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02 苦い思い出

 今から十年前、大の心は深く沈んでいた。両親に続き、親しくしていた伯父を亡くしたためである。

 異次元からの帝国シュラン=ラガ。数年に渡り地球で増加の一途をたどっていた超人の力に興味を抱いた彼らは、数年間かけて地球人を拉致するなどして調査、研究を行っていた。


 ティターニアやグレイフェザーが結成したヒーローチーム、ジャスティス・アイを始めとする超人たちと、帝国が敵対するに至ったのは自然な事だったと言える。数多のヒーローに邪魔をされ続けた彼らは、ついに本格的な、表立った活動を始めた。大規模な地球への侵攻を開始したのである。


 最初の襲撃で、大勢の人間が死に、町は焼かれた。そしてその中で、警官だった大の伯父は死んだ。

 日本だけではなく、世界中に暗い空気が漂っていた。どこにも安全な場所はない。敵は次元を渡る扉を産み出す事でこちらに現れる。世界中、あらゆる国家のどこにでも襲撃が可能だった。


 それでも、残った人々はできるだけ、以前と同じ生活を送ろうとしていた。半分は惰性、残りは帝国と戦う兵士達や、ヒーローが与えた希望によるものだろう。

 大もその希望にすがり、普段通りの生活を送っていた。


 十にも満たない少年に、家族の死という大きな出来事が影響を与えないはずはない。それでも友人や残った家族を心配させないように、何とか元気そうに振舞っていた。

 学校にも通っていた。教室で友達と遊んだり、勉強をしていれば、家で引きこもっているよりは辛い事を忘れられた。帰宅した後は、綾や灰堂達が様子を見に来る事があり、それが楽しみだった。


 その日も、大は同級生数人と共に下校をしていた。危険を避けるため、同じ方向に帰る生徒たちは集団で下校するように教師から指示されていた。

 はじめは十人ほどいた生徒達も、家の前までくれば集団を離れて帰宅していく。一人、また一人と集団の数は減り、最後に残るのは大と麻央の二人だった。


「二人で仲良くしろよ!」


 最後に離れた男子が、自宅に向かいながら茶化していったのが、大はひどく鬱陶しかった。

 大と麻央は、幼稚園の頃から一緒だった。幼い頃は一緒に遊んだりもしたが、小学校に入り、男子と女子の差が目立つに従って疎遠になっていた。


 二人とも、特に会話もせずに黙々と歩いていた。大が先頭を歩き、麻央がそれについていく。一応集団という形を取ってはいるが、大は後方を気にしていなかった。


 大の心は疲れきっていた。普段は家族や友人相手には心配をかけまいと考えている大だが、仲のいい友達と離れると、途端に心に重石が載せられた気分だった。麻央と仲良くやろうにも、わざわざこちらから話しかける気になれない。そもそも共通の話題も思いつかなかった。


 居心地の悪い空気の中、二人は黙々と家までの道を進む。大が暮らす、祖父母の家が見えてきた時、背後から突然、麻央が声をかけた。


「ねえ、国津くん」


 大が無言で振り向くと、麻央は頬を赤らめ、言うか言うまいか迷うように、胸の前で両手を重ねていた。


「なに?」

「その、ね? あたし、国津君に、ちょっと、話があるんだけど」

「いいよ。何?」


 大はぶっきらぼうに答えた。

 もしこの話が一年前、あるいは一年後の事ならば、こんな素っ気ない反応は示さなかっただろう。あるいは愛の告白かと、初めての体験に心をどぎまぎさせていたかもしれない。


 しかし、当時の大は冷え切っていた。麻央の反応に興味を示す事すら億劫だった。

 麻央はそれでも気分を害した風もなく、口を開いた。


「その……ここで話す内容じゃないじゃないから、今から家に来ない?」

「なんで? 他に誰もいないじゃん」


 一体何を気にしているのか、大には分からなかった。


「俺、早く帰りたいんだよ。家族が心配するし」


 伯父の死を悲しんでいるのは、大や綾だけではない。生みの親である祖父母もだった。

 数年前に大の両親を失い、今また伯父も亡くなった。わが子を二人も失った祖父母の悲しみは計り知れない。それを思えばできるだけ早く帰り、一緒にいたかった。


「でも、国津君のところ、お父さんもお母さんもいないんでしょ?」


 麻央としては特に考えなしに言ったことだったのかもしれない。しかし、当時の大にとってそれは禁句だった。


「なんだよ、それ」


 大の目つきに麻央も言ってはならない事を口にしたのだと気が付いた、一瞬で顔が青ざめ、慌てて言葉を並べていく。


「ちが、違うの。あたし、そういうつもりで言ったんじゃ……」

「じゃあどういうつもりだよ。そうだよ、俺は父さんも母さんもいないよ! 馬鹿にしてんのかよ!」

「お願い、話を……」

「うるさい! お前なんか大嫌いだッ!」


───・───


 びくり、と体が反応し、大は我に返った。

 気持ちを落ち着かせようと、ゆっくりと呼吸を繰り返す。静寂に包まれている周囲を見回して、大は自分が大学の図書館にいる事を思い出していた。


 窓際に規則正しく並んだ机の一つを使い、机には本が数冊置かれたままになっている。

 図書館で少し時間を潰そうとして、そのままうとうとと眠ってしまっていたらしい。


「ったく……」


 思わず小声で毒づく。あまり思い出したくない記憶を夢にまで見るとは、先日の麻央との再会が心に引っかかっているらしかった。


 夢ので見た通りの仲たがいから数日後、麻央は突然転校した。シュラン=ラガの侵攻に対し、麻央の両親が比較的安全な地方への引っ越しを決意したのだと、後で聞いた。

 別れの挨拶もない転校に、皆が驚いた。


 麻央の姿がなくなってから当分の間、大は何とも思わなかった。嫌な別れ方をしたと思い出したのは、それから数か月経ってからだった。

 転校する前に、麻央は何を言おうとしていたのか。別れの挨拶だろうか。それ以上に、何か伝えたい事があったのかもしれない。

 そう考えると辛かった。謝罪もできずに別れた後悔の念が、日に日に大きくなっていった。


「俺は嫌な奴だったよ」


 麻央と再会した日、映画を見た後に寄ったファミレスで昼食をとりながら、大は綾に麻央との思い出について語った。


「時々、その日の事が頭に浮かんでさ。その時の気持ちも思い出すんだ。あんな事言わなきゃよかったとか、すぐ謝ればよかったって、いつも後悔する」


 食後のコーヒーを飲みながら、綾は深くうなずいた。


「分かるわかる。何であんな事したんだろうって思っても後の祭り。私も経験あるわ」

「綾さんも?」


「ええ。中学生の頃、友達との仲をからかわれたのに腹が立ってね。つい手を出したらその子が大怪我しちゃって」

「ケガぁ?」

「そう、肋骨にヒビが入ったの。仲直りするまでに三か月はかかったわ」


 あっけらかんと笑う綾に、大は複雑な気持ちで視線を向けた。自分の知らない綾の一面を垣間見た気がした。


「まあね。こうやって笑い話にできるのも、お互い話し合って、気持ちの整理をつけたからだから。大ちゃんももう一度、その子と話してみた方がいいと思う」

「話し合い、か……」

「そう。きっと、今より悪い事にはならないと思うから」


 綾の提案ももっともだと受け入れて、大はその後実行に移す事にした。

 麻央の連絡先は知らなかったので、知っている蘇我の番号に電話をかけてみたのだが、あいにくと不通だった。返信も未だに来ないままだ。


 そろそろ再度連絡してみるか、とと考えつつ、大は机に出していた本を片付けに向かった。夏季休暇は長いとはいえ、無駄にはしたくない。次は何をしたものか、考えながら帰宅の準備をしていく。

 片づけが終わり、出入り口に向か途中で、大は足を止めた。


 出入り口近くの通路にアルミ製の新聞掛けが置かれていて、そこには新聞各紙がそれぞれ掛けられている。その中の一紙に「大学生、意識不明の重体」と、目を引く記事の見出しが書かれていた。


 新聞を手に持ち、詳しく内容を確認する。題名の下に小さな顔写真が載っている。ふてぶてしい表情をした金髪の少年の顔に、大は見覚えがあった。

 ついこの間、蘇我や麻央と一緒にいた男達の一人だった。


『──時頃、葦原市M町の路地裏で、時田武明(二十)が倒れているのを発見された。被害者は全身に打撲と骨折の重体であり、現在病院にて治療中。警察は事件性があると見て捜査を──』


「おいおい、嘘だろ……」


 大は思わず声に出していた。事件があったのは昨日、午前中に大が蘇我達と会った時、彼はまだ元気そうだった。それから数時間の間に、彼は暴行を受けた事になる。

 嫌な考えが頭に浮かんだ。蘇我と連絡がつかないのも、ひょっとしたらこれと関連があるのかもしれない。蘇我は彼と共に事件に巻き込まれたのではないか。

 

(もう一度連絡をとろう)


 決心して、大は図書館を出た。懐からスマートフォンを取り出し、履歴にある蘇我の番号を選択する。

 発信のボタンを襲うとしたところで、大の耳に柔らかい声が届いた。


「国津くん」


 全身が石に変えられたように硬直する。ここで聞くはずのない声だった。

 大はぎこちなく首を動かし、声のした方を向いた。

 麻央が昨日と変わらない、どこか浮世離れした優しい笑顔を、大に向けていた。

次回は30日(金)21時頃予定です。


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