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16 怪物の巣穴

 緑色の光が暗闇を照らし、壁に陰影を作っていた。


 寺の裏で見つけた洞窟を、四人は進んでいた。洞窟は奥に進むと広くなっており、人が二〜三人ほど並んで歩けるほどになっている。一本道で、進むほど緩やかに下降していく作りになっていた。


 先頭を行く真尋の前方で、緑色の蛍が浮いていた。真尋が術で作り出したものだが、その光は強烈で、同サイズの松明と同じ強さの光で周囲を照らしている。


「……っと」


 段差に足をとられかけて、大は軽くたたらを踏んだ。床は幅の広い階段状になっている為、一定のペースで歩けないようになっている。ちょうど昔の日本の城に設置されていた階段と同じものだ。


 周囲の壁は研磨されたように滑らかだった。軽く叩くと音がよく跳ね返る。薬品か何かを使ったように硬くなっていた。

 自然にできたものではない。知性と技術力のある者が、人間サイズのものに対して用意した通路である事は明らかだった。


「一体誰が作ったんだろうな、これ」


 先ほどまでの調査と打って変わった未知の冒険に、大は胸が躍る感覚を味わっていた。


「九段家の初代当主は、村人を守るために村の周辺を改造した、という話が残っています。もしかしたら、これもその一つかもしれません」


「禍蟻ってやつらの巣だったら……どうするよ」


 冷静に答えようとする真尋と違い、金城の声は硬かった。緊張し、全身がこわばっているのが、後方を歩く大と綾からはよく確認できた。


「もし降りた先に蟻がうじゃうじゃいたなら、俺は逃げるからな」

「私だってそうですよ。意味もなく大勢相手に戦うほど、私は自信過剰じゃありませんし、好戦的でもありません」


 金城と違い、真尋の声はのんきだった。葛垣村で暮らす人間にとって蟻との戦いは生活の一部であり、恐れる事ではないのだろう。

 大も同様だ。よくも悪くも、何度も死にかけ、殺されかけた経験がある。自分から首を突っ込んだり、事件に巻き込まれたりと様々だったが、その経験と巨神(タイタン)の加護があるからこそ、今も冷静でいられる。金城にはそれがないのだ。


 だからといって、大はそれを自慢する気にも、金城を馬鹿にする気にもなれなかった。金城の反応は当然だと思うだけだ。いくら昔に比べて治安が悪化したとは言え、人々の多くは戦いの経験など持たない。大体、自慢する為に昔の武勇伝を語るなど、みっともないではないか。


 後方を歩く大は少し速度を落とし、綾の隣に並んだ。


「綾さん」


 綾だけに聞こえるように声をひそめると、綾も大の方を向く。


「もしこの先で蟻がいたら、俺はバレても力を使うからね」

「ええ。犠牲が出ない事を優先に、ね」


 綾もうなずく。できれば正体を見せたくはないが、命あっての物種だ。ためらったせいで怪我人を出したくない。

 通路は時折右へ左へと曲がり、歩くものの感覚を狂わせる。壁も床も変化がなく、せいぜい数分しか歩いていないはずなのに、何時間も歩いた気がした。

 やがて、目の前の曲がり角に差し掛かったところで、真尋が歩を止めた。


「どうした?」

「しっ」


 訪ねた大を、真尋は鋭く制止した。


「……下に明かりが見えます」


 言いながら真尋は軽く指を振って、蛍を消した。周囲が闇に包まれるが、落ち着くと確かに、階下の突き当りにある角から、光が漏れているのが見えた。

 大は集中し、耳を澄ませた。明かりのある方から、何かを研ぐような音が聞こえるが、それだけだ。ここから状況をつかむのは難しい。


「降りてみよう」


 真っ先に大が言った。真尋もうなずいて、


「もちろんです」

「慎重にね」


 綾も追従する。金城は好奇心と恐怖心がないまぜになった顔をしたが、結局同意した。

 足音を立てないようにゆっくりと歩を進め、角から四人は顔を覗かせた。


 ちょうどそこは、別の通路が交差する、三叉路の真上にあった。周囲を確認すると、左手に坂があり、下の三叉路に降りていけるようなっている。


 岩肌が薄く光を放ち、大達の目でも特に問題のない明るさだった。天井に広がっている苔のようなものが輝き、周囲を照らしているようだった。通路は天井まで三メートル以上はあるアーチ型で、どこまで続いているのか、先を見通す事はできなかった。


 大達は坂を下りた。大達の通って来た通路に比べて、下の通路の造りは荒かった。固められた土の表面は凹凸が激しく、ところどころ歪んでいる。位置的にも造形的にも、こちらの通路は後から無理矢理追加されたもののように見えた。


「これは、予想外でした……」


 真尋が感嘆の溜息をついた。ここまでのものが見つかるとは思っておらず、大も思わず鼻息が荒くなっていた。さらに歩こうとする真尋の肩を、綾が掴んで制止する。


「綾さん?」

「待って。誰か来る」


 綾の鋭い言葉に、皆に緊張が走った。耳を澄ますと、地面を規則正しく踏む、妙な音が聞こえてきた。何かが団体で、こちらに向かってくる。


「やばい。逃げようぜ!」

「間に合わないわ。みんな壁に寄って」


 坂を通路に戻ろうとする金城を、綾が制止する。そのまま大に目配せし、


「大ちゃん、お願い」

「了解。みんな、声は出さないでくれよ」


 大は大きく息を吸うと、意識を集中させた。全身の力を外に吐き出し、周囲に膜を作るのをイメージする。

 一秒と経たず、周囲の景色がぐにゃりと歪んで元に戻る。真尋達には一瞬、大を中心として、その場にいた人の姿がかき消え、元に戻る光景が見えた事だろう。


「なんですか、今の……?」

「俺たちがいないという幻を作ったんです。音を立てないで」


 巨神(タイタン)の力を利用した、大だけにできる技である。周囲に幻の力場を作り、周囲からは大達の姿は見えなくなる。

 壁に背を預け、姿勢を低くして、こちらに来る者を待つ。やがて、音の主が姿を現した。


 姿を現したのは、あの禍蟻の群れだった。巨大な体で通路を塞ぎつつ、五匹、六匹と並んでこちらに歩いてくる。

 目の前を歩く怪物の威容に、大は息を呑んだ。もし向こうから見えていたら、確実に視界に入る位置と距離である。餓えた猛獣の目の前を横切る気分だった。


 結局禍蟻たちは皆大達に気付かずに、右から左へと、悠然と通路を通っていく。

 最後の一匹が通路を曲がり、姿を消したところで、大は安堵の息を吐いた。


「音とか匂いで気付くかと心配だったんだけど、何とかなったみたいだね」

「ここは、妖虫の巣だったんですね……」


 真尋の声からは、さすがに先ほどまでの興奮は薄れ、緊張が感じられた。


「近くに蟻はいなさそうだね。今のは見張りか何かかな」

「それにしても、すごい力ですね。姿を消す幻だなんて」


 真尋は周囲を歩き回り、手を伸ばしたり顔を動かしたりしている。どこまでが大の幻の範囲なのか、確認しようとしているようだ。大から数メートルほど離れた位置で腕を伸ばし、手を動かしながら目を瞬いた。


「ここからだと、伸ばした肘から先が見えません。どのくらいの範囲まで使えるんですか?」

「半径三メートルくらい、かな。それ以上広げると維持できない」


 もし調査隊の人数がもっと多ければ、幻で隠しきる事はできなかっただろう。そう思うと運がよかった。



「すごい……。ここまで完璧だなんて。こんなの誰にも気づけませんよ」


 真尋が感嘆の声を漏らす。ふと気付いたように、綾を見た。


「そういえば、天城さんはどんな力を持ってらっしゃるんですか?」

「私?」

「はい。やっぱり国津さんと同じような力を? それとも金城さんみたいに、体が変化するとか?」

「まあ、それは今度って事で」


 食いつく真尋を、大が慌てて押しとどめた。


「綾さんの力はすごいんだけど、不用意に人に見せられないんだ」

「そうなんですか? 残念です……」

「必要になったら出す時もあるよ。それより、これからどうする?」


 大は周囲を見回した。ひとまず三叉路のどこからも、蟻の気配は感じられない。


「巣穴を見つけたんだ。もう十分だろ。帰ろうぜ」


 金城がどっと疲れたような表情で愚痴をこぼす。対して真尋は力強く首を横に振った。


「できればもう少し、中を見てみたいんです。国津さんのさっきの力を使えば、虫に見つからずにここを探検できますよね?」

「でも、あれ使ってる時は結構制限がかかるよ? 激しく動きながら力を使うのは無理だし、音でバレたりするかも」

「戦うつもりはありません。隠れて奥に入って、もっと情報を手にいれたいんです」

「いったん帰って、八十神さんの自警団に協力してもらったら?」


 綾が意見を口にする。禍蟻が数匹程度なら何とか対処できるだろうが、ここは敵の本拠地だ。深く侵入する為に外部の協力が欲しいのは、大も同意見だった。


「……八十神に狩りは作れません。伽彦さんなら聞き入れてくださるかもしれませんが、他の者がなんと言うか」


 真尋の眉間に皺が寄った。家の対立は大には計り知れないが、確かに朝見た日美香の調子では、手を貸してくれないかもという懸念は、大にも納得できた。


「せめて、巣穴の中身をもっと確認してからでないと、彼らも手を貸さないでしょう」

「……わかった。安全第一で、もう少し奥まで見てみようよ」

「おい、本気かよ」


 金城の声が裏返った。


「近くに禍蟻はいないみたいだし、見つかっても禍蟻程度なら、なんとかなると思う」

「マジかよ。ほんとに頼りになんのか……?」


 金城が愚痴をこぼすが、それ以上反論する事はなく、歩を進める大達の後をついていった。

次回投稿は5日21時頃の予定です。


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