12 村に来た者に待つもの
「それでは、またお会いしましょう。帰りますよ、瀧彦。伽彦さんも」
そう言うと日美香は背を向け、堂々とした歩き方で外に向かって歩き出した。瀧彦も後に続いていく。
しかし伽彦はその場に立ち止まり、日美香に声をかけた。
「ああ、少し待ってくれよ。話しておく事があったんだ」
そのまま薄い笑みを崩さず、伽彦は大達に顔を向けた。
「せっかくだ。謝罪だけじゃなくて、お詫びの一つでもしておきたい。何か頼みたい事があれば言ってくれ」
「頼み……ですか」
「ああ。とはいえ、あまり無茶は言わないでくれよ? そうだ、誰か手頃な、子作りの相手でも紹介したらいいかな?」
「あ、いや。そういうのはいいですよ!」
大は慌てて手を振って否定する。ただでさえ昨日、恥ずかしい宣言をしたばかりなのだ。そういう方向の話は当分やりたくない。
何かないかと考えて、大の頭に一つ閃いた事があった。
「そうだ。俺達の前にも、そのマレビトがこの村に来てると思うんですが、まだいますか?」
「他のマレビト? ああ。いるよ。鬼門屋敷に住むのは、新しく来たマレビトだけと決まってるからね。古いマレビトや子を産む準備に入った人は、他の所で暮らすようにしている」
「その人達に会いたいんです。どこにいるか、教えてもらえますか?」
伽彦は意外そうな顔で大を眺めた。
「それは構わないが。それだけでいいのかい?」
「はい。元々俺と綾さんは、行方不明になった人達を探してここに来る事になったんです。だから、もし探してた人達がここにいるなら、会っておきたいんです」
「なるほど……」
「それでしたら、私がお連れしますよ」
二人の会話に、真尋が口をはさんだ。家の対抗心からか、その声はきつく、視線もほとんど睨みつけるような目になっていた。
「いいのかい、真尋ちゃん」
「この後お話をしたいと思ってましたから。ついでですよ」
「いいじゃない、伽彦。この子がやりたいと言っているんですから」
廊下に出ていた日美香が、どうでも良さそうに言った。伽彦も特に意地を張る気はなかったようで、あっさりとうなずいた。
「じゃあ、それで頼むよ。後は任せる」
「では、これでお終いですね。マレビトさん達と仲良くね、真尋さん」
もう用は済んだとばかりに、日美香は足音を立てて部屋を出て行った。
「それじゃ、真尋ちゃん」
「じゃあな、真尋」
笑みのまま表情を変えない伽彦と、申し訳なさそうな顔の瀧彦が、日美香の後を追って部屋を出ていった。後に残された大達の前で、真尋は気持ちを落ち着けるように溜息をついた。
どこか近寄りがたい空気の真尋にどう話しかけたものか、大が悩んでいると、真尋が弾かれたように顔を上げた。その表情は鋭く、大は思わずうろたえた。
「それでは、他のマレビトの皆さんのところに案内しますが。今すぐで大丈夫ですか?」
「あ、いや。ちょっと仕度をしたいから」
「分かりました。私は外に出ていますので、準備ができたら出て来てください。それでは」
コツコツと勢いよく足音を立てて外に出ていく真尋の姿に、部屋にいる者達は皆、あっけに取られていた。
「なんていうか、すげえ連中だな、あの人達……」
金城がぼそりと呟いたが、それは皆の気持ちを代弁していた。
「あれ、皆さんお帰りになられたんですか」
台所から姿を現した夏菜が、ほっとしたような表情を見せた。
「ああ、もう帰ったよ」
「よかった。九段様と八十神様の場に居合わせるなんて事になったら、あたしどうしようと思ってたんです」
そこまで言って、はっと気づいたように夏菜は顔を赤らめた。
「あ、あの。私が九段様と八十神様を悪く言ってたとか、そういう事は言わないでくださいね。お願いします」
「え? ああ、そこは大丈夫だから。気にしないでいいよ。色々ありがとう」
勢いよく頭を下げる夏菜を、大は困惑しながらも落ち着かせるのだった。
畳張りの広い部屋だった。
部屋は十二畳程の広さで、木製のローテーブルと敷かれっぱなしの布団が二枚。向かい側の壁には大きく窓が開けられており、日差しも風通しもいい。
規模もデザインも違うが、ちょうどワンルームマンションの一室のようだと、大は感じた。
大と綾が部屋に入ると、中にいた夫婦が顔を上げた。二人共、二十代後半くらいだろうか。浴衣姿で布団の中で上体を起こしていた妻と、その隣で心配そうな顔をした気弱そうな夫が、何者かと不安そうに大を眺めた。
「ごめんなさい、角田さん。あなた達を邪魔するつもりはないんです」
大の隣をすり抜けて真尋が姿を見せると、夫妻は共にほっとした表情を見せた。
「真尋さん。こちらの方は?」
「昨日来たばかりのマレビトです。先に来たマレビトのあなた達に会いたいと言うので、案内してきたんです」
「ああ、なるほど……」
夫妻は納得したようだった。
鬼門屋敷から離れたマレビト達は、村のはずれに建てられた集合住宅を使って暮らしている。真尋に連れられて共同住宅にやってきた大達は、ちょうど手が空いていた者がいるという事で紹介してもらったのだった。
大の隣に立った綾が、軽く礼をした。
「初めまして。私は天城綾。こっちは国津大と言います」
「角田と言います。こっちは妻の雅子」
雅子は布団の中に入ったまま、軽く頭を下げた。
「それでは、私は外で待っていますね」
真尋が軽く頭を下げ、部屋の外に出てふすまを閉じる。それを見て、綾は角田に質問を開始した。
「角田さん。早速ですが聞かせてください、あなたがたお二人は、葦原市の幽霊屋敷で神隠しにあって、ここに飛ばされて来たんじゃありませんか?」
どうやら図星だったらしく、角田は目を見開いた。
「そうです。なぜそれを?」
「私達は葦原市で起きていた神隠し事件について、『アイ』から連絡を受けて調査に協力していました」
「へえ、『アイ』から? ではあなた達も超人なんですか?」
興味がわいたらしく、角田が驚きの声を上げた。綾と大は曖昧にうなずいた。
「まあ、一応は。調査中に私達もここに飛ばされて、ここに来てしまいましたが。向こうには他に人がいましたから、今頃本格的に調査をしている事でしょう」
「そうでしたか……」
「私達の前にも、葦原市で行方不明になった人たちが何人かいます。こちらに飛ばされて来た人がいるんじゃないかと思ったんです」
大が事前に聞いた話では、葦原市にある幽霊屋敷には、何人も神隠しに合っているという噂があった。これが大達のようにマレビトとして葛垣村に飛ばされたものなのか、確認をしたかったのだ。
「俺たちが神隠しにあったのは葦原市の須佐町にある幽霊屋敷なんですが、どうですか? お二人も同じところから?」
大達の予想は正しかったらしく、角田は頷いた。
「そうです。同じ屋敷から飛ばされてきた人が、私達の他にも三人ほどいます。今はみんな、村で働いていますね」
綾と大は顔を見合わせた。推測は間違っていなかった。葛垣村には日本中から人々が連れてこられているが、どうやらあの幽霊屋敷には、何か強いつながりのようなものがあるようだった。
「村でもその事について話したんですよ。幽霊屋敷から神隠しに遭う人は、昔から多いらしくて」
角田は言った。
「九段家の仁斎様が言っていました。この村と外の世界とを隔てる次元の壁に、トンネルのようなものができるんじゃないかと。それができた時、近くにいた人が飛ばされる。そしてその屋敷には、そういうつながりを産む何かがあるんだろう、って」
話していて何かを思い出したようで、角田は自嘲の笑みを浮かべた。
「あの時、それを知っていれば、肝試しなんてやらなかったんですけどね」
「肝試し……ですか?」
大が尋ねると、雅子がええ、と応えた。
「私達、ここに来る前はSNSにはまってて。何か受けの良さそうな画像をアップしようと思って、噂になってたあの屋敷に入ったんです。誰も住んでないのに外観が綺麗で。中はどうなってるんだろう、きっと貴族が住むようなお屋敷だね、って話してたら、その気になっちゃって」
「馬鹿ですよね。でもその時は、そんな事考えもしなかった」
そして屋敷に入り込むと、二人は村へと飛ばされた。
角田は照れくさそうに頭をかいた。
「最初は大変でした。この村と日本じゃ、文化が全然違いますからね。村の仕事を手伝うだけで全身が筋肉痛で、ずっと役立たず扱いです。それでも頑張って、やっと帰れるって思ってたんですが……」
雅子は既に臨月となった大きなお腹に、愛おしそうに手をあてた。綾が変に刺激を与えないように、柔らかい口調で尋ねた。
「もう予定日が近いんですか?」
「ええ。私達はもうじき帰る事ができますけど、ここに残るのと帰るのと、どっちがいいのか……」
角田は雅子を慰めるように、肩に手を当てた。大はその姿を見て、辛さに思わず目を背けそうになった。
愛情を交わし、その結晶が産まれるという幸福の極致にあるはずの二人の姿に、ひどく場違いな悲痛さ、痛ましさが見てとれた。
「ここで暮らすのは、ほとんど地獄ですよ。毎日命の危険に晒されてて、いつあの虫達に襲われるか分からない。だから早く逃げたかった。でもいざ産まれるとなると、辛いもんです」
「この子を置いて帰らないといけないって、分かって子供を作ったのに。どうしたら良かったんでしょうね、私達……」
涙を浮かべそうになっている二人に、大も綾も、何も言葉をかけられなかった。
角田達のいる家を出て、大は大きく溜息をついた。外の日差しは朝から変わらず強いが、気分は憂鬱だ。
「大丈夫? 大ちゃん」
綾が声をかける。大は少し硬い笑顔を作り、綾に向かってうなずいた。
「ちょっと、変な事を考えただけだよ」
「角田さん達の子供の事が、気になったんでしょ?」
あっさりと言い当てられた。綾には何でもお見通しらしい。
「昨日、大ちゃんが言ってた通りね。自分の子供を見捨てて戻らないといけないなんて、私もごめんだわ」
「うん。なんとかして、二人で帰る手段を探そう」
後悔せずに元の世界に戻りたければ、誰も見つけていない手段を探すしかない。
やってやる。大は強く心に決めるのだった。
「角田さん達と話せて、よかった事もあった。俺たちの予想は当たってたみたいだね」
「ええ。それに、『アイ』が私達を助ける為に手を尽くしてくれてるはず」
幽霊屋敷の神隠し事件が葛垣村に繋がっているという、二人の考えは立証された。これまでは全員に関係性が見られず、ただの行方不明として扱われていたが、今回大達は『アイ』の調査員の目の前で神隠しにあったのだ。あの場にいた調査員達が、今頃原因を調べている事だろう。
大達だけでなく、元の世界からも救出の方法を探っているというのは、安心感があった。
「『アイ』が救出してくれるのを待ってはいられないわ。私達でも何かしないと」
「うん。九段さんの家に、文献か何か残ってないかな。当時の記録が残ってれば、そこからなにかつかめるかも」
まずは手がかりを見つけなくてはならなかった。この村とこの世界について、大達はほとんど何も知らないのだ。
屋敷の外に出ると、玄関の隣で真尋が壁に寄り添いつつ、大達が戻るのを待っていた。真尋は大達に気付くと、軽く声をかける。
「もうよろしいですか?」
「はい。知りたかった事は大体分かりました。ありがとうございます」
「気にしないでください。それで、こちらの話なんですけど」
「はい」
大はうなずいた。綾も大の隣で、真尋の言葉に耳を傾ける。
わざわざ朝からやってきての頼み事だ。何かよほど大事な事なのだということは予想がつく。
「昨日話した通り、あなた達に手伝ってもらいたい事があるんです」
「手伝い?」
確かに、昨夜仁斎から、マレビトには村の仕事を手伝ってほしいと言われている。角田達のように先に来たマレビトも、普段は田植えから機織りに牛の世話など、色々と仕事をしているそうだ。
「そりゃ、手伝いは構わないけど、一体何をすればいいんだ? 田んぼの手入れとか、俺はしたことないよ?」
「いえ、そういう事ではないんです。私がやりたいのは、村の調査。この村をここから元の日本に戻す、そのための調査をしたいんです」
次回投稿は水曜日を予定しています。
今後は二日に一度投稿を目処に行っていく予定です。
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