41 ミカヅチ対伽彦
禍蟻達に十重二十重と囲まれながら、ミカヅチは一人 奮戦していた。
ティターニアが使っていたものと同じ、柄の長い長剣を近くの禍蟻に向かって降り下ろす。力任せの一撃は、禍蟻の頭を真っ二つに叩き割る。
足を止めたミカヅチにのしかかろうと、右から禍蟻が迫った。後肢で上半身を持ち上げ、ミカヅチの身長の数倍にもなる高さから、一気に体を落としてくる。怪物のボディプレスだ。
「この!」
ミカヅチは全身をひねり、剣を振り上げて迎撃した。つま先で地面を蹴り、その反発力を関節の回転で増幅させる。全身の関節が見事に力を伝え、剣は高速で弧を描き蟻の胴体を真っ二つに両断した。
蟻の上半身が回転しながら宙を舞うのを無視し、別の禍蟻に斬りかかる。群れの相手をする暇などないのに、禍蟻は斬っても斬っても現れる。
誠人を助けるまで、あとどの程度時間が残っているか。円卓は今も怪しく輝き、触手は誠人の血を啜っている。
背後からの気配に、ミカヅチは跳躍した。空中で回転し、後方から突進してきた蟻の上に飛び乗る。
「ふっ!」
呼気とともに、ミカヅチは剣を思い切り突き刺した。禍蟻の首の付け根に深々と刺さり、禍蟻は一気に力を失い、勢いのまま滑りつつ倒れた。
視界の端で緑の閃光が閃いた。剣を引き抜くのを止めて、ミカヅチは蟻の上から転がるようにして降りる。身を伏せて禍蟻の遺骸に姿を隠した時、遺骸ごと切り裂いてミカヅチの隣に刃が降り下ろされた。
「外れか」
伽彦の涼し気な声が聞こえた。光の線で繋がった蛇腹状の剣が跳ね上がり、頭上で大きくしなる。
「くそッ!」
ミカヅチは禍蟻に突き刺さったままの剣の柄を掴むと、姿勢を低くしたまま走った。再び降りて来た剣の先端が、背後の地面に突き刺さる。
禍蟻に加えてミカヅチが対処しなければならないのが、禍蟻の輪の外にいる伽彦の攻撃だった。伽彦の気虫術が産んだ剣は、禍蟻達の隙間を縫うようにしてミカヅチを正確に襲ってくる。こちらは禍蟻の壁を突破しなければ攻めようがないが、相手は射程の外からいかようにもこちらを攻撃できるのだ。
(向こうと同じ武器を作るか)
少し考えて、ミカヅチは案を却下した。神器である白銀の双棍ならば、似たような武器は作れるかもしれない。しかし一度も使った事のない武器だ。例え一対一でも練度の差で負ける事だろう。
「意外とだらしがないな、ヒーロー」
伽彦の言葉には感情の起伏がなかった。ミカヅチを嘲笑するでもない、己の怒りをぶつけているわけでもない。ただ淡々と事実を述べるような声だ。わずかに喜怒哀楽の楽だけが感じ取れた。
ひょっとしたら、これが彼の本性なのかもしれない。今までもあまり強い感情を示すタイプではないと感じていたが、それは人外の存在が、人間らしく演技をしていた結果なのではないか。
禍蟻の足元に光が見えたと思った時には、伽彦の剣が地を這うようにして、ミカヅチへと迫っていた。
「!?」
ミカヅチの前方一メートルほどで突然剣先が跳ね上がり、心臓目掛けて飛来する。
「くっ!」
ミカヅチは手甲で剣を弾いた。弾かれた剣先はくるくると回転して落下するが、地面に突き刺さる直前に止まり、元と同じ軌道で伽彦の方へと戻っていく。
「残念」
伽彦の声が聞こえた時には、また剣が禍蟻達の間を縫って、ミカヅチに向かって飛来した。
ある時は上空から矢のように落ちてくる。蛇のように地をはって進む。時にはブーメランのように弧を描いて剣が飛ぶ。物理法則を無視した軌道で、剣はミカヅチを幾度も狙ってくる。
禍蟻達を相手にしながら伽彦の攻撃を防ぐのは、酷く神経を使う戦いだった。
(このままだとまずいか)
そう考えると決意は早い。ミカヅチは突撃を決心した。
姿勢を低くして、禍蟻の陰に隠れるように動く。こちらの居場所をつかみにくくすれば、伽彦は攻撃をしにくい。その間にミカヅチは前進を開始する。剣で禍蟻を斬り倒し、転がす事で隠れる壁を増やしながら前進を続けていく。
「それで隠れたつもりか!」
蛇腹剣が唸る音がした。禍蟻の壁を避けるように、大きくカーブする軌道でミカヅチへと迫る。
狙い通りだった。
首元へ寸分たがわず狙いをつけた剣先をミカヅチは剣で弾いた。吹っ飛ぶ剣先には目もくれず、前方の禍蟻の体を踏み台にして跳躍した。
伽彦の剣は長く遠い軌道を描いているため、すぐにはミカヅチを狙う事はできない。
ミカヅチは大剣を二つに分けた。今の内に接近し、白兵戦に持ち込むつもりだった。
宙を舞ったミカヅチの目に伽彦の薄い笑みが目に入った。右手で蛇腹剣を手元にもどしながら、伽彦は左手の蜘蛛を模した手甲から、網状の光る糸を吐き出していた。
ミカヅチのうごきを先読みし、放たれた網はミカヅチを包み込もうと迫る。もしこの網に巻き取られたならば、ミカヅチの体は細切れと化すだろう。
考えるより早く、ミカヅチは右手の剣を投げつけた。
「む!」
隆盛の如く空を切り裂き飛来する剣を、伽彦は手甲で防ぐ。剣は小気味いい音を立てて弾かれたが、それにより、糸の速度がわずかに鈍った。
ミカヅチはもう片方の剣を両手で握りしめ、網に叩きつけるように斬りつける。伽彦の支配がわずかに遅れた網は、たやすく切り裂かれた。
切り裂いた穴の中に飛び込み、ミカヅチは伽彦の眼前に着地した。
「ちっ!」
「りゃあ!」
着地の低い姿勢から飛びあがるようにして、左に握った剣を横凪に斬りつける。伽彦は手甲で剣を防いだ。ミカヅチが追撃するよりも早く、連結して手元に戻った蛇腹剣を振りかざす。
唐竹割りに放った一撃を、ミカヅチは剣で受け止めた。予想以上の圧力がミカヅチを襲った。腕から腹まで痺れるような衝撃。巨神の加護に勝るとも劣らない剛力が、防いだ剣ごとミカヅチを両断しようと圧をかける。
「ぐっ……!」
つばぜり合いで耐えながら、ミカヅチは右手は伸ばした。主の命を受け、弾かれて転がっていた剣が飛んだ。
柄を握りしめ、ミカヅチは右手の剣を切り上げる。それよりも早く、伽彦は後方へと軽く飛び、剣を回避した。焦りの見られないその動きは、まるで剣舞でも見るように美しかった。
わずかに距離をとり、二人は向かい合った。剣で斬りかかるにしても、一歩では足りない。二歩踏み込む必要がある程度の距離だ。
周囲の禍蟻は、先ほどまでのように手を出そうとはせず、二人の周囲を囲んでいた。
指揮官である伽彦が命令を出しているのか。それとも不用意に近づけば、かえって伽彦の邪魔をする事になると感じているのか。
「俺にここまで迫れる人間がいるとは思わなかった」
伽彦の声はあくまで淡々としていた。
「だが、それだけさ。近寄れば勝てると本気で思うかい?」
「やり方次第さ!」
ミカヅチは一気に前に出た。先程のつばぜり合いで感じ取った。彼はラキと同様、人間ではない魔の者だ。全力を出さなければ止められない。
二人の剣が交差し、火花を散らした。
ミカヅチは空いた右の剣を振るうが、伽彦は手甲で受け止める。続けて首を狙おうと剣を引いた時、腹に塊が衝撃が走った。
伽彦の膝が突き刺さり、ミカヅチの肉を打つ。内臓がえぐれたかと思ったような痛みに、ミカヅチの口から息が漏れた。
思わずたたを踏むミカヅチに、伽彦は大剣で追撃する。わき腹を狙った同薙ぎを、剣を立ててなんとか防ぐ。しかしふらつく足元では衝撃を吸収しきれず、ミカヅチの体は浮き上がった。
五メートル、六メートルと体が宙を舞う。あの細身の体のどこからそんな力が生まれるのか、攻撃を受けても信じられない。
ミカヅチが着地し、距離が離れたところで、伽彦は大剣を振った。刀身が分割されて一直線に伸び?ミカヅチの喉笛目掛けて迫る。
ミカヅチは体をひねり、剣先をやり過ごした。耳元で剣が風を切る音を聞きながら、ミカヅチは伽彦に向かって再度突撃する。
剣を戻して攻撃するよりも、こちらが懐に飛び込む方が早い。
あと数歩、というところで、ミカヅチの首筋に痺れるような感覚があった。
直感に従い、そのまま転がる勢いで横に跳ぶ。刹那、後方から真っすぐUターンして戻って来た剣先が、ミカヅチの頭があった場所を通り過ぎた。
背筋に冷たいものが走る。あのまま走っていたならば、延髄に剣が突き刺さり、絶命していたことだろう。
「近寄る事もできそうにないね、巨神の子」
また距離をとり、伽彦が冷笑する。その言葉通り、いかなる動きも自在な気虫術の大剣を前にして、伽彦に近づくのは至難の業だった。
ならばあの剣をどかせるしかない。
ミカヅチは双剣を重ね合わせた。二つの刃が一つに溶け合い、柄の長い一本の大剣へと姿を変えた。
伽彦は再び、ミカヅチに向かって剣を振り抜いた。剣先が一気に伸び、弧を描きながらミカヅチに迫る。
「ふっ……!」
集中し、ミカヅチは大剣を立てて構えると、迫る蛇腹剣目掛けて振り下ろした。
大剣の刃が蛇腹剣の連結部と激突する。酷く細い連結部はしかし切り裂く事はかなわなかった。蛇腹剣のミカヅチに向かっていた勢いに変化が生じ、大剣に勢いよく絡まっていく。
ミカヅチが大剣を一気に跳ね上げると、蛇腹剣は完全に剣に絡めとられ、動きを止めていた。
「ほう!」
伽彦の口から感心したように声が漏れる。しかし余裕の表情は崩さず、剣を振るう手を翻した。弛んでいた蛇腹剣の連結が一気に引き締まり、ミカヅチの大剣ごと引き抜こうと張り詰めていく。
それに逆らう気はなかった。完全に引き合う力が手元に加わる前に、ミカヅチは大剣を、絡みついた剣ごと投げつけた。
オーバースローで投げられた剣は、白銀の閃光となって伽彦の顔面目掛けて飛んでいく。
「なに!?」
予想しなかった反撃に、伽彦の顔が初めて歪んだ。上体をひねってすれすれでかわすが、剣の勢いは衰えずにそのまま飛んでいく。そして伽彦の手から剣をもぎとり、そのまま奥の壁に突き刺さった。
伽彦が崩れた姿勢を戻した時、ミカヅチは伽彦の眼前まで接近していた。
「りゃあ!」
「くっ!」
伽彦が左手の手甲をミカヅチに向ける。必殺の妖糸が吐き出される前に、ミカヅチは右手を回し、伽彦の左腕を払いのけた。吐き出された緑の妖糸は地面にぶつかり、格子状の傷をつける。
ミカヅチは払いのける動きに合わせて体を半身に回転し、踏み込んで伽彦の脇腹に左肘を叩きこんだ。
肘先に肉と骨を破壊する感触があった。常人ならば激痛に倒れ、悶え苦しむ。既に人間を止めている伽彦でも、痛みに動きを止める一撃だった。
「ぐはっ……!」
伽彦が怯んだ。
痛みで途切れたミカヅチへの意識を戻す前に、ミカヅチが放った右拳が、伽彦の顎を撃ち抜いていた。
次回更新予定日は22日です。
次回は複数更新予定なので、投稿時間を早めにします。




