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聞き慣れない言葉

「下宿は決めたのかね」と校長が問うてきたので「まだだが、これから決めるつもりです」と答えると、「じゃ私がいい下宿を知ってるからそこへ行くといい。飯も美味けりゃ学校にも近い」と言って勝手に一人で頷いた。飯の良し悪しは頓着しない方だが、学校に近いというのは気に入った。出勤の時に迷わずに済む。


「じゃあ頼みます」と依頼すると、校長は「では彼女について行きなさい」と入ってきた扉の方を指した。そこには先の女がいた。


「彼女のことは知ってるだろう。名をサクヤくんという。君の受け持つクラスの生徒だから、今のうちに仲良くしておくといい」


 紹介を受けて、女は先ほどまでとは打って変わって行儀良い態度で「サクヤといいます」と頭を下げた。なるほどあのやり取りで見せた無礼は、どうやら演技だったらしい。そういうふうに解釈していたのだが、違った。業務についての詳しいことはまた明日にでもということで、校長と別れ部屋を出て、学校の敷地から一歩外へと歩み出た瞬間、態度が元の木阿弥に変わりやがった。


「坊ちゃん先生、やりますね。まさか校長を素手で倒すだなんて。ま、校長はスキルを使ってなかったみたいなんで、本気じゃないんですけどね。本気出されてたら、死んでたかもしれませんよ?」


 なんだこの女は。なんだ坊ちゃん先生てのは。金のためとはいえ、生活のためとはいえ、こんなのの相手をしなくちゃならんのか。俺は短く、「坊ちゃんてのはやめろ」と言った。最後通告のつもりだった。もしやめなければ、この足で故郷へ帰るつもりだった。


 するとサクヤは「じゃ、先生で」とあっさり坊ちゃんをやめやがった。このころころと鞠のように態度を変えるのが気に食わん。腹の中じゃ何を考えてるのかさっぱり読めん。


「それで、先生はどんな能力(スキル)をお持ちなんですか? なんか脳筋っぽいから、無難に身体強化系とか?」

「さっきからそのスキルたなんだ。知らんぞ。魔術の類か」

「嘘ですよぉ。スキルを知らないでヨツクニで教師やる人なんてどこにいるんですか」

「知らんもんは知らん」


「ちょっと失礼」とサクヤは俺の手を取った。それから「うへぇ」と妙な声を上げて俺を見た。


「マジで知らないじゃないですか。よくそれで雇ってもらえましたね」


「知らなきゃできんもんなのか」と問うと、「まあ必須みたいなもんですね」とサクヤは答えた。必須だろうがなんだろうが、知らんもんは知らん。勝手に雇ったのは向こうである。


「で。スキルたなんだ」と改めて問うと、サクヤは丁寧な説明をはじめた。


 ヨツクニには特有の菌類が生息している。こいつは寄生先の潜在能力を呼び起こす作用を持つ菌である。この菌に寄生された人間は奇妙な力を扱えるようになる。スキルというのはつまりこの力のことを指す。スキルはヨツクニで数日過ごせば誰でも発現する。また発現したスキルは消したり譲渡したり上書きしたりできるものではない。魔術のように人に教えられるものでもない。ヨツクニに来る人々はたいていこのスキルの取得を目当てに来る。もちろん自分もスキル持ちで、対面、接触した相手の風体やら思考やらから情報を読み取り、近い範囲の過去や未来を認識できるのだという。俺を初見で「坊ちゃん」と呼んだのもそのせいである。


 だいたいこのような内容だった。何言ってるのかは半分くらいわからなかった。とりあえず、スキル云々が教師をやるのに必須とは思えん。悪がきの手なづけ方の方がよっぽど役に立つ。とはいえ、悪いもんじゃなければ貰っておいても損はなかろう。クラリア達へのいい土産話にもなる。年越しの宴会芸にも持ってこいだ。


 説明を終えた辺りで下宿に着いた。学校から歩いて二町ほどのところにある、赤煉瓦造りの二階建てだ。大通りから一本外れたところにあり閑静である。外装は薄汚れていたが、中に入ると小奇麗にされていた。


 主人は古い刀剣の類を扱うシルバという男で、女房は亭主に比べて随分と若く見える女だ。しかし、曰く女房の方が亭主よりも遥かに年嵩としかさらしい。「魔女ですよ、魔女」とサクヤは言ったが詳細はわからん。女の腹と箪笥の裏は探らないに限る。


 紹介が終わり、部屋に案内されたところで、サクヤは「ではでは、また明日にでも」と残して去っていった。残された俺は寝台に寝転びうつらうつらした。旅の疲れが出たのだろう。日も高いうちから眠っちまいそうだ。


 そういえば、クラリア達に手紙を書いてやらなきゃいかん。まあ、それは明日でも構わんだろう。


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