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たとえばこれはαルート  作者: 扉野ギロ
第三章 秘密兵器レッドヘアーズ
12/24

1話「唐突な応答」

ペロとコロの二人が調査したウェブ上の噂。

謎の集会レッドヘアーズクラブは、呪物取引を行うオークションとしてたしかに存在した。

しかし、そこにレッドヘアーズクラブという名は存在せず、実際の参加者杜田治郎いわくオークションはあくまで無名だという。


とはいえ、無名のオークション参加者のみが利用できる専用ウェブサイトには、トップレベルドメインに『.red』が置かれているのは事実だ。

だからこそ、赤のカードに刻まれた『RED HAIRS』の意味はそこに繋がるのだと考えられた。


それがふいに、全てが勘違いだったのだと考えを改めさせるかのように、また別の事実が顔を現した。


オークション運営側と思しき漆黒の男"クロイソアカンド"。

彼の後を追うようにして現れたという、山台工業のビークル。


「うーん……」


ペロの口から悩ましげに息を漏れる。


「コロ、どう思う?」

「どう、って?」

「レッドヘアーズクラブを追ってたら、山台工業が出てきたんだぞ? 気にならないのか?」

「そうだけど、嘘か本当かわからないよ?」


ふー、ふー。

コロは麻婆丼の熱を吹き飛ばす。


「なんだよ。じゃああの人が、嘘をついてるかもしれないってか? 仮にそうだとしても、そんなことしたってなんのメリットもないだろ」


不機嫌そうに唸りながら、ペロは空になった容器の中でスプーンの先を遊ばせる。


「あるよ」

「なにが」

「あの人の家、他に比べて豪華だった。それなのに、門には表札もチャイムもなかったし。わたしたちを知らない人だってわかっていたのに、門の奥に入れたり、門を閉めさせたり。明らかに怪しかった」

「そんなのわかってる。でも俺が訊きたいのは、それとこれとどんな関係があるのか、ってことだよ」


と、ペロがスプーンでコロの方を差す。


「たぶん、だけど。あの人は脱税してると思うよ」

「脱税……ね」


こくりとコロは頷いた。


「あの人が……っていうか、あの人とお母さんが山梨の家を引っ越したのが二十五年前。お祖母さんはもっと前に亡くなっていて、その遺品はお母さんが買取業者に売ったって言ってた。

その買取業者がオークションだとすると、少なくとも刀だけで十億前後で買い取られたはずでしょ。


オークション側が税金なんて払うとは思えないし、それはあの人だって、そんな金額でいろいろ買い取ろうっていうのがおかしいってことくらいはわかっていたと思う。

当たり前のやり取りじゃないなら、法的にも当たり前じゃないって考えておかしくはないよ。


それにもし、法律どおりに三割以上が税金としてアップロードの時に天引きされていたら、あそこまでの豪邸にはしないんじゃないかな。

だからたぶん、やり取りは違法だった。あの人の反応もおかしかったし、脱税している可能性はあるって思う。

お祖母さんの遺品を売った時期はわからないけれど、家のわりに敷地がそんなでもなかったし。もしかすると、遺産相続の時点で引っ越しまでは考えていたのかもね」


コロの意見を聞き終えても、ペロはどこか釈然としないようすでスプーンを遊ばせ続けている。

トッ、トッ、と容器を叩き、「だとしても」とスプーンから手を離した。


「表札とかチャイムとか、やりすぎだよ。国管費の未払い程度で、今どき逮捕もないだろうし……。そもそも、あの家を買うだけの資産がなかったとも言い切れないだろ。脱税云々は、あくまでコロの想像の域を出ないな」

「……そう言われてみれば、そうかもしれない」

「だろ?」


ふふん、と得意げに鼻を鳴らしペロが背伸びをする。と。


「でも、だったらどうしてあの人はクロイソアカンドのことを教えてくれたんだろう……」


神妙な面持ちでコロが言う。

天井を見上げたまま、「そこだよな」とペロが呟いた。


「結局のところ、林理沙が俺たちに情報をくれた意味はわからないわけだ」

「そうだね」


うん、とコロが頷く。


「ところでさ、お前の知ってる上山宮って人はどんなひとだったんだ?」

「どんなひとっていわれても、知ってはいるけど会ったことがあるかどうかまではわからないの。ただ、女性だってことは知っていたし、なんとなくだけどあの人――林理沙がイメージどおりって感じかな」

「まあ、孫らしいし、想像がつくっていえばそうか……。他に、なにか知っていることは?」


ほかに。

口元で言葉を繰り返し、コロは「うーん」と唸ってそのままとっくに冷めきったスプーンのひとくちを頬張った。

視線が宙を泳ぎ、ほとんど無意識のようにもぐもぐと麻婆丼を噛む。


「――あ」


ふいの声に反応し、天井に向いていたペロの視線がコロに向く。


「彼女は、呪いに通じていたかもしれない。なんとなく、だけど……彼女がそういう物事に詳しいっていうイメージがあるの」

「まあ、あんな刀を持っていたくらいだし、それはあり得るかもしれないけどさ。でもそれって、お前が人魚捌きやら林理沙っていう新しい情報を記憶したから、そう思うんじゃないのか? 錯覚じゃないけど、結びつけちゃっているみたいな」

「そうなのかな……」


しゅん、とコロの目線が萎れる。

ペロは慌てたようすで身を乗り出し、手をぶんぶん振り回す。


「いや、間違っているって言ってるわけじゃない。たださ、もし上山宮が呪物に詳しかったんだとしたら、あの刀がそういう物だとわかっていて手に入れたって可能性もあるわけじゃん。それってもしかすると……あれ……?」


取り繕うように吐き出された言葉が、


「オークションは、自分たちで売ったものをまた買い付けているのか?」


一つの可能性に結びついた。

途端にペロは目の色を変えてハンディデバイスを取り出した。

トン、トン、と普段より強めに鳴る操作音が、意表を突かれて手も口も止まったコロを置き去りに続く。

そして、ぴたりと音が止むと。


「この点は、そういう意味だったのか……」


ペロはこぼすように呟き、コロにデバイスの画面を向けた。

そこに映し出されているのは、オークションが運営するサイト、その黒点がひしめく地図のページだ。


「この黒い点。これって競り落とされた品物を表していたんだ」

「じゃあ、これがわたしたちか」


と、一時停止から解かれたコロがスプーン片手に画面の中の一つの黒い点を指差す。

それは今微動だにせず、花菓子港にある。


「俺たちっていうか、それの位置だな」


ペロはバックパックに収まっている物を目で示し、「でも」、とすぐ目線をダイニングテーブルに戻した。


「なんのためにそんなことをするんだ? 単にマネーを集めるためだけだとしたら、なかなかせこいやり方だろ。貧乏な秘密結社が何台もビークルを所持できるとも思えない」


ふう。

重苦しいため息がペロの口から漏れる。

その斜向かいで残りの麻婆丼を飲み込むと、


「結果を知るためじゃないかな」


コロが言った。


「結果、ってなんの?」

「だから、呪いの。それがホンモノかどうか、オークションでもはっきりとは言っていなかったし」

「だとして。それが本物だったとして、だからまた回収するってことになんの意味が――」


言葉の終わり、すでにペロの目は虚ろだった。

きょろきょろと眼球だけが何かを繋ぐように右往左往し、そしてコロという焦点を取り戻す。


「狂ってる、とか。毒を以て毒を……とか。求めているとか。微妙に噛み合っていない気がしていた。でも、そういうことだったのか?」


ペロは自問のように語り、


「声、だって杜田が言っていた。彼ら――つまりは、オークションの参加者たちは大概それが聴こえているんじゃないかって。それで、その声と同じような感覚が呪いにはある、って……。

いわゆる本物にその効果があるなら、オーナーズはその声を求めているのかもしれない。だから、本物の監視をする必要があるし、当然手に入れたいってことなのかもな……」


自賛するように何度も自分の言葉に頷いた。


「オーナーズ?」


ペロの独り言を聞いたあと、コロが質問を口にする。


「オークション運営のことを参加者の一部でそう呼ぶらしい」

「へえ。それも、ズ、なんだ……」

「例の黒服がそうかもってさ。一人じゃなかっただろ」


杜田曰く、だけどな。

付け加えて、ペロはまた背伸びをした。


「とはいえ」


と、今度は体を前傾にし机に腕を預けてハンディデバイスを見つめる。


「今ここでいくら考えても机上の空論にしかならない。そこに現実的な続きを書き足せるとすれば、だ」


ぶつぶつと呟きながら再び画面の上を滑る節くれだった指は、改めて例の『Contact』の文字を叩いた。

それを覗き込むように首を伸ばすコロ。


「なにを書くの?」

「こっちから訊いてもダメなんだろ。だったら、あっちから訊きたくなるようなことを書けばいいんだよ。俺たちには今、そういう釣り餌になるネタがある」


ペロが自信ありげに頷くと、そこにちらと目を向けたコロの表情がわずかに軽くなる。


「山台工業のビークル」

「ああ。試す価値はあるよ」


二つの視線が集まる画面。

そこに書かれた内容は、


『一般のビークルに山台工業のロゴを見かけました』


といたってシンプルだ。

送信の文字に触れる直前、コロが「こんなので本当にいいの?」と不安を口にしたが、ペロは「さあね」と他人事のように言っただけで、すぐにメッセージを『送信』した。


「ふぅ」


ひと仕事終えたとばかりにペロがため息をつくと、つられるようにしてコロも短く息をもらして椅子の背もたれに寄りかかる。


「これでまた待つ。それでも返事が来なかった場合は――」


言いかけてペロははたと顔を上げ、徐ろにコロの方を向いた。


「そういえばさ、刀を落札する意味ってあったのか? コロは上山宮を思い出して、その持ち主が彼女だってわかってたわけじゃん」


刀は本当に必要だったのか。

然るべき質問を受け、コロは伏し目がちに首を傾けた。


「必要だったっていうか……ただ、会ってみたかったのかもしれない」

「会う、って。上山宮にか?」

「そう。刀が手放されたってことは、彼女に会えるかもしれないって思ったから」

「……彼女に会える?」


そう返すペロの眉間に刻まれたシワは、疑問符に見えるほどわかりやすく怪訝さを訴えている。


「それってどういう……」


――デーデ、デーデ、デーデ……


唐突に漂い出す低音。

徐々に速度を、音量を増し、迫りくるような音の出処を探すように二人は同時に周囲に顔を向け、身構えた。


「なんの音だ」


ペロの声が緊張している。

対してコロは辺りを見回しながら、「サメ……?」とつぶやいた。

音は、今や合奏らしく大音量で室内で暴れている。

そしてようやく、


「ペロ、それ」


音の出処が咄嗟にテーブルに投げ置かれたペロのハンディデバイスだと気づく。

ハンディデバイスは、何者かの番号を映すだけの無表情で叫び続けている。


「んなバカな……」


呆然とテーブルの上のハンディデバイスを見つめ、ペロが「そんなの設定してないぞ、俺」とこぼした。

ふいに音が止む。


「知らない番号……だれ?」

「知るかよ。けど、こんな不自然な連絡、あるとすればオークションじゃないか」

「もう、次のオークションの連絡?」

「だから、知るかって」


恐る恐るの会話。持ち主のペロがハンディデバイスを取り上げると、そこに番号と変わって伝言を示すメッセージが残されている。

ペロは、迷わず伝言を呼び出した。


『明日午前九時、喫茶ベネチアで。もちろん、そこの彼女と一緒で構いません』


スピーカー越しに流れる男の声にはこれといった特徴はなく、予定を告げるだけの一方的な内容も、オークションからの連絡に似たものではある。


だが、その物腰丁寧な話し方、まるで二人を知ったふうな口ぶり、非通知ではない番号、と醸し出る人間らしさがむしろオークションとは何もかもが違って感じさせる。


「なるほど、監視しているってことか」


ふっ、とペロの口からもれた音は、笑ったとも嘆息したともわからないほど小さい。

ただ、その後の彼の口元はかすかに歪んでいた。


「それって、問題ないの?」

「あったとしても、もうどうしようもないね」


ふぅ。とペロが今度はわかりやすくため息をつく。

そんな彼のどことなく余裕のあるようすを、訝しげに見つめるコロ。


「じゃあ、どうする。わたしたちを監視している人を見つけ出す? その番号にかけ直してみる?」

「いや、明日ベネチアに行くよ」


ゆっくりとかぶりを振りながらペロが言う。


「だれが来るかわからないのに?」

「だれか、はわかってるよ。知らない奴だけど」

「知らないのにわかってる……ってどういう意味?」

「あー……」


ペロは短く頷くと、手に持ったハンディデバイスに笑いかけ、


「たぶん、あのサイト主だろ」

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