第八話
百合カラスは、左右の翼を広げると10尋(1尋は大人が両手を広げた長さ)ほど。三本足でも大きさはさほど変わらないが、レア個体のため、羽ばたきが力強くスピードが出る。しかも、賢く、乗り手に配慮して飛ぶので乗り心地も段違いなのだ。
黒髪メイドの前まできた三本足は、輿が付けられるように伏せる。マヤは、右手を三本足にかざし、なにごとか呟いた。
すると、袋ウサギの腹の袋から銀色の輿が飛び出し、するするとひとりでに三本足の背に装着された。
「お待たせしました。
参りましょう、姫様。」
クラリスは、黒髪メイドの手を借りて輿に乗り込み、柔らかなクッションに腰を下ろした。
「駅までよろしく。
羽イルカ便に間に合わせて下さいな。」
三本足は、クラリスに声をかけられると、周りに集っている羽持つモノ達を自慢げに見渡し、その百合色の羽を広げて飛び立った。
同じ頃、アンリ三世は、執務室で外務部からの報告を受け、昨夜のように頭を抱えていた。
「なんということだ…
もうお帰りになってしまったとは…
建国祭は今日だというのに…」
中央の国の竜皇女の訪問は、六ヶ月に一度。コリエペタル五穀殻を月に一度ずつ周り、六ヶ月目はどの国にも訪問は無い。また、月に一度の訪問は、期間が決まっているわけでも無い。一月丸々滞在してもいいし、数時間だけでもいい。順番と機会が平等に与えられるだけで何の確約も制限も無い。
今回は、建国祭と合わせて、ある程度の期間滞在してもらえるものと思っていただけに、早々の帰国は堪えた。
「……それもこれも…!
あの馬鹿がやらかしてくれたせいだ。
弟や第一王子のチャンスすら無くなるかもしれん。」
「陛下、その件でも報告が上がってきております。」
魔技ボードを手にした宰相が言いづらそうにアンリに声をかける。
宰相の手にした魔技ボードは、最新の魔具で、配下の各部署からの報告が直接届く。その中に元第二王子に関するものが上がってきたのだ。
「…聞きたく無いが…本当に聞きたく無いが…
…言ってくれ。」
「アンドレ様ですが、王宮での国主教育の成果がなかなか上がらず、教育係からの勧めで国立学院での学習に切り替わっておりました。
なんでも、『同世代の者と切磋琢磨しながら勉学に励みたい』と、ご自身から申し出があったそうで…」
「ほう。
それだけ聞くと、やる気になっていたかと思うが…」
意外そうに眉を上げ、アンリは宰相を見やった。
「まあ、字面を見るとそうなのですが…
どうも、勉学よりも同世代との交流に重きを置いていたようです。特に女生徒との交流に。」
「それが、あのうるさい娘か。」
「ノラ・アンサンセ。
アンサンセ男爵家の娘です。何年か前に養女に迎えたとか。」
魔技ボードを見ながら宰相が続ける。
「さらに国立学院では、何かと言動が問題になっていたようです。」
「…言動とは?」
「曰く、『あのように、顔も見せぬ者が私の婚約者などと誠におこがましい。』『五国には私の力が必要だと言われ、仕方なく婚約してやっている。』『私が真に愛するのはそなただけだ、ノラ。』『うれしい、アンドレさまー。ノラ、クラリスさまからのイジメになんて、負けませんから。』…まだ、続けますか?」
なるべく棒読みで報告を読み上げていた宰相は、魔技ボードから視線を国主に向けた。
そこには、燃え尽きたかのように真っ白になったアンリ三世がいた。