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39 復活の儀式を前に

 再度訪れた祭壇の間は、以前にもまして邪悪な雰囲気をまとっていた。

 部屋の左右には、無数の禍蟻が壁を背にして並び、その無機質な複眼を侵入者に向けている。


 部屋の奥には、以前と違い、岩を磨いて作ったような円卓があり、うっすらと青い光を放っていた。円卓の上には誠人が大の字になって寝かせられていて、体を植物の枝のような節くれだった触手に拘束されている。それを見守るように、巨大な蝗神の像が鎮座していた。


 そして円卓の隣に、儀式を指揮する神官と番人として、伽彦とイドムの姿があった。


「弱ったな。こんなに早くここに来ると思わなかったよ、巨神の子」


 言葉とは裏腹に、伽彦はいつもと変わらず薄い笑みを浮かべているだけだった。


「伽彦さん……」

「だがもう遅い。儀式は始まる。彼の血と俺の血を元に、蝗神が復活を遂げるだろう」


 伽彦の言葉に呼応するように、円卓の光が強まった。誠人の体を覆う木の根が、ゆっくりと収縮するように蠢いた。

 血を吸っているのだ。誠人の体を食い、己の崇める邪神の糧とする為に、既に儀式が始まりだしていた。

 ミカヅチの胸に激情が湧き上がっていた。怒りだけではない、困惑がそこにはあった。


「なんでなんだ。あんたも葛垣村で、ずっと暮らしてきたんだろ。日美香さんや瀧彦や、真尋や仁斎さん。村人みんなを滅ぼす気なのか?」

「家族は殺させないさ。約束だからね。俺たちは復活した蝗神と共に、ここを出ていくよ」

「そんな事許さない」


 ミカヅチの言葉に反応して、突然、女の金切り声が上がった。

「なんでよ!」


 伽彦の影に隠れていた外川が姿を現し、憎らしげにミカヅチを見ていた。


「あなただってここから出ていきたいでしょう! 伽彦さんだって同じよ! ちょっと虫たちの頼みを聞くくらいが何だって言うの!」


 尋ねるまでもなく、ミカヅチ達の疑問を外川は語っていた。予想通り、彼女は外の世界に出られるという伽彦の言葉に載せられて、誠人を村から連れ出したのだった。


「誠人君だって殺さないって言ってたわ。そうでしょう?」

「もちろんだ。封印を解いた後、彼には俺たちの仲間になってもらうよ」


 伽彦は外川に言い聞かせるように囁いた。仲間になる、その言葉の裏に潜む邪悪な意味を、果たして外川は知っているのだろうか。

 外川はただ伽彦の言葉にうなずき、ミカヅチを睨みつける。


「ほら、誰も傷つかないじゃない。一体何が駄目なのよ!」

「自分が何をしてるか、分かるでしょう? 蝗神を解放するってことは、妖虫を外の世界にばらまく事になるんですよ」

「それがなに? 外にはヒーローだって大勢いる。きっとどうにかしてくれるわ。私一人も助けられないあなたと違う、もっとすごいヒーローが! もう嫌、あたしはもう、一秒だってこんな所にいたくないの!」


 外川の叫びは、ずっと胸のうちに秘めてきた怒りだった。

 彼女も日美香と同じだ。安穏とした現代社会から、怪物の住まう異界へ、急激な変化に心が耐えきれなかった。


 村を妖虫が襲って来た時、ミカヅチは彼女の命を助けた。だが心を助ける事を怠った。彼女も自分と同じ、困難に立ち向かう人間だと、戦って当然だと、そう考えていたのかもしれない。

 あの襲撃の後、ただの慰めでもいい、外川と話をするべきだったのだろうか。

 後悔がミカヅチの胸をよぎる。その時、ミカヅチの肩を優しい手が触れた。


「今やるべきは、決まってるはずよ」


 そう言ったティターニアの目には迷いがなかった。目の前の困難を解決する為、ただ敵を屠り突き進む。その凛とした佇まいが、全身でそう語っているようだった。

 そうだ。今は自分の過去の行いを悔やむ時ではない。彼女を憎むつもりもない。敵は別にいる。


 ミカヅチは伽彦に視線を戻した。両手に棍を握りしめ、構える。敵は禍蟻数十匹、そしてイドムと伽彦。数でいえば絶対不利だ。

 それでも、必要ならいくらでも相手になってやる。


「偉大なる巨神の名にかけて、外道は正す」

「やれるか、巨神の子」


 伽彦の声が合図となって、禍蟻が一斉に動き出した。ミカヅチとティターニアは互いに背を合わせ、白銀の神器を構える。

 四方八方から迫る禍蟻の群れを、ミカヅチとティターニアは迎え撃った。


 ティターニアは柄の長い大剣で、近くに寄ってきた禍蟻を手当たり次第に斬って落とした。頭を唐竹割りに両断し、縦の軌道を一気に横に変え、隣の禍蟻の前肢を胴体ごと斬り飛ばす。

 全身からあふれる剛力が唸りを上げ、近寄ったものを破壊する竜巻となっていた。


 対してミカヅチは、双剣を手に素早く動いた。禍蟻が鎌を振るうより早く懐に突っ込み、首に剣を突き刺す。一瞬で絶命し、痙攣を繰り返す禍蟻の体を、ミカヅチはそのまま思いっきり蹴り飛ばした。

 巨体が転がって他の禍蟻にぶつかり、動きが止まった所に飛びかかる。双剣を頭と胴体に突き刺すと、周囲の禍蟻が集まる前に跳躍して他の禍蟻を襲う。ひたすら動いて群れの動きを撹乱しつつ、片っ端から斬り捨てていく。

 その動きは、目の前の障害物を破壊して進む激流を思わせた。


 瞬きするたびに、敵が無残な死体となっていくようだった。しかし敵の数も多い。誠人を助けに行きたいのに、二人は先程からほとんど前に進めていなかった。


(こうなったら……)


 ミカヅチは近くにいた禍蟻に向かって、飛びかかるように斬りつけた。右手の剣が禍蟻の頭を袈裟斬りに断つと、禍蟻は我を忘れたように暴れ回る。

 闇雲に手足をじたばたさせる禍蟻の腹を、ミカヅチは横蹴りで蹴り飛ばした。蹴られた禍蟻は群れにぶつかり、それでも暴れるせいで場が混乱する。

 わずかに空白地帯ができたところで、ミカヅチはティターニアの近くに跳んだ。着地し、ティターニアだけに聞こえるように叫ぶ。


「ティターニア! 飛ぶよ!」

「了解!」


 すぐに意図を理解したティターニアが、大剣を横薙ぎに振って禍蟻達をなぎ倒す。

 二人の下に敵が迫る前に、ミカヅチは集中を終えていた。

 次の瞬間、ミカヅチの周囲に幻の力場が生まれた。二人の姿が霧のようにかき消え、目標を見失った禍蟻達が戸惑う。

 そのまま二人は肩を合わせると、ほとんどタイミングをはかる事もなく同時に跳んだ。


 禍蟻達を遥かに超える高さで飛び上がり、群れを一気に飛び越える。幻を見せている間に激しい戦闘を行うのは消耗が激しい。しかし、姿を消して群れを跳び超え、そのまま誠人を救出して脱出すればいい。

 そう考えた刹那、緑の光に輝く刃がしなり、二人の目の前に迫っていた。


「うわ!」

「危ない!」


 二人が同時に相手の体を突き飛ばす。

 空中で軌道を変えた二人の間を、刃は風を斬って通り過ぎた。

 互いに部屋の反対側に着地する。突然姿を見せた敵の姿に、飛び越えた禍蟻達は二つに分かれ、二人をそれぞれ囲もうと動き始めた。

 舌打ちするミカヅチに、伽彦が向かい合った。その右手に、蛇腹状に分かれていた光の剣がまとまり、一つに戻っていく。瀧彦がよく使っていた、百足を模した大剣の気虫術だった。


「姿を消す事ができるのは、前に見せてもらったよ。並の人間には通用するだろうが、俺の五感はごまかせない」


 村が襲撃された時にも、伽彦はミカヅチの幻を見切り、ミカヅチの姿を目で追いかけていた。あの時はひょっとしたらという疑念だけだったが、やはり間違いではなかった。

 妖虫に寄生された結果、伽彦の肉体は人間を遥かに超える力を得ている。幻を見破る眼もその一つなのだろう。


「ミカヅチ!」


 駆寄ろうとしたティターニアの前に、イドムの巨体が立ち塞がった。


「トギヒコ様の邪魔はさせん」


 むき出しの歯で威嚇する。以前にミカヅチが吹き飛ばした巨虫の腕は姿を変え、禍々しい形の巨大な爪がついていた。

 邪神の祭壇を前に、異なる神に使える戦士たちの戦いが、幕を開けようとしていた。

次回は18日(水)21時頃予定です。

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