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カツンカツンと、硬質な音が聞こえる。

視覚を封じられた私には音だけが、外界を認識する手段となっていた。

その音は大きくなり、私の前でピタリと止まった。

音は意外にも色々な情報を伝えてくれる。現に、今聞こえているガチャリという金属音は鉄格子の扉を解錠しているということを教えてくれるし、息づかいはここにいる人物が男だと理解させてくれる。

ふっと、世界が明るくなる。目隠しが、外されたのだ。光が入らない構造の部屋であっても、やはり完全な暗闇ではなく、今の私には少し眩しいくらいだ。


「食事の時間だ」


安っぽい整髪料のツンとした匂いを漂わせる男は、私にそう告げると口枷の鍵を開けた。ヒヤリとした空気は、乾燥した私の喉を過度に刺激する。


「ヒューヒュー……げほっ!」

「……………」


今日は男の機嫌が良い日なのか、すぐに水を飲まされる。あいにく、手は塞がったままなので口移しでだが。以前、私が水をこぼしたことが気にくわなかったらしい。

ようやく、声を発することができる状態になった。


「ようやく、私を殺してくれる日が決まったのか、下衆男」

「食事だと言っているだろう、女狐」

「ちっ」


眼鏡の奥の神経質そうな瞳が、細く狭められる。ああ、最悪な気分だ。


なんて、なんて素晴らしい日なのだろう。

ようやく、私の処刑の日が決定したらしい。決行日は、明日の正午だそうだ。

いつも通り、安っぽい整髪料の匂いをまとう男がやってきて、食事を終えたときに伝えられた。

嬉しさのあまり、食べたものを噴き出してしまった。今の私は人生で一番機嫌がいいので、口の中のものをかけられてしまった男に一言謝罪してやった。


「女狐」

「なんだ?」


いくら私の機嫌が良いとはいえ、これ以上謝罪する寛容さは持ち合わせていない。


「ひとつだけ、教えてくれ。生きたくないのか?」


ああ、なるほど。

この期に及んで、まだそんなことが気になるのか。

私の心にひろがる、この黒いナニかはきっと失望だろう。


「貴様の質問に答えてやる義理はない」

「…………そうだろうな」


男は立ち上がり、私の世界は再び闇に閉ざされた。


その日の夜のことだ。

カツンカツンという足音で、私は目覚めた。

定期的に見回りをする兵士のものではない。だから、その足音の主があの男だとすぐに分かる。


(なんだ?)


私の部屋の前で立ち止まり、ガチャガチャと乱暴な音がする。そして、勢い良く扉が開く音がして、私は男にのし掛かられる。

衣擦れの音がする。おそらくベルトを外している。そして、私の衣服は剥がれた。

かなり雑に、口枷が外されて、目隠しもなくなる。

予想通り、いつもの男だ。

これから、何が起きるのかなんて分かりきっている。ただ、私はその近い未来を無感情で受け入れていた。

顔と顔が近づく。舌を口に差し込まれる。いつもの私なら、噛みちぎっていただろうが、あいにく明日のことを思って上機嫌なため、相手がしたいようにさせてやることにした。

男は眼鏡が邪魔だったようで、遠くに投げ飛ばした。

そういえば、こいつの目は結構大きかったなと思い出した。


「◯◯」


名前を呼ばれる。だけど、私は答えてやらない。


「どうしてなんだ」


懇願するような声だった。それは、懐かしくて、楽しくて、哀しかったあの頃を想起させる。


「俺はお前に、もっと」


ポタリと雫が、顔にあたる。

ただただ、無表情でそれを眺めていた。


とても最悪な目覚めだ。体は重いし、節々が痛む。ただ、なぞなところで律儀な馬鹿は体液やら色々と掃除していったらしい。


(そういうところは変わらんな)


さて、そろそろだろう。


「時間だ」


いつもの男はいない。当然だ。

処刑は、屋外で行われるらしい。私は髪紐を兵士のひとりからもらい、あの頃のように高い位置で結わえる。

数日ぶりの外の空気で、ちりちりと肺を焼いた。



何段階段を登っただろうか。最上段で、目隠しを外される。

絶景だ。眼下には、人、人、人。

今の私と同じ高さにいるのは、私をここまで連れてきた兵士と、見届け人だけだ。

胸にいくつもの勲章をつけた見届け人を、ちらりと盗み見る。その振る舞いは、兄のように人の前に立つことに慣れたもののそれだ。

間違っても、あのツンとする匂いの安っぽい整髪料はつけないだろうし、眼鏡も似合わなさそうだ。


(ああ)


空を見上げる。まっさらな空が、私を祝福するように高く高く広がっていた。

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