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08.降霊の巫女、日高那々美

 大達四人は部屋の中央にあるパイプ椅子に座り、巫女を待っていた。

 二十畳ほどの広さの一室の周囲には暗幕が張られ、天井の照明は消されている。代わりに球形の照明が部屋の四隅に置かれて、暖色の光が室内を朧に照らしている。部屋の奥には香が炊かれ、線香のような匂いがあたりに充満していた。


 先ほどの待合室に比べれば、雰囲気は雲泥の差だ。だが雰囲気が超人の力の有無に関わる訳ではない事を大は知っている。

 仮に日高那々美が霊能力者を騙っている詐欺師である場合、ここまででどういったトリックが考えられるだろうか。大は自問した。


 例えば待合室やこの部屋での待ち時間。これは客を調査し、情報を得る為の準備時間となるだろう。室内にカメラをあらかじめ設置しておいて、客の会話や表情から悩み事や家庭状況を探る。あらかじめ記帳していた名簿から名前を調べて、ネットで検索してSNSの類でもやっていればしめたものだ。相手の私生活を丸裸にしたのち、それらしい言葉で相手の動揺を誘い、「霊が教えてくれた」とでも言えばいい。


 あるいはこの部屋中の香だろうか。幻覚剤や麻薬など非合法なものまではいかなくても、客をリラックスさせ意識を鈍らせて、人の記憶を探ったり幻を信じこませるような事もできるのかもしれない。

 専門家でない大に思いつくのはせいぜいその程度だ。果たしてどんなものが飛び出してくるのか、わずかに興奮している自分がいるのに大は気が付いた。


 ふと、奥の暗幕が揺れた。暗幕の奥にある扉を開けて、中から一人の女がゆっくりと入ってきた。彼女が入ってきただけで、室内の空気が張り詰めた気がした。

 線の細い、若い女だった。小さな唇に紅を惹き、アイシャドウをきつめに塗っているのは、元来のかわいらしい、幼さの残る顔を少しでも隠す為だろうか。化粧の為正確ではないが、歳は恐らく大達と同年代か、もっと上だろう。後ろで髪を束ね、ところどころに翡翠を使った装飾品で身を飾っている。白を基調とした、袖口の広いゆったりとした衣装を身にまとったその姿は、確かに幸太郎が夢中になるのも分かる何かを感じさせた。

 先ほどの怪しげな司会ややる気のない進行を忘れるだけの何かが、彼女にはあった。その輝きに凛や一輝も驚き、飲まれているようだった。


 大達の前に置かれていた背の高い豪奢な椅子に座り、巫女は口を開いた。

「お待たせいたしました。本日の降霊会に来てくださり、ありがとうございます。降霊師の日高那々美と申します」

那々美は相手を確認するようにゆっくりと首を動かしながら大達の姿を見回して、幸太郎の姿を見てほほ笑んだ。


「以前にも来てくれましたね。確か秋山さん。お久しぶりです」

「は、はい!お久しぶりです!ありがとうございます!」

 まさか名前を憶えてもらっているとは思わなかった幸太郎が、どぎまぎしながら挨拶するのに笑顔で返して、那々美は大達四人に向き直った。


「さて、皆さまも既にご存知の事と思いますが、私は幼き頃より、常世に漂う霊魂を見る事ができました。現世と常世は常に表裏一体、触れあいながらも交わる事はない世界です。二つの世界を行き来する事ができるのは唯一、霊魂のみ。霊は確実に存在し、時には人々に害を、時には良き影響を与えます」


 よどみなく滔々と、那々美は言葉を紡いでいく。話の内容自体はオカルト系の娯楽作品を手に取ればすぐに見つかるような、ありきたりな文言だ。だが今まで何度も同じ事を言ってきたのだろう、詰まる事もなく洗練された物言いだった。


「私は霊達の姿なき姿を見、声なき声を聞き、実体を持たぬ彼らに触れる事を可能にしました。そして、その中に人を守護し、功徳を積みより良き来世を迎えようと願う霊達がいる事を知り、こうして彼らの手助けをしております。強き霊に守護された人は強い心を、強い運を、より良い縁を得る事ができるでしょう」


 守護霊を得る事ができれば人は変わる事ができる、そう言っているわけだが、その霊が存在しているのかが分からなければ、頑張れと元気づけているのと大して変わりはしない。果たして彼女はその霊をどうやって信じさせているのか、話半分に聞きながら大は那々美とその周囲に目を配らせていた。


「お話はこの程度にして、さっそく始めましょう。まず今回、初めての方もおられますので、すぐ自分に霊を降ろすのが不安という方もいらっしゃるでしょう。そういった方はまず、皆さまが指定された霊を、私自身に降ろしてみましょう。それで皆さまと霊が対話する事で、私の力が真実か否か、確認されてみてはいかがでしょうか。まずはどなたからになさいますか?」

「え?そんな、あっさりすぐやっちゃうの?」


 凛が素っ頓狂な声を出したが、そう思うのも無理はなかった。初登場の際の神秘性はあったものの怪しい事は変わらない。大も心の準備は全くできてないし、一輝もそうだ。そんな中、手を上げたのは幸太郎だった。


「今回みんなを誘ったのは僕なので、僕が最初にやります。いいですか?」

「はい、秋山さん。どうぞこちらに」

 幸太郎は立ち上がり、那々美の隣に置かれた椅子に座った。那々美は幸太郎と向かい合い、慣れた手つきで幸太郎の両手を取り、二人のちょうど中間の位置で、握った手を止めた。

 薄暗い部屋の中でも、幸太郎の頬が赤く染まっているのが大からは見えた。


「それでは、どのような霊を降ろされますか?以前は確か、今より強くなれるようにと、戦士の霊を所望されましたね」

 那々美の言葉に、一輝が喉の奥で小さく笑った。

「あいつそんな事考えてたのか。似合わねー」

「いっちゃん!」

「はいはい、悪かった」

 幸太郎に睨まれて、一輝は笑顔のまま軽く謝罪した。幸太郎は気を取り直し、だが少し恥ずかしそうにどもりながら、那々美に願いを口にした。


「前回と同じで、もっと強い霊を。できますか?」

「はい。ではリラックスして、まず一度深呼吸を。その後、私の呼吸に合わせるようにして呼吸してください」

 言葉に従い、幸太郎はゆっくりと深呼吸し、呼吸を整える。そのまま緩やかに呼吸を行い、那々美と幸太郎の胸が同じペースで膨らみ、しぼんでいく。

 十秒か二十秒ほどそうしていただろうか。二人の間に、次第に奇妙な変化が起きていった。

「……?」


 大は思わず目を疑った。いつの間にか那々美の体の周囲を青白い光が包み、ゆらゆらと煙のように立ち昇っていた。

 息を吸い、吐く。その度に光は強く、輝きを増していく。那々美の体を巡る力が抑えきれずに、毛穴中から吹き出ているようだった。光は那々美の頭上で渦を巻いて球体へと形を変えて、室内の照明の光を押し返していく。


 那々美を邪魔しないように、大は凛に顔を寄せて小声で囁いた。

「凛、魔術の痕跡はあるか?」

 目の前で起きている現象に見惚れていた凛は、大の声に我に返った。周囲に目を配り、大と同程度に小さい声で答えた。

「何もないよ。魔術の類じゃない。でもライトとかを使った、単純な目くらましでもないと思う」


 大も同意見だった。そうこうしている内にも、光は実際に触れる事ができるのではないかと思う程に濃密な質感を持ち、光球はどんどん大きくなっていく。やがて光球は動きを変えて、ゆっくりと横に回転しだした。

 のんびりとした光球の回転に合わせて、光の球から小さい光の粒が、弾けるように飛んだ。粒の数はどんどん増えていき、光をたなびかせながら、幸太郎に向かって放物線を描いて飛んでいく。光は幸太郎に触れると、幸太郎の周囲を巡りだし、やがて光の勢いはなくなって消えていく。

 どれだけの時間そうしていただろうか。粒が飛ぶたびに光球は小さくなっていき、やがて光球も光の粒も掻き消えて、那々美は大きく深呼吸し、幸太郎に語り掛けた。


「終わりました。もう大丈夫ですよ。気分はいかがですか?」

 幸太郎は目を開け、頷いた。その目には先ほどまでと違う輝きがあるように、大には見えた。

「最高の気分です!ありがとうございます!」


 立ち上がり悠々と席に戻る幸太郎は興奮し、鼻息を荒くしていた。先ほどの光が与えた影響によるものなのか、ただの思い込みによるものなのか。少なくとも先ほど那々美が見せた光には、人を惹きつける奇妙な力が感じられた。

 大達を誘った一輝からしてみれば当てが外れた形になるが、日高那々美は本当に、なんらかの力を持った超人であるらしかった。

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