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子供の喧嘩

 放課後になって校長に呼び出された。何用かと思って校長室に行くと、「今日の授業はどうだったかね」と問うてきた。「まあ上々です。しかしこれから明日は何をやるか考える必要があります」と簡潔に答えると、校長は腹から声を出して笑った。豪快な笑い方をする人だ。


「聞いたよ。早速クラスのみんなと喧嘩をしたそうじゃないか」

「やりました。いんちきと因縁を付けられたもんで」

「そうか。だが、いくら何でも目を潰したのはやりすぎだと思わんかね?」

「思いません。スキルとやらを使って食って掛ってきたので、拳骨をくれてやるだけじゃどうにもならなかったからです。それに、事前に腕のいい治癒師がいると聞いていました」


 俺の答えを聞いて校長はまた笑った。俺は何も面白いことを言ったつもりもない。酒でも呑んでるのか、それとも笑い茸でも食ったのだろうか。


「だが、彼らに喧嘩で勝った人を見たのは校長をやってきてはじめてだ。正直、驚いたよ」


 別にあんなのに勝ったところで、自慢にも何にもならん。相手はちょっとばかり図体のでかかったり、人よりすばしっこかったり、冷たかったりするだけの餓鬼だ。痛い程度で止まらぬ魔物の類の方がまだずっと怖い。誇るところもないので黙っていると、「まあそのまま頑張ってくれ。君の手腕には期待しているぞ」とこちらに微笑みかけ、「行きなさい」と続けた。


「ええ、頑張ります」と俺は返した。もしかしたら今日の一件を咎めたかったのかもしれんと思い至ったのは、学校を出てからのことだった。



 下宿で手紙を書くことにした。無論クラリア達に向けてである。俺は頭もまずければ文章もまずい。おまけに字だって汚いから、手紙を書くのが大嫌いだ。しかし「着いたら手紙を寄越すように」と言われているから書かんわけにもいかない。クラリアにはああ見えて心配性なところがあるから、それなりに長いものを書いてやった。だいたいこのような内容である。


「昨日着いた。今日は早速学校に出た。校長はまともそうだ。同僚はあまりまともじゃないかもしれん。悪がきの相手は楽じゃなさそうだ。ヨツコクの連中は全員スキルとかいう力を持ってる。魔術みたいなもんだが、より強力だ。そのうち俺も使えるようになるらしい。帰ったら見せてやる。驚いて腰を抜かすな。また手紙を書く。さようなら」


 書いた手紙を宿の主人に「出しといてくれ」と渡してから、明日はどんな授業をしようか寝台の上で考えた。考えているうちに頭が痛くなって、そのうちに夕飯が出てきた。魚の焼いたのと穀物を炒めたやつと野菜の汁物だ。まあ不味くはないが、クラリアの作った飯の方がずっと美味い。


 飯を食って風呂に入って、また授業について考えてると、ついうとうとしてきた。もうなるようにしかならん。せめて喧嘩は止めようということだけは、心に誓っておいた。ただしまた「いんちき問題」が掘り返されたら、その限りではないかもしれん。



 翌日になって学校に出て教室へ行くと、サクヤ以外の誰も生徒がいなかった。「他の奴らはどうした」と問うと、「全員自主休講みたいですね」などというふざけた答えが返ってきた。確かに教室に気配はない。昨日のように、こそこそ隠れて卑怯に襲ってくるなんてつもりじゃないらしい。


「サクヤ、お前は自主休講しないでいいのか」

「いいんです。わたしは一応、先生がいんちきなんてしてないこと知ってますし」

「ならあいつらにそう言ってやりゃよかろう」

「言って聞くような奴らじゃないですよ」


「そうか」と答えて俺は教壇に立ち、それから言った。


「さて、何か知りたいことはあるか。知ってることなら教えてやる」

「……昨日から思ってたんですけど、先生って何の担当なんですか?」

「担当なんざない。模範と、規律と、生き方を教えろと校長に言われてる。確かに、今のお前達には必要なもんだ。だがそんなものの教え方がわからんから、わかるまではとりあえずこうするつもりだ」


 サクヤはじっと俺を見て、それから深く息を吐いた。


「やりづらいなぁ。先生って、嘘とか建前がないんだもん」


 そんなもん、無い方がいいに決まってる。道の真中に置いてあるごみと同じだ。嘘や建前が無けりゃ、色々な物事がすらすらと片付く。何か凝り固まったことや上手くいかないことがある時は、大抵そこに嘘、建前があるもんだ。


「何がやりづらいもんか」と言うと、「いやそういうわけじゃなくてですね」と取り繕うようにサクヤは言い、さらに続けた。


「先生って、わたしたちのことどう思ってます?」

「悪餓鬼だ。今のところは」

「うわぁ、直球ど真ん中。傷つくなぁ」


「傷つくなら改めりゃいい」と言うと、「それができればどれだけいいか」と諦めたようにサクヤは呟く。


「……わたしたちって、昔からこうってわけじゃなかったんですよ。昔はもっと純粋なかわいい子ちゃんだったんですから。でもほら、人間色々あるじゃないですか。その色々のせいでだんだん擦れていって、何かと問題起こすようになって……それで、今に至るって感じで。今こうやって学校いられるのも、半分お情けみたいなもんで」


「そんなこと知ってら。生まれついての悪人なんざほとんどいない。でもって、お前達がそれじゃないってのは見りゃわかる。そもそも生まれついての悪人なら、校長がお前達を更生させようとするもんか。食い物なら一度腐ればそれで終わりだが、お前達は食い物じゃないんだ。今はちょいと腐ってるかもしれんが、すぐに戻れる」


 するとサクヤは阿呆のように口を開け呆然とした。それからこれまた阿呆のように笑い出した。こっちが真面目に話してるのに笑うたなんだ。叱ろうとすると「ごめんなさい、ほんと」とサクヤは腹を抱えながら謝る。笑っているせいで、ほとんど言葉になっていない。呆れて物も言えん。


 笑いの潮が引いた辺りで、サクヤは「ごめんなさい」と再び謝り手の甲で目元を拭った。


「……もうちょっとだけ早く先生に会えてたらなぁ。上手くいかないなぁ、人生」

「上手くいった試しがないのは俺だって同じだ。損ばかりしてきた」


 その時、教室の戸が勢いよく開いた。現れたのはセブミだ。今日は透明じゃないから、うらなりみたいに青い顔がよく見える。ぐっしょり汗が滲んでいるのは、ここまで走ってきたのだろう。


「おう、セブミ。自主休講はやめにしたのか」

「ち、違うんですよぉ。大変なんです、先生」

「大変たなんだ。何があった」


 弱々しくその場にへたったセブミは、額の汗を拭いながら言った。


「タローマルくん達が捕まっちゃったんです。先生、助けてくださいよぉ」


「なんだ。喧嘩でもしたのか」と問うと、「はい」と答えがあった。


 子供の喧嘩に大人が出るのはくだらない。一度自分ではじめた喧嘩なら、自分で後始末つけろと言ってやった。セブミはひどく顔を青くして、しなびたうらなりみたいになった。


 それでも俺がだんまり決め込んでいると、今度はサクヤが「わたしからもお願いです」と言ってきた。こいつも不思議と、ひどく青い顔をしていた。


「お前ならそのスキルとやらで俺の考えがわかるだろ。俺は行かん。断固行かん」


「でも、そのスキルでわかるんです。先生が行かないと……三人は死にます」


 どうしてそんな大事なことを勿体ぶるのか。命が掛かってるとなりゃ話は別だ。「今度からそういうことは先に言え」と言った俺は、慌てて教室を飛び出した。

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