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09.英雄との会話

「それでは、次はどなたになさいますか?」


 那々美が尋ねるが、先ほど見たものにあっけにとられ、皆どうしたものかと悩んでいるようだった。幸太郎の雰囲気も変わり、果たして霊を降ろすとどうなるのかと皆尻込みしていた。

 そんな空気を察したのか、那々美が皆をなだめるように言った。


「いかがでしょう。霊を降ろすのが不安でしたら、今日はまず、霊と親しむところから始めてみてはいかがですか?」

「霊と親しむ?」


 聞きなれない表現に大が聞き返した。


「はい。皆さんが会ってみたい方のお名前を教えてください。私がその霊を呼んだ後、私の体に霊を降ろし、私を介して霊とお話しをするのです」

「え?そんな事できるのォ?」


 凛の声に那々美が頷いた。


「はい。元々はそうやって、皆さんと霊の間を取り持つのが私の役目でした。人々に霊を降ろす事ができるようになったのは、つい最近の事です」

「へー……」

「じゃあ、次は俺がやります。霊と話してみたいんです。いいですか?」


 大は軽く手を挙げながら提案した。凛が意外そうな顔で大を見た。


「いいの?」

「ちょっと興味が出てきたんだ。霊と話すってのも面白そうだし」


 霊と話すということは、要するにイタコやその辺の霊能者と同じことだ。それほど警戒する事でもないと考えて、大は那々美の隣の席に座った。那々美は笑みを崩さずに大を見据えた。


「はい。国津さん、でしたね。どなたをお呼びしますか?」

「霊を呼ぶってのは、誰でも可能なんですか?外国人とか、大昔の人でも?」

「はい。例外はありますが、あなたがちゃんと知っている方でしたらよほどの事がない限り大丈夫です。どなたにしますか?あなたのご両親になさいますか?」


 背筋に刃物を突き刺されたような気分だった。予想もしていなかった衝撃に硬直する大を見て、那々美は不思議そうに首を傾げた。


「どうなさいました?ご両親よりも、叔父様の方がよろしかったでしょうか?」

「な……」


 なんで、と口にしそうになるのを、大はなんとかこらえた。

 確かに大の両親は早くに亡くなっている。小学生に上がった直後に両親を失い、それから数年後には、祖父母と共に大を育ててくれた叔父も失った。だがその事実をここにきてから今までの、長く見積もっても一時間程度で調べられるものなのだろうか。それとも本当に何か霊がついているとでもいうのだろうか。


 落ち着け。相手のペースに飲まれないようにすべきだ。相手をだます為の、ただの引っかけという事もありうる。

 自分にそう言い聞かせて、大はできるだけ平静を保ちながら口を開いた。


「えっと……。家族との話を友達には聞かせたくないので、別の人を頼んでもいいですか?」

「はい。お名前は?」

「ギデオン・クリュサウラ」


 聞きなれない名前に、那々美は目を丸くした。


「外国の方ですね。どういったご関係なのですか?」

「タイタナス人です。知り合いのご先祖様で」


 こういう事になったら綾の先祖の名前を出す事は、最初から決めていた。綾の父方であるクリュサウラ家は代々軍人の家系で、その歴史は十世紀頃に活躍し、騎士の称号を得たギデオン氏からきているらしい。もし本当にそのギデオンの霊と話す事ができたなら、綾とのいい話の種になると思ったのだ。

 加えて、日本でタイタナスの歴史について詳しく知っている人間の数は少ない。那々美の霊が話術やトリックの類だとしたら、すぐに見抜く事ができる。幼い頃から綾と付き合いがあり、タイタナスについて理解のある大だからできる事だ。


 流石に無理だと言うかと思ったのだが、那々美は納得したかのように頷いた。


「分かりました、やってみましょう。では手を」


 差し出された那々美の手を、大は軽く握った。那々美はそのまま先ほどの幸太郎と同じように、二人の中間で手を止めた。


「呼び出したい方について、どんな形でも構いませんからイメージしてください。私はそれを読みとって、霊を呼びだします。ゆっくりと呼吸して、私に呼吸を合わせてください」

 大はうなずいて那々美の手を取った。那々美は目をつむり、長く細く呼吸を始めたので、大もそれに合わせて呼吸しながら、綾から聞いた話を思い出していく。


 奇妙な期待感が、大の胸にあった。彼女が本物の霊能者なのかただのペテン師なのか、それを探りに来たはずなのに、今の状況が楽しくなっている自分がいた。

 やがて、先ほどと同じように那々美の体から青白い光が立ち昇り始めた。しかし先ほどとは違い、上った光は球になって固まることなく、那々美の体に降り注いでいく。


「う……うぅ……」


 突然、那々美がうめき声を出した。目をつむったままのその顔には表情がなく、声も苦しみから来ているのか、判断がつかない。そのまま那々美は上体を小波のように左右に揺らしながら、時折うめき声を出していく。


「那々美様……?」


 幸太郎もおかしいと思ったのか、那々美に声をかける。だが那々美の動きも声も止まらず、そのまま声を上げ続けていく。


「うう……うぁあぁ……ッ!」


 突然、那々美が大の手を強く握りしめた。痛みに声を上げそうになる程に強い握力に、大は思わず目を白黒させる。

 那々美の声はどんどん強くなっていく。そして最大にまで高まった次の瞬間、声が消えると共に那々美の体から力が抜け、大から手を離して椅子にもたれかかった。


 何が起きたのかと周囲が困惑する中で、荒く長い息を二度三度と吐いた後、那々美から声が発せられた。


「……クィス、クィース・エッセ?」


 先ほどまでのかわいらしさすらあった那々美の声とは違う、野太い男の声だった。


「くぃ、何だって?」


 思わず口に出した一輝の疑問に、大が答えた。


「クィース・エッセ。タイタナス語だよ。『お前は何者だ』って言ったんだ」

「お前、タイタナス語分かるの?」

「わかるよ? 小学生の頃から勉強したから」


 習った動機は綾に褒められ、タイタナスを一緒に旅行してみたいと思った為だが、それを今言う必要もない。一輝がさらに困惑の表情を作るのを無視して、大は那々美と向き合った。


 本当に今話したのがギデオンだとしたら千年以上前の人物だ。言葉も大分変化しているだろうが、それでも何とか会話ができるだろうかと、大はタイタナス語で那々美に語りかけた。


『俺の名前は国津大。あなたが生まれた地より海を渡った、遥か東方にある国のものです』

『ダ……イ……。大……。何故、其方は、私の名を、知るか』


 とぎれとぎれだが、しっかりとした発音で那々美は返答した。いかに那々美が短時間で大の家庭状況を調べる事ができたとしても、タイタナス語まで話せるようになるとは思えない。やはり日高那々美は、本当に霊を呼んでいるのかもしれない。

 大の心中に興味が湧いた。確かめるには、会話を続けるしかない。


『あなたの子孫と、俺は親しい関係にあるからです。貴方のご活躍を聞かされて以来、一度お会いしてみたいと思っていました。当時の戦乱で、巨神(タイタン)の子と共に戦場を駆けまわったとか』

巨神(タイタン)の……子……!』


 声を発したと同時に、那々美の体が震え出した。何かを押さえつけ、必死に耐えるように体を震わせる。流石に不審に思って大が近寄ろうとした瞬間、那々美が顔を上げた。


 驚きひるんだ大の肩を、那々美の両手が逃がすまいと掴む。女と思えない剛力で大を固定したまま、那々美は血走った目で叫んだ。


『聞け、若者よ! 今代の巨神(タイタン)の子に伝えよ!ラージャルが来たれり! ラージャルが今世に現れたり! 奴を止めよ! 誰も近寄らぬ鉄の廃墟、闇の中で奴は己が配下となる者を探している! ラージャルを止めよ! 今代の巨神(タイタン)の子に伝えよ!』

「ラー……ジャル?」


 いきなりのことに頭がついていけない大の前で、那々美は同じ事を幾度も幾度も繰り返す。その凄味はこの場にいる誰もを圧倒した。


『ラージャルを止めよ! この世が地獄と変わる前に! ラージャルを止めよ! ラージャルを……っ』


 そして不意に、那々美は糸が切れた人形のように力を失って床に倒れた。

 幸太郎が慌てて声をかけ、凛と一輝が外に助けを呼びに行く。そんな中、大はこの奇妙な体験をどう受け止めるべきか分からず、ただ倒れた那々美を見つめていた。

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