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04 冷たい応答

 麻央は大から離れると、蘇我に駆け寄った。笑みの表情は崩さずに腕を組みにいく麻央に、蘇我は厳しい目を向ける。


「俺が来るまで、二人で何してたんだ」

「別に、変な事はしてないよ。国津君と遊んでただけ」

「本当か? お前はすぐ、俺以外の男に手を出すからな」


 刺々しい言葉だが、麻央は一向に意に介していない。こんなやり取りは、二人の間ではいつもの事のようだった。

 軽く溜息をついて、蘇我は大に顔を向けた。


「国津、俺に用だったって話だけど、一体なんだ?」


 その目は昨日よりずっと鋭く見えた。先ほどの二人の姿に、何か勘違いをしているのかと、大は慌てて否定した。


「いや、別にお前が思ってるような事は、何もなかったからな?」

「分かってるよ。どうせ麻央がお前にすり寄ったんだろ? こいつは男を勘違いさせるのが上手いんだ」


 蘇我の物言いに、大は違和感を覚えていた。

 中学時代はもっと陽気な人間だった。昨日会った時ももっと明るく会話をしていたが、今はだいぶ雰囲気が違っている。


「とし君、ひどいよ。あたしはただ、みんなにあたしを好きになってほしいだけ」


 隣で麻央が抗議の声を上げるが、蘇我は気にもしない。

 やりづらさを感じながら、大は話を進めようと口を開いた。


「実は、昨日映画館で会った時に、お前、他の友達といたろ? あの人達が新聞に載ってるのを見かけてさ」

「新聞?」

「ああ、何でも暴行を受けて、酷い怪我みたいで」

「へえ……」


 蘇我の目が細められた。


「なあ、その事件の事、何か知らないか?」

「ああ、なんだその事か」


 あっさりと、蘇我は言った。まるでどうでもいいような物言いで、大は思わず次の言葉を失った。


「なんだって……友達が大怪我してるんだぞ。心配じゃないのか?」

「大した事じゃねえ。あれで済んだだけ、マシな方さ」


 妙な口ぶりだった。事件について何か知っている、それはいい。しかし友人が怪我をした事を、当然の事として受け入れているようで、薄情というにはあまりにも素っ気なかった。


「一体何があったんだ?」

「お前には関係のない事だよ」

「あるよ。友達だろ? お前が何か事件に巻き込まれてるなら、俺も手を貸すよ」

「だから、そういうんじゃねえんだよ……」


 大の言葉に他意がないと感じたのか、蘇我はやり辛そうにかぶりを振った。


「俺たちの間での、同意の上での事なんだ。あいつも納得しての事だし、誰も文句は言わねえんだよ」

「でもさ……」

「いいから」


 蘇我はすっと手を前に伸ばし、大の発言を制した。


「この話はここで終わりだ。変に関わらない方がいいぜ」

「お前、どうしたんだよ……」

「お前の為を思って言ってるんだ。分かってくれよ」


 そういうと蘇我は大に背を向け、麻央を引っ張るように歩き出した。


「今度ゆっくり会おうぜ。今は駄目だ」

「ごめんね、国津君。またね」


 麻央は手を振りながら去っていく。

 一人残った大は、もやもやとした気持ちが胸中に膨れ上がり、顔をしかめた。


 夜の人混みの中を、大は漫然とした気分で歩いていた。

 蘇我たちと別れた後、停めていた自転車を取りに近くの駐輪場まで歩いているところだ。

 日は沈みかけて、通りの店は照明をつけて自己主張を始めている。会社も定時を過ぎ、通りはどんどんにぎやかになっていく。


 そんな中、大の気持ちは晴れないでいた。

 蘇我と会えたのはいいが、ほとんど何も聞き出せないままに話が終わってしまった。それに加えて、蘇我の自分を避けようとする態度に、大は落ち込んでいた。

 この間再会したときとは全く違う、刺々しい反応だった。麻央と二人え会っていた事がそんなに気に入らなかったのだろうか。


「麻央、か……」


 大は誰にいうでもなくつぶやいた。

 彼女はある意味、蘇我以上に掴みどころのない存在だった。ふわふわととらえどころのない性格で、気づくと彼女のペースに乗せられてしまう。

 以前からあんな性格だっただろうかと、と思い返して見ても、大の記憶に残る麻央の姿は、九年前最後に別れたあの日の事ばかりだ。


 果たして新聞に載っていた事件と、あの二人に関わりはあるのだろうか。あるのだとしても、これ以上関わる理由があるだろうか。

 今のところ、大を動かしているのは、二人が事件に関わっているという直感だけだ。しかもそれを暴いたところで、大にできる事があるかどうかわからない。

 綾の意見が聞きたかった。こんなとき、彼女ならばどうするだろう。


「……?」


 大は顔をしかめた。首筋の産毛が逆立ち、鳥肌が立つような感覚が大を襲う。大が超人となって以来、危険や敵意を感じ取る第六感が発達していた。

 どこか近くに、自分を狙う者がいる。


 足を止めず、敵意の主を探り始めると、拍子抜けするほどあっさりとそれは見つかった。大の後方五メートルほどの位置で、大と同じ速度で歩いてきていた。

 振り向こうか考えたところで、先に声をかけられた。


「おい」


 大はその場で立ち止まらず、軽く弧を描くように歩いて振り返った。

 振り向いた先に、一人の男が立っていた。

 青年と言っていい顔立ちから、おそらくは大学生だろうと想像がついた。大より若干背が低く、体も細い。

 理系の本の虫、という印象を受ける男だった。大学の食堂に行けばダース単位で見つかりそうだった。


 しかし男の顔を見て、大は眉を寄せた。男の顔には大きな痣と切り傷がいくつもあった。リンチにでもあったのかと思うような顔で、見ていて顔をそむけたくなるほどだ。しかしそれを意に介さず、男は恨みに凝り固まった目を大に向けていた。

 思わず後ずさりしたくなるような目だった。初対面の相手にこれほど憎悪のこもった目で見られるのは、大にとって初めての経験だった。


「あの……何か?」


 相手との距離を意識しつつ、大は話しかけた。これだけ敵意がむき出しだと、いつ何をされるかわからない。今の距離ならば、例え男が格闘技の経験があっても、見てから反応ができる。

 男は苦しそうに呼吸しながら、どもり気味に言った。


「お、お前……。今日、ま、麻央ちゃんと、遊んでたろ?」


 予想外の名前に、大は目を瞬いた。


「麻央の同級生ですか?」

「ま、麻央ちゃんを呼び捨てにするな!」


 甲高い声で男が叫んだ。通りを歩いていた周囲の人々も、何事かと目を向けるが、男の顔を見るとすぐに離れていった。男から漂う常軌を逸した気配が、不用意に関わる危険性を訴えていた。


「き、今日はぼ、僕と一緒にいる日だったんだ。それなのに麻央ちゃんが、おま、お前なんかと……!」

「はあ?」


「しら、知らないとは言わせないぞ。ラビリンスで試合に勝たないと、麻央ちゃんに近づいちゃいけないんだぞ。僕はこの間やっと勝って、今日がデートの日だったのに、おま、お前のせいで台無しだ! お前、麻央ちゃんの何なんだよ!」


 男が一気に早口でまくしたてる。どうやら麻央と親しい間柄らしいが、麻央の恋人は蘇我のはずだ。大がそう思っていただけで、何やらどろどろとした複雑な関係があるのだろうか。


「ぬ、抜け駆けは許さないってルールなのに、おま、お前ぇ……」

「悪いけど、何を言ってるかわからないんです。麻央と話をしたいなら本人にそう言ってもらえれば」

「だから! 麻央ちゃんを呼び捨てにするなって言っただろ!」


 叫びながら、男はズボンのポケットから右手を引き抜いた。手に握られたナイフが照明の光を反射してきらめく。

 猿のような奇声を出しつつ、男は大に向かって斬りかかった。


「おっと!」


 右から振り下ろされたナイフを、大は体をそらしてかわす。何か変だと思って距離を取っていたのが幸いし、余裕を持ってかわすことができた。


「き、きいぃ!」


 男は悔しげに声を上げると、ナイフを切り返して襲いかかった。

 周囲も突然の異変に気づいた。皆どよめき、走って距離をとる。悲鳴を上げてその場で立ちすくむものもいた。


 大は周囲を気にせず、男の動きに集中した。男は力任せにナイフを左右に振るが、大は後方に下がりながら丁寧にかわしていく。

 綾との訓練とミカヅチとしての戦いの経験が、危険な状況でも冷静に判断をできるようにしてくれていた。


 男のナイフさばきは隙だらけで、感情にまかせて振り回しているだけだ。これがいつもの犯罪者や妖物ならば、すでに反撃に出ているところである。一発がつんと殴り飛ばしておしまいだ。

 しかし、今回の相手は少々おかしいところはあるが、ただの人間である。ヒーローとして相手をしている人智を超えた存在ではないところに、どうもやりづらさがあった。

 だが、このままずっとかわし続けるわけにもいかない。


(しょうがない)


 大は覚悟を決めた。対する男はナイフが当たらない事に焦れたらしい。荒い息を吐き、大の胸元めがけてナイフで突いてくる。

 大は体を左にひねってかわしつつ、男の右腕を両腕で掴んだ。右手で手首を、左手で肩を握り、そのまま自分の体を軸にして、男をぐるりと振り回す。


「ふっ!」


 突然加えられた力に、男は戸惑った。足がもつれてそのまま倒れ込む。男の肩と歩道が勢いよく激突し、嫌な音を立てる。


「ぎゃ!」


 男が悲鳴を上げた。大はそのまま男の右腕を両腕で掴んで天に向かって伸びるように固定する。加えて男の背中に膝を載せて、男の動きを完全に止めた。


「ぎぎ……」


 男がなおも動こうとするが、その体は非力だった。大が手首を強く握ると、男の手からナイフが落ち、歩道に転がって硬い音を立てた。

 大の全身から冷たい汗が吹き出た。綾から習った捕縛術である。成り行きを見ていた人々も、大が男を止めたことで安心したようだった。小さな歓声や拍手とどよめきが、あたりに広がっていった。


 被害を最小限に食い止める事ができた事に、大はほっとため息をついた。顔を上げると、通りの向こうから警官がこちらに近づいてくるのが見えた。ひとまず彼らに男を預ければ、後は大丈夫だろう。


「ちくしょう……」


 下方から声がして、大は顔を向けた。男は顔をぐしゃぐしゃにして、泣きじゃくっていた。痛みからかと思ったが、男の声を聞いている内に、そうではないとわかった。


「ちくしょう……。なんで、なんでお前みたいな奴が麻央ちゃんと……。僕の方が、ずっと麻央ちゃんを愛してるのに……。なんでだよ、ふざけんな……」


 この状況でもなお、想い人を奪われた事に対する恨み節を吐き続ける男に、大は寒気を感じていた。

次回更新予定は2日21時頃予定です。

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