013話:サンタクロース・コスチューム
【4月7日】
「昨日言った通り、次の時間に係決めをする!!」
はきはきした大きな声で先生が話す。
いつも通りの先生だ。明るくてまぶしい、まぶしすぎて両手で目を覆いたくなってしまうほどに
先生はどんなにつらくても決して俺たちの前ではネガティブなことを言わない。
俺達の担任、花ト身先生はまさに“ポジティブ”を擬人化したような人だ。
・花ト身 移
・丸縁メガネをかけた28歳
・身長は180㎝、体重は90㎏ほど。体形はぽっちゃり
・担当科目は国語
・そして、黒板の字が、とにかく汚いので板書が取りづらい。
一つ挙げるなら ひらがなの「し」が「|」になる
(多い時では黒板4枚分も書いたりするので仕方ないのかもしれないが………)
ちなみに、俺はカトミ先生に担任を持ってもらうのはこれで2年連続だ。
俺は、国語は苦手だが、カトミ先生は好きだ。
去年、先生は俺をあの地獄から救ってくれた、命の恩人なのだ。
あの出来事はいろんな意味で忘れられない。
そして彼は数少ない俺の秘密を知る人間のひとりでもある。
両親がいない事、体を増やすことができ、それを利用して金を稼いでいること
また、他には誰も知らない、彼しか知らない秘密もある。
今では存在しない“18人目”の事……
そうそう、そういえば昨日からラーニングを始めたのだ。あれから部品庫にパソコンを取りに行ったら不思議なことに20個もあった。
18個ならわかる。だが、20? なんで20個もあったんだろう……
予備のつもりなのかな……?
・
・
・
ボーっとしていたら一時間目が終わっていた。
今年は去年とは違う委員会をやりたいものだ。
当時、委員長は肩書だけだと思っていた。
しかし現実は違っていて、何かと色々やらされて去年は大変だった
一応まじめにやったが、うん……大変だったな。
だからできるだけ委員長以外になりたい
登校中に車の中で少し考えてみたけれど、図書委員を狙うことにした。
うちは公立高校で、エアコンのスペックは低いものでやりくりしている。でも図書館はなぜか分からないがエアコンがよく効いていて夏には避暑地、冬には避寒地として皆から愛されている。
実は図書委員には一度なったことがある。小学生6年生の時だったから記憶も定かではないが、確か面倒じゃなかった気がする。
まあ、やっぱり図書委員かな、 俺と同じ考えのやつが多分いるからじゃんけんで決めるのだろう。男女一人ずつだから俺以外の希望者が全員女子であることを願う、か。
「まずは、そうだな…… どうせ残るだろうから先に学級委員と副学級委員を決めておくか!! やりたい人いるかー?」
「……やってくれる人いないかー?」
しーん
「えーーー……」
俺達は先生の質問に、沈黙で応える。
「誰もいないのなら、俺がやっちゃおうかな~」
先生は一言こぼした。
パチ……パチパチパチ……パチパチパチパチパチパチ
次第に伝染していく拍手、皆が委員長の決定を祝った。
「冗談だよ!!!!!!!」
再びサイレントがおとずれる。
すると誰かが大きな声で言った
「神代さんがいいと思います!!」
「!!」
紅水の頭が微動する。
俺を含めた皆が異議なし、皆が賛成だった。
クラス全体が神代学級委員の誕生を祝おうと拍手をする準備をしていた。
俺も両腕を重ねて枕にしていたが、椅子に座りなおして姿勢を正した。
「あー、じゃあ神代 やってくれるか?」
「すみません、遠慮させてもらいます ほかにやりたい役があるので」
「何委員になるつもりなんだ?それとも係か?」
「私、生徒会長になります!」
「本当か?」
「はい。本気です」
俺もそんなの初耳だ。紅水の可能性を否定するつもりはからきし無いのだが、分が悪すぎる。
相手は現生徒会長。学校について何でも知っている、いわば小倉高校のプロ。
それに対して彼女はほとんど何も知らない、赤子のようなもの。
彼女の2週間が、あちらの1年間を圧倒する方法が俺には思いつかない。
それにしてもなんで生徒会長を? 人の上に立ちたがるような人でもないし、大学を推薦受験するつもりなのか……?
…………生徒会長……?
あああああっ!!!!!!! 分かった‼
「あの人、サンタを狙っているんだ……」
間違いない
「学級委員の立候補はないのかーー? ……じゃあ委員決めに移るぞ!」
「推薦するのはいいですか?」
もう決まらないなら誰か残った人がやればいいんじゃねーのかよ
この誰もやる人がいない状況で推薦されてみろ。果たして推された者は断れるだろうか。
断れない、他人からの目を気にしてしまうから。つまり推薦された者は就任決定なのだ。
結構えぐいことをする
「いいぞー 誰だ?」
「シロ君……いえ、秋野白露君がいいと思います」
「はい!?」声のする方を見る。
あの人は……昨日扉を蹴破った人だ。 なんてこと言いやがる!
「先生、俺は違う委員会をやりたいんです、それに俺は……」
そう、俺は去年それをやった! だから今年は免除なんだ!!
「……白露君は去年、級長をやっています!!」
俺の言葉に自分の声をかぶせる
級長=委員長
「なんて奴だ……」
心の声が外に漏れる。
「……経験者にやってもらいたい、というのもあるが
俺も白露にやってほしいな、去年すごく働いてくれて助かったし。
やりたくないならやらなくていい やりたいならやってくれ」
言葉の最後に逃げ道が用意されていた。でも、カトミ先生のクラスならまたやってもいいかな
仕方ねーな またカトミクラスで頑張ってやるか!!!!!!!図書委員は誰かに譲ろう。
「分かりました… 僕やります」
「ありがとな!! 助かるよ!」
そして俺にニコッとする。
黒板にすでに書いてあった 学級委員 の下に俺の名前が書かれる
学級委員 秋野白露の再誕だ!!
パチパチパチパチパチパチ!(一同拍手)
「あー、じゃあ副学級委員やってくれる人いるかー」
「私やります!」
違和感しかなかった。初対面なのに学級委員を推され、そして俺に決まった瞬間に自分がサブに 何か理由があっての行動なのだろうが…
パチパチパチパチパチパチ!
あの女はいったい何を考えているんだ?彼女にとって得を生むのか?
っていうかあの女、昨日ドアを蹴破って粉々にしたやつじゃないか!!
後で名簿で名前を見ておかなきゃ、あいつは要注意人物に認定だな
今日のすべての授業が終わり、この教室には俺以外誰もいない。
教卓に手を突っ込みリストに目を通す
「こいつか…… 天ツ風 乙女。 天ツ風?変わった苗字だな」
・
・
・
<車内>
赤信号で車が停止する。
「紅水 生徒会長になりたい理由ってもしかしてさ……」
「あ、わかった?」
ハンドルを握ったままこちらに顔を向ける。
「“サンタ”になりたいからだよね?」
「そう!そうなの‼」
「やっぱりか~」
「ここに来る前に学校のHPを見たのだけれど、生徒会長の写真を見て絶句したわ 欲しくてほしくてたまらなかった…… 私以外の人間がそれを身に着けていることに怒りさえ感じたわ」
相変わらずのすごい執着だ。
皆は小倉高校の“サンタ”を知らないと思うから説明しよう。
校則で生徒会長には真っ赤な制服が与えられる、と決められているのだ。
制服の色が『松葉牡丹』という赤だからそう呼ぶ人がいれば、全身が赤ということで『サンタ』呼びする人もいる。俺は後者だ。サンタの方が短くて呼びやすいし。
俺達が今乗っているこの車はコンバーチブル(オープンカー)なので天井が無い。
いつシートベルトを外したのかは知らないが、その場で彼女はいきなり立ち上がってこう宣誓した。
「私、神代紅水は100%生徒会長になるわ!そして必ず“松葉牡丹”を手に入れる!」
開いた右手を前に突き出し、誇ったような顔をする。
「ふふふ……」
そして謎の笑みで〆(シメ)る
車道からいきなり聞こえてきた宣言に歩道を歩いている人は彼女を見て鳩が豆鉄砲を食ったようにぽかんとしている。
なっ…………なんてことをするんだ……
「ちょっと!ちょっと!ちょっと!!」
慌てて彼女の腕をぐい、と引っ張って運転席に座らせる。
「シートベルトして!」
かちゃっ
よし、これで警察のお世話にならなくて済みそうだ。
「私、生徒会長になるわ!」
「ああ、十分わかったよ!!」
信号機が青になり、紅水はアクセルを踏む。
「知ってはいると思うけど大変なことだよ?」
あと2週間で生徒会長の座をあの人から奪うなんて、できうるのか?
「ええ わかっているわ」
生徒会長選のある5月1日まであと【23日】
続く