05 綾との相談
襲ってきた男を警官達に引き渡した後、大は警官から事情聴取を受ける事となった。幸い周囲の者が状況を見ていた為、大が加害者扱いされる事はなかった。
帰宅途中にいきなり知らない男に声をかけられ、話していると突然刃物で襲いかかってきた。話をしようにも問答無用で襲ってきた為、なんとか取り押さえた。そんなところで話はまとまった。
襲ってきた男は麻央の事についても話したようで、警官は大に麻央の事も尋ねてきた。
彼女とは幼馴染で、久しぶりに再会して遊んだ。大はそれだけ話した。そこは事実だし、隠す理由もない。
しかし、新聞に載っていた事件と、蘇我との事については話さなかった。関連があるかもわからない、大の想像だけの話である。それに、蘇我達を犯人に仕立て上げるようで気が引けたのだ。
「最近は恋愛も命がけだねえ」
事情聴取を行った警官は、苦笑しながら言った。ただの痴情のもつれか、勘違いしたストーカーの八つ当たりか。そんな事件だと判断したようだった。
(命がけ、ね……)
思わず胸中で、大は呟いた。果たしてそれだけで済ませていいものかどうか。
───・───
大が帰宅した時には、すでに夜もだいぶ更けていた。帰宅すると、綾は心配そうな顔で出迎えた。事前に連絡はしていたが、警察に事情聴取を受けているとあれば流石に不安だったらしい。
「大丈夫だった?」
「今日の件は、大丈夫。でも多分、俺、何か変な事件に巻き込まれたみたいだよ」
大の言葉に、綾も表情を引き締めた。
「何か手伝える事、ある?」
「とりあえず、何か食べてから話すよ」
「うん、食べてからね」
食事を終えて片付けを済ませた後、大は綾にこれまでの事を話した。
昨日蘇我と共にいた友人が、暴行を受けて重体だと新聞に載っていた事。
大に会いに来た麻央と蘇我から話を聞き、何かを隠していると感じた事。その後、麻央に横恋慕する男に襲われた事。
大の説明に時々質問をはさみつつ、綾は親身になって聞いていた。
すべて話し終えた後、綾はふむ、と考え込むように首をかしげた。
「確かに、その薬師寺さんと蘇我くんの周囲に、何かがあるみたいね」
大もうなずく。
「ただ、その裏がどういうものかが分からなくってさ」
「まずは大雑把に考えましょう。その二人が加害者なのか、被害者なのか、どっちだと思う?」
「それは……被害者じゃないかな」
大は悩みながら言った。
「例えば麻央の周囲にストーカーが何人もいて、そいつらを蘇我が追い払ってる、とか」
大の記憶にある蘇我は、裏表がなく、さっぱりとした性格の男だった。すぐに手が出る直情的なところはあったが、友人となれば頼もしい男である。
麻央と蘇我は大学で九年ぶりに再会した。親しくなるうちに、蘇我は麻央がストーカー被害にあっている事を知る。麻央の悩みを聞き、蘇我がストーカーの相手をしていたが、何度蹴散らしてもストーカーはしつこく絡んでくる。
そのうちストーカー退治が激しくなり、ついには大怪我をさせてしまい……、という展開は、大の記憶にある蘇我のイメージとしては、有り得そうに思えた。
「ただ、それだと蘇我が言ってた事が微妙に噛み合わなくってさ」
大が尋ねた時、蘇我は「お互い合意の上の事」と言っていた。まさかストーカーに対して、これ以上麻央に関わらないように決闘を申し込んだ、なんて事はないだろう。
となると蘇我の言葉の真意は一体何なのか。
「じゃあ、二人が加害者の場合」
綾は言った。
「薬師寺さんか蘇我くん、どちらかがリーダーをしたサークルがあった。あまり表に出せないような事をして金を稼いでいたけれど、部下が掟を破ったので、私刑にかけた」
「ちょっと、怖い発想だね」
思わず大は顔をしかめた。大の周辺ではそういうものは聞いた事がないが、大学サークルを隠れ蓑にし、犯罪まがいの事をやって金を稼ぐグループなどは珍しくないと聞く。
そこで例えば部下が金をくすねた場合、見せしめとして無残な目に合わせられる、などという事もあるかもしれない。
二人が部下を使って裏切り者を制裁する姿を考えようとして、大は首をひねった。どうにもあの二人が、そういう事を行っているイメージが浮かばなかった。
「あの二人がそんな事するかなあ……?」
大はミカヅチとして、短いながらも様々な悪党、悪漢と戦ってきた。
彼らはどれも凶暴な空気、妖しい気配をその身に漂わせていた。強欲、傲慢、嫉妬。目的は様々だが、皆敵意や暴力的な気性を隠そうとしない者ばかりだった。
その点において、麻央は違っていた。多少世間ズレしたところはあるものの、彼女の雰囲気事態は一般的な女子大生と変わらない。あれが擬態だというなら、プロの女優も真っ青だ。
「もう何年も会ってなかったけど、二人が悪事に手を染める気がしないよ」
「……人は変わるものよ。私にも、経験あるしね」
綾は遠い目をしながら言った。
彼女の友人が嫉妬から綾達を裏切り、宿敵として立ちはだかった事は大も知っている。人生経験でも戦いの経験でも、大は綾に遠く及ばない。ティターニアとして戦った中で、大も知らない様々な経験を、綾はしてきている事だろう。
「……でもさ、変わらないものも、あるよ」
大は言った。綾は不思議そうに大を見つめ、
「例えば?」
「……俺の、綾さんへの気持ちとか」
綾は数秒、言葉の意味をはかるように大を見つめ、不意に勢いよく吹き出した。
「く、くく……」
「綾さん」
「ご、ごめん、ごめんね、いきなりだったから……」
「ひどいな。俺は本気で言ってるんだよ?」
「わかってる。わかってるから、ありがと。くく……」
必死に笑いを噛み殺す綾を、大は憮然とした表情で見つめるのだった。
次回更新は3日21時頃予定です。
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