戦い方は見つかったか、相棒 S.ヒノワ
その日、私はアルミラちゃんの部屋で仮想緑茶をずずっとすすっていた。
目の前では、部屋の主が机に向かって細かい作業をやっている。
カラースプレーでパーツに色を塗ったり、粘土みたいなもので何かを作ったり、やすりでゴシゴシ削ったり。傍から見ているとプラモデルを作っているようにしか見えないのだが、実はこれがLDOにおける機体カスタマイズの風景なのだ。
ゲームシステムのお話。
EDAの状態はフィギュアモードとライブモードで共有されている。フィギュアモードの腕パーツを交換すればライブモードの腕部分もそれに変更され、フィギュアモードの手に武装をもたせればライブモードでも同じ武装を手にしている、ということ。
だから、EDAのカスタマイズはフィギュアモードの機体をいじくりまわし、プラモデルを改造するようにして行うのだ。発想や技術次第でかなり無茶な改造も可能らしく、いくつかの制限さえ守ればその自由度は無限大。
なので楽しそうにプラモデルを作って遊んでいるようにしか見えないアルミラちゃんだが、実は配信のために大切な作業をやっているのである。
私は邪魔しちゃいけないと作業の様子をぼーっと眺めていたのだが――ふと、アルミラちゃんが手を止めた。
「……ヒノワ。私とあなたが組んでから2週間ちょっと経ちました」
「ん、そうだね」
「…………そろそろ、私と一緒にやるの、嫌になったりしていませんか? 私、こんなキャラですし。登録者を稼ぐため、あなたを何度も爆発させてますし」
「あ、やっぱ今までの機体が最後に爆発するのわざとだったんだ」
「最初の配信で爆発オチを視聴者が面白がってくれるとわかりましたから。T92以降はデータを取り終わったら最終的に自壊するような設計で制作しています。……ね? 嫌なキャラしてるでしょう? 仮面を脱げばもっと嫌なヤツですし」
いつもの自信家な表情はどこへやら、弱気な顔で彼女はぼそぼそと呟く。
「だから、私が嫌になったらいつでも抜けていいです。それだけ言っておきます」
配信者は、きっとみんな仮面を被っている。人気者になれるようなキャラクターの仮面を。私だって配信受けしそうなできるだけ明るい女の子をがんばって演じているわけだし。
だからアルミラちゃんも、性悪な自信家というキャラクターはただの仮面で、いまの弱気な表情の方が本来の彼女、なのかも?
この2週間で、少しだけ素顔を見せてもいいというくらいに信用してくれた、ということなのだろうか。それならちょっぴりうれしい。
だから私は、彼女の言葉を否定する。
「ううん。私は大丈夫」
「……ほんと?」
「ほんと。アルミラちゃんが誘ってくれたおかげで、私もちょっぴり人気者になれてるし。爆発オチに関しても人気を得るための最適解だったわけだし。それにこうやって話してくれたんだから、私のことをちゃんと気づかってくれているということ。でしょ?」
「……い、いちおう、は。パートナーですし」
「なら、大丈夫だよ。私は、たぶんアルミラちゃんのこと嫌いじゃない。一緒にやってると楽しいし」
「…………そ、そうですか」
アルミラちゃんはかすかにはにかむ。それからいつもの自信家な表情を取り戻し、いつものように笑うのだ。
「……………ひひひ! まあ私は天才で美人で性格も良いのでね! そりゃあ嫌いになる人なんているわけないに決まってます!」
「あはは、その調子その調子。……むしろ私のほうがアルミラちゃんに見限られても仕方ないっていうか」
「はい?」
「……アルミラちゃん、プラモデルとか作るの、得意?」
「得意ですよ? 物心がついた時から作ってましたもの。模型雑誌のコンクールでジュニア部門に入賞したこともあります」
「すごい。やっぱりロボットとか、好き?」
「好きですねぇ。これまた物心がついた頃、テレビでやってたアニメの特集でとあるロボットアニメを知ったのがはじまり。巨大な存在が派手に戦うド迫力に惚れて、無機質なカメラアイの瞳に恋をしました。それからずっとロボオタをやってます」
「そっか。……やっぱり、好きなものがあるって、楽しそうだなぁ。個性にもなるし」
「あなたも趣味のひとつやふたつあるでしょう?」
「それがね、ぜんっぜん。昔からなにかにハマろうと色々と試してみたんだけど、ぜんぜんダメ。趣味もなければ、他のすべてもへいへいぼんぼん。だから私は、つまらない女なのです。……たぶん、私よりもおもしろい人はたくさんいるよ。アルミラちゃんもそっちと組んだほうがいいのかも、その方が人気も伸びるんじゃないか、って、思っちゃって……」
コップのお茶に視線を落とせば、水面に映るアバターはひどい顔で私を見つめていた。こういう時、急にネガティブになってしまうのが私なのだ。
「ふむ、つまらない女ねぇ。……ヒノワ」
「なに?」
と、アルミラちゃんの方を見ると、彼女はこっちにEDA塗装用のカラースプレーを向けていて。
「なーに言ってやがりますかおもしれー女がよぉ――――ッ!」
「んぎゃー!?」
プシューッと、赤い塗料を私の顔面に噴射!
「目が、目がー!?」
「ひひひ! よいリアクションです! なおカラースプレーには人体に有害な成分が含まれている場合が多く目や体内に入るとたいへん危険。現実世界で真似しちゃダメだぞ♥」
「誰に言ってるの!?」
「さあ? それはともかくほいタオル」
「あ、ありがと……」
顔をごしごし、目をこすこす。仮想世界の仮想カラースプレーなので、アバターや衣装に付着した塗料もすぐ落ちる。
「ふいー……ひ、ひどいよアルミラちゃん……」
「だってー私がおもしれーと思ってる女がなんか言うとるんですもーん。あなた、自分で思ってるほど普通で平凡でつまらない女じゃあないですよ?」
「そ、そんなことは……」
「無茶な機体をちゃんと乗りこなせるようになってくれますし? 無茶振りにはいい感じのリアクションしてくれますし? 私の配信の視聴者が順調に増え始めたのはあなたと組んでからなんですよ? つまりあなたはおもしろいと、一定数の人間が認めてるっちゅーことです」
「……そうなのかな」
「そうなんです。ほれほれ、わかったら笑え笑え」
「いひゃいいひゃい、頬をふねらないへ……」
「よう伸びるほっぺですねぇ。正月に需要がありそうです。ま、ともかくそういうことで」
私の頬を解放し、アルミラちゃんは作業に戻る。……励まされたのかな、心配かけちゃったかな。
「……ごめん、ありがとね」
「パートナーにヘコまれると配信のクオリティに関わるってぇだけですよ。ひひひ」
彼女はいじわるそうに笑うだけ。その表情は照れ隠しをしているようにも見える。
……少しずつ彼女のことがわかってきた。彼女は自分でいうほど性悪ではないのだ。
「……にやにやしながら見てるとカラースプレー攻撃2度目をかましますよ?」
「ひぃ」
「キャラじゃねーんですよこういうのは。……あ、そうだ、ヒノワ」
「ん。なに?」
「話は変わりますが、得意な戦い方は見つかりました?」




