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18 妖虫の指揮官、イドム

 白銀の双棍を構えたミカヅチとティターニアの姿に、この場にいた誰もが驚愕の顔を見せていた。


「あ、あなた達……」


 真尋がなんとか口を開こうとするが、後に続ける言葉を失っていた。目の前に現れたものが、弟の語る謎の存在だと果たして分かっているのだろうか。


「せめて、突撃する時は声をかけてからにしてくれよ!」


 ミカヅチは真尋の方に目をやりながら言った。真尋は目をぱちぱちと瞬かせ、やっと我を取り戻して口を開いた。


「こ、これは、どういう事なんですか?」

「話は後。先に相手する奴らがいるでしょう?」


 ティターニアの冷静な声に、真尋も緊張した表情で前方に目をやる。虫人間の周囲には既に禍蟻が集まり、将軍を守る兵隊のように陣を組んでいた。


「貴様ら、何者だ。九段の一族とは違うその力……。マレビトか?」

「さっき答えたろ。それ以上言う気はないよ」


 簡潔な言葉に腹を立てたように、虫人間が苛立ちを表すように牙をむいた。


「それよりその子を返してくれたら、俺たちもあんたらを邪魔せずに帰るけど。どう?」

「馬鹿め! 無断で入って生きて帰れると思うか! 蝗神様に、このイドムの力をお見せするよい機会よ!」


 イドムと名乗った虫人間が左手を伸ばす。それに応えて、禍蟻達が群れをなして突進した。


「俺があの子を助けるから、みんなは援護してくれ!」

「了解!」


 ティターニアの声を受けつつ、ミカヅチは禍蟻に向かって走った。最前列にいた禍蟻が前肢を高く上げ、ミカヅチ目がけて振り下ろす。

 ミカヅチは軽くステップして横に動き前肢をかわす。そこから勢いを殺さずに軽く跳躍した。


「シッ!」


 空中で横に回転し、ひねりを加えたミカヅチの跳び蹴りが、禍蟻の側頭部に突き刺さる。巨大なハンマーで叩かれたような衝撃に、禍蟻の体は横に転がって他の禍蟻と激突した。

 一部の禍蟻が動きを止めている間に、ミカヅチは止まらず足を動かした。倒れている禍蟻の腹を踏みつけ、群れを一気に飛び越える。

 ミカヅチがあっさりと杏の前方に着地した。前方と後方、どちらの敵を狙うか、禍蟻達が戸惑いを見せる。その足並みの乱れを見逃さずに、ティターニアが突進した。


「はぁっ!」


 棍を変形させた長柄の戦斧を、ティターニアは気合と共に振り回す。近くにいた禍蟻がまるで砂糖菓子のようにたやすく刻まれ、両断されていった。


「この!」


 真尋も負けじと、蜂の弾丸を禍蟻に向けて発射する。緑の閃光が硬い外骨格を貫き、禍蟻達はどんどん戦闘不能に陥った。

 禍蟻達は二人にまかせて、ミカヅチはイドムと向かいあった。


「私と一対一で勝てると思うか、マレビト」

「やり方次第さ」


 言葉を返さず、爆発的に膨らむイドムの気配を前にして、ミカヅチは両手の棍を突き出して構えた。

 地面が爆発したような音を立てて、イドムが突進した。


「フン!」


 イドムが振り下ろした左の手刀を、ミカヅチは棍を交差させて受けた。鋭い刃と重量のある一撃は、棍とぶつかると硬く鈍い音を鳴らす。

 巨大な鉞を打ち込まれた気分だった。骨まで響く衝撃に、ミカヅチは思わず歯を食いしばった。


 イドムは左手を振り上げ、再度手刀を打ち込もうと踏み込む。袈裟斬りに打ち込まれるのを、ミカヅチは頭を下げながら右に動いてかわす。そのままサイドステップしてイドムの横に回りつつ、棍をイドムの側頭部に叩き込んだ。


「ぬぅ!」


 イドムは声を上げたが、声の調子はいささかも苦にしていない。硬い外骨格が生半可な一撃を防いでしまうのだ。


(だったらこうだ!)


 ミカヅチは左右の棍を翻し、連続で叩きつける。狙いは脇腹、腋、そして首筋。どれも全身を包む外骨格の隙間となっている場所だ。

 巨神(タイタン)の加護による剛力と高速が噛み合った連撃に、魔人イドムもぐらりと体が揺れ、後方へと跳び下がる。

 更に追撃をしようとした瞬間、イドムの右腕が大きく膨れあがった。


「!」


 とっさの反応で左に跳ぶ。次の瞬間、巨大な肉の塊が、ミカヅチのいた場所を高速で通り過ぎた。


「うわ! なんだこれ!?」


 驚きに声を上げるミカヅチの目前で、肉塊はのたうつように動きながら縮んでいった。肉塊の全貌を見て、ミカヅチは息を呑んだ。イドムの右腕が肩口から変化し、毒々しい色をした巨大な芋虫を思わせる触手となり、うねっていた。


「俺の腕をかわすか。その仰々しい格好も、伊達や酔狂という訳ではないらしい」


 イドムがにたりと口を開けて笑った。それに合わせるように、触手の先端についた丸い口が開き、口の縁にびっしりと生えた牙がうねうねと動いた。

 ミカヅチの背に冷や汗が流れた。見る者に生理的嫌悪感を呼び起こす、なんとも醜悪な様だった。

 引きつるような声が背後から聞こえた。もはや泣きわめくのに疲れ果てた杏が、ただただ涙を流していた。


「……」


 軽く後方に跳び、ミカヅチは杏の隣に立った。ぱちぱちと目を瞬かせる杏に、ミカヅチは微笑を返した。


「大丈夫だ。少し待っててくれ。俺達が君を連れて帰るよ」


 数秒戸惑うように目を丸くした後、言葉の意味を理解して、杏は嬉しそうにうなずいた。


「我らの邪魔をするな、マレビトよ」


 イドムがどすを利かせた声で言った。


「おとなしく子を成し、葛垣の者につかの間の希望を与え、消え去るがいい。それがここでの貴様らの役目だ」

「悪いね、俺は偉大なる巨神(タイタン)の子だ。この世を乱す邪悪な存在に立ち向かうのが巨神(タイタン)の子の、俺達ヒーローの役目なんだよ。子供が泣き叫ぶのを見過ごせない」


 少女を勇気づける為が半分、残り半分は自分を奮い立たせる為に放った言葉だ。だが少なくとも、嘘や冗談で言ったつもりはなかった。


「その言葉、どこまで言っていられるか!」


 叫びながらイドムは右腕を地面に打ち込んだ。伸びて突き刺さった右腕はそのまま地面に突き刺さり、外に出ている箇所が収縮する。

 何かやる気だ。と感じた瞬間、ミカヅチは直感を信じて左に跳んだ。


 突如地面が弾け、ミカヅチのいた場所に触手が姿を現した。

 水面から魚が飛び上がるような勢いで姿を見せた触手は、着地したミカヅチが反撃い出ようとするより早く体を引っ込め、姿を消す。


「チッ!」


 思わず舌打ちしつつ、ミカヅチは更に横に走った。触手はミカヅチの後を追うように、地面から飛び出ては姿を消してを繰り返す。

 イドムの触手の動きは早く、強烈だった。出てくるタイミングも掴みづらい。ミカヅチが足を止めれば丸呑みにされるか、体を食いちぎられることだろう。

 イドムの口元が吊り上がった。必勝の構えが決まり、後は相手が疲れ、狩られるのを待つのみ。そう考えているらしい。


(そうはいくか)


 ミカヅチは右に左に跳ぶように移動しつつ、右腕に力を込めた。弓の弦を引き絞るようなイメージで、巨神(タイタン)の力を拳に集中させ、高めていく。

 土を巻き上げながら現れたイドムの触手が、高速で姿を消すのを見て、ミカヅチは足を止めた。全身の筋肉に号令をかけ、触手が来るよりも早く、一気に力を解放する。


「せいーッ!!」


 気合と共に放った拳が、弾丸のように一直線に地面を貫いた。瞬間、拳から放つ巨神(タイタン)のエネルギーが大地に流れこむ。

 強大なエネルギーは爆発となり、大地を砕き吹き飛ばした。


「があぁっ!?」


 イドムの叫びが爆音にかき消された。

 巨神(タイタン)の一撃と呼ばれる、巨神(タイタン)の子が放つ必殺の一撃だ。砕け散った土砂が周囲に飛び散り、中を泳いでいた触手も爆発に巻き込まれた。肉が所々ちぎれ、引き裂かれ、致命的なダメージを負った触手は力なく地面に転がった。


「すごい……! そんなものまで使えたなんて……!」


 目の前で起きた事に興奮して、真尋が感極まったような声を上げた。そして真尋だけでなく、部屋中にいた妖虫達も驚いたように動きを鈍らせる。

 衝撃が収まりきるのを待たず、ミカヅチは走った。触手を破壊され、混乱するイドムに向かって距離を詰め、大地を蹴って跳躍する。


「いぃ……りゃっ!!」


 砲弾を思わせる速さで跳んだミカヅチの放ったドロップキックが、イドムの胸元に突き刺さった。


「ぐおっ!」


 硬いものが砕ける音と共に、イドムの喉奥から呼気が漏れる。爆発的な衝撃に耐えきれず、イドムは地面と平行に数メートルは吹っ飛び、転がり倒れた。


 宙空で回転し着地して、ミカヅチは油断なく構えた。

 イドムが動かないままなのを確認して、大きく息を吐いた。

次回は9日(金)21時頃予定です。

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