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【1-1】
4月3日
――春雨
自身の汗と湿気が混ざった嫌なモノで俺のシャツの中はいっぱいだった。
おまけに喚気もないから、気持ち悪さは増すばかり。
これでは気が萎えてしまう。
ジャケットを捨ててシャツを脱ぎさえすれば、ムワッとしたものはシャツから追い出されるように逃げ、俺は解放される。
だができない!
四方八方には人がいるからだ。そして何より、ここは公すぎる場だ。
脱げば色々アウトなのだ。
今日は公立・小倉高校の入学式。俺たちは皆体操座りをしていた。
式が始まって何分経ったのかなんて考えたくもない。
どうせ誰も聞いていない校長の話。聞き流すのですら疲れてきた。
時計に何度も目をやっているが、奴が話し始めてから長針が半周した。
隣の平気そうな顔をしている女子は何度も座りなおしたりを繰り返している。
思っていることは皆同じのようで、周りがじりじりしている。
これは理想なのだが、俺は列の後部に座っていたかった。
俺なら足の間で数独やらなんやらをして暇つぶしをする。
(間違ってもスマホを使わないのは、ばれたときの対処が面倒だからだ。
そう、俺の場合は特に)
そして今から言うのが現実だ。
列の先頭に座らされている生徒が俺だ。
去年学級委員長だった、というだけで一番前にされた。
苗字が『あ』ではじまるので、普通の生徒であっても結局、今とは変わらない。
意味はないとは思うも、こんな苗字を与えた両親を恨む。
退屈すぎる時間とシャツの不快感、それに加えて自分が自転車通学者だということ……
――トントントン……
俺はひとさし指で抱えてあった膝を速いテンポで叩き始めた。
――ざぁぁぁぁぁあ……
降水が勢いを増してきたようだ。
ここからちょっと離れたところにある、開けっ放しにしてあるドアからそれを視覚・聴覚で感じる。
手元の音がかき消された。
【1-2】
長きにわたるつまらない校長の話に幕が下りる。
還暦を迎えた禿げ頭がぺこりとお辞儀し、舞台そでに消えていった。
足を少しくずす。
お次に壇上に現れたのは生徒会長だった。
「ハッ 相変わらず目立ってんなぁ……」
うちの高校にはカースト制のようなものがある。
スクールカーストではない。
俗にいうスクールカーストとは――
――にぎやかな者がバラモン、そうでない者がスードラとなってしまい、
前者が後者に権力行使する……
うちのはそんな過激なものではない。
だが、生徒を二分しているのは確かだ。
小倉高校の生徒は性格などではなく、
“その生徒が会長なのか否か”で分けられる。
会長であれば、今舞台上で偉そうに話しているあの男が着ている色が与えられる。
それに対して。
そうでない俺達一般生徒は、男は学ランで女はセーラー服を着ている。
その色は黒だ。
会長選で見事勝った者は制服がオーダーメードされる。
その制服は集会の時だけでなく常に着用するものだ、とされている。
このように会長とそれ以外の間にはくっきりと線が引かれているのだ。
黒サイドにいる俺はなんだか区別されてる感じがして、生徒会長という存在が嫌いである。
集会が終わり教室に戻る。
席の周りが知らない人ばかりでその場から一刻も早く退きたくなった。
もう友達を作ったのか、教室中央で大笑いしあっている奴がいる。
「まさにスードラとバラモンだな……」
去年のクラスは同じ雰囲気の人間が多く集まったせいでカーストはなかった。
だが、ああいうのがいると今年はヤバいかもしれないな。
いや。
今年の担任も奇跡的にカトミ先生だからきっと大丈夫だ。
学校が終わり、俺はカバンを傘にして自転車小屋へ走る。
――バシャバシャッ!!
水たまりという地雷に盛大に足を踏み入れてしまった。
水で右足が少し重くなる。
「ちいっ!!」
自分ができる最大音量の舌打ちをかまして小屋の元に到着する。
「さて、レインコートもしっかり着たことだし帰るか!!」
ペダルに足をかけて、ママチャリのエンジンをかける。
自転車をこいで20分たったくらいか。
雨が止んだ。
少ししっとりとした空気に包まれる。
今日の予報は雨マークがそろっていたので、覚悟はしていたが。
「いい気分だ!!」
率直に嬉しい。
ギアを5から6に上げる。
【1-3】
そろそろ自己紹介しようかな。
俺の名前は秋野白露アキノ ハクロ。
2005年の9月8日生まれ。
今日で高校二年生の16歳だ。
俺は富山県にある公立、小倉高校に通っている。
富山県はある研究によってできた施設が原因で、
信じられないほど経済が成長し、今となっては完全に都会扱いされている。
さて、本題に戻そう。
最初に家族構成だ。
現在、俺に両親はいない。
小学生になる前に事故で死んでしまったのだ。
それ以来俺は両親の遺した大きな家で一人暮らしをしている。
小さいながらも研究室が家にあるのは、両親ともに研究者だったことを物語っている。
幼いころから一人暮らしをしているといっても、保護者はしっかりいる。
二人の親代わり。
両者とも両親の研究者時代の友人らしい。
一人はヤトバシ、という人だ。
常に恐ろしく多忙と聞いた。
最近ずっと連絡していない。
最後に連絡を取ったのがいつか覚えていないくらいだ。
もう一人はこの話にすでに出てきている。
断っておくが校長ではない。
担任のカトミ先生だ。
教師を務めながら俺の親になってくれている。
そう考えると昨年も今年も担任がカトミさんというのは偶然ではない気がしてきた。
二人とも本当の親みたいに俺を大事にしてくれる、俺の大事な人だ。
これまで、両親が研究者だったり教師が親がわりだったりと、結構レアなケースを言ってきたが、今から言うこれが一番レアというか、変と言うか……
おかしな話なのだが、俺には分身能力がある、のだ。
そういうものなんだ~、と思って聞いてほしい。
家に着いた。
屋根の下に自転車をとめて、乾燥のためにレインコートをかぶせる。
さて、話の続きだが。
俺は分身能力があるのだ……
これについて簡潔に言うなれば、以下の3つだ。
・分身をつくれることに気づいたのは5歳くらいの頃である
・分身の数の最大値は17である(自分を含める)
・これを使って俺は金(大金)を稼いでいる
さて、家に入ろうか
ポケットから取り出したカギで開錠し、ドアを開く。
「たっだいまぁ!!」
当然何の声もこちらに帰ってこない。ここの住人は俺一人なのだから。
土間に丁寧に脱ぎそろえられた、原色に近い赤い靴があった。
もちろん俺のではない。
俺はヒールを履かないからな。
言葉を失い、棒立ちになる。
「(誰かがいる……!?)」
――そう、実際に誰かがいたのだ。
続く