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23 真尋の提案

 九段の屋敷の一室で、仁斎は不規則な息を立てて眠っていた。

 周囲には真尋と誠人、そして大と綾の四人が思い思いのところに座り、仁斎を見守っている。


 金城は八十神家の自警団に合流し、村を立て直す手伝いをしている。大と綾もそうすべきかと思ったのだが、真尋からついてきてほしいと頼まれたのだ。

 寺の裏にある洞窟、そこで見つけた妖虫たちの行っていた儀式。真尋はそれらについて話そうとしていたのだが、仁斎が倒れた事で村は大騒ぎとなり、その機会を失っていた。


 仁斎が倒れたという報せは、またたく間に村中を駆け巡った。


 真尋が言うには、元々仁斎は心臓を病んでいたらしい。誠人を守るため、妖虫達との戦いで激しく動いたことで、体に負担をかけた事が倒れた原因のようだった。


 村の空気は暗かった。妖虫の襲撃を隠れてしのいだ女子供だけでなく、自警団の面々までも動揺していた。長きに渡り自警団を率いて戦ってきた仁斎は、村のまとめ役であり、精神的支柱だった。それを失う事を思うと、皆の心に不安がよぎるのだった。


 真尋は無駄話を一切せず、村の雑事を八十神と自警団に任せ、ただ仁斎の看病に努めていた。今も、三角座りをしてうつむく誠人の隣に座り、弟の不安を抑えるように肩を抱いていた。己の心中も、今にも叫びだし、体を震わせるような気持ちで一杯だろう。だがそんな心の嵐に耐えるように、仁斎を見守り続けていた。


 仁斎を挟んで、真尋達と向かい合う位置に、大と綾は座っていた。姉弟の顔を見ていると、大の胸も締め付けられるように苦しかった。

 二人の気持ちは痛いほどにわかった。大も幼い頃に両親を失い、祖父母に育てられた身だ。親を失う辛さはよく知っているし、更に残された家族に何かがあれば、と思うと、大も泣き叫びたくなるだろう。

 果たして仁斎がこのまま亡くなれば、二人だけでなく、この村もどうなるのか。部屋中の誰も口を開かないのは、一旦開けば、際限なく不安を吐き出してしまうからかもしれない。


 乾いた木と木がこすれる音がした。仁斎の足下の側にある、廊下につながるふすまが開くと、瀧彦が神妙な顔をして現れた。


「瀧彦……」


 顔を上げた真尋に、瀧彦は軽く手を上げて応えた。


「よう。……仁斎様、大丈夫か?」

「とりあえず、危険は脱したって、お医者様が言ってたわ。もう少ししたら目を覚ますだろうって」

「そっか。よかったな」


 瀧彦は後ろ手に扉を閉めた。部屋に入り、大と綾の方を見て疑問顔を作った。


「なんで、お前らがここにいるんだ?」

「あたしが呼んだんです。話したい事があったから」

「ふうん……」


 気にはなったようだがそれ以上追求はせず、瀧彦は視線を真尋達の方に戻した。


「外の状況はどうなってるの?」


 真尋が尋ねた。


「片付けは大体終わったよ。物は壊れたけど、人はそこまで被害にあってねえ。少なくとも、死人はなしだ」

「良かった……」

「ただ、な。その後、親父が出張ってきてよ」


 瀧彦は話すのも嫌そうに顔を歪めた。


「自警団の連中を集めて、今後の計画を立てようって言って回ってんだ。仁斎様が倒れたから、今のうちに村をまとめようとしてんのかもな」

「道元さんが……」


 瀧彦は軽く肩をすくめた。


「あの馬鹿親父、自分が村の連中から嫌われてるって、認めたくねえのさ」

「あなたも、そのお父さんが嫌いなの?」


 綾が会話に割り込んだ。


「あなたも八十神家の一人として、自警団を率いている身でしょう。その割には自分の親に対して、酷い言いように聞こえるけど」


 瀧彦は目を細くして睨むように綾を見ると、言いにくそうに頭をかいた。


「別に嫌いじゃねえ。ただ、家族だから悪いところがよく見える、って言うのかな」

「悪いところ?」

「息子の俺が言うのもなんだけど、親父は小さい奴だよ。気虫術も大して使えねえし、人に慕われる度量もない。俺が子供の頃、親父は仁斎様に叱られてばっかりだったし、義一さんが生きてた頃は、親父なんて出る幕がなかった」


 瀧彦はため息をついた。


「親父は八十神の家に生まれたってだけのボンクラさ。自警団だって、今じゃ兄ちゃんの方がずっと上手くまとめてる。それを自分でも気付いてる。で、それが許せねえのさ」

「……」

「で、親父はこれから道場の方で、自警団と会議を開こうとしてる。それを仁斎様にも話しておきたかったんだ」

「ちょうど良かった。あたしも自警団のみんなに話があったんです。みんなが集まっていてくれた方が都合がいい」


「話?」

「妖虫を操る、自我と知性を持った妖虫が存在してる」

「なに?」


 思わず大きな声が出てしまったようで、瀧彦は慌てて口を手で抑えた。そのまま数秒、真尋の言葉を頭の中で考えた後、仁斎に迷惑をかけないように小声で口を開いた。


「冗談言ってんじゃねえぞ。そんなもん聞いたこともねえ」

「でも見たの。国津さん達も一緒にね。まだ詳しく話せてなかったけれど、村の子供を捕まえて、何か儀式を行おうとしてた」

「嘘だろ……」

「まひ、ろ……。それは、ほんとう、かね……?」


 かすれるような声に、皆の視線が向いた。

 荒いがしっかりとした呼吸をしながら、仁斎が目を覚ましていた。


「お祖父様」

「詳しく……聞かせて、くれ……」



 

 既に日は沈み、家の外に出ている者は誰もいない。

 妖虫の襲撃により壊れた家も多かった。被害が小さい家はありあわせで急場をしのぎ、被害の大きい家の住人は、他の家に一旦避難するなどして、なんとか落ち着いた夜を過ごしていた。

 家のかすかな灯から少し離れると、村には静寂と闇が広がっている。照明など一切ない、日本の都市部に生活している者は、経験する事のない夜。そんな中、村の一角にある道場だけは、大勢の声で賑わっていた。


 昨夜、大達マレビトが招待され、歓迎された際に使われた建物である。昼間は自警団の面々が訓練をする為に使われているが、空いている時は、宴会や祭の為に使われる事も多かった。

 そして今夜は、八十神家が率いる自警団の面々が集まり、今後の会議を行っているのだった。


 大と綾、瀧彦と真尋が道場の扉を開いた時、その場にいた男達は皆、鎌首をもたげるようにして顔を向けた。

 下は二十歳前後、上は五十過ぎといったところだろうか。多彩な顔ぶれで、五十人ほどが思い思いの場所に座っている。

 その先に、二人の男が男達と向かい合って立っていた。一人は伽彦、もう一人は五十歳前後の男だった。丁寧に整えられた髭が特徴的な、強面と言っていい顔である。


「おう? 瀧彦。それに真尋かい」


 髭の男が言った。腹から響くようなでかい声だった。


「道元さん。お邪魔してすみません。お話があります」


 真尋が髭の男──道元に軽く頭を下げた。道元は軽く手をふり、


「すまんなあ、真尋。わしらは今、みんなと今後について話をしとるんだ。お前には関係のない話だし、もうちょっと待っててくれんかな」


 にこやかに言ってはいるが、言葉の調子や素振りから、真尋を煙たがっているのは一目瞭然だった。

 真尋は答えず、黙々と道場の中に入っていく。大達も後に続いた。道元はやりづらそうに顔をしかめ、真尋の後ろを歩く瀧彦に目をつけた。


「瀧彦! なんでこいつらを連れて来た! 今わしらが大事な会議をやっとると、お前も知っとるだろうが!」

「悪いな、親父。どうも真尋に、緊急の案件があるみたいなんでね」


 言葉とは裏腹に全く悪びれていない態度の瀧彦を見て、道元は目を釣り上げた。


「緊急だぁ?」

「ああ。仁斎様も認めたくらいのな」


 仁斎の名が出ると、男達は途端にどよめいた。自警団員の一人が、瀧彦に尋ねた。


「瀧彦。仁斎様は目を覚ましたのか?」

「ああ、さっきな。それで、みんなにも案件を話して、今後の方針を決めてもらえ、って言ってたよ」


 仁斎の名が強制力を発揮したようで、真尋達が道元の隣に来ても、文句を言う者は誰もいなかった。道元は苦々しい顔を見せるが、隣の伽彦は冷ややかな目で、真尋と大達を見つめていた。

 聞きたくないのが丸わかりの顔で、道元は真尋に尋ねた。


「それで、真尋。ここで話さんといかん事とはなんだ?」

「はい、道元さん。伽彦さん。お集まりの皆さん。単刀直入に言います。私達は今日、妖虫の巣穴を発見しました」


 爆弾発言に、村の人々はざわついた。普段薄い笑みを崩さない伽彦でさえも、驚きに軽く目をみはっていた。


「巣穴? まさか」

「奴らがどこから出てくるのか、今まで全く分かってなかったのだぞ?」

「本当です。正確には巣穴につながる隠し通路、というべきでしょうか。それだけでなく、妖虫を操る、人型の妖虫と遭遇したのです」


 ざわめきの音量が更に増した。


「人型!?」

「奴らはそこで、村の子供を捉え、何らかの儀式を行おうとしていたのです」

「おい、真尋。無茶苦茶を言うな!」


 道元が一喝した。


「人型の妖虫など、聞いたこともない。わしらを混乱させて何がしたいんだ!」

「そう言われると思いました。ですが妖虫を見たのは私だけではありません。こちらにいる国津さんに天城さん、金城さんもそうです」


 真尋に紹介され、大は軽く頭を下げた。綾も綺麗に礼をする。


「それに、そこで助けた子もいます。杏ちゃん」


 真尋に名を呼ばれ、入り口の陰から少女が姿を見せた。小走りに真尋達の元に向かうと、真尋の細い脚に隠れるように立った。普段このような席に呼ばれた事などないのだろう、体は硬直し、顔は緊張に硬くなっている。


「おう。湯島さんとこの子じゃねえか」


 男達の中から、杏を知る者の声が上がった。杏がぺこりと頭を下げる。真尋は落ち着かせるように杏の手を握り、男達に向かって言った。


「私達は今日、向かいの山にある寺周辺を調査していた時です。裏手に何者かが作った通路を見つけました。そこから中の巣穴で、杏ちゃんが捕まっていたのを発見したんです」


 真尋は丁寧に、今日の事件について話を進めた。巣穴で杏を見つけた事、イドムと名乗った人型の妖虫、そして危機を巨神タイタンの子二人に助けられた事。男達の質問に応じて、大達も杏も説明に加わった。

 特に巨神タイタンの子の名が出てきた時、男達は大きくどよめいた。ちょうど村を助けに現れた謎の二人組。それが別の場所でも現れたとなれば、これはただの偶然や奇跡ではない。誰でもそう思うだろう。

 真尋が話を進めるほど、男達は皆興奮に包まれていった。


「あの巣穴を壊す事ができれば、村の周辺に現れる妖虫も減ると思うんです。ですからその為に、皆さんの力を貸していただきたいのです」

「なんと……」


 道元が目を白黒させて、顔を歪ませた。


「真尋、それはつまり、わしらで禍蟻(まがあり)の住処を襲おうと言っているのか?」

「そうです。何も禍蟻(まがあり)を全滅させる必要はありません。奴らの卵でもあればそこに火をつけたり、火薬を仕掛けて巣を吹き飛ばすなり、方法は色々あると思います」

「しかし、危険すぎる。わしらは村を守る為の自警団だぞ。もしこちらから攻めてやられでもしたら、村はどうなる?」

「ですが道元さん、今日も村は妖虫達に襲われました。妖虫の勢いはどんどん大きくなるばかり。このまま守り続けるだけでは、村は立ち行きません」


「いいじゃないか、父さん」


 ふいに、ここまで口を閉ざしていた伽彦が声をかけた。


「真尋ちゃんの言うとおりだよ。もし妖虫の巣を消す事ができるなら、村の安全はずっと高まる事になる。危険を冒す価値のある話だと思うね」

「伽彦……!」


 息子による思わぬ反論に、道元は苦虫を噛み潰したような顔を作る。更に、話を聞いた男達も声を上げていった。


「そうだそうだ!」

「ええじゃないか、道元さん! 俺らもやるぞ!」


 自警団が皆、火がついたように真尋の話に賛同していく。

 男達は皆興奮し、目をぎらつかせていた。これまで村を取り巻いていた流れに、大きな変化が生じ始めていると、皆が感じているようだった。

次回は16日(金)21時頃予定です。


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