》
《アルミラさん、落ち着いて聞いてほしいんだけど『ほしいものリスト』って『干し芋のリスト』のことではないんだ》
「えー? 私のほしいものリストは高級干し芋100個くらい登録した紛うことなき干し芋のリストなんですけどー?」
《どうでもええわ》
コメントを通して、アルミラちゃんは視聴者と楽しく交流、確実に場を盛り上げていく。おしゃべり上手。これが1年で300人を集めた動画配信の技術……!
コメントの流れが早くなってきたところで、アルミラちゃんはさてさて、と。
「それじゃそろそろ本題に入るとしましょうか視聴者どもよ」
《うーっす》
《りょ!》
「さっきも言った通り、今日からはこのヒノワと一緒にやっていきたいと思います。やることは今までの私の配信と変わらず機体開発。ただしこれからはヒノワの専用機を作り出すための試行錯誤となりますがね!」
《基本は今までの配信と同じか》
《専用機開発。ロマンだねぇ》
《アルミラさん機体を作るのうまいしな》
《了解っすー》
「納得して頂けたようでなにより。そんなわけで、配信タイトルも変わってASプロジェクト! 我らがギルド名はチームASPとします! ひとつよろしく」
《ASプロジェクト?》
《動画説明欄に書いてあるわよ。アルミラのスペシャルマシン開発計画》
《安直な》
《なんにしろ頑張ってなー、ヒノワちゃんも》
「は、はい!」
アルミラちゃんの説明で、視聴者は私の存在も了解してくれた――かと思ったら、
《……いや、ちょっと待った!》
「おっと? なにかご不満でも?」
《ヒノワちゃんが専用機を作ってもらうに相応しい操縦技術を持っているのかどうか、俺たちはまだ見せてもらってないぞ!》
《言われてみれば》
《見たいなぁヒノワちゃんの実力? チラッ》
アルミラちゃんのファンが私に抱く不信感、それがコメントとなって流れはじめた。これは、話の流れ的に?
「彼女の過去の配信動画を漁ってこい……と、言うのも風情がありませんねぇ。ひひひ、いいでしょう。ヒノワ、この愚かな視聴者どもにアナタの力を見せてあげなさい!」
そういうことになるだろう。こんな大人数の視聴者に見られていたことはない。緊張する。けれど、ここで断るわけにはいかない。
「ん。やってみるよ!」
「そうこなくては! それじゃあ機体はこの子を使ってみましょうかね」
そう言ってアルミラちゃんが腰に着けた箱型ホルスターから取り出したのは、一言でいうと『ロボットのおもちゃ』である。
手のひらサイズ、全身フル稼働。フィギュアとかプラモデルと言う方が正しいだろうか。それを見て、LDOに詳しくないのであろう初心者な視聴者が、疑問のコメントを書き込んだ。
《そのプラモなーに?》
《LDOの設定とシステムの話なんスけどね、このゲームに登場する巨大ロボット『EDA』は、ちっちゃくなれる機能を持っているんス》
《普段は手のひらサイズの『フィギュアモード』で持ち運びに便利、いざ戦う時が来たら本来の巨大ロボットサイズ『ライブモード』となってバトル開始! 便利ッスね》
《で、いまアルミラさんが手にしているのが携帯形態『フィギュアモード』のEDAなんスよ》
《なるほど把握!》
「配信だと視聴者からのちょっとした疑問に視聴者の中の『有識者』が解説してくれるのでありがたいですねぇ。ひひひ」
視聴者さまさま。
さて、アルミラちゃんのEDAに話を戻そう。その機体を見た私の第一印象は、
「……骨?」
で、ある。
機体を守る装甲は最低限しか取り付けられていない。EDAの骨格たる金属フレーム、内蔵にあたる動力炉やエネルギーケーブルなどのパーツも剥き出しだ。不安になるほど細身なその機体の名を、アルミラちゃんが叫ぶ。
「これこそ私が製作した試験用EDAのひとつ、その名もT91!」
「T91?」
「私が作った91番目の試験機ゆえにT91です。可能な限り軽量化されたEDAはどれほどスピードがアップするのか調べるための試験機。カタログスペックではめっちゃ素早くなりました。早すぎて私には乗りこなせませんでしたけど」
「自分で作っておいて!?」
「私は『博士』であって『操縦者』ではないんですよ。……さて、その機体、あなたには乗りこなせますか? ひひひ」
挑発的なアルミラちゃんの笑顔に、私は控えめに頷いた。
「わからない、けど、やってみる!」
「ならばやってもらいましょう!」
「ん!」
《がんばえー》
《吐きそうになったらすぐ降りるんだぞ》
《見せてもらおうか、博士が見込んだパイロットの実力とやらを!》
アルミラちゃんと視聴者の期待を感じる。ちょっと重い。不安になりつつも、私はT91に『ライブモード』への移行を音声入力で命令した。
「T91、ライブスタート!」
直後、T91が電光と閃光を纏い『光の玉』となる。
私がその光球を放り投げると輝きはさらに激しく巨大になっていく。そして光がぱっと弾けると、巨大兵器となったT91が姿を表す。足元から見上げる巨体の胸部がガパっと開き、コクピットが露わに。
私はT91に乗り込むと、コンソールを操作して機体を起動させた。
コクピットモニターに映し出されるのは、機体の両目が捉えた風景。やっぱりどこまでも荒野。
と、音声チャットでアルミラちゃんの声が聞こえてきた。
「乗り心地はどうですか?」
「動かしていないからまだなんとも」
「そりゃそうですね。その子のコクピットはあなたが今まで使っていたEDAと同じ。いけますか?」
「たぶん!」
「オーケー! ならばまず思うがままに動かしてみせなさい! その扱いにくい試験機を!」
「ん!」
フットペダルに足を置き、操縦桿に手を添えて、一呼吸。とりあえず、その辺を飛ばしてみよう。
「T91、いくよ!」