003話:俺は今からアルバイト!
~回想~
<5歳 8月>
2009年、俺が5歳の時に両親が亡くなった。一人っ子だったので一人ぼっちになってしまったのだ。
二人とも優れた研究者で人脈もあり、僕を引きとってくれる人もいなくはなかった。
だが、最初っから人に頼るのは気が進まなかった。自分ができるところまでやってみようと思ったのだ。
葬式の時、周りの喪服を着た親戚に自分の考えを思い切って話すと、反対の声がほとんどだった。
「白露君は頭はいいけど、まだ5歳。出来っこないよ」「5歳なんだからまだ頑張る必要はない」… そんな感じだった。
(過去形で書かなくてはならないのが心苦しいが、この頃は神童と呼ばれるほど頭がよかった 今はって? ノーコメント)
受け入れ態勢もしっかり出来上がっていたからなのだろうが…5歳だという理由で挑戦させてもらえない。 反対されることを承知でいってみたがここまでとは…
今になって『「やる気スイッチ」なんてものはもう誰も持っていない』という昨年の担任の言葉は正しい、と思える。
「やる気スイッチ」なるものが小学一年生(6歳)ほどで消える、という話だ。
6歳というと小学校1年生ぐらいだろう。
『授業も周りも足し算をしているが、自分はそれはできるので引き算のドリルをやっていたら先生に注意された』
この瞬間、やりたいことをしたら注意されると悟り、やる気というものが無くなる。
………というものだ。
残念だな…と頭を垂れていると
一人だけ、たった一人だけ
「やりたいなら、やってみればいいじゃん」
という声があった
「僕が責任をもって白露君に家事を教えます。もし挑戦させてダメだったら引受先に行かせます」
鶴の一声だったらしく、物申す人はいなかった。
“流れ”が負から正へと、がらりと変わった。
俺に手を差し伸べてくれたのは中年の男の人だった。名前は夜渡橋 霜鵲。
彼は自分の研究をしながら、俺の家に住み込みで家事を教えてくれた。朝になると研究所に出かけ、夕方になると家に帰ってくる。
というように。
俺は洗濯、掃除、食事… 生きていくために必要な事を1年間にわたって叩き込まれた。
ついていくのもとても大変だった。
子供用の包丁を買ってもらったが、何度それで血を流したことか
卵の殻割だって大変だった。
今では片手で割れるまでになったが、どうしても殻がボウルの中に入ってしまう。
練習で毎日卵料理を作り、晩御飯でおじさんと一緒に殻の入った卵焼きを食べたものだ。
家事のほかに、家事だけやっててもつまらないだろ、とおじさんは数学や科学についても教えてくれた。
おじさんは、本当の父親のように接してくれた。
誕生日には科学図鑑を買ってくれたし、病気になった時は看病してくれた。
洗濯もののたたみ方を教えてもらうことになっていたある日のこと
普段通り先生が研究所へ働きに行っていて、やはり俺は家で一人だった。
まだ洗濯物の取り込みや部屋の掃除などの仕事が残っている中、俺はうっかり眠ってしまった。
はっ!! と目が覚めて跳ね起きるが、あと1時間で先生が帰ってくる!!
今から取り掛かっても到底間に合いそうもない!
当然、やることリストにあることは先生が帰ってくる前に終わらさなければ怒られてしまう。
「やばいやばいやばいやばい…!!!!!」
精神的に追い詰められていた。
家にいるのは俺ただ一人、頼める人もいない。だからといって質を落とすことはできない。時間に間に合わなくて先生を失望させる、なんてのは絶対嫌だ
だが労働力の量も質も向上できないとなると、手も足も出ない。
すると真夏だというのにおでこから湯気が出て、身体は火照ってきた。
まるで、この身が状況に対応しようと解決策を探しているかのように
それから3秒ほどして5歳児、秋野白露の身体は答えを出した。
「ど、どうして? え、あれ?」
どうやら身体は“量”を改善することで危機を脱するようだ
目の前には自分とは別にもう2人の子供が立っている
秋野白露が計3人
腰が抜けた。鏡を置いている訳でもないのに、全く自分と同じ姿形をした人間が目の前に立っていたのだ
二人は膝立ちのまま固まる俺に目線を合わせて
男1:「あーあ… もうこんな時間じゃんか」
男2:「やっちゃったねー」
「・・・」
男1:「ボーっとしている時間は無い! Time is money.だ 」
男2:「じゃあ、僕たちは皿洗いと洗濯物の取り込みをしとくから掃除よろしくね」
「! う、うん。 分かった」
彼らは一糸まとわぬ姿だった。すなわち全裸だった。
あれこれ考えている暇もなかったので彼らに服を着せて持ち場に行ってもらった。
しかし何はともあれ、3人で仕事を分担して時間までに終わらせることができた。
再び3人でリビングに集まる。現時刻5時58分。
「その、 二人ともありがとう 助かったよ!」
男1:「また困ったら呼んでくれ、じゃあな」
そんな言葉を口にしたかと思うと二人が俺に向かって猛ダッシュしてぶつかってきた。
(―フッ )
二人は触れるか触れないかのギリギリのところで消えてなくなり俺の身体の中に戻った。
だが3人から1人になってから頭は腫れたように痛いし、視界もぐにゃぐにゃに歪んでいる。足取りもフラフラだ。
「これ、結構やばいかも」
(あとで分かったことだが、これが分身能力の代償だった。)
午後6時になって呼び鈴が鳴る。 よちよちしながらドアまで頑張る。
俺の記憶はいったんそこで途切れている。
後日になって、その場で倒れたということを先生が看病してくれているときに聞いた。
「最初体温測ろうとしたら44.2℃でさ、一時はどうなるのかと思ったよ。
今さっき測ったら37.5℃に下がっていたからよかったけど。
知り合いの医者は風邪だって言ってたが これからは無理しすぎるなよ」
それを使うと体力をひどく消耗するらしく、やりすぎるのは危険なのだ
迷惑をかけてしまったので、おじさんの世話になる1年の間は分身は使わないでいた。
≪回想終了≫
自転車に乗ってから5分ほどして、廃工場が見える。
「よいしょっ と!」
リュックサックを持ってぼろぼろにさび付いた、重い扉をゆっくり開ける。
ギギギギギギ…
真っ暗だった室内に光が差す。
最初に断っておくが俺のアルバイト先は廃工場ではない。ここに来たのはそう、人目を避けるためだ。
「さてと…」
リュックを地べたに置く
「やるか…!!!!!」
両目を閉じて全身の力を抜く。
風が強いからなのか、何処からかガタガタと音が聞こえる。
ゆっくりと目を開く。
そこには16人の人間、みんな同じ顔、服装を除けば全く同じ人間が立っている。
皆、俺と同じ顔、身長、体重、趣味、考え方、県立小倉高校2-9級長…
この空間にいる全員が俺なのだ
5歳の時と比べ体力もつき、特性も熟知しているのでこれくらいの数できるようになった。
今日も17個アルバイトがあるのでその分だけ身体が必要なのだ。
リュックから17種類のアルバイトの制服を取り出して分担する。
「今日も頑張るぞ!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「おー!」」」」」」」」」」」」」」」」」
午後9時、バイトが終わり17人を1人にまとめた後、スーパーで夕飯の用意を買って家に帰る。
鍵を取り出し、ドアを開ける。
「ただいまー」
「おかえりなさい!」
続く