無鉄砲現る
その頃、タローマル達は学校から離れた船着場の倉庫にいた。天窓から日の光がわずかに差し込むばかりの空間で、三人揃って全身を鎖で縛られている。ああまでされちゃ、怪力も速さも役に立たん。冷たいのは役に立つかもしれんが、トウカがスキルを使おうもんなら他の二人も巻き添えだ。こうなるとどうしようもない。
「畜生」とタローマルは呟いた。
「情けねぇ。昨日からこんなことばっかりじゃ」
「どれもこれも、あのセンセが現れたせいや。とんだ貧乏神やで」とアカリは唇を尖らす。
「落ち着きなよ、ふたりとも。セブミがサクヤを呼びに行ったんだ。すぐに助けて貰える」
「ふん。あいつ、あの先生を随分気にってるみたいじゃねぇか。どうせ来ねぇに決まってら」
「サクヤちゃん、惚れやすいとこあるからなぁ。今日あたしらと来んかったんも、センセと二人きりで会いたかったせいとちゃうん?」
「それ以上はやめて。とにかく、黙って待ってな」
三人が捕まったのは、ほんの些細なきっかけからだった。昨日、滅法打ちのめされたサクヤ以外の四人は、憂さ晴らしのため街に出た。四人は自分のスキルに絶対の自信を持つ天狗だ。だから道の真中を堂々と歩く。しかし往々にしてそういう天狗は他にもいるもんで、四人はそいつらとぶつかった。
不運だったのは、そいつらの数が十人以上もいたこと。なお不運だったのは、四人とも昨日打ちのめされたことが頭の中に残っていたことだ。普段ならば多勢に無勢の相手でも難なく叩きのめしていたところを、やられた場面が脳裏に浮かんで、上手く身体が動かなかった。はじめての敗北は、四人にとってそれほど衝撃的だった。
「あーあ、お腹減ったわぁ。セブミくん、はよ来んかなぁ」
「遅すぎじゃ。あいつも逃げたんじゃなかろうな」
「……ふたりとも、いい加減にしないと――」
その時、倉庫の扉が開いた。四人を叩きのめした天狗連中がぞろぞろと倉庫に戻ってきたのだ。その真中には、髪を全て剃り落とした威圧感のある大男もいる。三人にとっては見覚えのない人物だった。
「おう、こいつらか。舐めたマネしたのは」
大男は低い声で言ってじろりと三人を見た。
三人を見下ろす大男の名はヨジロウといった。幼少からヨツクニで暮らしているが、喧嘩の弾みで人を殺したことがあり、それからは社会のはみ出し者を集めて悪さを働いている。無論スキル持ちである。『既武装地帯』と自ら名付けたそれは、身体の至るところを武器に変える能力だ。ヨジロウはこれで幾人も殺した。その数はもう両手両足の指を使ったところで数え切れぬ。
「俺のツレに乱暴してくれたらしいじゃねぇか、このガキどもが」
凄むヨジロウにトウカは「ふん」と鼻を鳴らして応戦する。
「子どもの喧嘩にわざわざ出てくるなんて、くだらない大人。恥ずかしくないの?」
「ツレをやられて黙ってる方がよっぽど恥ずかしいぜ。俺は恥をかくのが嫌いなもんでな」
「そう。だったら、私達をどうするつもり?」
「殺す」
ヨジロウの右腕が刀に変わった。殺気に当てられた三人はびくと身体を震わせた。目の前の男が本当に命を奪うつもりだと、この時になってようやく理解した。
「ま、待たんか。俺達なんぞ殺して、何の得があるんじゃ」
「そうそう! 殺しなんてしてもおもろくないよ? それに、悪いことはおてんとさんが見てるっていうし、すぐ捕まるんとちゃうかなぁ?」
「……やってみなよ。そしたらあんたを首だけになっても食い殺してやるから」
「ちょ、ちょっとトウカちゃん! ヘタに煽らんでええやん!」
「そうじゃ! なんでわざわざ殺されにいくようなこと言いよる!」
「……何を言っても、こいつが私達を殺すつもりだから」
トウカの言葉を聞いてヨジロウはにやりと笑う。
「物分かりのいい餓鬼は嫌いじゃない。だが殺す。一度そうと決めたからだ。残念だったな」
ごんと、鈍い音が庫内に鳴り響いた。倉庫の扉が叩かれたらしい。誰もが何だと思ううち、もう一度ごんと扉が叩かれる。今度は先ほどよりも強い。いよいよ「誰だ!」とヨジロウが声を上げたら、「押すんじゃなくて引くんだったか」と声がして、扉が開いた。
「……なんだ、お前は」
「その悪餓鬼どもの先生だ。どんなことしても返して貰うぞ」
「とんだ命知らずもいたもんだな。人数を見ろよ。お前だけでどうにかなると思うのか?」
「おう。こちとら親譲りの無鉄砲だ。損ばかりしてる。今日もする」
〝坊ちゃん先生〟はふんと鼻を鳴らした。