坊ちゃん先生
倉庫には十人ばかり男がいた。全員こちらを敵意のある目でじっと見ている。一際大きな男がいて、そいつは何と右腕が刀だ。きっとあれもスキル何だろう。相も変わらずけったいだ。腕が刀になる程度なら、その手で刀を持った方がましに決まってる。隅の方にはタローマル達が三人揃って固まって、鎖で縛られている。随分と太い鎖だ。ありゃ千切るのには苦労するかもしれん。
俺はぐるりと見回しながら胸を一度手のひらで叩き、「どんと来い」と声を張り上げる。刀腕の男が「かかれ!」と叫ぶと、他の奴らがわあと喚きながら一斉に向かってきた。足並みはてんでばらばらだ。数で圧す喧嘩しかしたことしかないんだろう。心が弱いから群れるんだ。群れるから一層弱くなるんだ。
最初に目の前まで飛び込んで来た男の顔を思い切り殴りつける。骨の砕ける音がして、鼻から噴き出た血が拳にこびりついた。殴られた男は大の字で床に仰向けになり、すっかり伸びている。他の奴らはその光景を見て、わあと声を上げながら今度は倉庫から逃げ出した。他愛ない。案の定、どいつもこいつも臆病者だ。
「これで一対一か」と言うと、大男は「どうせ最初からあいつらには期待なんてしてねぇよ」と負け惜しみを言う。期待してないならはじめから連れてこなきゃいいだけだ。
「一つ言っとくぞ。テメェは今から死ぬ」
「いいから掛かってくりゃいいだろ。でかいのは図体と口だけか」
大男はこちらに向かって左腕を伸ばす。何かと思うと長槍が驚く速さでにゅっと伸びてきた。半身捻って躱すと、今度は頭上から鉄球が降ってきた。奴が右腕を刀から鎖付きの鉄球に変えたらしい。とんだびっくり人間だ。
俺が体勢を崩したのを見るや、こちらへ走り込んで来た男は、腕を様々な武器に変えながら次々と斬りかかってくる。剣、斧、槌、槍、こん棒、その他諸々。長さも範囲もてんでばらばらだから、却って避け辛い。なるほど。こりゃ面倒だ。
「ちょろちょろしてるだけじゃ勝てねぇぞ!」と男はこちらを煽りやがる。
「わかってる」と返しながら懐に飛び込み、握った左拳を顔面に叩きつけた。手応えはない。しかし拳が痛む。見ると奴の顔面には、針山のように大量の細い剣が生えていた。厄介極まりないとはこのことだ。
「畜生っ! 昨日俺にやったみたいにぶっ飛ばせよ!」
「そ、そうだそうだ!センセ、がつんとやったってー!」
外野がうるさい。こいつが如何に面倒なのかをわかっとらんのだろう。大男はにやりと笑い、「それで終わりか?」とくだらんことを言う。終わりなわけがあるか。まだまだ足りん。
拳を構えて真正面から飛び込む。右、左と繰り返し放つが、全て剣山で防がれる。うむ、痛い。しかし痛むだけだ。まだやれる。
攻撃をひたすらに繰り返していると、男は「遊びは終わりだ」と言い放ち、槌に変えた腕で俺の腹を打ってきた。重い。鐘の気持ちがよくわかる。堪らず俺は大きく後退した。
「中々やるぜ、お前」
男は俺にゆっくりと歩み寄りながら言った。
「殺す前に名前くらいは聞いといてやるよ。忘れるまでは覚えといてやる」
「馬鹿に名乗る名前なんざ無い」
「馬鹿はどっちだ? あのクソガキどものためにのこのこ現れて何も出来ずに殺される男と、殺す俺のどっちが馬鹿だ?」
「糞餓鬼じゃない。悪餓鬼だ。糞なら更生なんぞ出来んが、悪餓鬼ならまだ救える。だからあいつらは悪餓鬼だ。それと、馬鹿はお前だ」
「……減らず口もいい加減に――」
「先生、もういいですよ」と声がした。見ると、鎖を解かれ自由の身になった悪餓鬼どもが、不安そうな目をこちらに向けている。俺がやられた「ふり」をしている間に、サクヤとセブミが連中を解放するというくだらん作戦が上手くいったらしい。
俺はこちらへ手を振るサクヤへ軽く手を上げて答えた。
「おう、サクヤ。千切れたか」
「ちぎれるわけないじゃないですか、こんなもの。外にでてった奴らから鍵を奪ったんです」
「そりゃいい。千切るよりずっとまともだ」
まんま騙された男はでかい穴から汽車のごとく鼻息を漏らし、吠えた。
「この卑怯モンがぁ!」
「卑怯たなんだ。どんなことしても返して貰うと言うたはずだ。お前との勝負なんざ二の次だ。くだらんこと言いやがる」
「……テメェ、ふざけやがって――」
「でも安心しろ。俺は逃げん。お前はぶん殴ってやる。それで、牢屋にぶち込んでやる。そうでなきゃ、こいつらが安心して寝れん」
俺は足元に落ちていた角材を拾い上げ、右手に構えた。これは喧嘩じゃない。喧嘩じゃないなら、これくらい使ってもよかろう。
右腕を大きく頭上に構えて、身体を右斜めにして構える。怒り狂った男が全身から刃を生やして襲いかかってくる。躱す手間が省ける。望むところだ。
「殺すっ! 殺す殺すぶっ殺す!」
飛び込んでくる銀色に光る山を見て、昔自分の左腕を斬ったことが思い出された。思えばあの頃から無鉄砲加減がちっとも変わらん。クラリアから馬鹿にされるわけだ。
刃が喉元に届く直前、右足をさらに一歩下げ、身体を捻り、渾身の力を込めて角材を振り下ろす。脆い剣山がぱきぽきと軽く折れていき、最短距離で後頭部まで角材が到達した時、ごんと鈍い音が聞こえた。
床にうつ伏せで倒れた男は、「ふざけろ」とだけ呟いたきり気を失った。「ふざけろ」たこっちが言いたい言葉だ。おかげで授業をする間が無くなっちまった。
〇
男を軍警察に引き渡し、怪我を治療してもらうために学校に向かった。「付いて来ないでいい」と言ったのに、生徒達はぞろぞろと後ろを付いてきた。サクヤだけは道案内のために俺の隣を歩いている。しかしみんな何も言わん。黙って足を動かすばかりである。用が無いなら家に帰ればよかろうに。急がなくとも、説教なら明日たっぷりしてやるつもりだ。
校門前まで来たところで、タローマルが「あの」と声を上げた。
「先生、今日は助かった。ありがとう。先生の強さ、いんちきなんぞじゃなかったんじゃな」
「おう」と答えると、もう一度「ありがとう」と言ってタローマルは去っていく。すかさず口を開いたのはアカリである。
「センセ、ほんまおーきにっ。あたし、惚れちゃいそうだったかも。っていうのはウソだけど、でもかっこよかったんは間違いないよ。でーも、ちょっとスマートじゃなかったかも。ぼろぼろになりながら力任せだなんて、古臭すぎでだめだめ。あたしに尊敬されたいんなら、もっと綺麗に、もっと手早く、倒した後には決め台詞の一つでも言って――」
「ごちゃごちゃうるさい。早く帰れ。長い話なら明日聞いてやる」
「しらけるわぁ。はいはい、じゃ、リクエスト通り速く帰りまぁす」
風の切れる音だけを残してアカリが去った。もう今頃自宅だろう。貰えるなら、俺もああいうスキルがいい。羨ましく思っているとちょいと肩を叩かれた気がして、振り返ると、セブミが申し訳なさそうに肩を縮めて立っていた。
「せ、先生。その、すいませんでした。おれ、みんなが死んじゃうかと思って、それで先生を呼んだのに、先生まで死にそうになって、それで」
「謝るな。死んでたまるか。平気だから、今日は帰って寝ろ」
セブミは何度も「ごめんなさい」と頭を下げながら歩いて行く。今にも消え入りそうだと思ったら本当に消えた。それを尻目で見送ったトウカがわざわざ俺の目の前までずかずか歩み寄ってきて、眉間にしわ寄せて睨んできた。
「先生ありがと。でも、今度はあんなことにならないように強くなるから。それだけ」
「なんだそりゃ。礼を言う顔がそれか」
ふんと鼻を鳴らしたトウカは俺に背を向け、肩を怒らせながら歩いて行く。ありゃ相当な頑固者だ。嫁の貰い手にはきっと苦労する。
最後に残ったサクヤがくすと笑った。
「先生、これから大変ですね。こんなわたしたちに、これから毎日授業をしなくちゃいけないんですから」
大変なこたあるか。形はどうあれ、とりあえず謝って、とりあえず礼を言える奴らなんだ。悪餓鬼なのは間違いないが、思ってたよりずっとまともだ。
もう口を開くのもうんざりするほど拳が痛くて、俺は黙って歩き出した。サクヤはまたくすと笑った。
とりあえず書いたところまで。
需要がありそうなら続きます。