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たとえばこれはαルート  作者: 扉野ギロ
第三章 秘密兵器レッドヘアーズ
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10話「行くべきところ-2’」

ひしめき合うビルの間を通る道路、そこを走るビークル。

普段なら何とも思わないものが、街の中心部へ向かうと決まっただけでベルトコンベアで運ばれるモノのように感じられる。


ここへ来るのは、好きじゃない。


はっきりと自分たちが特別なのだと周囲に引く一線が、他の区画が整列された四角形なのに対して大きく弧を描いているところも。触れそうなほど隣り合う街中大半のビルとは対象的に、大きく取られた敷地も。ビークルばかり走っていて、歩く人の姿がほとんど見えないところも。


なにが働いてみたい街ランキング。

花菓子という庶民的で楽しげな町の名前から遠くかけ離れた、この未来的な姿が嫌いだ。


「どこで降りる?」


相変わらず彼らの仕事は速い。

目的地を変えてから少し道草を食った時間なんて、無かったも同然の到着時間だ。思いに耽ける暇もない。


「どうせ受付に行くから、正面からそのまま入ってくれ」

「はいよ」


ハイテクノロジーを生む会社のくせに、敷地内にはふんだんに植物を絡ませているところ。こんなものすら今の俺には怪しく思える。


ビークルが正面口に横付けされるなり、そこらの監視機器がこちらに視線を送っているのを感じた。

外へ出ればなおさら遠慮なしに向けられる警戒心が、そこら中から微かに聴こえる。

だけど、その姿はといえば正面口の天井にぶら下がっている二機分しか見当たらない。残りは、植えられた森の中だろう。


それは来客への配慮のつもりか、それとも侵入者を絶対に逃さない信念か。


自動扉が開いた先で入館管理用マシンが待ち受けているものと思っていたけど、そうじゃないみたいだ。となると、やはり監視機器を隠しているのは配慮か。


そこにある受付にはすぐには向かわない。

一応ここには初めて来たテイでいなければならないだから、敢えて立ち止まり周囲を見渡すというのが初心者らしいだろう。


建物内部にも植物がいくつも植えてあるということは、やはりギャップとしての好感度狙いだろうか、それとも社員の精神衛生のためか。

いや、違うな。これは、視界を遮るためのパーテーションだ。

これだけ邪魔くさく設置されていれば、導線が制限される。なるほど、確実に監視の範囲内に人を入れるための構造だろう。


となると、入館者を制限するゲートやら、管理用マシンすら一つもないのは、侵入者を油断させるため。監視を意識させないためなのかもしれない。

この建物は考えられている。

こんなに任務でこんなにヒリつくのは初めてだ。


受付にいるのは、六人。

フラッシュからの追加情報からして、話すべきなのは一番奥にいる彼女だ。

周囲を見回しながら、さりげなくそこへ近づく。


「いらっしゃいませ。山台工業へようこそおいでくださいました」


奴の話では、この女性だけが人間で、残りはヒューマノイドらしい。

見た目じゃわからないのは当然として、こんなところで今時受付を仕事にしている人間がいるなんて基本的には考えもしないだろう。


「ああ、どうも」


大袈裟な会釈にさり気なく微笑み返すは、社員教育の賜ってところか。


「本日はどういったご要件でしょうか?」

「人と合う約束をしているんです」

「はい。では、お約束の者の部署とお名前をお教えいただけますか?」

「産業廃棄物班の木田さんと、インターンの件でお話を」

「産業廃棄物班の木田、ですね。少々お待ち下さい」


カチャ、と物音がした後、女が手に取ったデバイスには"線"が繋がっている。

有線、そのローテクノロジーが未だ健在だなんて信じられない。

いよいよもって、フラッシュが務めていたというラボの存在が現実味を帯びてきた。


「受付のヒムラです、お疲れ様です。受付に、お客様がいらしております。インターンの件で、とのことですがご対応いかがされますか?」


その"受話器"に向かって滑らかに話す女性に今のところ怪しまれているような様子はない。


まったく、『インターンの件』が合言葉というのは、装いづらくて敵わない。

ここへ来るのは不慣れでなければならないし、かつラボに繋がるフロント唯一の人間に合言葉を伝える必要もある。

本当に約束のある人間ならもう少しマシな行動を取るのかもしれないけど、俺は木田にとって顔も知らない赤の他人だ。


入口からここまで、俺こそ怪しい行動を取っていなかっただろうか。

怪しまれて出て来ないなんてことがあれば、それが一番面倒だ。


フラッシュは、何を根拠に『必ず出てきますよ』なんて言えたのか、理由を訊けばよかった。今になってあの謎の自信を鵜呑みにしてしまったことを後悔する。


「お客様」

「……え、はい」


不意に声をかけられて、一瞬返事が遅れた。


「木田からの伝言ですが、『二十分後に二丁目交差点のカフェで』とのことです」

「わかりました。ありがとうございます」


本当に、これでいいんだろうか。

本当に、待ち合わせ場所に来るのは木田本人なんだろうか。

今すぐにでもデバイスに送られてきた木田の画像を確認したいところだけど、ここだとやっぱり視線が気になる。


滞在時間はものの十分程度。こんな落ち着かないところにいるのは、それで十分だ。


アプローチに仕掛けられた視線の網を抜け、通りに出てからふと足が止まった。

そういえば、名前を訊かれていない。

一瞬振り返りかけたものの、それでどれかと目が合うのと面倒だ。さりげなくデバイスで時間を確かめるふりをして、また足を進めた。



ぽつぽつとこの花菓子町の中心地へ運び込まれてくるビークル。

別に目につくということでもないけど、こっち側から眺めていると選別するような、まるで自分が管理者にでもなっているかのような気分になる。


浄化された空気の香りもここでは一段と強く感じられる。ビークルが地面を進む音と風の音だけが響くこの空間は、もう何かしらの製造工場だと言われてもおかしいとは思わない。


視線の先にある小洒落たカフェとを阻む広い道路一本分の距離が、これほど遠く感じられるとは思わなかった。

横断歩道標示の中に立ち、横断信号を発動させたところで、辺りにはもうビークルの気配はない。

ものの一秒でストライプが横断可能を示す発光を始めた。


見慣れた波打つような光を見下ろすと、ふと思い出す。


『キレイですね』


コロと出会って間もない頃、横断歩道を見てそんなことを言った。

たしかに珍しいといえば珍しいけど、あいつがへたり込んでいたのもこの街だったのに。

あの時、本当に記憶を失う人間がいるんだと実感した。


打ち合わせらしき四組がいるだけで、空いたカフェ店内。

ホットコーヒーを注文し、交差点が見やすい窓際の席に腰を下ろす。


なんとなくデジャヴのようなものを感じると思ったら、それは喫茶ベネチアにいたつい二時間ほど前の出来事だ。

だから、フラッシュと会ったのも今日のこと。

普段の時間よりも粘度が増しているみたいに、ここまでがずいぶんと長く感じられる。


手持ち無沙汰にデバイスを覗いても、まだコロからの返信はない。

それもそうだ。映し出されている数字は、あいつが喫茶ベネチアを出てから二時間も経っていない。


「ふぅ……」


とはいえ、何事もなければ一時間程度で甲府の家には着いているはずだ。

それでもまだ連絡が来ないのは、コロに何かがあったのかもしれない。


ドントウォーリーがついているんだから、事故やら道に迷うなんてことはあり得ないし……。あるとすれば、寄り道か。

途中で小腹がすいて、どこかのレストランにでも入っているに違いない。

それで、初めて合う人間に興味がいって話に夢中で、だからデバイスなんか見てもいない。の、かもしれない。


まったく、あいつ今どこにいるんだ。

ため息に変わった言葉を、そのまま電波に乗せた。


「ここに座っても?」


唐突に声をかけられて咄嗟に顔を上げると、いつの間にかすぐそばに男が立っている。


痩せて華奢な男、見た目は初老程度でフラッシュの外見年齢と近い。薄い緑色のシャツにチノパンのカジュアルな服装。

壁に掛けられた時計を見ると、待ち合わせの二十分後にはまだ少しだけ早い。


「あんたが、木田さんか?」

「ああ、そうだ」


どうぞ、と首の動きで促しがてら、フラッシュから送られた木田の画像を確認する。

フラッシュが在籍中に撮ったと思しき木田の姿は今ここにいる男より若いけど、面影はある。少なくとも見た目としては間違いなさそうだ。

それにしても、フラッシュといい、この木田という男といい、実年齢は七十を超えていていいはずなのに見た目が若すぎる。


美容としての若返りは世界的に法律で制限されている。高齢者なら七十歳を境に保持の名目でのみ許可されているはずだ。

法律を無視してまで若返りたい理由はなんだ?

単に寿命を伸ばすのであれば、見た目は七十代保持で問題ないだろう。


木田は向かいの椅子に腰を下ろし、早速ガサゴソと手持ちのバッグを漁ると、タブレットデバイスをテーブルに置いた。


「せっかちなんだな」


笑ってみせるも、木田の表情は固いまま変わらない。


「それで、お前はシノミヤとどういった関係だ?」


助走なしの質問。

シノミヤ、というのがフラッシュの本名なんだろうか。そういえば、彼は森居に親しい家系だと言っていた。そこにシノミヤという家名があるのか調べる必要がありそうだ。

何にせよ、俺が木田と話す時点で本名が知られることは予想できたはず。なら、なぜフラッシュなんて無意味な偽名を使っていたのか。


「まあ、落ち着きなよ。俺があんたに会いに来たのは――」

「御託はいい。まずは質問に答えろ」


御託でもなんでもない。こっちは、この状況が何もわかっていないんだ。

思いつきで行動するとすぐに躓く。

こういうアドリブが得意なのはあいつの方なのに、なぜ俺はこんなことをしているんだろう。


「友達、って言ったら信じるのか?」

「ふざけているのか? あいつはもう何年前に死んでいる。お前が友達だというには若すぎるな」


ふん、と笑うように息を吐いたものの、木田の顔はまるで笑っていない。


「じゃあいいぜ。怪しいから帰るっていうなら帰ればいい」


木田の目元がぴくりと反応した。

ぎろりとこっちを睨む瞳には、怒気のような迫力がある。


「ただ――」


アラのことを知っている。

現状無知な俺にとって、今使える唯一の武器はそのことだけだ。


「俺は、あんたがしたことを知っている」


木田は、俺の言葉に一瞬面食らったように見えた。にも関わらず、すぐに表情が緩む。


「そうか……」


そう言った木田の声は異様に落ち着いていて、緩んだ表情には笑みのようなものすら浮かんでいるように感じる。

テーブルに肘を置き組んだ手を額に当て、「そうか」と今度は安堵するかのようにつぶやいた。


「彼は――」


何か言いかけて、いや、と木田は首を横に振る。


「この結果は必然だ。今さら、しらを切るもりもない」


木田は顔を上げ、窓の外を見た。


「元はと言えば、全て私の責任だ。私がどうなっても、その報いは必ず受ける。ただ、今の私に手を出せばどうなるか、わかるだろう?」


どうやら木田は、俺を殺し屋かなにかと勘違いしているようだ。それが、シノミヤ――フラッシュの復讐だと理解しているんだろう。

口ぶりでは反省しているし、覚悟のようなものも感じられる。が、その割、自分に手を出せば俺も危ない、というような警告をしている。

つまりは、殺すな、ということだ。


であれば、予想するに木田はこれから俺に"取引"を持ちかけるつもりだろう。

さっさとフラッシュに紹介された事実を話して誤解を解いてもよさそうだけど……。相手が勝手に盛り上がってくれているのはある意味チャンスかもしれない。

もう少しだけ話させてみる。


「あのさ、俺だって素人じゃない。みすみすお返しくらうようなヘマはしないよ」

「それはそうだろう、わかっているつもりだ。だが、山台工業を出し抜くなどと考えているのなら、それはあそこの実力を甘く見積もりすぎだ。山台工業は、手に入れた獲物……違うな。"所有物"を決して無意味に手放したりしない。正確に言えば、山台工業が所有物を手放す時、その物は完璧に破壊する」

「それはつまり、殺すってことだろう。今さら怖いとかなんとか考えるほどのことでもないね」

「違う。お前はまだわかっていない……」


木田は、神妙な顔でゆっくりと首を振る。


「完璧に、だ。山台工業は、その物に関わる全ては破壊する。家族、知人に至るまで一変の痕跡も……歴史からその存在を消してしまう」

「それは、不可能だ。個人情報は国が管理している。死んだことにしてしまう程度のことならできないこともないだろうけど、この情報社会にいて完璧に歴史から消すなんてことはできるはずがないね」


木田はまた、ゆっくりと首を振った。

その否定が言いたいことの意味は、


「まさか、山台工業が国のシステムに関与してるっていうのか?」


あり得ない、とまでは言わない。

だけど、たとえばそんなことがあったとしても、それを組織が知らないはずがない。


それなのに、真正面の男がこくりと頷く。

わかっていないのは、お前の方だ。急に自分の顎の力が抜けたのを感じた。


「それは、"サードドア"と呼ばれている。誰が、どんな理由でそんなものを仕込んだのかは知らないが、少なくとも国の情報管理にはそういった部分が用意されている。そして、サードドアには利用に必要なキーが存在している……」


この意味がわかるか、と木田がまた窓の外に目を逸した。

わかるはずがない、どうせガセだ。


「サードドアには利用の権利があり、それを誰かが故意に与えている、ということだ」

「……なるほどね。狩役乃永は、その権利を与えられているってわけだ」

「……そうか、狩役のことも聞いているんだな。それなら、話が早い」


改めて、うん、と木田が頷く。


「その通りだ。だから、"狩役の行いは暗黙に国から承認されている"。いち個人、そこにどのようなレベルの組織が絡もうとそうやすやすと適う相手ではない」

「……ふーん」


好き勝手なことを言っている。

しかしまあ、それも当然だ。普通、誰もソンダーダッハの竜を知らない。


「ところで、そんな大事な話ペラペラ話していいのか?」


店内にぐるりと視線を巡らせる。

他の客たちは、相変わらず打ち合わせの真っ最中で、こちらの話に耳を立てている様子はない。


「問題はあるが、他に話を聴かれることはない。この店は、打ち合わせに特化した設備が整えられている」


と、木田が天井を指差す。

ちょうどテーブルの真上辺り、そこには直径二センチ程度の小さな短い円柱が伸びていて、薄緑色の光が点いている。


「防音専用のジャマーだ。各テーブルのそばまで近づかなければ内外の音は通らない。が、そんなことはいい。それよりも、わざわざ危険を犯してまでここに来たんだ。殺す前に私に訊きたいことがあるんだろう?」

「ああ、もちろん……」


とは言ったものの、ここに来たことに特別な理由はなかった。彼と話すことについても、特に訊くべきことは何も考えられていなかった。

だから、思い付いたのはついさっきだ。


アラの死。

それそのものの真偽すら気にする余裕もなかったけど、目の前の男は何の躊躇もなくそのことを認めた。

それは結局――、


「フラ……シノミヤの言っていることは、真実なんだな? 狩役が企てている陰謀、その"ナニカ"の破壊についても」

「ああ、その通りだ」


喉の乾きを感じた。

フラッシュの話を完全な嘘だと感じなかった俺自身、それが正しかったんだ。彼とボスとの繋がりなんか関係なく、俺の勘は正しかった。


安堵ごと、熱いコーヒーを喉に流し込んだ。


「……だったら教えろ。狩役は、何を造ろうとしている?」


ぐぐ、と木田の喉仏が上下する。

すると、勝手に俺のカップを手に取り、そのままコーヒーを口に流し入れた。

一瞬、苦しげに顔を歪めたが、ゴクリと喉が鳴った後はまた神妙な面持ちを取り戻している。


「そのことを話す前に、条件がある……」

「ああ、聞くよ」

「私の家族を守ってくれ」

「あんたの家族を? それは、シノミヤの復讐を忘れろってことか? 俺にあいつを裏切れって? そもそも俺を信用できるのか?」

「もちろん、私がどうなっても構わない。どうせ今ここに来た時点で、私の抹殺は決定しているんだ。だが、それは同時に妻と娘の命が狙われることでもある。そのうえで、頼む――」


神妙な表情に深くシワが寄り、苦しげな表情を浮かべて、木田は深く頭を下げた。


「私にはもう、お前のような人間に頼むしかないんだ。時間稼ぎももう限界だ。あの技術が完成されれば、私は不要になる。そうなれば私の全てが巻き沿いに終わってしまう。

逃げ道など、初めから無かった。それに気づかず、私はアラを死に追いやり、シノミヤにも同じことをしようとした。狩役に言われるまま、研究を止めることも、逃げることもできなくなっていた。

愚かだったと、今さら後悔をすることも叶わなくなった。どうにもできなくなってしまっていた……」


木田の体が小刻みに震えている。きっと、テーブルの下に隠された両手には拳が握られているんだろうと想像する。

悔しいんだろう。そう気持ちを慮ることくらいしか俺にはできない。

この男は付くべき人間を間違えたんだ。


俺にもボスがいる。絶対の信頼をおくことのできる、唯一無二の人だ。

だけど、今は俺ひとり。組織とまともな連絡が取れなくなって久しい。


木田は、俺と似ている。

組織の命令を守り、ひとりになった。

だったらこの人を……。


「任せろ。あんたも、あんたの家族も守ってやる」

「ほ、本当か!」

「ああ、絶対に……」


このミッションを成功させる。

木田という重要人物は、組織にとって有益に違いない。フラッシュを保護した事例があるなら、きっと彼らの保護という目的があれば、組織が動く。俺はまた、皆に会える。

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