人気者になれなかったふつうの少女 S.ヒノワ
――で、人気者を目指してLDOを遊び始めてから、あっという間に1年が経過。
「……うぐぅ」
私は、仮想世界で相変わらずうつむいていた。休憩所で仮想の緑茶の爽やかな香りを嗅覚に感じながら、ため息をひとつ。
……LDOでは、巨大ロボット『EDA』を操縦してのロボバトルがもっとも人気なコンテンツらしい。なのでゲームを始めてからこの1年、私はEDAの操縦を頑張って練習し、敵と戦ったりする様子を毎日のように配信してきた。
我ながら頑張ったと思う。けれど、配信中に視界の隅っこに表示される視聴者数は、いっつもひとりふたりの一桁前半。
配信のコメント欄に視聴者から書き込まれたのは、《こんにちわ》などの挨拶か、《つまらん》というどストレートな評価の言葉だけ。
私の配信チャンネルの登録者数は3人である。1年やってたったの3人だよ?
誰も私を見てくれない。それはきっと私がふつうで、平凡で――、
(つまらない女、だから)
あらためて突きつけられた現実に、私はさらに落ち込んだ。ヤケ酒ならぬヤケ茶をぐいっと煽り、机に突っ伏ししくしく泣いて――と、その時。
「こんばんわ、ちょっとお話よろしいですか?」
ひとりの女の子が、私に話しかけてきた。
軍服っぽい衣装の上から白衣を羽織り、キレイな顔には自信に満ち溢れた表情を浮かべる女の子。
彼女の頭上には名前が浮かんでおり、その色は中立プレイヤーを意味する白色だ。
私はその白い名前を口ずさむ。
「アルミラ……?」
この世界でNPC以外の誰かと話すの、はじめてだ。
ちょっとおっかなびっくりな私を前に、彼女は頷き、ちょっといじわるそうな笑顔で笑う。
「頭の上にプレイヤーネームが浮いてると便利ですよねぇ、自己紹介の手間が省けますもん。……ま、礼儀として名乗りもしますけどね! こんばんわ、アルミラです。私の配信とか見たことあります?」
「ごめん、見たことないかも」
「うぐっ。そいつはちょっぴりショックですね。まあいいや」
「えと、ヒノワです、よろしく」
ちょっと遅れてこちらも名乗っておく。ヒノワ、それが私のプレイヤーネームだ。
自己紹介を受け取ったアルミラちゃんは、知ってますよと笑ってから、テーブルを挟んで私の反対側に着席した。
「相席失礼~。さてさて、回りくどい世間話はナシにしまして、さっそくですが本題です。ヒノワ、私と組みませんか?」
「組む?」
「ええ。この1年、あなたの動画配信、それと戦いぶりを見せてもらいました」
私を見ていてくれた? 1年間? アルミラちゃんの言葉で少しだけ気持ちを明るくしつつ、私は言葉の続きに耳を傾ける。
「あなた、よい操縦センスをしています。なかなかのもんです。実力と才能があると言っておきましょう。それはもうロボットアニメの主人公のごとく!」
褒められた。うれしくはある、けれど、素直に喜べない。
「本当に私に実力があるのなら、もっと人気者になっているはず。けれど現実はチャンネル登録者数3人だよ。これは私がつまらないということ……うぅ……」
「おっと、そいつは勘違いってもんですよ。実力はあるのに人気はないプレイヤーなんてたくさんいますし、実力がイマイチなのに人気のあるプレイヤーもこれまたたくさんいます。人気と実力はイコールではないんですよ」
「そう、なの?」
「極端な話をしましょう。ゲームが下手だとしても面白いトークができれば言葉で人を惹きつけられる。ゲームがうまくとも面白おかしく話せなければ人気が得られない」
「……なるほど」
「見てきた感じ、あなたは後者ですね。しゃべるのはそれほど得意ではないと見た」
「否定できないなぁ」
「それと、動画配信自体もあまり得意ではない。なにを配信すればいいかわかってないのでは?」
「それも否定できない……」
「まとめると、あなたはEDAの操縦者としては一流に近い。けれど配信者としては三流。それでは強き『ライブドライバー』にはなれません」
「らいぶどらいばー?」
「配信する者であり操縦する者、LDOプレイヤーの俗称ですよ。……LDOは人気が強さに直結するゲームです。操縦技術と同じくらい配信者としての人気が重要。さすが動画サイトがスポンサーやってるゲーム」
「わかってるよぅ、そんなこと。でもどうすれば人気者になれるのか……わからない……うぅ……」
「そんな迷えるあなたへの提案が、私と組みませんか、です。もっと言えば、一緒に動画配信をしませんか?」
「一緒に……」
「ええ、実はですね……」
話を続ける前に喉を潤すべく、アルミラちゃんは緑茶をひとくち。それ、私の飲みかけなんだけれど……。
「私、ソロでの配信に限界を感じていましてね。トークにはそこそこ自信があります、配信チャンネルの登録者数も約1年で300人ほど集めました」
「300人も……」
「上に行くにはぜんぜん足りません。このゲームの上位層はチャンネル登録者数10万人だの100万人だのの人気者ばかりです。私もそうなりたい。……けれど、伸び悩んでいる。このままでは目的を果たせない、なんとかしないと――って、考えている時にあなたのことを思い出しました」
アルミラちゃんがぐいっと身を乗り出して、私の瞳を覗き込んできた。
「近い近い!?」
「ソロで配信するよりチームでやった方が、トークや配信内容の幅も広がります! おもしろい配信にしやすくなるはず! だから私は三度、この言葉を口にするわけです! ……私と組みませんか? そしてふたりで最強の人気者になろうではありませんか!」
「ふたりで……」
考える。ふつうで平凡でつまらない私ひとりでは、どれだけ頑張ったところで誰にも見てもらえないままだろう。
一方で、アルミラちゃんは少し話しただけでも感心するくらいにお喋りがうまい。それに独特なキャラをしていると思う。人気者になれそうな、個性的でおもしろい女の子だ。
彼女と一緒なら、私も、少しは。
決めた。
私は小さく頷いて、アルミラちゃんに答えを返す。
「わかった。一緒に配信、やってみる!」
その言葉にアルミラちゃんは満足気に頷いて、それからやっぱりいじわるそうに笑うのだ。
「交渉成立ですね! これからよろしくパートナー! そしてさっそくですが」
「?」
「一緒に配信するにあたって、そのための準備をしなければなりません。……まずはあなたの『衣装』をどうにかするとしましょう」