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たとえばこれはαルート  作者: 扉野ギロ
第二章 レッドヘアーズクラブ
10/24

7話「無名のオークション-2」

音もなくビークルが止まる。

その少し前から、二人ともそわそわと落ち着きがなく、車内から周囲を物珍しげに眺めるという振る舞いまで一緒だった。


そこは花菓子町三丁目。

大通りを進んでいたビークルが入り込んだ立体駐車場は、ショッピングストリートとして有名なその場所にいくつかあるその内の一つだ。

ビークルを持っていない二人でも、知っている。ペロにいたっては、ついこの間近くを通ったばかりの場所だった。


「ここが……?」


唖然と独り言をこぼして、ペロは多くのビークルで埋められた駐車場を車内から見回した。

そうやってひと通り視線を走らせる終えると、今度はハンディデバイスを取り出し、


「コロ」


通話相手を呼ぶと、デバイス越しにコロも「ペロ」を呼んだ。


「ここ、知ってる」

「そんなことわかってる、まさかだ。だけど、今はそれどころじゃない」


ペロが体を捻ると二台分離れた場所に止まったコロのビークルに目を向けた。


「ここのどこでやるつもりだっていうんだよ。怪しい場所なんてどこにもないのに」

「どこかに隠し部屋があるのかも」

「どこか……って、もしかして地下とか、壁の裏とか?」

「かもね」


頷いたコロの衣擦れの音を、カサ、とデバイスが拾った。


「やっぱり、同じビークルに乗ったほうがよかったな。いちいちこれじゃあ面倒だった」

「わたしもそう思う。そっちに行く」


そう言ってまた、デバイスがカサカサと音を拾い始めたその時。

それまで静寂を保っていたビークルがふいに微かなモーター音を響かせ、車内の天井からモニターが姿を現す。


現れた画面には、赤い布地を背景に手袋をした何者かの黒色の袖が映っている。


『まず一品目は、"白い悪魔の体毛"』


低い男の声がスピーカーを震わせた。

あいさつも前置きもなく、唐突にオークションは始まっている。


二人に状況を整理している暇などなく。

コロは扉にかけた手を離して、モニターが見える位置に腰を下ろし直し。

ペロはデバイスを膝の上に置き、何者かの腕が消えて赤一色になった画面を見つめていた。


少しして画面に戻った腕は、見た目に乾燥してほつれた何かの塊をそこに置いた。


『十七世紀頃、アメリカ大陸におけるセミノール戦争。山と積み挙げられた先住民たちの肉を焼いたその火種となったものが、この麻縄と云われています。

己と仲間の身体を焼かれ立ち上る悪臭と煙に巻かれ、先住民たちの魂は空へと吸い込まれて逝きました。彼らは死してなお、愛したその大地に還ることすら許されず、無理にこの世との関わりを断たれたのです。

恨みつらみは風の音となって空を駆け、しかし次々に殺されていく皆の悲鳴が轟く中では、呪いは殺戮者に届きもしなかった。

この麻縄は、今を生き延びた先住民たちの子らに"凶暴な白い悪魔の体毛"と呼ばれます。横暴と暴力の権化、慈悲を皆無にし、呪いの言葉をも超越する邪悪な白い悪魔から抜けた体毛は、これを用いて炊いた火に当たれば魂を引き剥がされる、と信じられています』


淡々と男の声は語った。

続いて、『十億からスタートです』と言って黙ったかと思うと、


『十三億』

『十五億』

『十八億』

『二十億』

『二十億五千万』


男の声が次々に金額と思しき数を増していく。


「どうなってんだよ」


ペロは引きつった笑みを浮かべ、


「とんでもないペースだな」


独り言のようにハンディデバイスに話しかけるのと同時、ふいにビークルの扉が開けられ、コロが乗り込んでくる。

ペロは腰をずらし、一人分のスペースを空けた。


「たしかに、著名な画家の作品でもなかなかこんな値段は付かない」


言いながらペロの隣にコロが腰を下ろす。


「……っていうより、ゴミに払う金額としてそもそも妥当じゃないと思うけどな」


二人が短い会話をする間、男の声は『四十億』まで数を増やした。

コロが、ふとペロの横顔を掠めるように見る。


「ゴミ、ってどうしてわかるの? ホンモノかもしれないのに」

「いや、ホンモノじゃないね」


小さく首を横に振り、ペロは続けて「使い捨ての奇跡ってのがあると思うか?」と顔を前方に固定したまま言った。


「……奇跡?」


疑問を口にし、コロも頭を左右に振る。


「これは呪術に使う触媒だよ。だから、そもそもこれ自体が呪物なわけじゃない」


コロが言うと、ペロは短くため息を吐きわずかに彼女の方に体を向けた。


「だからだよ。そもそも、呪術、ってことが嘘なんだ。そんなものは存在しない」


コロは、その疲れたような彼の目の端を真っ直ぐ見つめたまま、


「する」


続けて、


「だから政府は法律を変えたんだよ」


低い声でそう言った。


「それはそうだけど……」


事実に頷いたうえで、ペロの眉間が怪訝そうに歪む。

一瞬、何かこぼれそうになったものを仕舞うように開きかけた口を閉じ、改めて「とにかく」と言った。

男の声が『四十二億五千万』を告げる。


「俺は、そう考えていない。まずもって、なにが呪いだと思う? 人が傷つけば、か?」

「そうじゃない……っていうか、そうとは言い切れない」


否定するようなことを言ったコロを、振り返って意外そうにペロが見つめるも、今度は彼女の視線がモニターに向いたままだ。


「呪いは、人の意志を無視して起こるけど、発生はあくまで人の意志によってあるもの。人が現在を未来に書き足すこと。そのために編み出された超常現象を起こす方程式が呪術。それが人を傷つけるために使われれば、悪いものだし、人を生かすために使われれば違う意見になるから――」


淀みなく話していたコロがふと視線を逸らし、自身の額に手を触れて目を伏せる。


「タダシ……くん……?」


聞いた途端ペロの目が、くく、と剥く。


「お前」


耐えきれずこぼれた言葉はさらに、「どうしてそれを……」、と別の疑問の断片を引きずり出した。


「それは……わからない。ただ、知っているだけ。誰かから聞いたような気もするし、もともとわかっていたような気もする。彼がいて、呪いというものの正体が明らかになった……」


若干表情を歪ませ、コロは小さく頷いた。


「奇跡は、そもそも人の意志に関係なく起こった、人に都合のいい超常現象のこと。だから、その縄は呪術を成就させる媒体としてのホンモノかもしれない」


コロが額から手を離しモニターに視線を戻すのと同時、男の『落札です』と声がした。

そしてすぐに、『白い悪魔の体毛』と呼ばれたものは画面外に姿を消した。


『二品目は、"人魚捌き"』


間髪入れず始まる商品紹介が始まった瞬間、ハ、と息を呑む音が響いた。

反応してペロの目線がコロに向く。


『紀元後十四世紀頃、日本。室町時代と呼ぶその時に国中数多の伝説を残す、斯くも有名な不老の女、八百比丘尼。女を不老とさせたのは、それも有名なる半人半魚の怪物、人魚。これを食らった女は、その後八百年を生きたとされていますが、そもそもの寿命は千を越えるという本人証言もまた伝説です。

しかし、なぜ女が自身の寿命に感づいたのか、また千を越えていたはずの寿命がありながら八百年で死んだとされるのか。女について語られる謎の答えが、人魚にあることは言わずもがな。

あれにはどうやら寿命を移す力があったという噂もあります。

つまるところ、命を食らって延ばす人の性に対して、あれら異形は命を増やす性にあったのでしょう」


話の一区切りとばかりに画面から腕が消える。

少ししてまた腕が戻ってくると、


『さて』


腕はそこに一振りの刀を置いた。

見た目は日本刀のそれ。刃は鞘に収まっており、ちらと映った二本腕の間の幅からして、一般的な打刀ではなく脇差のサイズだとわかる。


『この一振りは、佐渡のとある漁村で太郎という男が、網にかかったかの異形を捌くのに使ったとされる刀です。その曰くは正しく、命を奪う、というところにあります。

当時、これが佐渡の太郎から次の所有者となる僧へ渡される時の話です。

僧は、この刀は村人皆を殺し、挙げ句には彼らを殺した太郎を自害させた。不死といわれる半人半漁の異形を殺したせいで呪われたのだ。と聞いたそうです。

その云われが真実か、数多所有者を変えてきたこの刀の軌跡には、少なくとも所有者の数以上の凄惨な死が記録されています。

これは異形の怨念に濡れた刀。所有者は否応なしに人を裁く業を背負うことになるでしょう』


十億からスタート。

男の声が競りの開始を告げるのと同時、


「ペロ、これ落札して」


コロが画面を食い入るように見つめて言った。


『十五億』


ペロが、画面からコロへと視線を移す。


「落札しろったって、お前これ――」


二十億。


「無理言うなよ。っていうか、そもそもどうやって競りに参加すればいいのかすらまだわかってないんだぞ」

「なんでもいいから、やって。お願い」

「無理言うなよ。なにをそんなに……」


三十億。

跳ね上がった金額に顔を引きつらせたペロが、為す術なく画面を睨みつける。

一瞬、コロの目線がペロの横顔に戻ったかと思うと、


「ちっ」


彼女は微かな舌打ちの後、唐突に人差し指を立てて画面に突き出し、さらに指を左右に小さく揺らした。続けて、


「四十億っ!」


叫ぶ。


『四十億』


コロの声に合わせて声が告げた。

瞬間、ペロは目も口も鼻の穴も大きく開いて硬直。ギシギシと音が聞こえてきそうなほど固い動きで、ゆっくりと顔をコロの方へ向ける。

眼差しには叱責と恐怖の色が浮かんでいる。


だが、コロは煌々と光る画面に見入っていて気にするようすもなく。

今度は『四十五億』と増えた金額に対し、突き出した五本指と共に「五十億っ!」と声を上げた。


『五十一億』

「六十億っ!」

『六十一億』

「ななっ――」


続くコロの宣言は、ペロの悲鳴と彼の手のひらによってついに封じられた。

モガモガ、とペロの手のひらの内側で藻掻くコロ。指の端から覗き見る目には、殺気とも感じられるほど強烈な感情が垣間見える。


そこから目を逸らし、ペロは画面に視線を固定した。


『六十一億』


確認するように、最後の宣言を繰り返す男の声。

数秒の沈黙を待っても、声はもう続かなかった。

ほっ、と息をもらすペロ。


『六十二億』


一瞬終結を匂わせた間に、新たな金額の宣言がねじ込まれる。

ペロが憤怒の瞳でコロを睨みつけるも、彼女は相変わらず彼の手のひらの内側で藻掻いているだけだ。

にもかかわらず、


『六十三億』

『六十八億』


六十八億。

男の声が繰り返され、そして。


『落札です』


刀が早々に画面外に消えた。

それを見届けてから、ペロが恐る恐るといったようすでコロを見る。

その目には先程までの覇気はなく、ただぼんやりとどこかを向いていた。


「コロ……」


ペロがぽつりとつぶやき腕の力を抜くと、ゆっくりとコロは顔を背けるように体の向きを変えた。


「どうしても欲しかったのか?」


ペロが訊くも、コロはそっぽを向いたまま微動だにしない。


「でも、仕方ないだろ。今は無理なんだ。連絡が取れなくて……億を超えるような買い物はできないんだよ」


わるい、とペロの口からこぼれる謝罪は弱々しくも狭い車内に吸い込まれていった。


「だけど、本部と連絡さえつけば、あとで落札した人に譲ってもらえるかもしれない。だから今は少しだけ我慢してくれ」


落ち着きを取り戻したペロの手のひらが、そっとペロの肩に触れる。

と、その時。


――ヴー、ヴー、ヴー


ハンディデバイスが唸る振動が車内に響く。

それ、を二人同時にポケットから取り出した。

二人ともハンディデバイスの画面に目を落とし。先に顔を上げたのは、ペロだった。


彼の目は、天井からぶら下がる画面の先、ビークルのフロントガラスのさらに向こうで真っ白なビークルの脇に佇む人の姿を捉えていた。


ペロの視線の先の人物は、じっと二人の乗るビークルを見つめている。

見た目に高身長、顔の小ささや、ゆったりとしたフォルムの衣服の袖裾から伸びる細い手足からして、抜群のスタイルであることも見てすぐにわかる。


そしてその衣服。

たすき掛けのように織られたプリーツのデザインは、ペロが好んで来ているブランドの特徴だ。


「……冬木深ふゆきしん


ペロが人気俳優である彼の名をつぶやくと、向こうに佇んでいた男は、そばのビークルの中に戻った。

まるで取り残されたかのように放心するペロ。


ふいに生ぬるい風が車内に入り込み、車体がわずかに揺れる感触で心を取り戻したペロが見たのは、無言のままビークルを降りるコロの背中だった。


車体を回り込んで遠ざかっていく足音を目線で追い、それから、


「……なんだよ」


ペロは不満をこぼした。


次に告げられた商品は、『ひとの人形』。

相変わらず淡々と男の声で語られる曰く、金額。

そのどれもがただ、見つめるペロと画面の間で鳴り続け。その後の三品は虚空でろくに響きもせず、次々と座席に吸い込まれていった。



オークションが閉会され、モニターが再び天井に収まると、ペロのビークルより先に深の乗り込んだ真っ白なビークルが動き出す。


「…………」


それを目で追うペロの視界に、真っ白なビークルを追うように出口へ向かい動き始めたビークルが三台ある。

車種が違うビークルばかりだ。そのことと駐車場の出入りが頻繁なおかげで、それらが皆オークションの参加者なのかはわからない。

ただ、オークション閉会のタイミングという点だけが、今しがた動き出した四台が関係車両のように錯覚させる。


その五台目にペロのビークルが動き出した。


「そういえば」


ペロは体を捻り、隣のビークルを伺う。コロが乗っているはずのビークルは、黒いスモークによって中が見えない。

しかしビークルは、ペロのものが後退して通路に戻ってもまだ動く気配がなかった。


そのまま他のビークルに続いて出口へ進んでいく。それでもなお、コロのビークルは動いていない。


「どうしたんだ?」


ペロの疑問は、フロアを下ってその黒色のビークルが見えなくなっても答えを得られなかった。

ペロは、体の向きを戻してハンディデバイスからコロに通話をかけるも、彼女は応答しない。


『何かあったのか?』


メッセージにも、既読は付かない。


「おい、ここで降ろしてくれ」


ビークルは二人がいた三階から、一階まで降りてきたところだ。

ペロの声に反応しビークルは動きを止め、勝手に扉が開くのと同時に、彼はビークルから飛び出して上階へ続くスロープを駆け上っていく。


ものの数十秒でペロが三階に辿り着くと、


「……コロ」


そこにはすでにコロの乗っていたビークルの姿はなかった。

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