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13 調査隊結成

 大達が真尋に連れられて九段家の屋敷に向かうと、玄関の前で金城が待っていた。腕組みをして退屈そうに待っていた金城は、大達を見かけると軽く手を上げて出迎えた。


「遅かったな、真尋さん」

「ごめんなさい。二人を探していたら手間取ってしまって」


 真尋がぺこりと頭を下げたので、金城はむずがゆそうに頭をかいた。


「いや、別に気にしてねえよ」

「なんだ、金城君も呼んでたのか」


 大はわずかに驚きの顔を作った。真尋に手伝ってほしいと言われてから、『後で説明する』の一点張りで、ここまで連れて来られたのだ。誰が待っているかなども聞いていなかった。


「いや……呼び捨てでいいよ。なんか恥ずいわ、そういうの」

「そう? じゃあ、俺も好きに呼んでくれたらいいから」

「おう……。わかった、国津」


 うなずいた金城の顔はひどくやりづらそうだった。『どうしてこいつらと一緒に』と言いたげだ。昨日の巨神の子に関するやり取りのせいで、顔を合わせると恥ずかしさが先に来るのだろう。


「立ったまま話するのも嫌でしょう? 入ってください。お茶を用意しますね」


 二人のやり取りには興味がないのか、はたまた仕事の頼みで気がはやっているのか、真尋はそのまま玄関を開けて皆を招き入れる。

 広い屋敷の中に入って畳張りの応接間に通されると、大達は部屋の中央に置かれた木製のローテーブルを囲むようにして座った。

 真尋は必要なものをあらかじめ準備しておいたらしく、部屋の隅に置かれた箱をがさがさと漁る。その後ろ姿に、大は声をかけた。


「それで、俺たちは何をやるのさ? 村の調査とは聞いたけど」

「安心してください。村のためになる仕事です、変な事はしませんよ」


 必要なものを見つけたらしく、真尋は箱から丸められた布のようなものを取り出し、机の上に置いた。


「葛垣村が元々日本から切り取られて、異世界に飛ばされたというのは、皆さんも知ってますね」

「昨日説明してくれたやつだろ?」


「ええ。それ以来、私達九段家と分家の八十神家は、村を守護する仕事についたんのですが、私の父は少々変わっていました」


「変わっていた、というと?」

「自警だけじゃなく、村を元に戻す方法について調査していたんです」


 真尋の父、九段義一(ぎいち)は学者肌の人間だった。彼は若い頃から祖先が遺した村についての文献を読み漁り、村の謎について調べていた。更には村人の手を借りて調査隊を結成し、自警団として活動する傍ら、村の外を調査し、有用な資源を見つけたり、村を元に戻すための手段がないかと探っていたたのだという。


「ただそのお父様も、何年も前に行方不明になってしまいました。九段家には隊を指揮できる人がいなかったので、調査隊は八十神の自警団に吸収されてしまったんです」


 先ほど朝食の際に聞いた通りの話だ。真尋の表情に少し陰が差した。

 当時、既に仁斎は老齢に達しており、更に病の身の為、外を出歩くのは難しかった。真尋と誠人は二人とも幼く、自警団を指揮させるのは難しかった。

 村人の中には九段家を慕う者も多かったが、八十神家は「九段の姉弟が大きくなるまで」として、自警団を強引に奪い取ったのだった。


「今の私が、すぐに自警団を指揮できるとは思っていません。これは八十神とも話し合わなければいけない問題です。ですが、調査隊としてであれば、数は少なくても十分に仕事はできると思うんです」

「要するに、私達にその調査隊を手伝ってほしい、って事ね」


 綾が納得したように言った。


「お父さんに協力していた人達の手を借りるのは無理なの?」

「今は難しいですね。最近は禍蟻の活動も活発になってきてますから、自警団は人手不足なんです」


 伽彦も会った際に、自警団に協力してほしいと言っていたことを大は思い出した。


「危険も大きい仕事ですし、これまで私一人では手が出せませんでした」


 これまでの日々を思い出したのか、わずかに真尋の顔が曇る。しかし、顔を上げて大を見た真尋の瞳からは、意志の強さが光り輝いていた。


「だから私は、皆さんにその力で調査を手伝ってほしいんです。皆さんの力を貸してください」


 大は真尋の強い視線に、どこか懐かしさを感じていた。自分のすべき事を考え、その為に邁進しようとする意志の瞳。子供の頃からずっとこの瞳を知っている気がした。

 すぐそこまで出かかっている答えを思い出そうと、大は真尋の瞳を強く見つめていた。


「大ちゃん?」


 不意に、隣で綾に声をかけられて、大は瞳の正体を思い出した。

 綾の瞳だった。まだ大が何も知らない子供だった頃、ティターニアとして戦ってきた綾の瞳が、これと同じ輝きを見せていた。


 大は綾を見返した。濡れた黒真珠のような美しい瞳も、その輝きを一切失っていなかった。


「大丈夫?」

「ごめん。ぼっとしてた」

「もう」


 くすりと綾が笑う。妙に気恥ずかしいものを感じながら、大は真尋に視線を戻した。


「俺は協力するよ。いいよね、綾さん」

「ええ。私と大ちゃんは協力するわ」


「ありがとう。金城さんはどうですか?」


 真尋の問いかけと共に皆の視線が集まって、金城は少々うろたえる素振りを見せた。だが結局、首肯して返した。


「……いいよ、俺もやる。稲刈りとか洗濯とかやるよりは、そっちのほうが向いてそうだしな」

「良かった。それでは早速なんですが、見せたいものがあるんです」


 真尋は先ほどの布を机の上に広げた。四人がけの机一杯に広がったそれは、村周辺を記した地図のようだった。筆で書かれたものだが、測量自体はきっちりやっているようで、図はかなり細かく描かれていた。


「これはお父様と、当時村に来ていたマレビトが一緒に作ったものです」


 これを見せたいが為に、真尋は大達を屋敷まで招待したわけだ。


「私達が住んでるところはここです」


 真尋は地図の北西部を指さした。山の麓を切り開いて作られた集落が広がっており、そこから南には田が細かく区分けされて描かれている。田畑の周辺には山と森が広がっており、その中にある洞窟や特徴的な地形などに注釈が入っている。見ていると、行った事もない場所の風景が感じ取れるようだった。


「お父様が少しずつ地図を広げていった結果を、私も広げていきたいと思っています」

「へえ、結構本格的なんだな……」


 金城が地図を覗き込んだ。ぶっきらぼうに言ってはいるが、これからの探検に興奮しているのか、その顔は先程より楽しげに見える。


「どこから始めるかは考えていませんが、何か気になるところはありますか?」


 真尋に尋ねられながら眺めていると、ふと、地図の一点が大の目にとまった。


「なあ、ここには何があるんだ?」


 大が指さした先は、地図の南側、村から数キロほど離れた位置にある山の中腹だった。周囲には細かく書き込まれているのに、ここだけはぽっかりと穴が空いたように何も書かれていない。真っ白な空白の中心にただ一言、「跡地」とだけ書かれていた。


「ああ、そこですか。昔はそこにお寺があったそうなんです。今は使われていません」

「何かあったの?」


「妖虫達の通り道が、近くにあるんだそうです。時折妖虫がお寺に現れて暴れるから、そこは放置する事になったとお爺様が言っていました」

「妖虫と鉢合わせするかもしれないから、お父さんも調査を後回しにしてた、って事か……」


 頭に疑問が浮かんで、大は考えこんだ。大の表情に気付いて、綾が声をかける。


「どうかした? 大ちゃん」

「いや、昨夜寝る前に、窓からこの神社に向かう灯りが見えたのを思い出してさ」


 昨夜灯りを見た時は、誰かが田んぼの様子でも見に行っているのかと思った。だが昨夜の記憶と地図に書かれた道を照らし合わせると、あの灯りが道を真っ直ぐ進むと、やがて寺へとつながるはずだ。

 大が詳細を話すと、真尋は目を輝かせた。


「本当ですか? 夜に村の外に出るのは禁止されていますよ?」

「見間違い、ってことはないと思う。提灯か何かみたいにしっかり光って、真っ直ぐ進んでたから」

「ということは、その時見えた灯りは一体誰なの……?」


 綾の言葉に、全員が沈黙した。やがて、皆の意見を代表するように、真尋が言った。


「これは、ここを調べてみるだけの理由になりそうですね」


 その声には興奮の色があった。

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