第六話
実は、中央の国は、その名の通り空の国。
中央の国を中心に、花びらのようにコリエペタル五国があるのだが、どの国とも国境を接してはいない。
実際には、コリエペタル五国の中心には、巨大な湖がある。
その湖には、天空から大小様々な滝が流れ落ちている。その滝が湖を満たし、そのまま五本の大河となって、コリエペタル五国を潤している。
豊かな水量は、空に住まう、始まりの竜女神の恵み。つまり、湖の遥か上空に空の国が浮いているのである。
クラリスの故郷は天空の国なのだ。
かと言って、難攻不落の要塞のように来る者を阻んでいるわけではない。
ちゃんと正規の入国方法が確立されており、審査はほどほどに厳しいが、一般の旅人でも、天空の国を訪れることができるのである。
もちろん、クラリスが国に戻る手段は、一般の旅人と比べるまでもなく、特別ではあったが…。
花とレースの国ジャルダンの王宮を辞するため、黒髪メイドは一人で準備を進めていた。
(姫様、昨日は早くお休みになられたはずなのに、まだベッドの中とはどういうことかしら!
どう考えてもだらけ過ぎ…)
クラリスは、常時2、3匹のネコをかぶっている為か、けっこう寝汚い。
「至福の二度寝〜」などと呟きながら、深森亀(深い森に生息する、非常に動きがゆっくりで一日のうち8割を甲羅の中で眠って過ごすという大亀)のように布団に潜っている。
そんなクラリスをジト目で睨みつつ、右手に召喚した袋ウサギのポケットに細々とした荷物を入れていく。
粗方済んで、そろそろ本気で起こさねば、とベッドに近づくと…
「おはよう、マヤ。」
意外にすっきりとしたアルトの声が聞こえて来た。
「あら、姫様。お珍しい。」
「わたくしだって、まだまだベッドという名の天国を味わっていたいけれど…
今日は、国に帰るのでしょ?
羽イルカ便に間に合わなくなってしまうわ。」
名残惜しげに羽布団を撫で、ゆっくりとベッドから離れる。
「では、お支度をさせていただきますね。
姫様以外の準備は整っております。
お仕度が終わりましたら、すぐに出発できますわ。
朝食はどうされますか?」
「ん〜
お茶だけいただける?
あとは、駅についてからでいいわ。」
「承知いたしました。
この国を出ることを優先させましょう。」
昨夜のような、アンリ三世のすがるような目に出会わないことを祈りつつ、主従は旅立ちの準備を整えた。