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たとえばこれはαルート  作者: 扉野ギロ
第三章 秘密兵器レッドヘアーズ
16/24

5話「行くべきところ-1」

相変わらず、生暖かい強い風が吹いている。

朝の物置通りは影が少なくて、そこにあるパーツの形がよくわかる。

ところどころ黒く汚れたタイル、植木鉢の花と葉、ボロのベンチ、置き去りにされたドリンクボトル、きれいな灰皿。

それと、明るい時にだけ感じる埃っぽさがなんとなく好きだった。


振り返って、マスターが自慢にしている扉の小窓から中を覗いてみる。

この位置からじゃペロは見えない。けど、出てくる気はないみたいだ。


「……にしても、なんでニセモノ?」


わたしは、話すのがあんまり得意じゃない。

だから、わかる。あの人は、話が上手い。

話が上手い人の話は全部重要そうに聴こえるから注意、というのは教訓。

どこで得た教訓かは覚えていない。


そんな重要そうなことばかり語る人が、山台工業の製品が引き起こすことの核心だけ微妙に話すところが怪しかった。

山台工業の真実を語りたいあのサイトの管理人なら、きっと淀みなく教えてくれたと思う。

事あるごとに、"ナニカの破壊"に結びつけようとする感じ、そもそも"奇跡"を一辺倒に語るところからして、あの人がその道にあまり詳しくないことはわかった。


それなのに、ペロがあの人の話に没頭するのは変だ。

わたしの知っているペロは、特別そういうことに気をつけるタイプだったはず。


少し気になるのは、フラッシュの『予想外』みたいな発言。

ということは、フラッシュはペロが変なことを知っていたのかもしれない。ただ、それが私たちを監視していたからなのかは、まだわからない。


だから、今わたしが考えるべきなのは、


「ペロが変な原因……」


今のところは、思い浮かばない。

ただ、思えば『RED HAIRS』を調べ始めてから、少しずつ変になっていったような気も……。

そして今ニセモノが現れたということは、ペロの異変はホンモノの仕業という可能性は考えておいたほうがいいかもしれない。


状況がだんだん複雑になっていく。胸がざわつく。


――あっ


鈴が鳴るような声がした。

ふと声のした方を見ると、自分の店の前に真千子が立っていた。


「あ、真千子。ちょうどよかっ……た……?」


遠慮気味に手を挙げる彼女の向こうに、誰かいる。

気づいた瞬間、体が動いていた。

わたしの気配を察したのか、男はすぐに大通りの角の向こうに姿を消す。


逃げた、今のは明らかに。


体の反応が間違っていなかったことを感じつつ、今の太った男が何者なのかを考える。

状況から怪しいと思えるのは、フラッシュのホンモノ。

だけど、わざわざニセモノを用意したのに、なぜこんなすぐ近くにいたのかは謎。


しかも、わたしに見つかったドジ。

用意周到な警戒心の強い人だと想像していたのに、それこそ予想外だ。


速く走ったつもりだけど、向こうの大通りに出るのに五秒はかかった。

彼の姿を探しても、歩道を向かってくる雑踏が目に入って集中しきれない。


「待って!」


人の間に慌てて揺れる大きなお尻を見つけて叫んだ。

大勢の視線が私に向くと、お尻の人物もこちらを向いた。

見た感じ焦っていたにも関わらず、その表情に焦りは窺えない。厳しい表情、口を真一文字に結んで、わたしを射抜くような鋭い目線をよこした。


「お願い、待って!」


足を進めながらもう一度彼を呼んだけど、あの一瞥でしか私を見ることはなかった。

そばに停められていたビークルに乗り込み、怪しい男は去っていく。


一瞬、追いかけようかと頭を過ったけど、本気で走るには人が多い。

悩んだ数秒でビークルはもう追いつくことができないほどに離れていってしまっていた。

わたしの足は、目の前にこぼれた名残りを踏みつけて、二、三歩だけ進んで止まった。


「ちょっと、どうしたの?」


後を追ってきたのか、背後から真千子の声がした。


「ちょっと、知り合いかと思ったんだけど……」

「が、逃げたわけ? あんた、なにしたのよ」


何もしていない。

話を聞きたかったけど、彼にはそのつもりはないようだった。

ガッカリした分だけ、わたしの首が勝手に揺れていた。

ふーん、と気のない真千子の相槌が聴こえた。


「ところでさ、あれ……どうなった?」

「あれ?」


と、首を捻ってから、赤いカードのことだと気づいた。


「だったら、今はわけのわからない人が出てきたところ」

「わけがわからないって?」

「ベネチアでペロが話している人」

「なんでその人とあの子が話をする必要があるわけ?」

「……ペロの様子がおかしいからだと思う」

「おかしい? ってどういうふうによ」

「よくわからないけど、二人には共通の知り合いがいるみたいだから、そのせいかも」

「共通の……。あー、なるほどねえ」


物知りげな顔で真千子が頷く。

なにか知っているのだろうか。訊いてみると、「いつも私たちはここにいるわよ」と片頬を吊り上げてカッコつけた笑みを浮かべた。


どういう意味かはわからないけど、真千子が笑っている、ということは面白いことなのだろう。


「うん」


頷いてみると、足の裏の名残惜しさも感じなくなっている。

そういえば、わたしは真千子に訊きたいことがあって店を出たことを思い出した。


「ところで、訊きたいことがあるんだけど」

「カードのことかしら?」

「そう。訊きたいことっていうか確かめたいことなんだけど、このカードがもし天然石でできているとすれば――それは、オーパーツ。真千子は、そう考えているんだよね?」


わたしが質問すると、真千子は急に固まってしまった。

口の代わりに目を何度も瞬かせて、そして「はんっ」と小馬鹿にするように笑う。

やっぱり、だ。

真千子はカードのことになると、急に子供じみた態度を取る。


「だから、そんなことはありえないって言ったじゃない。あれは特殊なプラスチックよ。なにがオーパーツだって? それにね、今時の技術ならあれくらいのこと。どこかで誰かができているに決まっているわよ」

「でも、それは特定の目標があればだよ。真千子だってわかってるでしょ? 科学は万能じゃないし、誰かが天然石を混ぜようって目標を設定しなきゃ、できることもできないまま――」


できることができない。

じゃあ、わたしたちがナニカへと向かわなければ、どうなるのだろう。

ニセフラッシュの言うことを踏まえれば、運命が行くべきところへ辿り着けなくなる。

それがどういうことなのかは、まるで検討もつかない。頭の中が、しん、と静まり返っているのを感じる。

そのなんともいえない無表情な感覚が、その先は何もないことを物語っているように思えた。


『私がなにを話しても話さなくても、あなた方は、山台工業が破壊を目論む"ナニカ"へ向かうことになりますよ』


ニセフラッシュは、そう言っていた。

加えて、『運命に設定された』という言葉。それに、ニセフラッシュは『生かされている』とも。


あの人の言うことにどこまで信憑性があるのかわからないけど、少なくともニセフラッシュの発言は、いわゆる因果律と決定の話。"運命の軌道修正能力"みたいなものの存在を匂わせている。


嘘か本当かもわからない。わかっているのに、わたしは――わたしの感覚は、どうやら正しいことのように理解しているようだ。

とても奇妙な感じがする。


わたしたちがナニカへと辿り着くことで、何が起こるというのだろう。

良いことなのか、悪いことなのか。

運命に生かされているニセフラッシュなのかフラッシュは、山台工業を危険だと言い、それから『ナニカの破壊』の話をした。そして、奇跡を否定する者の存在、『奇跡の完全なる抹殺』。


運命に生かされているニセフラッシュなのかフラッシュという存在が、わたしたちに特に伝えたいのは、"ナニカの破壊が奇跡を抹殺することになる"、ということだろう。


そこに、わたしたちは関与することになっている。

そんなネタ明かしみたいなことがされているなら、ナニカの破壊を別の形に変えることだってできるかもしれない。


運命を左右する。でも……それは、良いこと? 良くないこと?


『――善悪なんてのは、人類ごときでどうこうできる程度の、秩序もどきの発想だよ。運命サマにとっては、どうでもいいことさ』と、誰かが言っていた。


なんて、懐かしい感覚。


「ちょっと、大丈夫?」


違うの。あの人は、そんな風に言わない。人の心配なんてしないで、鼻で笑うだけ。


「ねえ……」


ああ、寂しいな――。



妙に体が軽く感じていた。

気がついた時には、もう何も覚えていなかった。

そして気がついた時、目の前には彼がいた。


『もしかして、道に迷ってますか?』


状況としては、そうだった。

でも、自分が何をしようとしているのかもわかっていなかった。

そこがどこなのかも、当然わからない。


ただ、会話というか言語的なことに問題はないようで、自分が人間だってことや女性であること、歩道を歩くべきとか、速いものはぶつかると危険だとか。そういう一般常識、ないし一般的な教養はあった。

とはいってもその、一般的な、というのがどこまではわからない。


気がついたばかりのわたしは、本当に道に迷ったかのような気分だった。


彼はわたしが一人だとわかると、『だったら、お茶でもどうですか?』なんて訊くから、ナンパだと思った。

記憶が失われている状態で、そういう男に着いて行くのは危険だ。とわかってはいたけど、自分のこの状況を把握するためには、彼から話かけてもらうのが手っ取り早いと思った。最悪支払うべきもの、のことも多少は頭の片隅で感じていた。


道に迷ったていで、ここがどこだかわからないことを話すと、彼は想定外に紳士的だった。

懇切丁寧に街のことと、それから訊いてもいないのに色々な常識について、『わかりますか?』『知っていますか?』と教えてくれた。


だからわたしも正直に自分の記憶が失われていることを打ち明けると、彼は『だったら、家で休んでください』と。

さすがにそれはマズイので一旦は断って、カフェでお茶代を支払おうとして、そこでわたしは自分がハンディデバイスを所持していたことを知った。


それが唯一の所持品だった。

すると彼は、それでわたしの個人情報がわかると言って調べてくれようとしたけど、わたしはアクセスキーというものがわからなかった。

それがつまり、自分の名前がわからないのと同等の意味だということは、やっぱり彼が教えてくれた。


名前。

そんな基本的なことを忘れていたのだと自覚したのはこのタイミング。

デバイスに登録された連絡先にはいくつも名前があったものの、ピンとくるものは一つもなかった。


『――だったら、"コロ"なんてどうです?』


戸惑うわたしに、彼はそう言った。

もちろん冗談で、仮の名といえばよくある名前を使えばいい、という発想だったらしい。

それが犬なんかに付けられるものだっていうことはわかっていたけど、なんとなくそれで気に入ってしまった。


『じゃあ、俺はペロ……にでもしようかな』


そう言って片頬がつり上げ照れくさそうに笑う顔に、ふと親近感を覚えた。安心できる、と不思議と確信していた。

そうしてわたしは、なし崩しにペロの家だというあの船で一緒に生活するようになった。


船を見た瞬間からわかってはいたけど、少し一緒に生活してみて、彼がいわゆる一般人ではないことを確信した。


今のわたし。新しく準備してくれた"結城ミア"のID。

ドラゴン、という謎のウェブブラウザ。関連して、コンピュータに対する知識の深さ。護身だという日々のトレーニング。


日常生活のどれを取っても一般的ではないということは十分わかった。


さらには、ドントウォーリーという運び屋を利用した高額な移動手段に始まり、甘い金銭感覚とやけに多い貯金額。

ペロが仕事だといって出かけることはあったけど、その頻度は週五日が当たり前だと感じるわたしの認識とは違っていた。


ペロが仕事だと言って出かけるのは、いつも難しい顔でデバイスを覗き込んだあと。

わたしの脳裏にふと浮かぶのは、シークレットミッション、という単語だった。

だからある時わたしは、もしかしてスパイなのか、と訊いたことがある。


『違う違う、ただのリサーチャーだよ。マーケティングの一貫でこの街のことを調べてるんだ』


わかったのは、その程度のことだった。

やっぱり、というのがわたしの感想。そんな答えだろうと思っていた。


今空っぽのわたしにとって、ペロの真実なんて意味はない。

自分で訊いておいて、だからなぜあんなことを訊いたのかよくわからない。

どんな仕事をしているにせよ、ペロは毎日必ず帰ってくる。その事実だけがわたしにとって大事なこと。


ペロはわたしを記憶喪失だというけど、たぶん違う。

だってわたしには記憶がある。思い出すことがある。

漠然とした感覚でわかっている。わたしはきっと、結城ミアになる前までの記録が何も残っていないだけ。


ペロと出会ったあの時から、わたしはまた記録を始めたんだ。


だから"善くん"は、結城ミアとなったわたしが初めから持っていた記憶に違いない。

わたしは会ったこともないけど、わたしの中のもう一人のわたしがきっと彼を知っている。


それはたぶん――。



「上山……宮……」

「だれよ、それ」


彼女もわたしに眠る記憶。彼女はきっと、知っていると感じる。

呪いに通ずる彼女なら、オーパーツ――オカルトな赤のカードのことがわかるかもしれない。


わたしはやっぱり、彼女に会う必要がある。

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