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たとえばこれはαルート  作者: 扉野ギロ
第二章 レッドヘアーズクラブ
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6話「無名のオークション-1」

波が荒れている。

邪魔だと言わんばかりに船体にぶつかり、普段よりやかましく騒ぐ水飛沫の音が静かな船内にも入り込んでいた。

空の高いところは一面雲に覆われ、丸ごと隠された太陽がこぼす灰色に変色して見える明かりが風景を寒々しく染めている。


ペロが操舵室から甲板へ続く扉を開けると、沖へ吸い込まれるように流れていく風にシャツの袖が巻き込まれ、バタバタ、と鳴った。


治郎にオークションの参加を認められてから、一ヶ月。

ペロのハンディデバイスを反応させたのは、コロからくる日常的な質問か食事のリクエストがほとんどだった。


真千子からレッドヘアーズについて調査の進捗を訊かれもしたが、言えることは限られていた。

そこでペロが欲しかった情報といえば、馴染みの服屋から新作を入荷したという通知が入ったことだけだった。


「オークションは、だいたい年に二回は行われる。前回が四月だったから、時期的に次の開催は年末頃だろうね」


先日、ペロとの雑談の中で治郎はそう言った。

今が梅雨。十一月も終わるというところなら、オークション開催の連絡が来るのはそう遠くはないはずだと予想できる。


そんな期待の表れか、ペロに何度もハンディデバイスを覗く癖が蘇っていた。


トップレベルドメイン『.red』。

同じく治郎から教えられたオークション運営のウェブサイトのアドレスは、コロの好奇心から始まった赤いカードの調査が奇妙な縁を結び始めていることを物語っている。


そういう意味で、『山台工業の真実』が六十年ほど前の更新を最後に放って置かれていた、という後になってわかった事実は、むしろ赤のカードがレッドヘアーズクラブという未知の存在に繋がっている、とその一筋の糸をはっきりと色づかせたに過ぎない。


ペロの目の色が変わったのは、だから『山台工業の真実』の一択が破棄された時からだった。


命を失うほど強力な"本物の呪物"を扱う闇のオークション。にわかには信じ難いものが、彼女の命をもって存在を証明されている。

そんなことがわかったのだ。参加を承認された者であれば誰でも閲覧できるというウェブサイトも、この一ヶ月近くの調査対象だった。


とはいっても、サイトの構成は至って単純なものだ。

トップページには、総務省のそれと同じく開示用IDの入力を求めるバーがあるだけ。

そこにIDを入力すると、『利用上の注意』と銘打たれたあの七ヶ条が書かれていた。

そしてその最下部に、治郎からは聞かなかった三つのアドレスが何の説明もなく記載されていた。


一つ目が、先日ペロの開示用IDを写し取るのに使った例のクラッキング画面に繋がる場所。


二つ目が、とある地図のページに繋がる。

日本全域が表示されているそこには、黒点が散り散りに置かれている。

それらは、全部で七十七個。

ズームすることで黒点の位置が詳細になっていくものの、それが何の印なのか説明はない。

多くの黒点は置かれた位置から動かないものだが、中には地図上を動き続けているものもある。

また、黒点の多くが花菓子町を含む東京都内に集中しているということが特徴だ。


三つ目が、参加者と思しきリストのページ。

全体が表としてデザインされており、各々が参加表明に開示した、氏名、生年月日、現住所、親、DNA国籍がひと目にわかるようになっている。

リストの人数は、ペロを含めて八十九名分。それぞれの文字の色が赤と黒の二色に分かれているのが特徴。

それについてもまた説明はない。

しかし、ペロが赤色で手塚清子が黒色で表示されていることから、色の違いにある程度察しは付けられるだろう。


ペロは、そういった説明のないことの意味を治郎に確認しようと何度か連絡したが、治郎は一切応答しなかった。


若干の冷気を帯びた強い風を浴びながら、ペロはまたデバイスに目を落とした。

沈黙したままの暗い画面には、薄明かりで象られたペロの表情が朧げに映り込んでいる。


「…………」


ペロは、ハンディデバイスに触れ明かりを灯した。

そのままアドレス帳のとあるアイコンの上まで指を寄せ、だが結局そこには触れずにデバイスをポケットに仕舞った。


何かを飲み込むように瞼を落とし、ペロは扉の手を引いて室内に戻る。

視線の先で、相変わらずラップトップデバイスの画面をぼんやり見つめるコロの姿があった。


「待つだけ無駄だだよ」


声をかけたペロに、


「……わかってる。けど」


と、コロは目線だけ上げる。


「まだなにか気になるのか?」

「なんとなくだけど……」


つぶやくように言ってコロはまた画面に目を戻した。


「この日が、なんだか気になる」

「なにかって?」

「わからない。だから、なんとなくなの」

「ふーん」


ペロは鼻を鳴らしつつ、コロが気にするその『2058/7/7』について、ハンディデバイスを使ってビーヴ上で検索する。


ヒットするのは、曜日や六曜のこと、天気、それから類似の七月の出来事であって、結果からいえるのはその日に世界中で変わったことは起きていないということだ。


「特になにもなかったみたいだけど……」


独り言のように言いながら、ペロは小さく肩をすくめた。

コロはただ画面を見つめたまま、うん、と頷いただけだった――。


そうして今日も、普段通りの平穏な日常が終わった。

惰性のように続く無味の日々をペロが夢にして消化していく間、ひとり目を覚ましたハンディデバイスが、非通知からの着信と、そこに一件分の伝言を記録した。


目覚ましのアラームにすげ替えられ、隠れてしまったその情報にペロが気づいたのは、朝食代わりのミネラルウォーターを飲み終わってすぐのことだった。



『結城翔平様、ようこそ当オークションへ。次回オークションは十一月二十六日正午から開催いたします。当日は迎えのビークルを行かせますので、是非奮ってご参加くださいませ』


オークションからの連絡は唐突で、告げられた開催日は連絡から二日後、とこれもまた急なものだった。

しかも伝えられたのは日付だけで、会場は伝言に含まれていない。

そこに、まともさ、を求めるなら適当でもない伝言の内容に頭を抱えるだろう。


だが、相手は謎のオークションだ。ペロもコロも落ち着いていて、普段とほとんど変わらずそのたった二日間を過ごした。


そして十一月二十六日当日。

ペロは、普段は通り過ぎるだけの監視モニタの前で朝から何度も足を止めていた。


「正午って、あと一時間くらいしかないよ」

「……そうだな」


またモニタの前で立ち止まり、ハンディデバイスを見つめてペロは短く嘆息した。

そんなどことなく落ち着きのないペロに、ダイニングテーブルに頬杖をついたままのコロの視線が向く。


「もしもの時はペロが一人で行けばいいだけじゃん。そんなに緊張する意味はないと思う」

「まあ、そうなんだけど。でも、それだけで済めば問題ないって話だろ? もし小細工がバレたとしたら、これ以上オークションに首を突っ込めなくなるかもしれない」


緊張くらいさせてくれよ。

ペロの目がまた風景を映すだけの監視モニターに釘付けになる。


「連絡はわたしのところにも昨日来たし、大丈夫だと思う。それに、ペロが用意してくれたものに間違いはないでしょ?」

「まあ……そう。だと思うけど」


どこかうわの空に聴こえるペロの声にコロの片方の眉が釣り上がる。

何か言わんとして体の向きを変え短く息を吸った、その時。


「来たっ」


ペロが興奮したようすで声を上げ、さらに一歩画面に近づく。


「よし。上手くいったかもしれないぞ、ペロ。ビークルは二台来てる」


満足げに頷きペロがコロの方を振り返った。

その背後の画面、船のスロープにゆっくりと近づいて横付けする二台の白色のビークルが映っている。


映像を確認し、コロが立ち上がる。


「行くぞ」

「うん」


彼らが持つものは何もない。

船の外に出ると、強烈な風が地上へと続くスロープを翻さんばかりに吹き荒んでいた。

岸壁か防波堤か、どこかで砕けた飛沫を巻き込み小雨程度の水粒があっという間に体中を湿らせる。


二人が地上に降りるのと同時、二台のビークルの後部ドアが開いた。

自ずとそばの近い一台にコロが近づくと、


「コロ、忘れ物」


ふいにペロが呼び、振り返るコロに向かってサングラスを差し出した。


「ああ、うん。わかった」


サングラスを受け取ってからコロがビークルに乗り、次いでもう一台にペロが乗り込んだ。

それぞれのドアが閉まり、と同時に動き出す。


二人が乗ったビークルに運転手はいない。

モーター音すらも遮断された車内は、自身の息遣いだけが音として存在を許された静寂の空間になっている。


フルオートパイロットモデルと呼ばれるこれらのビークルは、基本的に決められた場所と場所を繋ぐ単純な移動のために用いられる。

その行動はプログラムされた通りにのみされ、あとからの変更もまたオートパイロットシステムの管制によって行われる。


この構造は、もともと時間に正確さを求められる公共交通機関から発展したもので、交通の安定化を図る理由からオートパイロットシステム自体は一般ビークルにも導入されていたが、管制という部分で公共交通機関と一般ビークルとでは違っていた。


一般ビークルに関して、昔はビークルメーカー各社が独自のオートパイロットシステムを開発し、ビークル単体ごとに搭載していた。

しかし、一般的な科学技術やプログラミング技術の向上に伴い、より悪質なクラッキングが横行し、乗じて盗難や誘拐など凶悪な事件も増加。


それらの事態にメーカーは都度セキュリティ強化を行っていたが、プライバシーの面からアップデートを利用者各自に任せていたことから、それを行わない、忘れる、といった問題があったため対策の効果は完璧とはいえなかった。


そういった現実を問題視するようになったのは、メーカーよりビークル保険会社の方だ。


オートパイロットシステムセキュリティのアップデートがプライバシーの範囲に含まれていることや、そもそもハッキングが犯罪であることから、クラッキングによるビークル犯罪に対して、ビークル保険会社が保険金の支払いを抑えることはできず。


出費がこれまでにないほど増えていったビークル保険会社は、公共交通機関のそれと同様、オートパイロットシステムを管制のもと強制的に行えるようにビークルメーカー各社と協議を重ねた。


そこには、犯罪の急増という面があって、立場上政府も傍観はしていられず、法整備の観点からビークル保険会社を養護した。


結果、メーカー各社は公共交通機関のそれと同じく、管制から全車両を一括管理することで、全車両を同時に保護する手段を取るようになった。

おかげでビークルのオートパイロットシステムセキュリティは常に万全を保てるようになり、ビークル犯罪は減少。


乗じて、ビークルを用いた犯罪の検挙率も急上昇した。

そうして改めて日本国の安全性が世界に知らしめられることとなったのだ。


しかし、新たとなった日本の安全神話も長くは続かなかった。


きっかけは、一つの事件。

"Ramesses Twelve"を名乗るクラッカーの起こした、某メーカーのオートパイロット管制を占拠することに始まったテロをきっかけに、オートパイロットシステム管制、という構造自体が脅かされることとなったのだ。


事件は最終的に、国会議員五名とその警護五名、一般人十三名、そして"Ramesses Twelve"の死によって収束した。

これは通称"三三・一"事件として知られる。


事件の問題点は、メーカーが直接ビークルの管制を行うことだった、と総括されたことにより、メーカーが独自にオートパイロットシステムを管制することは法的に禁じられることとなった。


これにより現在は、オートパイロットシステムはそれを専門に行う国に認可された企業によって開発されるようになり、また管制は特別公益財団法人に認定されたビークルメーカー外の会社が行っている。


加えて、ネットワークセキュリティにおける最強を謳われる、AI言語"Arca Netter言語"の発明もあって、最早ビークル犯罪はほぼ起きていない。


またそれら認可は、メーカー各社と、利用しているオートパイロットシステム会社、管制を行う会社ら連名のステッカーとしてフロントガラスに貼ることが決まりとなっており。

それが、当然というべきか二人の乗るビークルにも貼られている。


そのロゴを見つめ、ペロは小さく笑いをこぼした。

そんなペロの乗るビークルの背を囲むようにある風景、窓で見切れた空を眺めて、コロはそっと胸に手を触れた。

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