38 巣穴への突入
日美香の告白が終わり、通路には重苦しい空気が漂っていた。
子供の為に、家族の為に。誰もが持つ感情だ。人が一番最初に得る拠り所が信じられないのは、どれほど辛い事か。
大の胸にはやりきれない思いが渦を巻いていた。
日美香にかけようとした言葉を、大は途中で飲み込んだ。通路を照らす緑の光すら届かないさらに奥、闇の中から巨大なものが近づいてくる音がした。
「みんな、話をしてる暇はなさそうだ」
大は真尋より前まで歩を進め、肩幅ほどに両足を開いて地面を踏みしめた。息を整えていると、隣に綾が立ち、同様に構えを取る。
(さすが綾さんだ)
大は感心した。自分の考える程度の事はお見通しというわけだ。
闇の奥から、音の主は姿を現した。予想していた通り、禍蟻の群れがこちらへと迫ってきていた。伽彦が敵の襲撃を予測し、あらかじめ配置していたのだろう。
「日美香さん」
戦いを始める前に、大は言おうとしていた言葉を口にした。
「俺は日美香さんを責める気はありませんし、日美香さんの気持ちはわかるつもりです。でも伽彦さんがこの先にいるなら、俺は戦う事を選びます」
「国津さん……」
「伽彦さんがやろうとしている事は、日美香さんと同じ思いをする人を増やそうとしている事だから。だから戦う。絶対に止める。偉大なる巨神の名にかけて」
綾に目を向ける。それでいい、と言いたげに、綾は頷いた。
「いくよ、綾さん」
「ええ」
二人は精神を集中させた。大地から両足を伝わり、力が全身に流れ込む。
「巨神よ!」
「巨神!」
叫びと共に、光が二人を包み込んだ。突然の閃光に、自我など持たぬ禍蟻達も一瞬怯む。
そして光が消えた後、現れたのは赤と青の衣に身を包んだ戦士。
「偉大なる巨神の娘、ティターニア」
「偉大なる巨神の子、ミカヅチ」
手足を守る白銀の手甲とブーツが、緑の光を反射して煌めく。二人は同時に、腰に提げた棍を引き抜いた。
五十センチほどの長さだった棍は、所有者の意志に感応し、分厚い刃を生やしていく。瞬く間に白銀に輝く投げ斧へと変化したそれを、二人は同時に投げつけた。
斧は風を切って唸り、迫る蟻の群れへと飛ぶ。先頭にいた禍蟻に突き刺さると、刃は固い装甲を煎餅のようにたやすく割って突き刺さった。
「しゃあ!」
「シッ!」
掛け声と共に、二つの影が地を蹴った。前方で斧に貫かれた禍蟻を乗り越えて、別の禍蟻が姿を表すのが見えた。
ミカヅチは前方に手をかざした。禍蟻の遺骸から、斧が見えない力に引っ張られて飛び出す。斧は回転して飛来し、ミカヅチの手にぴったりと収まった。
飛ぶように走り、禍蟻の前方まで迫る。禍蟻が右の鎌を振り上げるのに合わせ、ミカヅチは鎌の根本へと向かって跳んだ。
振り下ろされる鎌にぶつかるよりも早く、手に握った斧を剣へと変えて振り上げる。白銀の帯が空に描かれると、禍蟻の前肢はすっぱりと切り裂かれ、先端の鎌が音を立てて地面に転がった。
手痛い一撃に体を揺らす禍蟻の隙をつき、ミカヅチは両手の剣を頭と胸の付け根に突き刺した。黒々とした外骨格を貫くと、動物とは違う肉の感覚がする。
「ふっ!」
突き刺した剣を力任せに振り抜く。偉大なる巨神の加護が生んだ剛力により、双剣は上下に開き、禍蟻の首が綺麗に切断されて転がった。
「はあっ!」
首を落とされた禍蟻を挟んで、隣ではティターニアが猛威を奮っていた。
棍を長巻のように柄の長い剣へと変えて、近くの禍蟻を片っ端から切伏せていく。
右方の禍蟻が顎を噛み鳴らした。酸を吐く前振りに反応して、ティターニアは長巻を横薙ぎに振り抜いた。
「シッ!」
剣の刃が美しい弧を描く。前方にいた禍蟻もまとめて頭を横に切り裂き、酸を吐こうとしていた禍蟻はそのまま崩れ落ちた。
狭い洞窟の中なのに、その動きは淀まない。自分の位置と洞窟の形を完璧に把握して、敵をまとめて相手しないように細かく動きながら敵を切り裂いていく。
負けじとミカヅチは前方の禍蟻に飛びかかった。禍蟻の頭を目掛けて、両手の剣を同時に振り下ろす。ちょうどXの字に頭を切り裂かれ、禍蟻は全身を激しく痙攣させて倒れた。
倒れた禍蟻から離れて後方にステップする。息を軽く整えると、ティターニアがちょうど隣に寄ってきて構えを取った。
禍蟻が何匹かかってきても、負ける気はしない。とはいえ、数は多かった。前方には禍蟻が群れとなって通路を塞いでいる。これを全てねじ伏せて前に進むのでは、流石に時間がかかりそうだった。
「ちょっと手がかかりそうだね」
「ええ。しょうがない、まとめてぶちのめしましょう」
ティターニアが棍をしまい、右手を握りしめる。巨神の一撃の構えだ。
「ここで? 体力温存しとかないと」
ミカヅチは驚いて目を瞬かせた。巨神の一撃はかなり体力を消耗する。一発二発で済むならともかく、この奥にどれほど敵がいるかもわからない状況では、あまり使いたくない技だ。
「温存してて、間に合わなかったらそれこそ失敗でしょう?」
「ティターニアってほんと、思い切りがいいよね」
シンプルに考えて先に進み、邪魔なものは叩き潰す。ティターニアのタイタナス人らしい思い切りの良さは、自分にはないものだ。
(まあ、俺がサポートすればいいか)
二人ならばどうにかなる。そう考えながら改めて前方の禍蟻を睨みつけた時、突然禍蟻が弾けた。
二人の後方から緑の閃光が無数に放たれ、禍蟻達を貫いていった。
驚いて振り返ると、真尋と瀧彦、二人が右手を突き出し蜂の弾丸を作りだしていた。
「私達がサポートします。お二人は先に行ってください!」
「腹立つけどよ、お前らの方が強そうだからな」
そう言いながら、二人は蜂の弾丸を放つ。弾丸が飛来する度に緑の光が空中に残像となって残り、禍蟻の肉を貫いていく。
ここで迷っている暇はない。ミカヅチはティターニアと顔を見合わせて頷いた。
「いこう!」
「ええ!」
二人は一斉に走り出した。弾丸を受けて倒れ怯む禍蟻達の間をすり抜け、邪魔な相手を蹴り飛ばして一気に駆け抜ける。
禍蟻達の壁を抜け、誰もいなくなった通路を走り抜ける。二人は速度を上げた。通路に生えた苔の輝きで、巨神の加護を得た二人には十分な光量となっている。
綺麗に整備された一本道は、やがて荒く凹凸の目立つ壁へと変わっていった。その理由もミカヅチには見当がついた。寺から降りていく通路と同じで、巣へと近づいているのだ。
数分ほど一本道を走り続けていると、突然開けた場所に出た。先程の道よりも天井が高くなり、苔の出す光量も強くなっている。
「巣に入ったみたいね」
ティターニアの言葉通り、先日突入した妖虫の巣と同じ作りの通路だった。
「でも、こっからどこに行けばいいんだ?」
ミカヅチはあたりを見回した。二人のいる場所はちょうど十字路となっている。どちらに行けばいいか、調べる時間も惜しいところだ。
「考える必要はないわ」
ティターニアは足元を指差した。つられて下を確認すると、ミカヅチ達が来た通路から、細い足跡が通路の一つに向かって続いている。
「外川さんの、だね」
「罠を仕掛けてる可能性はないと思う。向こうからしたら時間も惜しいでしょうし」
「じゃあ、行ってみよう」
二人は走った。途中いくつも分かれ道があったが、足跡は迷う事なく一本の道を選んで進んでいた。奥に進んでも、近くには他の妖虫は見当たらなかった。
一々時間をかけないで済むのはありがたかった。ミカヅチ達が屋敷からの裏道を見つけると判断し、通路に兵を固めていたのかもしれない。しかし巣穴に入ってから、姿どころか気配や足音も感じないのは不気味だった。
瀧彦が巣穴に入った時も、同じ状況だったと話していたのを思い出す。恐らくこの行き先に、敵が群れをなして待ち構えているのだろう。
それでもミカヅチ達は足を止める事はできなかった。今は一秒の躊躇すらも惜しい状況だ。
自警団の生き残りを、誠人を助ける。それだけを考えて、二人は走った。
どれほど走ったか、やがて見覚えのある通路に辿り着いた。別の足跡が一気に増え、地面を埋め尽くしている。自警団が通った後だ。
もはや足跡をたどる必要もなかった。記憶をたどり、分かれ道を選んで進む。
そして辿り着いた先に、あの祭壇の間があった。
次回は15日(日)21時頃予定です。
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