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たとえばこれはαルート  作者: 扉野ギロ
第三章 秘密兵器レッドヘアーズ
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4話「監視する者-3」

突如男の発したまるで脈絡のない発言に、はたとペロが顔を上げる。


「運命……設定……?」

「可能性です。だから、あなた方は否が応でも運命の辿り着く場所へ向かう一点を通過することになるのでしょう。その一点が何事かは予想もつきませんが、ただ、なんなのかはわかりますよね?」

「それは――」


食い入るようにフラッシュを見つめたままペロは口を開き、「いや」、すぐに自分の言葉を打ち消した。


「ナニカが関係する、ってわけか」

「かといって、それも推測の域を出ませんが……解釈としては概ね間違っていないでしょう。なにせ、私はそのために生きているのですから。いや……」


淀みなく話していたフラッシュがふいに言葉を止め。

一瞬の間、小さく首を揺らして、「死ななかった」、と言い直した。


「なんだそれ。あんた、死にたかったのか?」

「いえ、そういう意味ではありません」


一旦ペロの発言を否定し、フラッシュは視線を店内のどこぞへと放り投げた。


「今でも時折感じるのです。あの時に私は死んだはずだったのだろう、と」

「それを、"あの人"に救われたんだな……」


カップに目を落としたペロの口からぽつりとこぼれた言葉は断定的だ。だが、その様子からしてフラッシュへの問いかけというよりは、独り言に近く感じられる。


ちらとペロの方を見て、フラッシュはわずかに首を揺らした。


「ですが、私は生きています。つまりこの状況は、私にとって生かされているともいえるわけです。この役割を終えた時、また私は死ぬのでしょう。そして、この役割がいつ終わるのかは、わからない」


ふ、と笑うように嘆息するフラッシュ。


「あなたは、奇跡を信じますか?」


唐突に放たれた言葉は、明らかにペロに向いている。

ペロはまず目でそれを受け、


「ある。奇跡は」


そう答えた。

そうですか、とフラッシュは頷く。


「では、"奇跡を否定する者"を知っていますね?」

「なんだ、それ……」


ペロは首を横に振る。

そこにもフラッシュは、「なるほど」と頷いた。


「意味としてはそのままです。彼らは、奇跡を否定する。そして、奇跡を否定するためであれば、何事をも行うのです」

「何事っていうのは、たとえばなにが……」

「たとえば――」


コン。

フラッシュは指先でテーブルを突いた。


「今のこの時です」


頭を傾ける、それだけで返答には十分だった。

フラッシュは続ける。


「どのようにして、今この時代が成り立っているのか、ご存知でしょう」


ほっ、と息を漏らし、ペロは「時代……、そういうことか」と得心する。


「ご存知かっていったって、そんなの一口に言えるようなもんじゃないだろ。いろんな人が、いろいろやったんだ。少しずつ、人が進歩してだ」

「進歩、ですね。そうでしょう。して、その進歩とは?」


少し考えて、「知恵だ」とペロが言う。


「人類は、他の動物と違って脳が発達した。いろんなことを分析して、別の形に変えていった。つまるところの科学か。幾何学を理解できるとかなんとか、それっぽいことはあんたも言っていたろ?」

「たしかにそうですね。では、質問を変えます。奇跡がある、と答えたあなたにとって、陰謀とはなんでしょうか?」

「……あったことだし、あり得ることだ。それも、山台工業の真実ってあんたが気にしていることじゃないか」


首肯。


「では、確認ですが。山台工業の背後にいる、力を与える者が何かはわかっていますね」


それを「吉國グループ」だと答えたのはコロだ。


「吉國グループが山台工業に投資しているのは、公開されている情報だよ。それなのに不買運動を流行らせたメディアにも投資していたのは、そういえば変」

「全くもって同意見です。しかしその報道が機体Ωに注意を向けるため、あえて行われた"宣伝"だったと考えればどうです」


その、宣伝、という単語が彼女の喉まで届かず口元で返り、表情が歪む。


「準備が整ったから、でしょうね」


彼女に浮かんだ疑問を読み取ったかのように、フラッシュは言った。


「山台工業が売ったのは、本来売り物にするべきでない技術でした。しかし、それは介護という名の看板に隠されており、世界は単なる便利な物としてそれを受け入れた。

だから、各国政府にとっては寝耳に水だったことでしょう。唐突に謳われはじめた便利な機械の危険性を訴えるデモを、無視することはできなかったはずです。実際に機体Ωを調査し――」


みなまで言わず鼻を鳴らし、フラッシュが肩をすくめると、


「だけど時すでに遅し、ってか」


ペロが続きを預かる。


「あんたの考えが正しいとすれば、わざわざ隠していたナイフを見せびらかして……と。山台工業が、そうやって大国に手綱を着けたことが陰謀だ、ってことか」


顎に指を当て、考え込むようにペロの視線が下がる。

こくりとフラッシュは頷いた。


「ただこの場合、陰謀、という言い回しは率直には違って感じます。公表されない政治的な決定は当然あり得るでしょうし、だからといって、そういった物事全てを陰謀と判断するのには無理があります。

単純なことですが、陰謀と呼べる企みは大小違えど大方政治的なもので、発信者へ流れ込む偏った利益の存在が必須ですから」

「じゃああんたは、山台工業のやったことは陰謀じゃないって?」

「いえ、そういうわけではありません……というよりも、山台工業が陰謀を考えたかどうか正確なことはわからないのです。だから、あくまで第三者である我々は、適当な憶測、という状態を超えた判断にしてはならないのです」

「早合点はするな、か……」


ペロは納得したように頷いた。

同調してフラッシュの頭も動く。


「ええ。ですから、この件に関する陰謀と思われることは、また別のものに向いているかもしれない。ということです」

「それは、例のナニカとは無関係にか?」


わかりません。

そう言ってフラッシュは首を横に振った。


「ただ私は、機体Ωの普及とグルーオンコントロールとは無関係だと考えています」

「なぜ……?」

「それこそ、陰謀かどうかの違いです。

前者からは、その狡猾さが窺えます。対して後者は、単なる破壊力を求めているといった、安易さがある。さらに言い換えれば、前者は社会に変革を起こそうという魂胆があり、後者には個人的な思想による野望が感じられるから、といったところです」

「それって……」


コロが小首を傾げ、


「結局、結果の規模によっては同じような意味になると思う」


うん、とフラッシュは首を揺らす。


「しかしそれもまた第三者からしてみれば、ということです。たとえば前者の場合、それは社会に関わる一般市民の存在が加味されて計画されるでしょうから、一般市民の反応が変革に向くように仕向けられる可能性が高いのですが。後者は違います。

後者の場合、己の野望のために一般市民の存在など顧みない可能性があります。反応などあってもなくても度外視で、極論、社会の破滅を微塵も考慮していないかもしれないのです」

「だから、秘密にしている?」

「……というよりも、邪魔をされないために秘密裏に行っている。と考えるほうが正しいのではないでしょうか」


つまり。とペロが口を開く。


「前者はカミサマ気取りの独裁主義者、後者ははた迷惑な狂人、か……」


フラッシュは、無言のままわずかに顎を引いた。


「歯に衣着せぬなら、後者は殺害する必要もありますよ」

「…………」

「…………」


二人はまた男を見て、それから所在なさげに視線を移した。


「とにかく、だ。あんたが言いたいのは、前者――機体Ωないし、山台工業製品を世界中にばら撒いたのは、吉國グループというか"奇跡を否定する者"であって狩役じゃない、って言いたいんだな?」

「そのとおりです。ですからこれから起こることもまた、太古から続く何か計画の一端、というわけです」

「太古ね。陰謀論ってのはどうしてそう……」


ペロは肩を落とし呟いて、重たそうにかぶりを振る。


「で、そいつらのいう"奇跡"っていうのはなんなんだ?」


質問が切り替わると、「はい」、とフラッシュは彼を見据えたまま首を縦に振った。


「辻褄の合わない事象、です」

「辻褄の合わない……? どういう意味だ」

「……意味、ですか」


フラッシュは、言葉を返して考え込むように若干首を傾け、


「物理的な連続性というものを無視した結果、かと」

「物理的な……連続を、無視?」


鏡合わせのように首を傾けたペロに、フラッシュはまた「はい」と応えた。


「特定不信死者保護法の例、といえばわかりやすいでしょう」

「ああ……」


ペロが曖昧に頷く、その視線の端でコロが、すぅっ、と息を飲んだ。


「たしかに、神隠しはカテゴリでいえば奇跡か……」

「ええ。ですが、この日本においても、一般市民が正確に奇跡を認知したわけではありません。法律化までしているのに、です。なぜです?」


フラッシュは、その質問をコロに向けている。

コロは一瞬戸惑って停止したものの、すぐに「うーん」と唸って思考に入った。

数秒間、視線を宙に泳がせ、


「なぜ、ってなにが?」


と、質問を返した。


「政府が超常現象を認めたにも関わらず、それが信じられないのは、なぜです?」


素直に言い換えられたても、やはりコロはすぐには答えない。

また少し視線を泳がせてから、


「具体的な例が少ないし、不可能だと思われているから……じゃないかな」


と口にした。

ペロの視線がちらとコロに向いた。


「不可能……なぜです?」

「人間は情報じゃないし、光みたいに軽くないから」


なるほど、と相槌を打った後、例によってフラッシュの視線はペロに向く。

ペロは男の視線を真っ直ぐに受け止め、


「先入観のせいだろうな。人にそんな力はないって実感があるから、不可能だってことになる。だけど、実際のところはわからないはずだ。なんでも科学で説明できるほど、この世は単純じゃない」


そう言うと、「そこです」とフラッシュはペロの発言に指を差した。


「科学なのです。現代人類はその、科学、を前提として物事を理解してしまう。実際に超常現象を体験をした張本人であっても、原因と結果、という流れに辻褄が合うよう科学的な根拠を考え、もしくは探す……。私も技術者としてよく理解しているつもりです、しかし。当たり前にしていることですが、これはとても妙なことだったのです」


と、彼の手のひらが上に向く。


「なにせ我々は、とある原因、行動の結果が科学的な不可能を飛び越えたものだった時に、"奇跡"の存在を感じられる。

ではなぜ、我々は辻褄の合わない事象を、奇跡という無意味な単語一つで理解できるのでしょうか」


指がぴんと立つ。


「おそらく、知っていたからです」


フラッシュの発言に、「知っていた?」とペロが口を挟んだ。


「知っていた、っていうのは奇跡そのものをか?」

「そうです。遺伝子情報がそうであるように、自然に対する理解の仕方は当初――科学的根拠を知らない太古の人類が、すでに持っていたものでしょう。だから我々は理屈抜きに感じることだけはできるのです」

「人類は、奇跡を感じることができる……」


口元で今一度繰り返し、ペロは「ふふっ」と笑った。


「だったら、そいつらは奇跡を否定するために、その感覚を殺すしかない……。で、科学か。あらゆる事象に理屈を通して、辻褄の合わないことなんてないと刷り込んだわけか。じっくり何千年もかけて……」


と、ペロは口元を引きつらせた。

そこに、「でも」、とコロが口を挟む。


「それならもう奇跡は否定されているんだから、これ以上行動を起こす必要はないと思う。それなのに、奇跡を否定する者はなぜ機体Ωをばら撒いたの?」

「言わずもがな、行くべきところへ辿り着くため、です。きっとそれが、意識的にせよ無意識にせよ、あれらに課された役割なのでしょうから」


フラッシュの回答に、コロは大きく首を横に振った。


「そうじゃなくて。わたしが聞きたいのは、山台工業の製品をばら撒いた結果になにが起こると思っているのかだよ」


コロの質問に、フラッシュは沈黙した。

ふと天井を見つめ、


「……それは私にはわかりません。ただ、いずれにせよあれらの最終的な目標は"奇跡の完全なる抹殺"だといえます」


頭の重さを肩に預けるように首を捻り、言った。


「ほんの少しも残さずになんて無理だよ」

「それはどうでしょうか。現代では、大昔に奇跡といわれてきた事象のほとんどをを科学として再現できています」


とはいえ。とフラッシュは嘆息した。


「それでも、心霊現象や未来予知といった魔術的な物事――いわゆる都市伝説となる類の事象残されています……となると……」


これ見よがしに、ふむ、と頷くフラッシュ。


「科学を用いて、都市伝説というか噂が勘違いや嘘だったと証明したとしても、人類の遺伝子という根幹を後天的に変えることは今なおできていません。仮に、未来それが成功するとして、人類が奇跡に対する感覚を得たのと同様の、科学のみが真理だと認識するきっかけが必要でしょう。それが、今から起こることなのかもしれません」

「たとえば?」

「想像するのも難しいですが……。魔術的な行いを体験させる、という点に着目すれば、たとえば、瞬間移動でしょうか」

「そういうことが可能になりそうな山台工業製品を知ってる?」

「いえ」


フラッシュは首を横に振り、「であれば」


「箒で空を飛ぶ、とかでしょうか」

「箒型の乗り物ってことなら、今さら証明するまでもないと思うけど」

「たしかにそうですね。なら、魔法、はどうですか」

「家電が似たようなものだよ」

「いえ、そうではなく。いつでも好きなところに火を起こせるとか、乾いた大地に穴を掘らず水を喚び出す、といったようなことです」

「それが科学だってどうやって証明するの?」

「それは、わかりません。ただ、山台工業製品――ないし、機体Ωの普及と無関係ではないとは考えられますが……」


そこまで言って、フラッシュは「いや」と前言を切り。

はたと顔をコロに向けた。


「……うん」


つぶやいて、コロは徐に腰を上げた。

少しだけ位置が高くなった彼女の顔を追って、フラッシュとペロの視線が動く。


「どうしたんだよ、急に」


どこか呆然として、ペロが言った。


「急じゃない。もういいかなって、思っただけ」

「もういいって、なにが」


ふぅ、とコロは短く息を吐いた。

ううん、と首を横に振り、


「結局、全部呪いだよ」


そう言って、ソファに土足で上がり、無理やりフラッシュを跨いで越えた。

カウンターの前を通り過ぎざま、「ごちそうさま」、と店主"畑竜はたけりゅう"に手を振り、コロは店を出た。


残された二人の男は、しばし出て行った彼女の方を見つめたあと、沈黙のまま互いに目線を合わせていた。

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