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15 謎の洞穴

 綾に連れられて、大と真尋は寺の裏手に向かった。

 寺は山の中腹を削って敷地を作っている為、裏は崖になっている。崖の地肌を雑草や蔦が所々覆っていた。大達が崖に沿って歩いていくと、ちょうど左手の角に当たる箇所に金城が立っていた。


「おう。ここだ」


 大達の到着を、金城が軽く手をあげて出迎える。


「何か気になるものが見つかった?」

「ああ。つっても、見つけたのはそっちの天城さんだけどな」


 ぶっきらぼうに言うと、金城はその『気になるもの』を指さした。

 それは巨大な岩だった。高さは二メートル半、横幅は一メートル半はあるだろうか。ところどころ欠けてはいるが表面は滑らかで、群青色の岩肌が光を反射している。どっしりとした形で、まるで柱のようだ。

 周囲には他に似たような岩は見当たらない。恐らくどこかから運ばれてこられたのだろう。仮に庭石として用意されたものだとしても、崖に突き当たるように置かれていては景観も何もない。


「確かに、ここだけに岩が置かれてるのは変だね」

「それだけじゃないの。下を見て」


 綾が指さした先を見ると、岩の左右には草がほとんど生えていなかった。ぽつりぽつりと小さな雑草が見えはするが、周囲の足が埋もれるほどの雑草と比較すると全く違う。


「岩の隣に草が生えていない。大ちゃんはこれをどう見る?」

「……まさか、誰かが定期的に岩を動かしてるから、草が生えてきてないって事?」

「おそらくね」


 思わず大は唸った。巨神(タイタン)の加護を得た大や綾なら十分動かせるだろうが、常人が動かそうとした場合、道具を使って数人がかりでやる必要があるだろう。


「面白いですね。調べてみましょう。これこそ調査隊の仕事です」


 真尋が口元を緩ませる。調査を始めて初日から大きな発見を目の当たりにして、興奮が止まらないといった感じだった。


「そうは言っても、これを動かすのは結構大変そうだな……」


 いっその事、自分だけでもミカヅチの姿を見せてしまうか。そう考えた時、金城が一歩前に出た。


「俺がやる。ちょっと離れててくれ」


 言われた通りに、大達が数歩後ろに下がる。それを確認し、金城は岩の左側に立った。袖をまくり、右足を前、左足を後ろにして腰を深く落とし、岩を両手で押し出す形を取る。

 皆の視線が金城に集中した。一人でこの岩を押して動かすつもりに見えるが、ただの人間にはさすがに無理なはずだ。


「ふっ!」


 金城の口から軽く呼気が漏れた。それと同時に、金城の体に変化が現れた。

 岩に触れていた掌が変色し、鈍い銀色に姿を変えていく。磨き抜かれた鋼のような色は更に広がっていき、ついには首筋から顔まで銀に変わった。恐らく全身に広がっている事だろう。


 やがて、岩に変化が起き始めた。どっしりと鎮座していた巨岩が、じり、じりと地面と擦れる音を立てつつ、ゆっくりと動いていく。

 シャツの上からでも、金城の筋肉が膨れ上がっているのが分かった。金属の塊となった体はその柔軟さを失わず、剛力を岩へと伝えていった。

 十秒と経たずに、巨岩はその横幅分平行に移動していた。


「ふう……」


 仕事を終えて、金城は大きく息を吐いた。そして呼吸に合わせるように、全身も元の肌へと戻っていった。


「おおー!」


 その場にいた全員が、感心して思わず歓声を上げていた。真尋などは拍手まで始めている。


「すごいですね! 外の世界には金城さんみたいな人ばっかりなんですか?」

「そんな事ないよ。こんな力があるのは、ほんの一部」


 テンションの上がる真尋に、大は苦笑気味に答えた。


「でも本当にすごいな。こんな力が普段から使えたら楽しそうだ」


 見たところ、全身を鋼鉄化する能力だ。それに比例して筋力も上がっており、しかもその力はまだまだ余裕がありそうだった。

 対してこっちの力は、そうそう人前で使えるものではない。大としてはその程度の考えで、何の気なしに言ったのだが、それを聞いた金城は顔を歪めた。


「……それほどでもねえよ。使いみちがなきゃ、無用の長物ってやつだ」


 あまり言われたくない類の言葉だったようで、金城は無愛想に言葉を返す。


「それより、今はこっちだろ」


 崖の隠れていた箇所に、大きな穴が開いていた。ちょうど動かした岩より一回り小さい程の大きさの穴だ。奥は暗闇に閉ざされ、どこまで続いているかわからない。わずかに漂う湿っぽく、かび臭い匂いが、生理的な嫌悪感を呼び起こさせた。


「こんな穴が隠されてたなんて……」


 言葉とは裏腹に、真尋の眼は期待に輝いていた。


「かなり深そうだね。手持ちの荷物で調べられるかな?」


 大もこの謎の穴に興味はある。しかし、穴の先には何があるか、どこまで続くか分からない洞窟を行くとなると、色々と準備が必要になるだろう。

 今の大達の手元にあるのは、槍の他には竹で作った水筒と、笹の葉で包んだ昼食のおにぎり、それとタオルの他、小物がいくつか、といったところだ。

 真尋と共に調査に向かうと伝えた時、必要なものをせっせと準備し、昼食と共に手渡してきた夏菜の顔が浮かんだ。いったん引き返し、夏菜に頼んで道具を用意してもらった方がいいかもしれない。


 しかし真尋は気に入らないようで、首を横に振った。


「本格的な調査は後日で構いません。どこまで続いているか、行けるところまで行ってみましょう」

「穴の中も気になるけど、私はそれより、誰がこの穴を隠していたのかが気になるわ」


 綾は腕を組み、鋭い目で岩と穴の周辺を眺めながら言った。


「この大きさの岩、金城君のような超人ならともかく、生身の人間が動かすには五人がかりでも厳しいわ」


 綾は顔を上げると、真尋に目を向けた。


「真尋さん、さっきの気虫術で、この岩を動かせる?」

「うーん……、無理、ですね。壊すならともかく、そのまま動かすのはちょっと」

「つまり、村にこれを動かせる人間はいない、って事ね。じゃあ誰がこの岩を動かしたの?」


 綾が展開していく疑問に、皆がその場で考える。やがて、大の頭に解答が浮かんだ。


「……妖虫がこれを動かしてる?」

「まさか、それこそありえません!」


 真尋は憤るように声を上げた


「奴らにまともな知性なんてありません。大きさは昆虫の百倍以上でも、頭の中は獣と同じです」

「じゃあ、この岩を動かしているのは、私達の知らない相手という事になるわ」


 綾に言われて、真尋の顔が緊張に硬くなった。


「中に入って調べるのはかまわない。だけど、ひょっとしたら想像以上の危険が待っているかもしれない。十分に注意はしておいた方がいいと思う」


 背筋にぞくりと冷たいものが触れた気がして、大は軽く身震いした。

 その冷気、妖気の源が、目の前の穴から漏れ出ているような気がしてならなかった。

次回投稿は4日20時予定です。

面白い、続きが気になると思っていただけたなら、ブックマークや評価等していただけると嬉しいです。

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