綺麗な花には虫がつくものです。ー婚約者に恋人が出来そうなので頑として阻止しますー
綺麗な花には虫がつく
愛人を持つのは、せめて結婚してからにしてくださいませ。
はじめまして、ご機嫌よう。私、ミシェル・マニフィックと申します。公爵令嬢ですわ。私には婚約者がおりますの。この国の王太子、オードリック・ロワ殿下ですわ。
嬉しいことですが、私の評判はとてもいいものですの。成績が良く、優しく、笑顔が綺麗で、清廉潔白で、謹厳実直。うふふ、本当はそこまで完璧な人間ではないのですけれど…。
見た目も、美人でわがままボディーといわれていますの。お美しいリック殿下と並ぶと、必ず美男美女の完璧カップルと言われますのよ。
でも、最近困った噂がありますの。…なんと、あの俺様キャラでありながら、その実実直なリック殿下がひとりの平民に籠絡されそうとか。
現に、噂の真相を確かめるためわざわざ魔法学科まで足を運んでみると、ひとりの平民と仲睦まじくお話しているリック殿下の姿が。…その平民は、他の殿方にも囲まれていますわ。さながら逆ハーレムといったところかしら。皆様、婚約者がいるはずなのですけれどね。
平民の彼女はモニク・アムールといって、希少な光魔法を使えるということで特別に特待生としてこの学園に通うことになりましたの。
まあ、一時の火遊びだと思って放置していた私にも非はありますわ。これから対策を立てておきましょう。
ー…
家に帰って、すぐに我が家の諜報部隊、影を呼び出します。
「お呼びですか、お嬢様」
「ええ、調べて欲しいことがあるの」
「なんなりと」
「リック殿下を籠絡しようとする愚か者について、情報を集めてちょうだい?」
「かしこまりました」
ー…
次の日の夜、こんこん、と部屋がノックされます。
「入っていいわよ」
「失礼いたします。ご希望の調査書です」
一通り目を通して、影のトップの頭を撫でる。
「よくやったわ。欲しい情報が手に入りました。ありがとう」
「ありがたき幸せ」
影が部屋から出て行くのを待ち、ベッドの上でもう一度調査書を読みます。
魔法学科のリック殿下とは、クラスで浮いていてそれを落ち込み泣いているところを慰められ、それから毎日のように悩み事を相談するようになってそのままなし崩し的に良い関係になっていったらしいですわ。…狡猾だこと。
ー…
次の日の朝、いつもより早く家を出て学園に行く。そして、魔法学科の女子生徒を捕まえて、「モニクさんが最近、クラスで浮いていると不安がっているそうなの。皆様、モニクさんと仲良くして差し上げて?」とさも良い人そうに声をかけます。魔法学科の女子生徒はわかりましたと一言。…どうなるか、見ものですわね。
ー…
一週間が経ちました。ここ最近、モニクさんは魔法学科のクラスメイトととても仲がいいらしいですわ。よかったですわね?
…ですが、事は起きました。
放課後の廊下で、モニクさんが私のすぐそばまで走ってきて、わざと転けたのです。…ですが、それならばと私も負けじとそれにぶつかって倒れたふりをしました。
後は私と一緒にいた取り巻き達が、フォローしてくれます。
「ミシェル様!?大丈夫ですか?!」
ギャラリーの皆様は、倒れた私を見つめ、モニクさんに厳しい目を向けます。
「まあ!平民のくせに公爵令嬢であるミシェル様にぶつかるなんて!」
「なんてこと!貴女、はやく謝りなさい!」
「まさかわざとぶつかってきたんじゃ無いよな?」
「最近殿下のお気に入りだからって調子に乗ってるんじゃないか?」
「これだから平民は…」
「確かミシェル様はあの平民のために魔法学科の女子生徒に声をかけて、仲良くしてあげてくれと頭を下げたそうだぞ」
「まあ!なんて恩知らずな!」
自分が悲劇のヒロインになるつもりだったのでしょう。モニクさんは何が起きたのかわかっていません。
「いいの、私は大丈夫ですわ。それより、貴女こそ大丈夫?」
そうしてわざとよろけながら立ち上がって、モニクさんに手を貸します。
「なっ…なっ…〜っ!」
モニクさんは私の手を取らず、さっさと立ち上がって逃げ出してしまいました。
ざわざわとモニクさんの悪口が飛び交う中で、私はわざとにっこり微笑んでみせます。
「大丈夫ですわ。皆様、心配してくださってありがとうございます。どうかモニクさんのことは許して差し上げてくださいね。きっと、平民ですからこういう時にどうすればいいかわからないのだと思うのです。それでは失礼いたします」
そうして私は、取り巻き…もとい友人の手を借りて保健室へ向かいましたわ。
その後すぐに、リック殿下が保健室まで来てくださいました。
「ご機嫌よう、リック殿下。申し訳ありません…。せっかく、足を運んでいただいたのに…。本来なら、淑女の礼をとるところなのですが、足を捻ってしまって…」
「足を捻ったのか。ならば仕方あるまい。それより、大丈夫なのか?痛くはないか?」
「いえ、そこまでは…。ただ、捻ってしまったのであまり動きたくはありませんの。本当に申し訳ありません。ご心配までさせてしまって…。でも、リック殿下が気にかけてくださって嬉しいですわ」
「お前のことなんだ。当たり前だ」
「ですが最近、釣れない態度なんですもの…」
ちょっとだけ恨めしげにリック殿下を上目遣いで見上げてみせる。その際、ちょっとだけ胸元を寄せて制服越しにもわかるボディーラインを強調する。
「うっ…す、すまない…」
「いいえ、リック殿下も王太子教育でお忙しいのでしょうから。そのかわり、今日は久々に一緒に帰ってくださいませ」
にっこりと微笑むと、困ったような表情をしていたリック殿下も微笑み返してくださいました。
「なら行くか。ほら、俺の腕に掴まれ」
「まぁ…いいのですか?」
「なんならお姫様抱っこしてやろうか?」
無邪気な子供の頃のように、久々ににぃっと不敵な笑みを浮かべたリック殿下。もう、まだまだ子供ですのね。…まあ、でなければあんな平民に隙を見せないか。
「うふふ、では、お言葉に甘えて」
腕に掴まる際、“嬉しそうにしつつも恥じらう”ことを忘れない。モニクさんお得意の対リック殿下用奥義です。やはりリック殿下は満更でもない様子です。ゆっくりゆっくりと、言葉を交えながら校舎の近くに止めてある馬車に向かいます。
馬車の中でも、積極的に言葉を交わします。
「私、王太子妃教育に手がいっぱいで、リック殿下も王太子教育で忙しそうで、あんまりお話が出来なくて寂しかったのです。だから、そう。この怪我は、まさに怪我の功名ですわ。リック殿下と久々にご一緒出来て、私、嬉しいですわ」
「…そうだな、俺も、他のことにばかり気をかけてお前を寂しがらせた。すまない」
「いいえ…いいえ!そう言っていただけるだけで、私のことを思っていただけるだけで、十分ですわ!」
わざとらしいくらいに健気に振る舞う。これもモニクさんの対リック殿下用奥義ですわ。
「それに、こうして二人きりで昔のようにお話し出来るだけで、私、胸が熱くなりますの」
「ミミ…」
「愛しておりますわ、リック…」
「俺も愛してる、俺のミミ…これからも、昔みたいにリックと呼んでくれるか…?」
「二人きりの時だけなら」
「そうか…すまない、すまない、ミミ…」
「どうかなさいましたか?」
「理由は言えないが…俺はミミに酷い裏切りを…すまない」
「…まあ。裏切りですの?では、キスしてくだされば許して差し上げますわ」
リック殿下は跪き、私の手の甲にそっとキスをしてくださいました。
「今はこれで許してくれ、マイレディー。全てを清算したら、唇にしよう」
「まあ!嬉しい!」
こうして甘い時間を過ごした後、家に戻りました。…仕込みは上々。
ー…
あれから、一か月。私は、無事にリック殿下から口付けをいただきましたわ。まず、モニクさんが起こした私へのタックル疑惑でリック殿下のモニクさんへの評価は下がり、健気な姿を見せて差し上げたことで私への評価が上がりました。そしてリック殿下は少しずつモニクさんと距離を置いて、最後は関係を断絶しました。そんなリック殿下の様子を見て、周りの殿方も思うところがあったのか、モニクさんと距離を取り、婚約者の皆様の元へ戻りましたわ。そして学園内で発狂し、私に掴みかかってきたモニクさんは退学処分。あー、すっきりしましたわ!
後はリック殿下との蜜月を楽しみますわ!さようなら、モニクさん!
綺麗な花には毒がある