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第3話

「のうのうおぬし、がっこうとやらはこれで終わりなのか?」



 ホームルームが終わり教室内が騒がしくなった途端、幼女が嬉々として問うてきた。


「そうだけど……」


 周りに気づかれないよう、視線だけを彼女に向けて返事をする。

 俺以外には見えていないというのはどうやら本当に本当のようで、学校に着いてからも誰一人として反応してこなかった。始業式の最中も俺の隣で「これだけ多くの人間がいるとは何事じゃ!? 今から盛大に宴でも始まるのか?」と騒ぎまくっていた。見えないのをいいことに教室内でも珍しそうにウロチョロウロチョロ。さらには俺が友達と話しているときに話しかけてきたりで、俺としては面倒なことこの上なかった。


 この幼女と会話するときはきちんと周囲に注意を払っておかないといけないな。コイツだけ見えていない、ということは傍から見れば俺が一人でおかしな行動をとっているだけになる。二年生初日から中二病キャラみたいな称号はほしくない。

 そんな俺の苦労などまったく気にせず、幼女はそわそわとうれしそうに身体を揺らしている。


「ならば早く家に帰るぞ! わしに何か食べ物をささげるのじゃ!」


 彼女の感情を表すように、さながら犬のしっぽのごとく着物のすそと帯がふわふわとあっちへこっちへ。ていうかまた食い物かよ。


「昨日の握り飯から何も食べてないからの。わしはもう腹がすいて仕方がないのじゃ」

「お前な……」

「神に食べ物を供えるのは人間の仕事じゃろ? 早く帰るぞ」


 ぐいぐいと力強く俺の制服の袖を引っ張ってくる。まったく、さっき枝穂が近くにいたときとはテンションがまるで違う。

 ちらり、と視線を違う方向に移せば、クラスの男子の一部が集まって「今からどっか行こうぜ」だの「遊ぼう遊ぼう」と楽しそうに話している。


 俺も遊びたいなあ。

 でもそうなるとうるさいだろうしなあ。大体コイツなんで俺から離れていかないんだ? さっさと自分の家とかいう神社に帰ればいいのに。それか、俺よりもっといい食べ物を恵んでくれそうな人のところに行けよ。


「はあ……」

「ため息ついて、どうしたの?」

「ああ、枝穂か」

「……っ!」


 机の前に立つ彼女を見上げたと同時、脱兎のごとく幼女が俺の後ろへ。背中を盾にこちらをうかがいつつ、口を平行に引き結んで黙り込んでしまう。まあ、俺が誰かと会話しているときはこうして静かにしていてくれた方が助かるわけだが。


「もー。ああ、じゃないでしょ? 早く準備して行こう?」


 にこり、と笑いかけてくる。その手にはすでにカバンが握られていた。


「行くって……どこへ?」

「ぼーっとしないでよ。今日は『はなむら』に行く日でしょ?」

「……そうか、今日バイト入ってたな」


 昨夜からの色々ですっかり頭から吹っ飛んでしまっていた。


「春でぽかぽかだからのんびりしたいのもわかるけど、わたしたちも今日から二年生なんだし、しゃきっとしないとだよー」


 年中頭がぽかぽかしてそうなコイツに言われるとは。結構心外だ。そんなこと言ったらぷんすか怒られるので黙っておくけど。


「よし、じゃあ行くか」

「うん!」


 本当にウサギみたいに後ろで小さくなっている幼女はひとまず置いておき、俺は素早く荷物をまとめると、枝穂とともに教室をあとにする。


「……のう、おぬし?」


 そして廊下を歩いていると、幼女の神様が小さく訊ねてきた。


「ばいと、とはなんじゃ?」

「あー……」


 俺はすぐ前を歩いている枝穂に気づかれないよう、同じように小さく返す。


「バイトってのはなんていうか、仕事をしてお金をもらうってことだよ」


 厳密にはちょっと違うのかもしれないが、これで意味は伝わるだろう、たぶん。


「では、わしのごはんはどうなるのじゃ……?」


 悲しそうに眉尻を下げる幼女。


「悪い。家に帰ってるヒマはないから……なんも作ってやれない」


 そもそも俺が作ってやる義務などないはず。だけど、しょんぼりしている幼女を見ていると、どこか放っておけなくなる。


「ちょっと実、どうしたの? 早く行かないと遅刻しちゃうよ?」

「ああいや、なんでもない!」


 危ない危ない。人が近くにいるところでは極力この神様とは会話しないようにしないと。


「……ん?」


 そこで、俺は枝穂の指先のあるものに気が付いた。


「ところで指、どうしたんだ?」


 誤魔化しついでというわけではないが、気になったので訊ねてみた。彼女の指には絆創膏が巻かれていたのである。それは何か所にもあり、正直ちょっと心配になってくる。


「え? あ、これ? これは、その……ちょっとね」

「なんだよちょっとって」


 そんな風に言われると余計気になるじゃねーか。


「実は気にしなくていーの! それより早く行こ! 遅れるとまた怒られちゃうよ?」

「たしかに……さっさと行くか」


 ゆっくり話している場合でもないか。あの人に怒られると面倒だし。


「うん! 行こ行こ!」


 花のように明るく笑う枝穂と、背中にべったりくっついている影のような神様。登校したときとまるで同じ。

 前後で対照的なふたりに板挟みになっていることに、俺は心の中でため息をつかずにはいられなかった。


 ◇


 軽食&喫茶『はなむら』は俺と枝穂が高校に入ってからずっとバイトを続けている喫茶店である。

 俺たちが通っている学校から程ない場所にあり、放課後には生徒がたくさんやって来る日もある。提供される飲み物食べ物が美味しいというのもこの店の押しの一つではあるが、名物というべきはなんといっても、


「よう! 遅えじゃねえか二人とも!」


 この豪快なオッサンである。


「まだ開店前なんだし、ちょっとくらいいだろ? クマちゃん」

「だから俺のことをクマちゃんって呼ぶなっつってんだろ! 投げ飛ばすぞ!」

「あはは……落ち着こうよ。実も、クマちゃ……あっ」

「枝ぃー穂ぉー? お前まで……」

「なっ、なんでもないです! わたし着替えてきまーす」


 すごい勢いで頭を下げると、枝穂は一目散に店の奥へと消えていった。


「ったくどいつもこいつも……」


 ぶつぶつと文句と垂れるオッサン。このゴツい人物こそ、『はなむら』の店主にして俺たちの雇い主である花村(はなむら)(くま)(きち)だ。俺たちは親しみを込めて『クマちゃん』と呼ぶのだが、その愛称を使うと馬鹿でかい声で怒鳴られる。


 俺的にはいいと思うんだけどなあ。まあ筋骨隆々の大男に向かって「ちゃん」付けで呼ぶのも少しズレてる気もしなくはないが。そのギャップがいいのではなかろうか。ほら愛称あった方が人気出るって話もよく聞くし。


「ほら、実もさっさと着替えてこい。今日は始業式だから昼飯代わりにやって来るガキどもが多いだろうしな」


 頭に巻いた真っ白なタオルを巻きなおしながら、クマちゃんが急かしてくる。


「りょーかい、クマちゃん」

「だっかっらっ……マスターと呼べ! マスターと!」


 もう一度だけからかって、カウンターの裏に回って奥へと向かう。更衣室として使わせてもらっている一室に入って、バイトの準備を始める。

 ロッカーにカバンを放り込み、中から制服であるエプロンを取り出す。すると、


「おぬしよ。結局わしになにを食わせてくれるのじゃ?」


 後ろから若干不満感を含んだ声が。


「お前……いたのかよ」

「当然じゃ。ばいと、というのはよくわからぬがおぬしにはわしに食べ物をささげるという使命が残っているのじゃ」


 憤然たる面持ちで、幼女は両手を腰に当てる。


 コイツ……。

 どうせ何言っても聞く耳持たず、だろうなあ。

 まあ朝飯を抜いて俺も腹が減っているし……仕方ない。


「わかったよ。俺もここでバイト前に昼飯済ますつもりだし、何か持ってきてやるよ」

「本当か!?」


 ぱあああっ。


 飯を提供してもらえるとわかった途端にこの顔だ。現金なやつめ。


「じゃあちょっと待ってろ。なんか持ってくるから」

「約束じゃぞ! いや、ここはわしも共に赴いた方がよいのか……」

「ちゃんと持ってくるから心配すんなって。だいたいお前店のとこ行ったら枝穂がいるんだぞ? それでもいいのかよ」

「うっ……」


 一気に表情が強張る。どれだけ顔を合わせたくないんだよ。


「おーい、実! いつまでチンタラしてんだ! 早く店出てこい!」


 すると店の方からクマちゃんの一際大きな声が。だらだら話しすぎたか。


「それじゃ、ここでおとなしくしてろよ。また戻ってくるから」

「うむ! ちゃんとうまいものを持ってくるのじゃぞ!」

「はは。まあ味は保証しといてやるよ」


 なにせクマちゃんの作るまかないだからな。



「はい、どうぞ実!」


 美味しいまかないはどこへいった。


「……」


 にこやかに笑いかけてくるのはクマちゃんではなく枝穂。

 差し出してくる皿にのっているのは食べ物ではなくナニかの塊。


「は、ははは……」


 自分でも顔が引きつっているのがわかる。


「あー、今日はどうしても枝穂が実にまかないを作ってやりたいって言ってだな……」


 枝穂の後ろで、クマちゃんは頬をかきながら彼方に目線を泳がせている。


「本当はクマちゃんの分も作ろうと思ったんだけど……」

「だ、だから俺はお前らが来る前に昼飯食べちまったからいいって言っただろ? せっかく作ったんだ、実にいっぱい味わってもらいな」

「……」


 こ、この熊親父ぃぃぃぃぃぃぃ!!


 従業員である俺を売るつもりか!?


「し、枝穂は食べなくてもいいのか? ほ、ほら昼飯まだだろ?」

「わたしは家からお母さんが作ってくれたサンドイッチをさっき食べたから大丈夫だよ。だから遠慮せず、全部実が食べていいからね」


 うわああああああ!

 俺も枝穂のおばさんのサンドイッチがよかったああああああ!


「ちょ、ちょっとクマちゃんこっち!」

「おいっ、わかったから引っ張んな」

「?」


 クマちゃんを引き寄せ、枝穂に背を向けてから小さな声で抗議する。


「なんで枝穂を厨房に入れたんだよ!」

「仕方ねえだろ? アイツ、今日はいつになくやる気満々でよ……」


 渋面を作るクマちゃん。さながらしょんぼりする動物園の熊だ。

 ここまでくれば言わずもがなだが、枝穂は料理が苦手だ。見る限りじゃ向上心はあるようなのだが、昔からその腕前ははっきり言ってあまり進歩していない。しかも悲しいことに、本人はそこまで下手だとは思っていないのである。


 ちなみに幼なじみの俺はこれまで幾度となく枝穂謹製の料理を食べさせられてきた。ここ最近は頻度が減ってきたからすっかり失念していたが……。


「やる気満々、ねえ……」


 たしかに店の主であるクマちゃんを突破して厨房で料理するとは、なるほど今日の枝穂は熱意にあふれているらしい。


「しかし、どうすんだ実? さすがに純粋な気持ちで作ってくれたものを無下にはできんだろ……」

「それそうだが……」


 首だけを回転させ、後ろの幼なじみとチラ見。


「……?」


 にこり。


「……だめだ、あれは断れん」


 まさに汚れを知らない微笑みだ。


「うむ。覚悟を決めるしかないな」

「ったく、他人事だと思って……」

「まあ心配すんな。万一の時は俺が骨拾ってやるよ」


 そう言って優しく肩に手を置いてくるクマちゃん。

 そうなったら今日の『はなむら』、従業員が一人減るのだがいいのか……?


「……よし」


 腹を括り、俺は幼なじみに向き直る。


「い、いやー俺も腹減ってたんだよなーうれしいよ枝穂ー」


 自分で言っておいてなんだが、ドン引きするくらいの棒セリフである。

 しかし枝穂は俺の言葉を額面通り受け取ったようで、


「本当? わたしもうれしいなー。じゃあ召し上がれ」


 笑みを浮かべながら、手に持つ皿をこちらに渡してくる。


「お、おう……ありがとう……」


 そう言い、反射的に受け取ってしまったのだが……。

 これ、一体なんなんだ!?


「今日はホットケーキを作ってみたの。そ、そりゃあクマちゃんが作ったのには足元にも及ばないと思うけど、わたしもがんばってみたの」


 俺の心を読んでいるかのように説明してくれる枝穂。どうせ心を読むなら俺の心境も読んでくれ……。


 っていうかホットケーキ!? これホットケーキなの?

 形は……まあかろうじてホットケーキともいえないくない。平べったいし、丸いし。


 しかし色がすごい。緑。緑だ。それもジャングルの奥地で生い茂っていそうな感じの。

 ああ、抹茶風味か……抹茶風味なんだなきっと。そうだ、そうに違いない。そう信じるしかない。スパイシーな香りが漂ってきているのも気のせいだ、うん。


「……」


 と、俺が前衛的な芸術品(?)に戦慄していると眼前の芸術家から眩しすぎるキラキラした眼差しが。

 え、今ここで食べろということなの?


「あーっと……」


 ここで断れるほど、冷酷になれない。俺は幼なじみを泣かせたいわけではないのだ。かといって我慢して食べる姿を枝穂に見せるのも気が進まない……。


「ほら枝穂! もう昼飯食べたんならお前はさっさと店の準備に取りかかれ!」


 と、厨房で食器を磨いているクマちゃんが助け舟を出してくれる。


「あ、そっか……。じゃあわたしは先に準備してるから、奥でゆっくり食べてね。あとで味の感想聞かせてほしいな」


 そう言って、彼女はホウキを持つとぱたぱたと店の外へと出ていく。


 た、助かった……。

 いや、実際俺の手にはブツが残されたままだから助かってはいないのだが。枝穂を悲しませずに済んだのでよしとしよう。

 俺もつくづく甘いなあ、アイツに対して。


「とりあえず一難去ったな」


 助け舟の船長、クマちゃんが近づいてくる。


「まったくだよ……しかしどうすっかなあ、これ」


 手元には、枝穂曰くホットケーキ。まあ食べるしか選択肢はないのだけど。


「……ほらよ」

「え?」


 皿の上の物体とにらめっこしていると、横からクマちゃんが別の皿を差し出してきた。その上には正真正銘、文句なしのホットケーキがある。


「辛くなったらこれと代わる代わる食べろ。それならまだいけるだろ」

「クマちゃん……」

「だが、枝穂のやつは食べ残すなよ。これでもお前のために作ったやつなんだからな」

「ああ、わかってる」


 枝穂の好意を、クマちゃんのやさしさを無駄にしないためにも、完食してやろう。



「待ちわびたぞ!」


 二人からもらったホットケーキを食べるべく店の奥に戻って、俺は思い出した。この神様幼女の存在を。


「待たせたからには、ちゃんとわしに捧げる食べ物は持ってきたのじゃろうな!」


 両手を腰に当てて、こちらを見上げてくる。その顔は、エサを待つ犬のようにも思えてくる。

 ああ、そうか。コイツの分の飯も用意してやるって言ってたんだっけ……。


 ということは……。


「おい、おぬし聞いておるのか? わしの食べ物は……うぬ?」


 ずいっ、と幼女が背伸びして俺が持つ皿の片方に目を向ける。そして疑惑に満ちた眼差し。


「おぬしよ……これはなんじゃ……?」


 当然の反応だろう。というかむしろその質問は俺がしたい。


「これは美味いのか? ……そもそも食べられるのじゃろうな?」

「あー、いや……」


 食べられるはずである。だって食べられる素材で作ってあるし。たぶん。

 しかし、さすがに目の前の何も知らない幼女にこれを渡すわけにはいかない。あとで罰が当たったら嫌だし。


「はあ……」


 諦め。決意。覚悟。

 様々な感情を内包したため息をつくと、右手に持つ皿――クマちゃん製のホットケーキの皿――を机に置く。


「……うぬ?」


 そしてわが手に残されたモノを見据え、フォークを構える。


「ふう……」


 そして一息。

 そして一気に食らいつく。


「っっっっっっっ!!」


 ………………。

 …………。

 ……。


「……ふう」


 目の前には、きれいになった皿。

 き、きれいさっぱり食べきってやったぜ……。


「お、おぬし……大丈夫か?」


 さすがの神様も、心配そうに訊ねてくる。たぶん今の俺は真っ青な顔をしていることだろう。


「ああ……」


 気分は真っ白な灰に燃え尽きたボクサー。試合に負けたが勝負には勝ったといったところか。何を言ってるんだ俺は。

 ちなみに枝穂のホットケーキはカレーの味がした。なぜだ……。


 勝利の余韻も残った後味もようやくなくなってきたところで、俺はクマちゃんのホットケーキののった皿を渡してやる。そっちは柔らかそうな生地にシロップが輝きながら甘い匂いを放っていて、食欲をそそってくる。


「ほらよ。これがお前の今日の昼飯だ」 

「う、うむ。ありがたくもらうぞ……」

「安心しろ。そっちはきっと美味いはずだから」


 なにせこの店の名物ホットケーキだからな。


「すまぬな、いただくぞ」


 どことなく憔悴した俺に多少の同情の心を抱いたのか、昨日の夜よりも大人しめな様子と声で食べ始める。


 もぐもぐむしゃむしゃもぐもぐ。


 よっぽど腹が減っていたのか、切り分けることもなく黙々と食べる幼女。でもまあ食べ終わったら美味い美味い連呼して騒ぎまくるんだろうなあ。昨日の俺のおにぎりであの喜び方だったんだ。もしかしたら涙を流すかもしれない。俺のおにぎりとクマちゃんじゃあ雲泥の差、月とすっぽんもいいとこだ。


 だが。

 ホットケーキを完食した幼女が発した言葉は、俺の予想どころか、ありえないにもほどがあるものだった。


「むう……。昨日おぬしが作ってくれた握り飯の方がうまかったのう」

「……は?」


 ◇


 突然だが、俺の住む町はそこそこの都会である。

 駅前には直立不動のビルがいくつも並び、オシャレな店が彩を放っている。アスファルトで塗り固められた道路は町の隅々まで続いている。まあ都心には遠く及ばないだろうが、もし道行く人に聞いてみれば「栄えている」とか「都会だろ」という答えが返ってくるだろう。

 だが、ここまで町が発展したのは最近の数十年のことらしい。


 それまではどちらかというと田舎な方で「町」よりも「村」という表現が似つかわしかったと聞いている。

 俺たちが今住んでいる住宅街だって、元々は山だったらしい。それが切り開かれ、平地にされて今の姿になった、というわけだ。昔が山だったなんて、田舎だったなんて、当時を知らない俺からしてみればあまり実感は湧かないが。


「……」


 そんな住宅地の群れの端――決して立派とは言えない古びた神社――に来るたび、俺はいつも思い知らされていた。


 此処が、此処だけが昔からずっと変わっていない場所なんだということを。


「……で、お前の言うところの家までやって来てやったわけだけど」


 俺は社の前で、隣に立つ幼女にそう声をかけた。

 こいつの姿は俺にしか見えていないようなので、会話を聞かれないよう注意する必要があるのだが、ここではその心配はいらない。なぜならいつも通り、この神社は人っ子一人いない。


 しかし、相変わらずさびれた所だな。


「うむ。ようやく帰ってきたぞ、わが家よ」


 満足げに幼女はうなずく。


「よっ……と」


 そしてなんの躊躇いもなく、賽銭箱の上へと飛び乗って仁王立ちになる。


「お前な……」


 なんて失礼な、罰当たりなやつだと思ったりもしたが、コイツはここの主なのでその辺はどう振る舞おうが自由だろうな。


「やはり己の家というもは落ち着くな! わが家最高じゃ!」


 ま、本人が満足ならそれでいいだろう。


 それにしても。


「やっぱボロいよなあ、ここ」


 前に来たのは枝穂との初詣だったか。その時と比べても、なにも変わっていない。散らばった落ち葉も、埃をかぶった社もそのままだ。


「ボロとはなんじゃ! わが社はゆいしょ正しきものなのじゃぞ!」

「って言ってもなあ……」


 昔からある、という彼女の言い分はわかる。境内の端には樹齢の高そうな木が何本かそびえ立って、そこが自身の場所であるということを主張している。色の剥がれかけた鳥居もこの神社の年齢を静かに物語っている。歴史あるというのは間違いではないだろう。

 それならそれで、誰かが管理していてもいいのに。今まで神主のような人も見たことない。


「これでもちょっと前までは賑わっておったのじゃぞ……」


 自信なさげな幼女。コイツの言うちょっと前って一体いつなのかは疑問だが。


「はあ……」


 これ以上神社のボロ……古さについてとやかく言っていても仕方ない。俺のやるべきことは終わったのだ。


「んじゃ、ちゃんと送り届けたからな。俺はこれで帰るぞ」


 そう言い残して、神社の出口へと向かう。

 そもそも俺がここまで送ってやる必要があったのかどうかも甚だ疑問だが……まあいいだろう。飯を何回も食わせてやったし、神様にここまで奉仕してやったんだ。そのうちなにかいいことあるかもしれない。


 神様と一緒に一日を過ごす。まだ夢の中にいるような気分が完全に拭えないが、昨日と今日のことは不思議な思い出として心の片隅にでも置いておくことにしよう。ありふれた日常にちょっとしたスパイス、そういうことだ。

 明日からはまた、普通の生活。


 そう思っていたのに。


「え?」

「うぬ?」


 俺はすでに鳥居を抜けて神社をあとにしている。だが。

 隣には、さっきまで賽銭箱の上で嬉しそうにピョンピョンはねていた幼女がいた。


「なんでお前ここにいるんだよ。家に帰ったんじゃなかったのかよ」

「なにをいっておるのじゃ。おぬしが我が社から出たからじゃろ」

「…………?」


 思考停止。いやちょっと待て。


「俺はお前を元いた神社に送り届けてやった。お前は本来あるべきところに戻った。それで解決じゃあないのか?」


 この神様幼女が今も俺についてくる義務も、必要もないはず。


「……」


 すたすたすたすた。

 ちょこちょこちょこちょこ。


 試しに、距離をとってみようと数メートルほど歩いてみる。しかし、幼女はそこに立ち止まっていることなく俺についてきていた。


「なんでお前もこっちに来てるんだよ」

「おぬしがこっちに来たからであろう」


 ……どうなっている?


 まさか懐かれたわけでもあるまい。まあ餌付けみたいなことは何度かしたけど。

 目の前にはきょとんとした顔の神様。不思議そうに首をかしげて銀色の髪も揺れる。さも俺の隣にいるのが当然とでもいわんばかりだ。


「な、何がどうなってるんだ……」

「なにが、とはなんじゃ?」

「そりゃもちろんなんでお前が俺から離れていかないのか――」


 くきゅるるるる。


「「……」」


 なんとも可愛らしく、しかしあまり慎ましくない食べ物を要求する音。


「ひ、ひとまずごはんにせぬか?」


 ほんの少し、顔を赤くして幼女が提案してくる。


「……はあ」


 今日になって何度目だろう。その言葉に、俺はため息をつくしかなかった。

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