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44 復活

 立つな。もう立つな。

 ミカヅチは巨神の加護を受けて以来、初めて本気で敵に懇願した。


 最後に打ち込んだ巨神の一撃により、伽彦は目の前に倒れ伏している。衝撃によって地面はクレーターのようにえぐれ、その中心で泥まみれになっている伽彦は、指一本動かさずに倒れたままだ。

 もし立ち上がってこられたら、もう自分は戦えない。

 幻を使いすぎたことで、精神力はもう限界に来ている。視界が時折チカチカと明滅した。巨神の加護は気虫術の毒を癒やすのに全力で、まともに棍も握れそうにない。


 脳内を駆け巡るアドレナリンやエンドルフィンが、体を無理矢理動かしているような状況だった。

 不意に、ふわりと柔らかい感触が背中に広がった。

 いつの間にか近くに来ていたティターニアが、後ろから肩を貸して支えてくれていた。


「大丈夫?」

「はは……。なんとか、まだ動けるよ」


 やせ我慢なのが見え見えな台詞を吐く。情けない所は見せまいと、膝が抜けそうになるのを必死にこらえた。

 ティターニアも微笑んだ。傷を負い、巨神の一撃の連発で体力もかなり疲労しているはずなのに、その笑みはいつもと同じ、見ているだけで安心する力強い笑みだった。


「国津さん!」


 真尋と瀧彦がミカヅチ達の元に走り寄った。真尋に抱きかかえられた誠人は、多少顔色が青白くなっているように見えるが、呼吸は落ち着いている。


「誠人くんは、大丈夫?」

「はい。貧血にはなってるみたいですが」

「そうか……」


 ミカヅチは深い安堵の息を吐いた。誠人を助けられ、儀式を中断させる事もできた。ひとまず目的は果たせた事になる。

 周囲にいた禍蟻たちは、いつの間にか姿を消していた。伽彦が倒れた事で命令を下す者がいなくなり、敵から逃れる事を優先したのかもしれない。

 その行動は感情や忠誠心も何もない、ある意味機械的ですらあった。


 笑みをこぼす真尋達と違って、瀧彦は一人、視線を伽彦に向けていた。その目は哀しみと怒りと、様々な感情がないまぜになっている。

 信じられなかった事実が、今目の前で形となって現れている。家族の裏切りを受け止める事は難しい。

 何と言えばいいのか、その整理もつかない



「兄ちゃん……」

「たき……ひこ……」


 その場にいた全員が硬直した。

 全く動きを見せなかった伽彦が、瀧彦の声に反応したかのように首を動かし、うつろな目を瀧彦に向けていた。


「お前が……ここまで、来るとは、思わなかった。……やられたよ」

「兄ちゃん」


 伽彦に近寄ろうとした瀧彦の前に、人影が立ちはだかる。真尋は誠人を抱きしめたまま、伽彦を強い視線で牽制したまま瀧彦に言った。


「近づいては駄目。もう彼は人間じゃない」

「真尋……。やめろよ、そういう事言うの」


 瀧彦の声には力がない。真尋の言葉が事実だと、本人も理解しているのだ。

 伽彦がくすりと笑った。


「真尋ちゃん、弟を、いじめないでやってくれよ……」

「やめて。その姿で、私をそんな風に呼ばないで!」


 怒りを吐き出す真尋の顔は、声に反して酷く辛そうだった。

 真尋と瀧彦、二人の胸に去来する感情は、ミカヅチには計り知れない。物心ついた時から知っている、兄と慕った相手が異形と化したその姿は、見ているだけで二人の心をかき乱すのだ。


「私はあなたを許さない。仲間を裏切り、村を危険に晒した。それだけでなく、誠人にまで手を出すなんて」

「なら……早く殺したらいい。俺は何度でもやるよ」


 伽彦は淡々と口にした。半死半生の状態でありながら、その言葉には感情の揺れがない。死に対する恐怖が欠落しているようだった。


「復活の儀は失敗した。もう俺が生きている理由はない」

「ええ、殺します。ですが最後に聞かせてください。お父様が姿を消した理由を、あなたは知っているんですか?」


 質問の内容を少し考えるように、伽彦は目を伏せた。

 その姿に焦れたか、真尋は苛立ちを隠さずに答えを促す。


「答えてください。お父様はどうなったんですか!」

「死んだよ」


 ぼそり、と伽彦は呟いた。


「義一さんは、俺の正体に調べ回っていた。それに気付いた俺達が彼を捕らえようとした結果、義一さんは崖から身を投げた。俺達に体を利用されない為にね」


 真尋の目が大きく見開かれた。彼女も薄々は感づいていた事実だ。しかしそれをつきつけられて、彼女の胸を衝撃が貫いていた。


「残念だったよ。彼が生きていれば、もっと早く復活が成っていただろうに……」

「あ、あなたは……!」


 怒りに真尋の全身がわなわなと震える。誠人から左手を離し、指先を突きつける。

 気虫術の光が凝集し、蜂の弾丸となって放たれんとしたその時、異変が起きた。


 全身が細切れにされるような感覚を、その場にいた全員が味わった。異様な殺気に、体中から汗が噴き出る。

 四人は一斉に気配の方を見た。部屋の奥に鎮座していた蝗神の像に、細かいひび割れが起きていた。

 ひび割れは見る間に全身に広がり、像からはがれ落ちていく。

 その中から現れたのは、乾ききった像とは全く違う、瑞々しい生気に満ち溢れた肉体だった。


「おお……!」


 伽彦が感嘆の声を漏らす。古い衣を脱ぎ捨て、脱皮するかの如く現れた蝗神は、圧倒的な生命力と精気に満ち溢れている。体中から噴き出す邪悪な気配は見る者の心を不安でかき乱す。何も知らぬ常人がこの姿を長く見ていれば、正気を失う事だろう。


「嘘だろ、誠人は助けたのに!」


 瀧彦が悲鳴のような声を上げる。ティターニアは苦々しげに答えた。


「封印を解くだけの血は、吸い取ってたって事みたいね」

「いえ、まだです!」


 真尋が蝗神の胴を指さす、蝗神のちょうど鳩尾のあたりで、岩の塊のような太く、巨大な楔が突き刺さったままになっていた。

 蝗神は楔を引き抜こうと手を伸ばすが、触れた瞬間に雷のような轟音と光が生じ、指が吹き飛ぶ。ならばと体を動かそうとするが、動く度に炸裂音が鳴り響き、肉が焼けて弾ける音がした。

 蝗神の絶叫が部屋中にこだました。肉体は瞬時に再生する。しかし楔はそのため込まれた呪力によって、蝗神をその場から完全に縫い止めていた。


「八十神の楔がある限り、蝗神の解放はなりません」

「八十神の、って事は……」


 ミカヅチは呟き、瀧彦に視線を向けた。村の最後の生命線が、今敵地のど真ん中、邪神の真ん前にいるのだ。

 いや、彼だけではない。八十神の直系はもう一人いる。

 ミカヅチが伽彦に目を向けようとした時、伽彦は体を回転してあおむけになり、両手を天に突き出していた。

 その手に生み出された緑の巨虫が、巨大な翅を高速で震わせる。


「危ない!」


 伽彦の動きに気付いたティターニアが、ミカヅチをかばうように抱きしめる。

 瞬間、爆発のような音と衝撃波が、部屋中を襲った。

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