010話:お酒は20歳、選挙は18歳。じゃあ車の免許は?
<小倉高校2年1組教室>
「今日からこの小倉高校に転校してきた、神代紅水さんだ」
そして彼は白いチョークで縦に4つの漢字、つまり彼女の名前を書いた。
彼女はこれまで下に向けていた目線を正し、正面を向いて口を開く。
「よ、よろしくお願いします!!」
=話は1時間ほど前にさかのぼる=
現時刻6時59分、1階から物音がするなか、2階のある一室で一人の男がベッドで眠っている。
06:59:57
06:59:58
06:59:59
(ジャリジャリジャリジャリ…!!!!)
昔を思わせる黒電話のけたたましい音が、これで起きない人はまず居ないだろうというレベルで秋野白露の部屋中に鳴り響く。
しかしこの部屋に、そしてこの家にそんな古の品はない。
音の主はベッドから3mほど離れた学習デスクからであった。その上には今も音を出し続けているスマートフォンが置いてある。
(ジャリジャリジャ…)
布団でのこれまでのぬくぬくした快楽が一瞬で不快に変わる。押し出されるように布団から出てスマホのあるところまで小走りで行って音を止めた。
「ふあぁ………」
こうして秋野白露の新しい一日がはじまる。
俺はそこまで寝起きが悪いほうではないがこんなアラーム音を設定したのは確かに俺だ。
使うのは去年の校外学習以来だと思う。今年ももう一回使う羽目になるだろう。修学旅行があるからだ。修学旅行の日で遅刻というのは絶対に避けたい。なんといっても他者に迷惑がかかるし、自分のメンタルも相当やられるからだ。
なぜ今日使ったか、 今日も絶対に遅刻してはならない日だからである。
今日、4月6日はクラス分けがある日だ。現在進行形で他を嫌っている(紅水の件でずいぶんまし(・・)にはなったが)俺でも楽しみにしている。
初日から遅れる、というのは印象が悪いと思ったので、確実に起きることができる音をスマホの目覚ましに設定しておいたのだ。
カーテンを開き、薄暗い空間に光が差しこむ。部屋が全体的に白いので壁に光が反射してまぶしい。
どこかの誰かさんは俺と正反対で部屋を真っ赤にしているが…
(目が覚めたら真っ赤っかというのは気分が悪くならないのかな)
まあ、なるはずねーか、
それも他人の家の消火器を購入しようとするほど、赤には目がないのだから…
ということで、今日から本格的とまでは言わないが学校が始まる。
最初の一週間は身体測定やクラス委員分けやらなんやらで埋まるのでそんなに憂鬱じゃない。
「~~~~~~」
階段を下りようとすると、下から何かが聞こえる。多分TVだろう。
「高砂松生選手が今回も十種競技で金メダル快挙です!!」
リビングには扉を開けてすぐのところに、TVと大きなソファー、そして
「おはよう、白露」
彼女の好んでいる一人用の小さめのソファーがある。
声の主は、ここ最近から俺の家で暮らすことになった神代紅水だった。さらりとした黒髪に窓からの光が差し込んでキラキラと輝いている。
ただし彼女の身体を包んでいるのは赤い私服ではなく、小倉高校の漆黒色の制服だった。
俺よりも結構前に起きたようだ。
腰掛けてテーブルの上の転入書類をまとめているようだ。
「うん おはよ―」
「制服、おかしくないよね?」
「大丈夫、似合ってるよー」
「十種競技って何なの?」
「今ニュースでやってるやつか。種目まで知らないけど10種目の合計スコアで総合力を競うスポーツらしいよ。オリンピックにもあるらしいけど人数が少なくて大変なんだとさ
競技は…ほら今画面に出てる。
100m走 走り幅跳び 砲丸投げ 走り高跳び 400m走、
ハードル競走 円盤投げ 棒高跳び やり投げ 1500m走だって」
「いやあ、うれしいねぇ 久しぶりの明るいニュースだよ」
話しながら卵を割り、ウインナーもフライパンにのせる。
<次のニュースです。本日未明都内で一人の研究者が土手で死んでいるのが発見されました。遺体の右腕は無く、警察は殺人の線を考えて捜査を続けています。
次のニュースです…>
「ひどい話ね… 」
「で、でもニュースってそういうものじゃん。放送するのは○○が殺された、放火した、災害があった、とかのネガティブなことばかり。仕方ないよ、ニュースってそういうものだもん」
そのような会話が20分ほど続き…
「それでさ…」
「あ、待って!! やばい! 遅刻だ!!」
8:03と画面左上にある。
顔面が蒼白した。一番避けたかった事態が起こりかけている。
考えろ!何か手はあるはず、遅刻したら、最低のスタートになっちまう!
「いや、待て! 車だ!うちに車があったはず!」
確か父さんたちの車だったか
家を飛び出て車庫に向かって走る。
余裕で2台ほど収納できそうな大きな車庫だ。
しゃがみ込みシャッターを下から上へ勢いよく上げる。
中にあるものが段々と見えてくる。
目に飛び込んできた車は、丸いライトと滑らかなカーブ、そして“くれない”色の身体を持っていた。
二人で顔を見合わす。
「あ。俺、高校生だ」
「私、免許持ってるよ?」
女神かと思った。
<車内>
「忘れ物はなんとかなるから早く出発しよう!」
「よおし、出発!」
鮮やかな朱色の残像を残して車は坂を下って行った。
20分ほど経った。
【さてここで問題
俺は車の右の席に、紅水は左に座っています。
それなのに車は学校に向かって走っています。いったいなぜ?】
続く