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繰り返して、繰り返す

作者: 青斗輝竜

「今までありがとう」


震える声を必死に抑えるように誰かがそう言った。私は咄嗟にその声に反応し手を伸ばそうとする。

しかし、声を辿ろうとした手を見ようとすると声を出すことが出来なかった――いや、声なんて最初から出せるはずもなかった。


そもそもここが何処なのか分からない。


建物も無ければ空気や色、音や光すらない。


何も無い場所。


人間は『何も無い場所』と言われたら白色に囲まれた部屋や真っ暗な空間を思い浮かべるがそのどれでもない……本当に色がない場所に私は今いる。


でも、どうして?


なぜ、私はこんな所にいる?


いや……ここは見覚えがある。


「11時28分、死亡を確認させていただきました。ご愁傷様です」


突然そんな声が聞こえてきた。でも、それは今言われた言葉ではなく私がこの場所に来てから1番最初に聞いていた言葉を鮮明に思い出しただけのことだった。


――つまり私は、病院で亡くなったんだ。


『今までありがとう』

あの言葉はきっと妻が言ったのだろう。

だから私はあの時、手を伸ばそうとした。

何日も何年も何十年も……一緒に過ごしてきた人だから。

でも反応する事が出来なかった。


最愛の人を置いて私は先に逝ってしまったから。


『人は死んでも数分は聴覚だけが最後まで機能している』

そんな話を聞いたことがある。

あの声が聞こえたという事は私が死んでからそんなに時間は経っていないということになる。


――もしかしたら。


そう思い、もう自分にはない耳を立てるように外の世界の音に集中することにした。


私が思考を止めるとすぐにすごい勢いで光が満ち溢れ始め、ある場所が見えるようになってきた。


「ここは? 」


気がつくと私はさっきとはまるで違う、色がある世界にいた。

でも、なんだか見覚えのある場所で回りを見渡していると――


「お父さん……」


突然、聞き覚えのある声がしてすぐに声のする方を見ると


「あれは……私? 」


下を見るとベッドで寝ている私とその姿を見て泣いている妻と娘がいた。

死んでいるのは分かっていた事だが妻と娘が泣いている姿を見て、心なんてないのに胸が苦しくなるような想いになった。


「娘が成人する時までは絶対に生きてるって約束したのに……」


手のひらで顔を隠し私に泣きながら話かけている妻。


「お父さん……志望校に合格したらお祝いたくさんしてくれるって言ってたじゃん。ねえ、お父さん」


泣くのを我慢しているのか、まだ父の死を実感することができないのか、私に怒りを向け握っている拳が震えている娘。


その他にも私の死を悲しんでくれている医者や看護師の姿があった。


「皆……ッ! 」


私が言葉を紡ごうとした時、今度は暗闇に引きずりこまれるような感覚に襲われると、最初にいた『何もない場所』に戻っていた。


それからはもう何も聞こえない。


恐らく、私の聴覚が機能しなくなったのだろう。


これで私は、本当の意味で死んだ――


「そなた、若くしてこんな所に来てしまったのか」


何も聞こえなかったはずなのに、ハッキリとその声は聞こえた。いや、聞こえたというよりも心に訴えかけてくるような……いわゆるテレパシーのように感じた。


「あの、あなたは? 」


私もそれに話しかけるように伝えた。


「ここに居るというのにまだそのような力が残っているのか……」


私の質問には答えずに一人で考え事をするように呟いていた。


「あの……」


「ん……? ああ、すまん。儂が誰かという質問だったな」


自分のことを儂と言う()()は何者でもないと言った。

でも、私はそれを知っている。

見たことも話したこともないけど知っている気がする。


「私はこれからどうなるのでしょうか? 」


そうだ、私は死んだ。天国に行くか地獄に行くか……それとも、もう一生私は存在しない者になるのか。


「そなたが考えているどれでもない」


テレパシーのせいで考えていることが全て分かってしまうのか、私の考えは全て否定された。


「なら、どうなるのでしょうか? 」


私が再び質問すると少しの間、()()は黙ると


「儂はそなたに見覚えがある。そなたはこの還る場所で1番強い信念を持っている者だ」


「信念……? 」


「ああ、そうだ。前世でも前前世でもそなたは大切な人を最後まで信じて生を終えておる。それに、そなたが信じた大切な人は皆がそなたのことを最後まで信じておった」


しかし……と、それは間を空けると


「そなた自信の体は恵まれておらんかった。故に、そなたは幾度も若くして死す」


テレパシーでも分かるくらいに()()は私の話をする時、だんだんと暗くなっていくような声になっていった。

でも、私には何の話か全く分かっていない。前世? 幾度も死す? 何の事だ? 死ぬなんて人生で1度きりだ。一体何の話をしているんだ……


「生を繰り返す」


突然、()()はボソリと呟いた。


「せ、生を繰り返す? 」


言われた事の意味がよく分からずオウム返しをしてしまった。


私の反応を見て、それは鼻で笑うと


「そうだ、人間は生を繰り返す。前世の記憶を忘れ新しい記憶と体を持って生を受け、全く違う人間として新たな人生を歩む。それを幾度も繰り返す。……それが生き物だ」


「つまり生き返る、という事ですか」


()()は大きく息を吸うようにして私の返答に反応すると

「そろそろ頃合だな」


()()がそう言うと、生きていた時に感じる胸騒ぎのような感覚が襲ってきて思考と記憶がだんだんなくなっていくように思えた。


「そなたよ。来世はきっと恵まれ、いい人生になる。今持っている記憶は失い、新しい記憶と体を持つことになるが大切な人を守るということだけは忘れても忘れるな」


ああ……それは無茶がある。

だが、どんな時でも私は大切な人を守る。現世は妻と娘を泣かせてしまったが来世では大切な人より先に死なないようにする。悲しませないし泣かせない。性別が変わっても、どんなに不幸でも、決して誰かを裏切るようなことはしない。私はこれから先、今以上に強い信念を持って生きていく。


これで……いいですか?


私は最後の思考能力を使い、()()に聞いた。


「ここまで宣言されたら『はい』と答えるしかあるまい。来世ではもっと永く生きて欲しいものだな」


私がいなくなる直前、会話していた()()の顔が笑っていたような――


その瞬間、全てが停止された。





―――――――――――――――――――――






「見て。あなた、私たちの子供だわ」


「ああ……よく頑張った! これから更に大変になるかもしれないけど二人でこの子を立派な子に育てていこう! 」


「そうね。まずは名前を決めて、私が退院したら三人で家に帰って、そこから私たちの新しい生活を始めていきましょう」


「そうだな! この子が元気にすくすく成長してくれるだけで俺は嬉しいよ……」


「……ってなんで泣いてるの」


「だって嬉しくて、つい……」


そんな会話をして窓の外に広がる大きな空に目をやり、私は手を合わせ目を瞑ると神社に御参りでもするかのように――


笑ったり泣いたり……いつも騒がしい夫婦に一人の子供が出来ました。

この子はきっと天から送られてきたこの世にたった一人しかいない私たちの子供。

夫は涙もろいし、心配性で頼りになるか分からない。

私はしっかりとした教育や、家事と子育てを両立できるか分からない。


全然だめな夫婦だけど、この子の人生を幸せって言えるようなものにしていきたい。


私は目を開け、静かに寝ている赤ちゃんの手をそっと握り今度は声に出して――


()()……どうかこの子が幸せな人生を送れますように」

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