07.降霊会にて
日が傾きだしてきたが、まだまだ太陽は熱く燃え盛り、町を照らしている。
そんな葦原市の駅前で、大と凛の二人は長い事待ち合わせをしていた。陽光と湿度があいまって、酷く蒸し暑い。二人とも日光を直接浴びるのに耐えかねて、駅前に置かれている七福神の像が作った影に避難していた。
「遅いな、一輝達」
スマートフォンをいじりながら、大が周囲を見回した。大学の講義が終わった後、ここで凛と待っていたのだが、一輝は秋山と一緒に来ると言って別行動をとったのだ。大達としては案内役の一輝達が来なくては始まらないので、長々と待っていたのである。
凛が隣でスマートフォンで時間を確認し、ポケットにしまった。
「まあそのうち来るでしょ。それより昨日の話、聞かせてよ。そのラージャルの部下だか将軍だとかいう奴らに、その仮面を奪われちゃったわけ?」
凛のストレートな物言いに、大は思わず鼻白んだ。
「そうだよ、相手はタイタナスの歴史上の有名人を名乗ってた。映画化されて日本でも公開されてるくらい有名」
「ボクそれ見た事ないや。面白い?」
「名作だから今度ブルーレイを貸してやるよ。とにかく、その連中が本物のドマとラクタリオンとは思えないけど、少なくとも超人である事は間違いない」
「こう言っちゃなんだけど、面白い話だね。大昔の英雄が愛用した秘宝を狙う超人って、ボク達の出番がきそうな、まさに神秘的な事件じゃん?」
うきうきした表情の凛に、大は苦笑した。
昨日の事件の後、大と綾は博物館を襲撃してきた二人組について、警察から事情聴取を受けた。その場に居合わせた来訪者たちにも警察は事情聴取を行い、その中には当然ミカヅチ達についての話もあった。反応を盗み聞きした限りでは、ミカヅチとティターニアが二人組を止めた事について、市民は好意的に受け取ってくれたようだった。
問題はラージャルの仮面と兜だった。どちらもタイタナスにとっては国宝級の逸品である。それが日本に送られた際に奪われたとあって、下手をすると外交問題にまで発展しかねなくなっていた。それに加えて、襲撃犯がラージャルの配下を名乗っていた事が、事態をややこしくしていた。
綾の勤め先であるタイタナス大使館でも、おそらくかなり大きな問題になるだろう。綾はそう語っていた。綾自身も、国の秘宝をみすみす目の前で奪われた事に対して、責任感と悔しさを感じているのが、一晩共に過ごした大にも目に見えて分かった。
「綾さん責任感強いもんね。ボクもできる事があったらサポートするって言っといてよ」
「ああ」
凛の言葉に大は頷いた。
「そういう訳だから、今回の守護霊がどうこうって話の調査は、ラージャルの事件次第では俺は綾さんの手伝いをするつもりだから。それでいいか?」
「オッケーオッケー。ま、どうせトリックかなんかでしょ、守護霊なんて。ちょっと見たらすぐ判別ついてすぐ終わりだって」
「ちょっと、今なんて言った?」
背後から突然声をかけられて、二人は振り向いた。
一輝が怯んだ顔を見せている隣で、小柄な青年が童顔に険のある表情を作っていた。
「那々美様の事も知らずに、そんな事言うなよ!」
勢いに押されて、凛が思わずうろたえた。
「な、何だよォ、秋山君じゃん。一輝も」
「おう。それよりコウ、落ち着けよコウ」
面倒くさそうに一輝がなだめる。秋山幸太郎はむくれたような顔を見せた。
工学部の一年である秋山幸太郎には、大も入学時のオリエンテーションで一輝と共に会っている。以降それなりに付き合いはあるが、会う時はいつも一輝と一緒だった。明るく振舞う一輝の陰に隠れているような男で、少なくともこれほど感情を表に出すタイプには、大には見えなかった。
「でもいっちゃん、支倉さんがさ」
「そのナナミ様って巫女さんを俺達は何も知らないんだから、しょうがないだろ。ほんとにそんな凄い奴だってんなら、今日の降霊会で支倉の気持ちも変わるさ。だろ?」
一輝に取りなされ、凛もばつが悪そうに頭を下げた。
「うん、ごめん。確かに知りもしないで、適当な事言うのはよくなかったよ。でも正直、守護霊がどうのって話は信じられなくてさ」
「でも支倉さんは、魔法使いなんでしょう? だったら霊に関しては専門なんじゃないんですか?」
幸太郎の質問に、凛は思案顔を作る。
「確かにそうなんだけど、霊とか死後の世界ってのは謎の多い分野でさ。色んな説が飛び交ってるし、ボクのお師匠様でもそう簡単に触れない分野なんだ。霊を自在に操る人、なんてのが実在してたら、それこそ歴史に名を残す一大事だよ」
「なら、支倉さんも見てもらったら分かりますよ。那々美様がどれだけすごいか。行こう、いっちゃん」
幸太郎に先導され、大達は目的地に向かって歩き出した。幸太郎の背を見ながら大は、こんなに自信満々に歩く奴だったか、と感じていた。
─────
降霊会はたいてい市の施設を借りて行われていると、幸太郎は説明した。今回の降霊会は市の文化センターの一室を使って行われている。受付を終えた大達は待合室として用意された広間で、並べられたパイプ椅子に座って那々美と会うのを待つ事になった。
素っ気なく白で塗られたコンクリート壁の一室には、今回の会に参加者が集まっていた、総勢十五名ほど、老若男女、様々な人物が大達と同様パイプ椅子に座り、長テーブルに置かれた飲み物と駄菓子で待ち時間を潰している。
幸太郎が言うには、日高那々美という名の巫女は、毎回四~五人程度のグループを作り、別室でそれぞれの要望に合った守護霊を授けるのだそうだ。守護霊の内容については特にこだわらないらしい。歴史上の偉人から亡くなった家族まで、さらには『力が強くなれる霊』『恋愛運が強くなる霊』といった曖昧なものでも問題なく呼び出せるという。
(うさんくさいな)
大の第一印象はあまりよくなかった。
加えて大の目の前でその巫女について語る司会が、さらに輪をかけて怪しかった。
身長は一見したところ百七十程度だが、部屋に入ってきた歩き方から、かなり高いシークレットシューズを履いているのが分かる。一体どこに行けば売っているのか分からない、どぎついワインレッドのスーツは、自分を大きく見せようとして大きいサイズを買ったらしく、ぶかぶかでみっともない。額の広がりだした顔に配置された、にやけた目と二重顎、くわえてアヒルの様な口が酷く不快感を与えてくる。その癖自分を知的な一流の文化人か何かと勘違いしているような、勿体ぶった物言いが特徴的だ。声は酷く甲高く、聞いてていらいらする。
「えー、我々に救いを与えてくださる巫女、日高那々美様、巫女様はですね、熊野の霊山にて幼少期より修行を積み、天地の巡りを、流れ、気の流れですね。これを読み解く力を身に着ける為に修行を積み、その後にーー」
お世辞にもうまいとは言えない紹介の文言が続く中、大はあくびをかみ殺していた。その右隣では凛が退屈そうにスマートフォンを手に取り、左では一輝がテーブルに肘をついたまま、お茶うけに出されていた駄菓子をポリポリとかじっていた。
幸太郎が騙されているとしても、少なくともこの男の手によるものではないな、と大は感じた。仮にこの男が詐欺師なのだとしても、こんな奴に騙される奴がいるとしたらかなりの間抜けだ。
「えー、それでは、ですね。紹介はこのくらいにして、順々に巫女様との対話を行っていきますので、まずはこちらから、別室にどうぞ」
大達の前方にあるテーブルに座っていた五人が指名され、司会と共に部屋の外に出て行った。あとに残った参加者たちの間にはテーブルごとに小声で雑談を始めたり、それぞれ時間を潰そうとしている。誰もが期待していたものと違うと言いたげな、弛緩した空気が漂い出していた。
そのうちの一人として、一輝が不満を口にした。
「なんか、変な感じだな。演出が足りねーっつーか、もうちょっとなんかあるんじゃねえの?普通」
「確かに外連味っていうか、神秘性の欠片もないな。あれじゃ」
一輝のぼやきに大も同意する。しかし幸太郎は気にしていないようで、自信ある態度を崩さなかった。
「あの人は確かに怪しいけど、那々美様に会えば分かるよ。すごいんだから」
「ふーん……」
大は生返事を返し、周囲を見渡した。よく見てみると、初体験の人が怪しむのを経験者がなだめる姿がちらほらとみられる。今の大達と同じような会話が、他のテーブルでも起きているようだった。
「いっちゃん、大丈夫だよ。別に悪い事なんて起きないからさ。きっといっちゃんも気に入るよ」
「そうは言うけどよ、コウ。さっきのオッサンを見ちまうとどうも怪しくてよ」
不信感の高まる一輝を、幸太郎は丁寧に相手をしている。二人は幼稚園の頃からの付き合いで、実家も近いのだそうだ。
「コウはいい奴だよ。俺は昔バカやってて、なんていうかロクでもない奴らとつるんでたんだけど、あいつだけはずっと友達でいてくれた。まあ、男じゃなきゃ、もっと嬉しかったんだけどな」
一輝がそう笑い話にしているのを聞いた事がある。仲がいいからこそ、一輝も幸太郎の事を心配し、凛に相談しにきたのだろう。果たして幸太郎が心酔する巫女とはどんなものなのか。そう思っていると部屋の扉が開き、やぼったい私服姿の中年女性が現れた。
「そちらのテーブルの皆さま、那々美様がお会いになられますので、どうぞ」
指名されて、大達は立ち上がった。外に出て女について歩いて行き、廊下の奥に進んだ部屋の前で、女は大達に会釈した。
「こちらで那々美様がお待ちです。失礼のないように努めていただくこと、お願いいたします。それと、これをお持ちください」
女は肩に下げていた鞄に手を突っ込み、奇妙な仮面を取り出した。
「皆様に降ろされました守護霊とのさらなる一体化を助ける為、那々美様が霊力を込めました仮面でございます。守護霊を降ろされまして、お帰りになられた後でこれをおつけください」
自分の言葉に疑問を持たないらしく、女はニコニコと笑顔で大達に一つずつ渡していく。大は手に取って表裏を確認しした。顔全体を覆うタイプの木製の仮面だ。丁寧な仕事ではあるが、特に派手な紋様があるわけでもなく素っ気ない作りで、観光名所の土産物屋に売られていると言われても信じるような品だった。
「また仮面か……」
大は密かにつぶやいた。どうやら最近は、やけに仮面に縁があるらしかった。