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たとえばこれはαルート  作者: 扉野ギロ
第二章 レッドヘアーズクラブ
8/24

5話「リンク-2」

「どういう意味です?」


抽出された言葉を、治郎は「それを知りたいとしても、必要なことだよ」と一蹴する。

ここから先は、ただでは通さない。

巨大な門番が如く立ちはだかる華奢な男の態度は、身分を示すいうことが単なる警戒心によるものではなかったのだと証明している。


ペロは短い嘆息のあと、改めてハンディデバイスを取り出し、治郎の前に差し出した。

映し出されている画面には、開示用IDである二十二桁の文字列が並んでいる。


「いいのかい?」

「もちろん。どうせ、そのつもりでしたから」」

「なるほど、そうなのか。でも一応言わせてくれ」


言って治郎はテーブルの上に両肘を乗せ手を組んだ。


「君にはまだ、引き返す、という選択も残っているんだよ?」


ペロは一瞬面食らったような顔で固まり、しかしすぐに困惑の表情に変えて小さく首を横に振った。


「ここまで来て、それはありませんよ。それに、心臓の強さには自信があるんです」


ペロはグラスをひと口に空にした。


「ふーん……」


つまらなそうに唸り、治郎はペロの手からハンディデバイスを受け取った。

その節とタコが目立つ歪な長い指が、他人のデバイスの上を迷いなく滑らかに走り回る。


まずは、ビーヴのアプリケーションから総務省のサーバーにアクセス。


「専用のアクセスキーを教えてもらえるかな」

「205877、です」


訊いた数字を『身分の確認』のバーに入力し、切り替わった画面に改めて現れたバーにコピーした開示用IDをペーストする。


『氏名:結城翔平(ユウキショウヘイ)

生年月日:十一月十五日

住所:東京都渋谷区新金街道三丁目四十番

親1:結城舞助(ユウキマイスケ)

親2:結城リヤ(ユウキリア)

DNA国種:Japan』


表示された情報を確認し、治郎が顔を上げた。


「ちなみに、当然自分のプロフィールくらい言えるよね?」

「親は二人、結城舞助、結城リヤ。住所は東京都渋谷区新金街道三丁目四十番。生年月日は十一月十五日、DNA国種は日本。これでいいですか?」


言い終わると、ペロはグラスを指で弾いた。

鈴の音にも似た高音が室内に響く。


「もう一つ質問。両親はご健在かな?」

「いえ、俺が生まれてすぐに舞助が事故で他界しています」

「その事故というのは?」

「船の事故です。個人が経営している釣り船でした。突如海が荒れて沈没、乗っていた他の観光客も全員死亡しました。俺に魚を食べさせようとしたみたいですね」


うつむき加減に傾いたペロの鼻から長く息が抜けていく。


「ふーん。じゃあ、リアさんはご健在なわけだ」

「ええ。今は親類のいるスイスに住んでいますよ」

「そうなんだ」


治郎は、特に感情を感じさせない淡々とした口調で頷く。

それ以上質問は続かない。はたと顔を上げたペロが、


「これで、続きを聞かせてもらえるんですよね?」


ペロの確認に、「まだだよ」と治郎が首を横に振った。

そして、徐ろに自分のポケットからハンディデバイスを取り出す。


「君のデバイスをトレースする、その了承をしてもらえるかな」

「トレース、ですか……」


ふむ、と唸ってペロは天を仰ぐ。


「そう、トレースだ。だけど、安心してほしい……っていうのもおかしな話だけどね、僕たちは他人の個人情報なんて興味はないんだ。だからつまり、トレース行為の許可は、意思表明といったところだよ」

「トレースが意思表明? どういう意味です?」

「それは……」


と、今度は治郎が悩み始める。

少しの間考えて、「まあ、いいか」と頷いた。


「落札した品物を所持し続けるという、そういう意味だ。君はその品物を責任を持って所持しなければならない」

「つまり、転売するな、ということですか?」

「いずれまた出品されることになるだろうけど、まあそういうことさ。君が僕たちの仲間になることへの責任、と言い換えてもいい」


治郎の発言に、ぴくり、とペロの表情が動く。


「……なるほど。トレースを許可することはつまり、登録、みたいなものということですね? 俺はオークションに個人情報を渡すことでその仲間になることが許可される、って……?」


治郎が顎を縦に落とした。


「平たく言えば、そうだね。僕たちはあくまで趣味としてオークションに参加するけれど、君も知っての通りあれは普通のオークションとは違う。興味本位で入ってくる人間やら商売目的で来る人間ははっきり言って邪魔なんだ。

いちいち嗅ぎ回られるようなことになれば、純粋に楽しむこともできないじゃないか。だから、という意味もあるんじゃないかと僕は思っているよ」


「思っている、ということはそういう意味じゃないかもしれないってことですか?」


「言ったろ? これはあくまで意思表明のためでしかない。安心して遊びたいと思うのは僕の個人的な意見さ。それに、本当ならこの表明だって順番が違う。そういうところ、君はずいぶん運がいいのかもしれないよ」


笑う治郎は、これまでで一番面白そうにしている。


「とにかく、他人の個人情報を悪用して儲けようとする人間なんてこっちにはいない。それは断言できるよ。かといって、君という人物の情報はいつでも僕たちに監視されることにもなるわけだから、気が向いて誰かが君にいたずらをするかもしれない。

それで君にどんな影響があったとしても、僕は責任を取れないし、取るつもりもない。だからもう一度訊くよ――」


一度進めばもう後には戻れない、それでも来るのかい。


慎重さを求めるようなことを言いながら、治郎がペロに向ける視線には誘うような妖艶さがある。併せて、いやらしく歪む微笑みには、その思惑が滲み出ているようにも見えるが、具体的な色は感じさせない。


不可解、ということを体現してみせる男を目の前にし、ペロは吹き出すのを堪えきれなくなったかのように、ふふ、と短く笑った。

そして、こくりと頷く。


「さっきも言ったでしょ。俺、心臓が人並みじゃないんです」

「そうか」


納得したように言った治郎は、ポケットから別のハンディデバイスを取り出し、操作してからペロのハンディデバイスにかざした。

画面と画面の間から、緑色と白色の光が点滅して漏れている。


二色、点滅。二つの事象が意味するのは、電子ドラッグ然り表示された像が起こす情報への破壊行為だ。

その対象が、国が仕掛けたあらゆる意味で記憶不可能な――ゴーストナンバー、とも呼ばれる開示用IDを標的にしている。


「オークションは、ゴーストナンバーを固定させる技術を提供しているんですか?」

「まあ、そうだね。オークションの運営しているサイトでそれができるようになっているんだ」


さも当然といったように語る治郎。

件の技術については個人特定ID登録時に国が用いるため、独自のものでないことは確かだが、それには専用機が必要だとされている。


世界中いくつもある犯罪集団は、少なくともその専用機を必要としており、それに近い機械を作るために何人もの技術者が誘拐されている、というのは今や通説だ。

それが、いち運営サイトという陳腐なもので再現されている。


「さて、これで完了だ」


言って治郎は、「乾杯しよう」と飲みかけのグラスを持ってペロの前に突き出した。

そこにペロが空のグラスを合わせると、くぉん、と奇妙な音が鳴った。


「今この時をもって、君の首には縄がかけられた。僕らと同じね」


歓迎するよ。

にっこりと微笑み、治郎はペロのグラスにワインボトルを傾けた。

トトト、と小気味良く口を鳴らし、ペロのグラスに光を陰らせる濃厚な赤色の液体が注がれていく。

ペロは、会釈と共にグラスに満たされた赤色の液体を一口含んだ。


「それで早速なんですが、教えてもらえますか。その、オークションについて」


相変わらず微笑んだまま、治郎は深く頷く。



――オークションには、ルールというか決まりがある。

最も犯してはならないのが、


『落札した品物は、責任を持って所持し続けなければならない』


ということ。

他の決まりに関しては、オークションを利用する上での規定なので、守らないも何もなく守ることを余儀なくされている。


その一。

オークションへの参加は、紹介者を通じて行われ許可される。たとえオークションの存在を個人的に調べて辿り着いたとしても、トレースされていない人物が会場に確認された時点でオークションは中止される。


その二。

オークションへの参加に制限はない。あくまで個人情報の提供とそのトレース承認だけが必要条件となっている。


その三。

オークションの開催は、個人の電話番号に伝えられる。しかしその時に応じてはならず、伝言設定にしておくこと。それを後から聞くこと。


その四。

オークションの出品物は、真偽不確かな曰く付きであり、それ以外のものは出品されない。たとえ偽物だったとしても、オークションは一切保証しない。


その五。

出品物の曰くが本物だった場合、当然命を落としたり、唐突な不幸に見舞われることも起き得るが、それについてオークションは一切保証しない。


その六。

落札した品物の支払いは原則一括のみで、当然分割は許されない。そのため、落札したものの支払い能力の足りない者については、紹介者が代理で支払うこと。


その七。

出品物や出品者についてなど参加者の個人的な問い合わせにオークションは応じない。


「と、ここまではオークションが運営するウェブサイトにも書かれていることさ。あとで招待状が送られてくるだろうから覗いてみるといいよ。

守るも守らないもなく、そうしなければ利用できないし、違反をすればオークションから追い出される、それだけさ。

だからむしろ僕が警告するなら、マナーのことだ。

参加者同士が暗に守っているそのマナーが犯された場合、基本参加者に無関心なオークションとは違う、自警……とでも言うのかな。あくまで個人的な報復をされることがある。それに対してオークションはどちらにも関与したようすはない。

僕は君の紹介者となるわけだし、次はその辺りを説明しようか――」


まず一つ。

オークションについて、そこで行われる一切の情報を無関係の者に拡散するべきではないということ。

落札品についてもだし、参加者のこともだ。


そしてもう一つ。

参加者のトレース情報はいつでもオークションが運営するウェブサイトで閲覧することが可能だ。でも、無闇に見るものではないし、ましてやそこで得た情報を利用して現実に追跡なんかしてはいけない。

それに、情報を記録もするべきではない。


「簡単なことだけど。これを無視してしまうと、参加者から直接罰を受けることになるだろうね」


治郎が舌を出し白目をむいて、やられた、顔をする。


「なんとなく、参加者って人たちのことを考えましたけど。やっぱり人ひとりくらいならどうにでもできてしまう人たちなんですね」

「そりゃあそうだよ」


アハハ、と声を上げて笑う治郎。


「そもそも出品物がいくらで落札されると思ってるんだ? 入札開始価格で当然のように億を越えるんだよ。特にその曰くに信憑性があったり、前の持ち主が『呪われて死んだ』なっていったら、それはもう破産覚悟でマネーを突っ込んでくることもザラさ」


それでも破産しないってところが彼らなんだけどね。

治郎は腹を抱えながら付け加えた。

自ずとペロの表情が神妙なものに変わっていく。


「狂ってると思うかい?」


笑みを残したまま、治郎がペロの顔を覗き込んで言った。


「狂っているというか……あなたたちはいったい、なにを求めているんです?」

「なに、ってことはないな。僕たち――いや、僕は暇つぶしだ。もちろん仕事は楽しいし誇りをもっている、けど、仕事のスランプとは別になにも手につかなくなることがある」


ふぅ、と治郎は疲れたように息を漏らす。


「声がね、聴こえるんだ」

「声、ですか」

「ああ、そうだよ。それがね、突然聴こえることがある。降ってきたなんて言われたりもするね。食事をしている時、ビーヴを覗いている時、道具のメンテンナンスをしている時、眠っている時でも。そしてそれが聴こえると、僕は衝動に駆られるんだ。作らなければならない、ってさ」

「それは、作品を?」


うん、と治郎が頷く。


「そうやって声に導かれるように出来た作品っていうのはさ、いってみれば虚無的なんだよ。たしかにモノはいい。自分の感性でいってもかなり気に入ったものになっている。だけど、僕にはなにも残らない……」

「満足感が得られていない、ってことですか?」

「まあ、そんな感じなのかもね。正直僕にもよくわからないんだ。ただ、出来栄えとは正反対に虚しさみたいなものを感じるんだ。燃え尽きたっていうのとも違う、これはなんなんだろう、って目の前の物が理解できなくなって頭がぼやけるんだ」


治郎は、定まらない目線でグラスの中を覗く。

すると今度は、ペロが喉に詰まっていたものを、ふっ、押し出すように息を吐いた。


「芸術家だからなんですかね、そういうのは。俺にはよくわからないですね」

「いいや、そうじゃないよ。僕がいわゆるアーティストだからじゃない。ちゃんと訊いたことはないけれど、たぶんオークションの参加者たちは大概感じているんじゃないかな……。彼らの目はね、そんなふうに見えるよ」


グラスを回しワインをかき混ぜながら、治郎は遅くかぶりを振った。


「だから、呪いを求めるって?」


ペロが言うと、治郎はまた声を上げて笑う。


「直結はしないよ。ただ、強いて言うなら、呪いはそういうわけのわからない感覚と近い存在な気がするんだ。毒を以て毒を制す、じゃないけどね。なにをしてくるでもない不可解な感覚を、あえて自分で選んで体験する――そういうふうにして声の正体を知りたいのかもしれない」


わけがわからない、と言わんばかりにペロは完璧な肩すくめを見せた。

治郎は小さく笑った。


「だったら、って思うんだ。オーナーズは、すでのその答えを知っているのかもしれない」

「オーナーズ?」


治郎の口から唐突に吐かれた言葉に、ペロの体がぴくと反応した。

ああ、そうか。まだ言っていなかった。

前置きに言って、治郎はグラスを空にした。そうして空いたグラスを再び満たしながら、


「オークション参加者の中でされている例の噂さ。ただの参加者じゃない、いってみれば運営側にいる存在のことだ。基本的には一切が不明とされている運営だけど、品物を運ぶ黒服が何人かいる。

彼らを雇っているのがそうなんじゃないか、っていう意見もあるけど。ここまで秘密主義なのに、雇用、なんていつ裏切られるかわからない契約するわけないじゃないか。

だから、黒服の彼"ら"がオーナーなのかもしれない、っていう噂さ」


「だから、オーナー"ズ"……」


ポツリとこぼしペロは、ゴクリ、と喉を鳴らした――。



立ち上る芳ばしい湯気に顔をうずめたまま、少しの間唐揚げ丼をかき込んでいたコロがふいに口を開いた。


「集会、秘密兵器、執行人。それぞれなんの関係もないようだけど、この三つの噂には、妙な共通点があるの」

「共通点って、"レッドヘアーズ"ってとこじゃないのかよ」

「そうなんだけど、そうじゃない。この噂たちはね、全部レッドヘアー"ズ"って名前になってる。レッドヘアーじゃなくて、ズ。つまり、複数形なんだよ」


コロの意見に、ペロは首を傾げた。


「そうとは限らないだろ。ナントカ、"の"、って意味かもしれない。赤い髪のクラブ、赤い髪の秘密兵器、赤い髪の執行人――みたいにさ、トレードマークのことだろ?」

「違う」


迷いなく、コロはペロの意見を否定した。

ムッ、と表情を歪ませるペロの口から追撃の音が口から出る、というところ。

コロは赤いカードを手に取り、口を半開きにしたペロの顔の前にかざした。


照明に照らされ、カードの中に浮かぶ『RED HAIRS』の文字。


「よく見て、アポストロフィがない。これは、複数を意味する"S"だよ」

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