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たとえばこれはαルート  作者: 扉野ギロ
第二章 レッドヘアーズクラブ
7/24

4話「リンク-1」 

『リンク報告 

Case:未来透視(Lv.X)

Interface:ペン型(ディップペン)(推定)

User:手塚清子

Source:水沢芳隆(手塚家所属の執事)


Situation:

紙の媒体に直接書き込むことでケースが発動すると推察する。(今回はスケジュール帳)

ユーザーは、ペンを用いてスケジュール帳に書き込み、その時に未来透視が行われたものと思われる。

使用回数は二回(推定)。

実物の紙媒体を確認したところ、ディップペン特有のインク滲みが確認できたのは二箇所だけだった。


なお、インターフェース以外の書き込みに関しては滲みがないことから、一般的な油性系インクが用いられていると考えられる。また、該当すると思われるペンは、ユーザーの自宅受付にあるメモ台に見当たらなかった物が該当すると予想する。


日記として書き込まれた内容には、○が付けられている箇所があり、それらはユーザーが未来透視で得た内容との合致を水沢芳隆の証言により確認した。

また、○が付けられていない箇所においては、おそらくユーザーの性格による怠慢だろうと推察する。


ユーザーは、死亡(17/7/2121)。死因は脳動脈破裂とのこと。

実際に脳を破壊したことを加味すると、今回発見したインターフェースは非常に高い正確性を持つ可能性がある。

また、高い正確性の面を鑑みるに、ソフトウェアはアカシックレコードと推定。

脳動脈破裂の死因は、高い正確性を持った未来情報に触れたことで脳に過度なストレスが生じ、結果破壊されたものと考える。


現在、インターフェースの所在は不明。

情報ソースである水沢芳隆の証言からするに、水沢芳隆はインターフェースを紙そのものと考えている可能性が高い。

そのため、ユーザーの自室を探せばまだ残されている可能性もあるが、真のインターフェースの存在を明らかにすることは、インターフェースを隠匿される危険が伴うため、公の捜索は困難である。


以上のことから、インターフェース捜索のため潜入を試みる考えであるが、手塚邸は日本国により厳重に保護されていること、自分が現在別任務中であることからして実行は不可能。

よって、本件に関しては状況を監視するに留めることとする。』



ペロは、ラップトップデバイスの画面を見つめたまま、しかしその両手は忙しなく操作を続けており、時々考え込むようにこめかみに指をトントンと当ててはまた指を動かし、と続けていた。


それが止んだのは、ペロが作業を開始してから四時間が過ぎた頃だ。


「なあ、コロ」


背伸びがてら、ペロはコロを見た。


「ん?」


と、コロはソファーに寝そべり、赤いカードを天井の光にかざしている。


「この、こいつさ。何者だと思う?」

「こいつって?」

「『山台工業の真実』ってページを作ったやつだよ」


ペロがラップトップデバイスの画面を指差す。


「検証してみたけど、結局『秘密兵器図面』に電子ドラッグもウィルスも仕込まれていなかった。図面っていう中身もたしかになにかの図面が載ってる。だけど、ドラゴンじゃ線がまともに認識されないんだよな。しかも、ビーヴじゃ検索すらされない。それってつまり、どういうことかわかるだろ?」


うーむ、と唸ってペロはまた画面に顔を近づけた。


「そういう技術のある人、ってことだよね」

「そのとおり。でも問題は、そんな腕利きがどうしてこんなページを作ってるのかってとこなわけ」


だれなんだ、こいつ。

そう言ってペロの眉間にシワが寄る。


「そんなに気になるなら、連絡してみれば?」

「連絡? そんなのできたら苦労しないっての」

「できるじゃん」


コロが起き上がり、徐ろにペロの脇に立つ。


「ここ」


数回画面をスクロールして細い指が示す場所には、『Contact』とある。


「あ……」


と、ペロの開いた口が眉間のシワを伸ばした。


「でも、こんなの本当に返事があると思うか?」

「あるよ。だって、連絡先を載せてるんだから」

「そんな上手くいくもんかねえ」


半信半疑を口にしながら、結局ペロは記載のアドレスにメッセージを送った。



それから二日経ち、待っていた通知がペロのハンディデバイスを笑わせた。

杜田治郎と会って話す段取りがついたという、芳隆からの連絡だった。


待ち合わせは翌日の午後一時。場所は、花菓子町の一角にある高級ホテルの一室。

当日は身分を提示するように、と注意があった。


「身分証か。知り合いのツテでもそこまで警戒してるってことは、なんとなく杜田治郎がどんなもんに囲まれてるかわかる気がするね」

「どういうこと?」

「必要以上にマネーを持ってるヤツは、友達ができづらいってことだよ」


コロは納得しかねるように首を傾げた――。



ホテルのロビーに入った瞬間から、来客は侵入者のように扱われる。

すぐさま近寄ってきた抉れたボール頭の入館管理用マシンが、


「失礼いたします。スキャンします」


と人の声で語り、頭をグリグリと動かしながら、否応なしに一メートルの距離を保ってついてくる。

だいたい一分ほど時間をかけてスキャンを終えると、今度は、


「入手したデータは次回お客様をおもてなしするために利用させていただきます」


そう言い残して、何の了承も得ないままロビーをうろつき始める。


高級ホテルや官公庁、公共施設などでは最早当たり前となった光景だった。

それをペロは目線で追う。

そして、短く、ふっ、と息を漏らして正面に向き直ると、カウンターの従業員に「待ち合わせで一八○○号室まで」と伝え、了承を得てから最奥にあるエレベーターへと足を進めた。


人がその仰々しい扉の前に立つと、縁が金色に輝く。

十数秒待って唐突に扉が開かれると、降りてきた誰かとすれ違いにペロはそこに乗り込んだ。


「扉を閉めます」


どこからともなくまた人の声がし、エレベーターは閉ざされた。

一瞬の浮遊感を与えた後、それは何の気配もなくまた十数秒して唐突に口を開ける。


開かれた扉の先にあるのは、もうロビーではない。

模様の描かれたカーペットがぎっしり敷き詰められた、微かにクラシックの流れる廊下が左右に伸びている。


ペロがそこへ一歩踏み出すと、正面の人の背丈ほどある花瓶に挟まれて鎮座していた案内用マシンが軽いモーター音と共に近づいてくる。


「いらっしゃいませ。お部屋へ案内します」


勝手に伝え、勝手に先導するマシンの後をペロは淡々とついていく。

その背中には、ホテルのロゴである針のないクラシック時計の絵と、肩の隅に小さく『Sanday』の文字列が弧を描いて刻印されている。

文字をじっと見つめ、ペロは、


「なあ、お前に攻撃機能とかついてるのか?」


と尋ねた。


「はい。当ホテルではお客様の安全を第一に考えておりますので、緊急時に備え、最低限物体を破壊するに足る攻撃性を兼ね備えております。対象は、壁、扉、家具、それから未登録の生命体に対して攻撃を行うことがあります。未登録の生命体に対しては、蘇生可能なレベルでの電気ショックを行います」

「まあ、そうだよな」


ペロが自ずと頷くと、「他にご質問はありますか?」とマシンが尋ねた。


「いや、特にないよ」


そう言ってペロは背中の文字から目を離した。

それからいくつか植物が絡まるアーチが彫刻された扉の前を通り過ぎ、マシンはふいに動きを止めた。


「到着しました」


マシンは言うが、その扉も通り過ぎてきたどれとも同じデザイン、同じ色味のものだ。

いわゆるVIPが利用することもあるホテルでは常識の防犯対策。この建物もまた、一歩侵入した瞬間から、その案内に従わなければこうやって目的地にたどり着くことすらできないようになっている。


ペロが壁に据え付けられたインターホンを押すと、少ししてスピーカー越しに、『待ってたよ、どうぞ』と声がし。

そこでペロは、この建物に来て初めて扉を開けるのに自分の力を使った。


「君が、結城翔平か。思ったよりいい男じゃないか」


ペロが室内に入って第一声、部屋の主は言った。

華奢な体躯、全体的にタイトな格好をしているその人物は、中性的な顔立ち、一本に結われた長く美しい髪と相まって一見性別の判断がつかない。

だが、声の太さには紛れもない男性が感じられる。


「はじめまして。わざわざ時間を作ってもらってありがとうございます」


ペロが会釈すると、彼は「やめてくれよ」と顔の前で手を振った。


「堅苦しいのは苦手なんだ。翔平は、生まれてから何年くらい生きている?」

「今年で二十九です」

「なるほど、二十九。じゃあ、僕と対して変わらない。もっと気楽に話してくれよ、友達みたいにさ」


彼に言われると、ペロはぽりぽりと頭を掻き、


「まあ、俺も苦手なんで助かります。じゃあ改めて、結城です」


と手を差し出す。


「杜田治郎だ。よろしく」


互いに握手を交わしたところで、「そうだ」とペロがハンディデバイスを取り出す。すると、


「それはあとでだ。まずはウェルカムドリンクが先だろ?」

「はあ……」


怪訝に首を傾げハンディデバイスをポケットに戻すペロをよそに、治郎はペロをダイニングテーブルに案内した。


百平米の広さに、リビング・ダイニングルーム、ベッドルーム、バスルームが間仕切られた一室。

花菓子町指折りの高級ホテル"Hotel of The world after"――通称"ホテル城"のスイートルームの説明には、他にも『お客様が時間の支配者です。我々ナイトは、全身全霊をもってお客様の大切な時間をお守りいたします』などと謳われている。


案内されたダイニングテーブルの上には、飲みかけのグラスと栓の空いたワインボトルが並んでいる。


「飲むだろ?」

「ええ、もちろん」


あまり味にこだわりはなくてね。

言いながら、治郎は奥の棚からテーブルのものと同じグラスを持ち、戻ってくる。


「それで、清子さんの話だよね」


トクトク、とワインがボトルの口を鳴らす奥で、治郎が言った。


「ええ。その、彼女が参加していたという会合のことを知りたいんです」


どうぞ、とペロの前にワインで満たされたグラスが差し出される。


「会合、ね。君はそういうふうに聞いているのか」


グラスを傾け、半分顔を隠したまま治郎が言う。

ペロから窺える表情は目だけだが、それが声色のとっつき易さとは別にどこか挑戦的な笑みに見える。


「教えてもらえますか?」


ペロが言うと、「君はどこまで――」、言いかけて治郎はふと表情を崩した。


「おっと、そうだった。僕が水沢くんに話したんだったか」


治郎がクスクスと笑う。


「オークション、かな。僕が話すとしたらそんなふうに言ったはずだ」

「ええ、そう聞いています。その……曰く、が付いているものを取引しているとか」


ペロの言葉に、治郎がおかしな声をもらして項垂れる。


「僕はそんなことまで話しちゃってるのか。酔ってたのかなあ……」

「それで、その曰く付きが取引されているっていうのは本当なんですか?」

「まあ、本当さ。それが話のキモだったんだけどなあ。全部わかっているんじゃあ、話すこともないか」

「……え。もう、終わりですか?」

「残念ながら」


言いながら、治郎は悲しげに表情を歪めて肩をすくめる。


「それじゃあ、質問したいんですが。そのオークションって、なにかこう、呼び名みたいなものがあったりは?」

「ないよ」


と、治郎はグラスを一気に飲み干し、すぐに空いたグラスにワインを注ぎ足す。


「そう、ですか」


ペロがわずかに肩を落とすと、


「ただの参加者には、ね」


意味深に告げ、はたと顔を上げたペロの前で、治郎は明らかに怪しげに笑みを浮かべていた。


「ただの?」

「そうさ。とはいっても、噂だけどね。おかしな話だろ? 秘密のオークションの中にも噂があるなんてさ」

「それ、ただの、ってどういう意味です? つまり、"特別な"なにかがあるってことですか?」


食らいついたペロの前に、治郎が唐突に指を立ててかざす。黙れ、と言わんばかりに。

息を呑み、押し黙るペロ。


「その先を知りたければ、まずは身分を証明してもらいたい」


先に身分を提示しようとしたペロを止め、それが今まるで条件のように求められている。

ペロの口元は、行き場を失った言葉が右往左往しているかのように歪んだ。

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